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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第一章 恋と魔法と始まりの日々
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3 甘いおまじない

 小学生の頃の夢を見ていた。


 6年生の時、ふわりは隣の席のサッカー部の男子が好きだった。明るく爽やかな性格で、まだ小学生だったが、スポーツマンらしく精悍な顔つきをしており、ふわりにもたまに話しかけてくれた。

 だから、彼の誕生日に、ふわりは魔法で作ったマスコットキーホルダーをプレゼントしようとしたのだ。彼の好きなシマウマのマスコットには、彼が部活でケガをしないようにおまじないをかけた。

 その日の放課後、ふわりはプレゼントを渡すべく彼を中庭に呼び出した。


「和人君、これ、あげる!」

「え? 俺に?」

「うん。今日、誕生日でしょ? だから作ってきたの。和人君がケガしないようにおまじないをかけるのも頑張ったんだよ!」


 ふわりは笑顔を見せながら、一生懸命に言った。


「……」


 和人はしばらく黙った後……吐き捨てるように言った。


「魔女が作ったものなんていらねえよ」


 ふわりの笑顔が、固まる。


「え……」

「だって、どんな魔法がかかってるか分かんねえじゃん。呪われるかもしれないだろ」


 ふわりの手から、シマウマが地面に落ちる。


「隣の席だから話してやってたけど、俺、お前のこと苦手なんだよ。魔法とか、意味わかんなくて怖いし。俺の友達も、みんなそう言ってる」


 和人はそこまで言うと、ふわりを睨んだ。


「悪いけど、もう俺に関わんないでよ」


 そう言って、和人はふわりの返事も待たずに中庭を出て行ってしまった。

 その背中を見送って、ふわりはその場にへたり込む。


「そっか……」


 涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。


「魔法って、怖いんだ」


 シマウマに、涙が染みていく。


「私、嫌われてたんだ」


 ふわりは涙を拭いながら、小さく呟く。


「もう、誰にも魔法は見せないようにしなきゃ」


* * *


 ピピッピピッ……。

 枕もとにある目覚まし時計が午前8時を知らせる。朝だ。


「う……ん、変な夢見た……」


 ふわりは体を起こして、朝の身支度を始めた。

 カフェ指定のシャツとエプロンに着替え、ふわふわした髪の毛を梳かして高い位置でポニーテールにし、ふわりは階段を下りていく。


「おはよう」


 すると、父が店の開店準備をしているところだった。


「ああ、ふわり、おはよう。キッチンに朝ごはんがあるから食べておいで」

「うん」


 ふわりは父に従ってキッチンに行くと、テーブルに用意された海老とチーズのパンケーキを食べ始めた。

 そのうち、2階から制服に着替えた母と兄も降りてくる。


「おはよう。あらお父さん、もう準備してくれてるの?」

「おう。早起きは得意だからな」


 父はそう言うと、逞しい右腕で力こぶを作った。


「まあ、頼もしい」


 母はクスリと笑うと、キッチンのテーブルに来て、ふわりの隣で朝食を食べ始めた。蓮介もふわりの向かい側に座ってパンケーキを切り始める。


「ふわり、昨日の入学式はどうだった?」


 蓮介に優しく尋ねられ、ふわりの頭に真っ先に浮かんだのはテツのことだ。


 ——怖くないよ。すごく素敵だと思う!


 テツに魔法を褒めてもらえた時のことを思い出し、ふわりの頬が赤くなる。その反応を見て、蓮介は思わず手を止めた。


「……うそ、好きな子でもできた?」

「あっ、れんにい! また私の心読んだ!」

「いや、今回は読んでないよ。あまりにも分かりやすすぎて……ねえ、母さん」


 蓮介の言葉に、母も微笑みながら頷いた。


「そうねえ。顔に書いてあるわね」

「む……」


 ふわりは少し頬を膨らませた後、口を開いた。


「……私の魔法を、素敵だって言ってくれた男の子がいたの。その子、優しくていい子で……もっと仲良くなりたいって思ってるんだ」


 ふわりの言葉を聞き、蓮介と母が「あら……」と和む。


「ふわりが言うなら、よっぽどいい子なんだろうなあ」

「ねえ、その子のお名前は何て言うの?」

「木村一哲君……みんなテツ君って呼んでるみたい」

「そうなの。テツ君ね」


 母はニコリと微笑むと、ふわりに向かって指を振った。

 すると、ピンク色のナデシコの飾りのついたヘアゴムが現れ、ふわりの手の中に収まったのだ。


「お母さん、これは……?」

「私の家に伝わる髪飾りよ。娘が幸せな恋をしたらプレゼントするように、おばあちゃんから言われてたの」

「じゃあこれ、魔法の道具だったりするの?」


 ふわりが尋ねると、母は微笑みながら首を横に振った。


「いいえ。職人だったひいおじいちゃんが、魔法使いだったひいおばあちゃんと結婚してから、これから生まれてくる子孫のためにって、ずっと作っていたただの髪飾りらしいわよ。でも、気持ちはこもってるわ」

「そうなんだ……」


 ふわりはそのヘアゴムを少し見つめた後、母に向かって微笑んだ。


「ヘアゴム、付け替えてくるね」

「ええ。分かったわ」


 ヘアゴムを片手に洗面所へ歩いて行くふわりを見て、母と兄は顔を見合わせて笑った。それを見ていた父が、キッチンにやってきて不思議そうな顔をする。


「あれ、ふわり、どこに行ったんだ?」

「ああ、あのナデシコの髪飾りをあげたら、着けてくるって洗面所に行ったわよ」

「ナデシコの……ってことは」


 父はショックを受けた顔で肩を落とした。


「ふわりにも彼氏が……」

「ま、まだ付き合ってないみたいだよ」


 蓮介が慌ててフォローするが、父の表情は晴れない。


「名前は、何て言うんだ?」

「テツ君ですって。ふわりの魔法を素敵だって褒めてくれたみたいよ」

「テツ君か……会ってみたいな」


 蓮介は、しょげていた父の背後に、メラメラと炎が燃え上がっているように錯覚した。


(父さん……)

「まったく、大人げないわねえ」


 母が微笑みながら溜息を吐いた。


* * *


 午前9時。カフェ「Pink Vioiet」が開店した。この店は、ふわりの両親が営んでいる町の住民の憩いの場だ。西洋風の店内では、パフェやパンケーキなどの甘いカフェメニューからグラタンやパスタなどのランチメニューまで食べられる。この町の老若男女に愛されている店だ。

 今日は日曜日ということもあり、朝から店には多くの人が来店していた。ふわりは蓮介と共にホールで接客をし、ようやくお昼の混雑を乗り越えた。


「はあ……やっぱり今日は人が多いな……」


 ふわりはカウンターで溜息を吐く。それを見かけた蓮介が、ふわりの肩を叩いて微笑んだ。


「ふわり、笑顔」

「うん。分かってる」


 ふわりはなんとか意識して笑顔を作ろうとする。しかし、その表情は疲れもあってかどこかぎこちなかった。

 しかし、そんな疲れも一瞬で吹き飛ぶことになる。


「こんにちはー!」


 店のドアが開いて、なんとテツがやってきたのだ。


(て、テツ君だ!?)


 ふわりの顔が嬉しさで紅潮する。


「いっ、いらっしゃいませ!」


 ふわりは慌ててカウンターを出て、テツの元に駆け寄った。

 テツはふわりに気が付くと、嬉しそうな顔を彼女に見せた。その笑顔が可愛らしくて、ふわりの頬が緩む。


「あれ、佐藤さんだ。佐藤さんもここで働いてたの?」

「うん! ここ、私の家がやってるお店なの。ところで、テツ君はどうしてここに……」


 「テツ君」という言葉を聞き、キッチンとホールで片づけをしていた家族達が一斉にテツを見た。


(あれが、テツ君……!)


 母は楽しそうに目を輝かせ、兄は妹の好きな人を見つけて少し頬を染めながら笑みを浮かべ、父は背後に炎を燃え滾らせた。

 三者三様の家族からの反応に気が付かないまま、テツはのほほんとした笑顔で答える。


「僕、今年からこの街に来たからさ、どこか素敵なお店はないかなって思って……そしたら同じバイトの友達が紹介してくれたんだ」

「バイトの友達……?」


 ふわりが首を傾げると、テツの後ろから背の低い男子が歩いてきて、咳払いをした。


「ふわりん、久しぶり」


 声の主を見ると、スラッとした茶色いミディアムヘアーの少年が、ふわりに微笑んでいた。

 左サイドの髪を青と黄色の花柄のバレッタで緩く留め、服装は鮮やかな青と白のストライプシャツ。

 お洒落を追及しているこの爽やかな男子に、ふわりは見覚えがあった。


「あれ? もしかして八坂ちゃん!?」

「うん。小学生の時以来かな?」


 2人の親し気な様子を見て、テツは不思議そうに尋ねた。


「2人とも、知り合いなの?」

「うん。ふわりんは、オレの小学校の同級生。オレは公立中学に進んだから、分かれちゃったけど」

「八坂ちゃんはね、みよちんの……安住さんの幼なじみなんだよ。私ともたまにお喋りしてたんだ。メイクがすっごく上手いんだよ」


 ふわりにそう言われ、テツは改めて八坂の顔を見る。すると、たしかにブラウンのアイシャドウやマスカラなどがつけてあった。地味すぎず派手すぎないナチュラルメイクだ。


「ほんとだ。八坂君、メイク似合ってる」

「今更? オレずっとメイクしてたけど」

「自然すぎて気付かなかったんだよ」

「ふーん……まあ、褒め言葉として受け取っておくよ。それはそうと、ふわりんも制服似合ってるね。それこそ、今オレがしてるようなメイクが似合いそう」


 そう言って微笑む八坂の隣で、テツはにこっと笑う。


「そうだね。佐藤さん、すごく似合ってる!」


 テツに褒められて、ふわりは思わず頬を赤らめた。


「あっ、ありがとう……」


 その様子を見て、男性陣はソワソワと落ち着かない様子で小声で話し合っていた。


(父さん、一人増えたよ……!)

(修羅場になっちゃうか!?)


 母はそんな二人の様子を見てクスリと笑う。


(でも、ふわりはテツ君しか見てないわねえ)


 そう思いながら、母はふわりの側に行くと、テツと八坂に優しく尋ねる。


「2名様ですか?」

「はい」

「では、こちらの席にどうぞ」


 母に案内されて、テツと八坂はテーブル席に座った。


「ご注文がお決まりになりましたら、店員にお声がけ下さい」

「はーい」


 八坂は間延びした返事をして、メニューを開いた。


「ふわりん、おすすめのメニューってどれ?」

「えっ、ああ……今日は苺のパンケーキかな」

「じゃあ、オレはそれで。テツはどうする?」

「えっと、僕はプリンアラモードで!」


 テツは笑顔でふわりに答える。その笑顔を見て、ふわりは頬を緩めながらしっかりと頷いた。


「かしこまりました! 少々お待ちください」


 ふわりはそう言ってキッチンの方に歩いて行こうとする。しかし、八坂がそれをエプロンの裾を掴んで止めた。


「待って、ふわりん」


 その様子を見て、やはり兄と父が青ざめる。


(やっぱり修羅場じゃ……!?)

「八坂ちゃん?」


 ふわりは不思議そうな顔をして八坂を見た。すると、八坂は頬を染めながら尋ねる。


「あのさ、美世って元気?」

「ああ……うん。元気だよ」

「彼氏いる?」

「ええ? うーん、彼氏がいる話は聞いたことないなあ」

「そっか……引き留めてごめん」


 八坂はふわりのエプロンから手を離した。その様子を見て、ふわりはにこっと微笑む。


「八坂ちゃん、頑張って」

「うん。さんきゅ」


 八坂の笑顔を見て、テツは微笑んだ。


「今日ここに来たのって、これが目的?」

「……ごめん。でも、この店が良い店なのは間違いないから」

「うん、僕もそう思う!」


 テツは明るく笑ってキッチンの方を見た。


「プリンアラモード、早く来ないかな」


* * *


 ふわりはキッチンでプリンアラモードの飾りつけを始めた。その隣で、パンケーキを焼いていた父がふわりの顔を覗き込む。

 テツに出す料理を、幸せそうな笑顔で作っていくふわり。こんなに楽しそうな彼女を見たのは久しぶりだった。


(本当に、テツ君が好きなんだな……)


 父の脳裏に、小学生の頃、泣きながら学校から帰ってきたふわりが蘇る。


 ——誕生日プレゼント、受け取って貰えなかった。……ねえ、お父さん。魔法って怖いものなんだね。


 地面に落ちて泥が付いたシマウマのマスコットを握って泣きじゃくるふわりを見て、父は何も言えなかった。


(あの時は、魔法はふわりのハンデだと思っていた。俺も、母さんと知り合った時は魔法が少し怖かったから、怖がられるのは仕方がないとどこかで諦めていた。でも……)


 父はキッチンの奥から、八坂と談笑するテツの顔を見る。


(魔法を魅力的だと思ってくれる人もいるんだな)


 パンケーキを皿に乗せ、ホイップクリームと苺で飾り付けていく。傍らのふわりをチラリと見ると、もう飾り付けが終わり、いつでも提供できる状態だった。


「お父さん、プリンアラモード、先に出してきてもいいかな?」


 ふわりに尋ねられ、父は首を横に振った。


「待ってくれ」

「え? どうして?」

「まだ、おまじないをしていないだろう?」


 父はそう言うと、ふわりに優しく微笑む。


「食べた人を笑顔にできるおまじない、確かあったよな?」


 そう言われて、ふわりは目を丸くした。


「おまじない……ある、けど」


 何か言いかけて、ふわりは俯く。脳裏に、今朝の夢がフラッシュバックしていた。


「また……嫌がられちゃったら……」

「おいおい。テツ君は、ふわりの魔法を嫌がるような男の子なのか?」


 父は優しく笑いながら、ふわりを見つめた。


「そうじゃないから、好きになったんだろ?」


 父の言葉に、ふわりは頬を染めて頷く。


「……うん」


 ふわりは父にふにゃっとした笑顔を見せて告げた。


「おまじないする。お父さん、ありがとう」


 そう言うと、ふわりはプリンアラモードに向かって指を振る。


(テツ君が、笑顔になりますように)


 すると、優しいピンク色の光がプリンアラモードを包み、やがて消えた。


「……よし、持っていくね」

「ああ」


 プリンアラモードを乗せたお盆を持ち、軽い足取りでテツの元に向かう娘の後ろ姿を見て、父は寂しそうに微笑む。


(いつまでも、小さい頃のままじゃないんだな)


* * *


「お待たせしました。プリンアラモードです」


 ふわりはプリンアラモードをテツの前に置くと、にこりと笑った。


「うわあ……! すっごく美味しそう!」


 テツは目を輝かせてふわりを見る。


「これ、佐藤さんが作ったの?」

「うっ、うん! そうだよ」


 ふわりが頷くと、テツは満面の笑みをふわりに見せた。


「すごいね。佐藤さん、料理も魔法みたい!」


 テツの言葉を聞き、八坂は首を傾げる。


「料理も? てことは、ふわりん他にも魔法みたいなことができるの?」


 そう言う八坂に向かって、テツは得意げに胸を張る。


「佐藤さんは魔法使いなんだよ!」

「えっ、そうなの?」


 八坂はふわりの方を見て目を丸くした。


「ふわりん、魔法使えるんだ。初めて知った」


 驚いた様子の八坂に対して、ふわりはきょとんとする。


「え? 小学生の時に見せてたよ? 八坂ちゃんは信じてくれなかったけど」

「まじ? ……じゃあ、飼育小屋のウサギと会話してたのも魔法?」

「そうだよ」

「そうだったんだ……あっ、じゃあ、あれは? オレの誕生日に虹を見せてくれたのも魔法?」

「うん。あの魔法はなかなか難しかったなあ……」

「まじか。ごめんね、今まで信じてなくて」


 八坂が申し訳なさそうに謝ると、ふわりは「大丈夫だよ」と優しく微笑んでくれた。

 その様子を見て、テツの胸にチクリと痛みが走る。


(……いいな。昔からの友達の会話。僕にはできないや)


 テツの表情が僅かに曇ったその時。


「テツ君、良かったら食べてみて。口に合うといいんだけど……」


 ふわりが、頬を染めながら笑いかけてきたのだ。

 その笑顔を見て、テツは慌てて笑顔を作る。


「あっ、うん! いただきます」


 まだ波立った心を何とか整えながら、テツはプリンアラモードを一口食べた。

 その瞬間、テツの口に濃厚な卵の風味とさっぱりした甘さのホイップクリームの味が広がる。

 それだけではない。先ほどまで痛かった胸の辺りも、ぽかぽかと温かくなっていた。


「……美味しい」


 そう呟いたテツの表情は、自然と笑顔になっていた。


「佐藤さん、美味しいよ」

「ほんと? 良かった」

「うん。なんていうか、すっごく笑顔になれる味だね」


 テツの言葉に、ふわりの顔が綻んだ。


「あのね、このプリンアラモード、おまじないがしてあるの」

「おまじない?」

「うん。……食べた人が、笑顔になれるおまじない」


 ふわりはそう言うと、満面の笑顔をテツに向けた。


「テツ君が笑顔になってくれて良かった」


 その笑顔に、テツは目を奪われた。


(キラキラしてる……)


 誰かの笑顔がこんなに輝いて見えたことが、今まであっただろうか。

 どうして、彼女の笑顔はこんなに眩しいのだろう。分からない。

 でも、もっと見ていたい――。

 テツの心をそんな思いが支配する。しかし、すぐに我に返って、テツは笑顔をふわりに返した。


「ありがとう。佐藤さんの魔法、やっぱり素敵だね」

「え、えへへ……ありがとう」


 テツに褒められ、ふわりは照れくさそうに笑った。

 小学生の時は、魔法を拒絶されたこともあった。きっとそれが多数派の反応なのだと思う。

 しかし、テツは違う。

 テツは、ふわりの魔法を心の底から喜んでくれている。

 そんな風に魔法を受け入れてくれるテツを見て、ふわりの恋心は更に深まったのだった。

 ふわりとテツが笑いあっていると、後ろから父が咳払いをしながらお盆を片手に歩いてきた。


「お待たせいたしました。苺のパンケーキです」


 父は八坂の前にパンケーキを置くと、テツに向かってにこりと微笑む。


「ふわりのこと、よろしく頼みます」

「え?」

「ごゆっくりどうぞ」


 父はそう言って、キッチンの奥に戻っていく。それを見て、ふわりは慌てて口を開いた。


「あっ、私もキッチンの片づけ手伝わないと! テツ君、八坂ちゃん、ごゆっくりどうぞ!」


 ふわりはそう言い残すと、パタパタとキッチンの方に戻っていった。

 その後ろ姿を、テツはぼんやりと見つめる。


「テツ、クリーム溶けちゃうぞ」


 八坂に声を掛けられて、テツは慌ててスプーンを握りなおした。


「あっ、そうだった。食べなきゃ」


 そのどこか上の空な様子を見て、八坂はニヤリと笑う。


「テツって、ふわりんのことどう思ってるの?」

「え?」

「なんか仲が良さそうじゃん。付き合ってたりする?」


 八坂の質問にテツは一瞬口を閉ざしたが、すぐに笑顔で首を横に振った。


「ううん。ただのクラスメイトだよ」


 どこか強張ったテツの笑顔。それを見た八坂は違和感を覚えたが、彼の気分を害するのは申し訳なかったため質問は重ねなかった。


「そーなんだ。ふわりんと話してる時のテツ、すごく自然な笑顔に見えたからさ、勘違いしちゃった。ごめん」


 ――自然な笑顔。


 その言葉に心臓を鷲掴みにされているのを感じながら、テツは笑顔を作る。


「謝らなくていいよ。ほら、八坂君のもクリームが溶けちゃう」

「ああ、そだな。食べないと」


 もぐもぐとパンケーキを食べ進めていく八坂に微笑み、テツは自分のプリンアラモードを見下ろす。


(本当の僕を知ったら、佐藤さんはどう思うんだろう)


 プリンを一口掬い、口に運んだ。先ほどと同様、笑顔が込み上げてくるような感覚になる。しかし、テツは緩む頬を必死に堪えた。

 胸の奥に、冷たいつららが刺さるような、そんな心地がした。


* * *


 ふわりがキッチンに戻ると、肩を落とす父を必死に慰める兄と、笑いながら背中を擦ってやっている母がいた。


「えっ、お父さん、どうしたの?」


 ふわりが尋ねると、兄が苦笑いしながら答える。


「父さん、傷心モードみたい」

「料理を運んだ時は、格好良かったのにねえ」


 やれやれと笑う母と、シクシク泣いている父を見て、ふわりは首を傾げたのだった。

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