43 創業祭②
創業祭オープニングステージの演奏を、美世は舞台裏で俯き加減に聴いていた。
この演奏が終わったら、自分はランウェイを歩くのだ。そして、賞を獲って両親に冬紀のことを認めてもらう——。
もう後には引けない。絶対に成功させるという意思もある。しかし、そうは言っても凡人の自分にすべて成功させることが可能なのか分からなかった。
美世の様子を目の前で見ていた冬紀は、ふわっと笑って「美世」と声を掛ける。
「ちょっとメイクしよっか」
「メイク?」
「うん。まだ時間あるし」
冬紀はそう言うと、司会進行係の男性に「一旦、着替え部屋に戻ります」と伝えて、彼女をステージの近くにあるナイトカフェへ連れて行った。普段は夜のみ店を開けているのだが、今日はステージの準備部屋として日中も開放してくれている。
ドアを開けると、店主の女性が備え付けのテレビで創業祭のステージを見ていた。恐らく、店を開けている関係で外に出ることができないのだろう。
「あの、少し化粧室借りていいですか?」
冬紀が声を掛けると、店主はにこりと笑って「どうぞ。冬紀ちゃんなら場所も分かるわよね」と頷いてくれた。
それにお礼を言い、2人は化粧室に入る。
壁に掛かった時計を確認すると、時刻は10時12分だった。ファッションショーは30分からだから、冬紀が言うほど時間は無いと思い、美世の気持ちが急く。
「あの、時間……」
「だいじょーぶ。俺、普段からメイクしてるし」
「そうなの?」
「うん。この店で、スタッフさんのメイクを担当させてもらってる。ここの店主さん、母さんの友達でさ。オレがメイクの勉強したいって言ってたことを店主さんに伝えたらしいんだよね。そしたら、うちにおいでって声掛けてくれた。それで、毎日って訳じゃないけど、ここでメイクの練習してるんだ」
「ちなみに、テツはここの開店前清掃の係ね」と言いながら、冬紀は手早くメイク道具を出す。
「じゃ、始めるね。こっち向いて」
「う、うん」
美世がこちらを向いたのを確認して、冬紀はベースメイクを始める。丁寧に、でも素早く下地を塗り広げていくのをみると、冬紀は本当に慣れているようだ。
アイシャドウ、チーク……と、手早くメイクが進んでいく。その間、冬紀は集中しているのか一言もしゃべらなかった。
時計の秒針の音しか聞こえない静かな空間の中、彼に触れられ、メイクされていることに緊張と気恥ずかしさを感じてしまったが、それと同時に胸が暖かかった。
——冬紀、昔の約束のことを覚えていてくれたんだね。
ダンスのステージに立つ自分のことを、世界で一番可愛くする。たしか昔、彼はそう言っていた。
これはダンスのステージじゃないけれど、それでも冬紀が美世のためにメイクを頑張り続けてくれていたのには変わらない。
「……はい。これで仕上げ」
冬紀はローズピンクのリップを取り出し、美世の唇に優しく塗った。
リップのキャップを閉め、美世に得意げに微笑む。
「うん。超かわいい。鏡見てごらん」
冬紀に促され、美世は化粧室に備え付けられてある大きな鏡を見た。
すると、そこには……今まで見たことが無いくらい、華やかで可愛らしい自分の姿があった。
「どう? オレの魔法」
「……可愛い」
「よっし。今まで頑張ってた甲斐があった」
冬紀は明るく笑って、椅子に座る美世の両肩に手を乗せる。
「美世、大丈夫だからね。絶対に、全部上手くいく。だって、今の美世は無敵の可愛さだから」
そう言って笑ってくれる幼なじみを見ているだけで、勇気が湧き上がってくる。
——そうだ。私なら大丈夫。だって、冬紀が魔法を掛けてくれたんだから。
「うん。私なら絶対大丈夫」
美世は微笑み、立ち上がった。
「冬紀。私、堂々と歩いてくるよ。冬紀の魔法はこんなに素敵なんだって、パパとママに……ううん、今日見てくれてる全ての人に教えてくるから!」
「その意気だよ。さて、じゃあ本番、行こっか」
「うん!」
2人は笑顔で頷き合い、舞台裏に戻っていった。
* * *
「続きましては、創業祭開催記念、ファッションショーです!」
司会の声に続いて、「エントリーナンバー1番……」とアナウンスが入り、参加者がランウェイに向かって歩いて行く。誰かが出ていくたびに、観客からは歓声が上がった。
あの観客席の中に、きっと美世の両親もいるのだろう。
「エントリーナンバー6番。初風学園高等部より、安住美世さんです」
アナウンスに促されて、美世は舞台裏からステージに出た。
その瞬間、そこ狭しと座った観客たちの期待に満ちた視線が、一斉に美世へ注がれた。それに一瞬、怯んでしまう。
しかし、そのとき、ふわりと優しい追い風が、美世の背中を押してくれた。
(そうだ。大丈夫。だって私は……ううん、私と冬紀は無敵なんだから)
ふっと、美世の顔に笑顔が浮かんだ。
一歩ずつ、前へと歩いて行く。ワンピースの裾が、風に誘われてゆったりと揺れた。
一歩、前へ進むたびに、足が軽くなっていく。堂々と、自信を持って、たしかに前へと進めている。そんな彼女を見た観客席から、歓声が上がった。
「ねえ、この子可愛くない?」
「安住って、もしかしてあの俳優の娘さん?」
「あー、確かに似てるかも。だけど……」
「そんなの関係ないくらい、その子そのものが可愛いって感じ」
——メイクしてるだけで、こんなに違うんだ。きっと、冬紀がメイクしてくれたから……私のことをずっと見ていてくれた冬紀がメイクしてくれたから、私は私のままで、こんなに素敵になれたんだ。
美世は観客席に笑顔を振りまきながら歩いて行く。
ふと、マスク姿の両親の姿を見つけた。
芸能人がいたら騒ぎになってしまうと思ってのマスクだろう。そのせいで鼻から下は見えなかったが、目は確かに美世の方を見ていた。
——パパ、ママ、見て。これが私だよ。冬紀の魔法が、私を私のまま可愛くしてくれたの。素敵でしょ?
美世は両親に向かって、太陽のように明るい笑顔を見せた。
——冬紀、ずっと私との約束を守ってくれてたの。そんな冬紀が大好きなんだ。
美世の笑顔を見た両親の瞳が、太陽の光に反射して、きらりと光った。
「ねえ、祐一さん」
母の喜咲が、目を潤ませながら微笑む。
「美世、すごく綺麗ね……」
「ああ、そうだな」
父の祐一も、穏やかに笑いながら娘を見つめた。
「いつの間にか、僕たちの娘は、こんなに素敵に成長していたんだな」
ランウェイの折り返し地点を戻り、美世はステージに引き返していく。
それを見ていた観客席のふわりは、うっとりと彼女を見つめていた。
「みよちん、すっごく可愛い……!」
「うん。すごく綺麗だ」
隣のテツも微笑む。
「八坂君の服とメイク、本当に安住さんに似合ってる。きっと、安住さんのことをすごく考えて作ったんだね。……すごいな」
——僕には真似できないや。そう出かかったのをぐっと堪えて、テツはステージに戻った美世へ拍手を送った。
拍手で包まれる会場に向かって、美世は丁寧に頭を下げる。
この観客の反応が証明している。冬紀の魔法の魅力が、みんなに伝わったのだと——。美世は心の底から幸せな笑顔で、観客席を見つめていた。
「参加者の皆さん、ありがとうございました! これから、観客の皆さんに優勝者を選んでいただきます! もしよろしければ、創業祭プログラムのQRコードから投票をお願いいたします。 その間に、服飾を担当して下さった皆さんにもステージに出てきてもらいましょう」
司会に促され、服飾を担当し学生や社会人がステージに上がった。冬紀は美世の隣に来ると、彼女にニッと笑って「ステージ、最高だったね」と告げた。
美世もそれに頷き、観客の姿を見守る。
ファッションショーでできることは、全て出し切ることができた。あとは、優勝さえできていれば両親もきっと冬紀のことを認めてくれる。美世は緊張した面持ちで結果発表を待った。
「……はい! 時間になりましたので、投票を締め切ります! 総投票数、なんと153票! たくさんの投票をありがとうございました」
「すごいですね!」と司会者は興奮した様子だ。
「では、結果発表に移ります! 最も投票数が多かったのは……エントリーナンバー6番! 安住美世さんと、八坂冬紀君のペアです!」
発表が出た途端、観客席とステージの他のエントリー者から拍手が巻き起こる。
優勝は目指していた。だけど、美世は信じられなかった。凡人の自分が、優勝を獲れたことが……。
「優勝者の2人にインタビューしてみましょうか。安住さん、優勝おめでとうございます。今のお気持ちは?」
「あ、えっと……」
マイクを向けられ、美世は言葉に詰まった。何と言えばいいのか分からない。まだ、感情の整理ができていない。だけど、確かに言えるのは……。
「すごく、嬉しいです。冬紀の服やメイクが認められたことも、沢山の人に、私自身を見て貰えたことも。本当に、ありがとうございます!」
美世は勢いよく頭を下げた。それを暖かい拍手が包む中、司会者は冬紀にもマイクを向ける。
「お2人に投票した理由に、服とメイクがモデルに一番似合っていた、という意見が多く上がっていましたが、今回服飾を担当するにあたって八坂君が頑張ったことは何ですか?」
「モデルを輝かせるために、オレができることを全部やりました」
冬紀は明るく笑って、続ける。
「昔、美世と約束したんです。ステージに立つ美世のことを、世界で一番可愛くしてみせるって。その約束を守るために、これまでずっと努力してきました。そのお陰で、今日は優勝をすることができました。だけど……オレ、これからも美世のことを世界一輝かせたいと思います。これからもずっと、あの日の約束を守り続けます」
堂々と言ってのけた冬紀に対して、観客席から黄色い歓声と大きな拍手が送られる。それに司会者も明るく微笑み、
「素敵な約束ですね! これからも、お2人の活躍を祈っています。以上、創業祭開催記念ファッションショーでした!」
彼の元気な声によって、ファッションショーはお開きとなった。
次のプログラムに移るため、2人も舞台裏にはける。各々荷物を取って、ファッションショーの運営担当から「皆さんのお陰でファッションショーは大成功です! ありがとうございました!」という旨の話をされた後、解散して舞台裏から出たそのときだった。
マスク姿の美世の両親が、こちらに歩いてきていたのだ。
「美世、あれ……」
「うん。パパとママ……」
2人が緊張した顔で待っていると、美世の両親は2人の前にやって来て、優しく微笑んだ。
「ステージ、素敵だったわ」
「頑張ったね、美世。それに……冬紀君も」
祐一に微笑まれ、冬紀は照れくさそうに頬を掻く。
「見ないうちに、成長したんだね。まさか優勝を獲れるなんて驚いた。……いや、ごめん。言い方が悪いな。2人の努力の跡を見れば、優勝するのは当然だったと思う。ただ、僕の中では美世も冬紀君も小さな子どものままだったから、驚いたんだ」
「いや、オレもまだまだです。今回頑張れたのは、美世の存在と、昔2人でした約束のお陰です。あの……オレの気持ち、聞いてくれましたよね」
「ああ。もちろんだ」
祐一はゆっくりと頷き、冬紀に向かって手を差し出した。
「冬紀君。君に美世を頼んでもいいかな」
差し出された手を、冬紀はしっかりと握ったが……首を横に振った。
「どっちかに任せるなんて、オレと美世はそんな感じじゃないですよ。お互いに、支え合って……これからも、2人で1つ。ずっと、一緒に夢を追いかけます。昔みたいに」
「ああ、そうか。……本当に、立派になったな。なあ、喜咲」
祐一に声を掛けられ、喜咲も穏やかに微笑む。
「ええ。そうね。でも、今の言葉……ふふ、ちょっとプロポーズみたいね」
喜咲の言葉に、美世の顔がカーッと赤くなる。それを見た祐一と冬紀は「そのときは改めて挨拶においで」「もちろんです」と笑い合った。
ノリのいい2人を見ていると、なんだか恥ずかしくなってしまうが……昔のように親しい関係に戻れたこと。そして、自分も冬紀も、一歩前に進めたこと。それを感じて、美世は幸せそうに微笑んだのだった。




