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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第一章 恋と魔法と始まりの日々
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4 僕の欲しいもの

 夕方、カフェから自宅のマンションに帰ってきたテツは、リビングのソファでテレビを見ている母に「ただいま」と声を掛けた。


「あら、テツ。おかえり」

「父さんと史郎は?」

「父さんは会社の人とご飯だって。史郎は図書館よ」

「そっか」


 テツはキッチンの流しで手を洗いながら、母の敬子が見ているテレビをチラリと見る。すると画面の中では彼女の好きな俳優が警察官の服を着て犯人を追い詰めていた。先週のドラマの録画が、丁度クライマックスだった。

 母さんもまだテレビを見ていたいだろう。そう思い、テツは優しく尋ねる。


「母さん。夕飯の支度、何か手伝おうか?」

「ああ、もうそんな時間?」


 母は時計が5時をさしていることに気が付き、録画を止めた。


「これから支度するから、テツはゆっくりしてて。出かけてきて疲れてるでしょ」

「ううん。平気だよ」

「いいからゆっくりしてきなさい。家事は母さんの仕事って決まってるんだから」


 母は有無を言わせない口調でそう言うと、テツの背中を押してキッチンから追い出してしまった。

 ダイニングキッチンで黙々と食材を準備する母を、テツはぼんやりと見つめる。


(……母さんの優しさなんだよね)


 心に薄っすらともやがかかったのに気が付かないふりをして、テツはソファに座ってテレビのリモコンを押す。するとチャンネルが地上波に切り替わり、野球部の青春を描いたアニメが画面に映し出された。

 それを何となく見ていると、キッチンから母が声を掛けてきた。


「高校では何部に入るか決めたの?」

「……まだ。明日から部活の見学期間なんだ」

「そう。中学までと同じ野球部にしたら?」


 母にそう言われ、テツは一瞬口を噤んだ後、笑顔を作る。


「……運動部、入っても途中で抜けなきゃいけないかもしれないでしょ。またチームのみんなに迷惑かけちゃうから」

「ああ……それもそうね」


 母はそう言ったきり口を閉ざし、野菜を切り始めた。その規則正しい音を聞きながら、テツはリモコンを操作してテレビの電源を切った。とてもじゃないが、野球のアニメなど見ている気分にはならなかった。


「自分の部屋で休んでるね」


 テツはそう母に伝えて、リビングを出て自分の部屋のドアを開けた。

 音を立てないように静かにドアを閉めて勉強机に歩み寄ると、その引き出しから7枚の色紙を取り出す。


 ——木村一哲くんへ。


 どの色紙にも、太いカラーペンでそう書かれている。


「……引っ越してばっかりだったからな」


 テツは苦笑いして、色紙を見つめた。


(これは小学2年生のやつ。こっちは小学3年生のやつ……)


 当時のクラスメイト達の「元気でね」「一緒に遊べて楽しかったよ」というメッセージを見ているうちに胸が痛くなって、テツはすぐに色紙を引き出しに仕舞った。


(たった1年。長くて2年。本当に短い間だったから、すごく仲が良い友達もできなくて……思い出も、ほとんどできなかったな)


 心の中で呟きながら、テツはベッドの上に寝そべる。すると、掛布団の間から、白猫がするりと顔を出した。


「あ、ヒメ」


 白猫……ヒメは名前を呼ばれたのに気が付き、寝そべるテツの頬にすり寄る。


「……安心して一緒にいられる友達、ヒメぐらいだよ」


 テツはそう呟くと、天井を見上げながらぼんやりと過去のことを思い返し始めた。


* * *


 友達を作るのに必死な子どもだった。

 木村家はいわゆる転勤族で、幼少期から引っ越しと新しい生活を繰り返してきた。そのため、テツはすでに出来上がっている友達の輪の中に入っていかなければならず、常に周りに合わせて笑っていた。

 時には、自分の気持ちに嘘を吐くことだってあった。

 たとえば、周囲に合わせて魔法が嫌いなフリをしたりだとか。


 ——嫌われてはならない。ただでさえ僕は余所者なのだから。


 テツはそう思って、いつも楽しそうなふりをして過ごしていた。

 だから、心の底から一緒にいたいと思える友達なんて、できなかった。

 中学三年生の秋。以前いた町から引っ越すことが決まった金曜日、夕飯の場でテツの母は彼に言った。


「次は初風市に引っ越すんですって。テツ、高校はその辺りの学校にしたら?」


 母にそう言われ、テツはハンバーグを飲み込みながら考える。


(……特にこの町に残りたい理由もないし、一緒にいたい友達もいないし、別にいっか)


「うん。そうする」


 テツはそう答えて、母に笑顔を作った。


 その日の夜、テツは自室のベッドの上でスマホを使って初風市の高校を調べた。

 初風市はどうやら教育に力を入れている街らしく、テツが目指している普通科がある高校だけで4つもあった。


「どこがいいんだろう……」


 テツがスマホに映る高校の一覧とにらめっこしていると、部屋のドアがノックされた。


「兄ちゃん、いる?」


 小学3年生の弟の史郎の声だ。


「うん、いるよ」

「入っていい?」

「どうぞ」


 テツが起き上がりつつそう答えると、パジャマ姿の史郎がドアを開けて部屋に入って来た。その表情は暗く、目元に涙の跡がある。それに気が付いて、テツは史郎に優しく尋ねた。


「史郎、大丈夫?」


 史郎は首を横に振ると、テツに駆け寄り思い切り抱きついてきた。


「もう引っ越すのいやだ」


 涙声でそう漏らす史郎の頭を、テツは優しく撫でる。


「そっか。史郎は引っ越しが嫌なんだね」

「うん……だって、友達と別れなきゃいけないじゃん。せっかく仲良くなれたのに」

(友達……。そっか。史郎には友達がいたのか)


 テツは一瞬唇を噛んだが、すぐに笑顔に戻って史郎に告げる。


「大丈夫。新しい街でも、きっと友達ができるよ」

「でも、どうせまた引っ越さないといけないんでしょ? ……兄ちゃんは嫌じゃないの?」


 史郎の言葉に、テツは息をのんだ。


(嫌とか……考えたこともなかったな。仕方ないんだって思ってたから。でも……)


 テツは少し間を置いて、答える。


「僕も、あんまり嬉しくないかな。……また、友達できずに終わっちゃうから」


 テツの答えに、史郎は目を丸くした。


「兄ちゃん、友達いなかったっけ? 野球部の友達とか、クラスの友達とか……」

「みんな仲良くしてくれたけど、本当の友達にはなれなかったな」


 史郎はその言葉を聞いて、不思議そうな顔で首を傾げた。


「本当の友達って、何?」

「……ずっと一緒にいたいって思える友達」


 テツは寂しそうに笑いながら、そう呟いた。


「きっと今度も、短い間しか同じ学校に通えないから、無理かもしれないけど」

「無理じゃないよ! 兄ちゃんにも、きっと友達できるよ」


 兄の寂しそうな顔を見て堪らなくなった史郎は、一生懸命にそう言った。


「初めから諦めちゃったらダメだよ。高校は色んな人が集まるって父ちゃん言ってたし、兄ちゃんみたいに友達探してる人も沢山いると思う! 」


 史郎はそう言うと、テツの肩をガシッと掴んだ。


「だから、きっと兄ちゃんが一緒にいたいって思える友達もできるよ!」


 弟の一生懸命な顔を見て胸が温かくなり、テツ思わず顔を綻ばせた。


「ありがとう」


 テツは弟を自分の部屋に返した後、再度高校の一覧を確認し、この地域で一番大きな高校であり、外部からも学生が集まるという初風学園高等部を目指すことに決めた。

 人が集まるこの学園でなら、もしかしたら自分でも、一緒にいて心から安心できるような……ずっと一緒にいたいと思えるような友達ができるかもしれない。そう思ったのだ。

 そして、期待に満ちた入学式の日の朝。猫と会話している不思議な少女……ふわりと出会った。


 同じ初風学園高等部の制服を着ていること。自分の大好きな猫という生き物と会話ができる人だということ。そして何より……魔法が使えること。

 魔法は素敵で、誰かを幸せにできる素晴らしいものだ。そんな魔法が使える彼女と一緒にいたら、自分の寂しい世界も変わるかもしれない。他人に合わせて笑顔を作って、誰とも本当の友達になれない人生が変わるかもしれない。そんな淡い期待が、テツの胸を占めていた。


 ——この子と、もっと仲良くなってみたい。


 生まれて初めて、そう思ったのだった。


* * *


 部屋のドアがノックされる音で、テツは目を覚ました。どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだった。


「テツ、晩ご飯できたわよ」

「はーい」


 まだ眠たげな目を擦りながら、テツは体を起こす。すると、ヒメが膝の上に乗っかってきた。


「ふふっ、ヒメは甘えん坊だな」


 テツは自分にベッタリなヒメを見て、初対面の時にふわりを家に誘ったことを思い出した。


(あの時の佐藤さん、少し戸惑ってたし、安住さんは付き合ってもないのに家に呼ぶのは変だって言ってたな。でも……)


 テツの脳裏に、昼間のふわりの笑顔が浮かぶ。あの明るくて優しい笑顔を思い出すだけで、何故だか顔が熱くなった。


(もっと仲良くなったら、家に呼んでも変じゃないかな……なんて、昔から作り笑いばっかりしてる僕には難しいか)


 そんなことを考えている間に、ドアが再度ノックされる。


「テツ、ご飯!」

「あっ、ごめん! 今行く!」


 テツはヒメをどかして立ち上がり、ドアの取っ手に手をかけた。


(……難しいかもしれないけど、佐藤さんのこと、いつか家に呼べたらいいな)


 心の中でそう呟いて、テツは頬を緩ませながらリビングに歩いて行った。

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