41 成長
遊園地から帰宅後、ふわりは蓮介と共に車を降りた。
それと同時にお腹がぐーと鳴って、ふわりは顔を赤くしながらお腹を押さえる。朝食はロクに食べていなかったし、昼食の弁当だけではもう持ちそうにない。早く夕飯が食べたいところだ。
「お腹空いた?」
蓮介が微笑みながら尋ねてくる。ふわりはそれに小さく頷いた。
「うん」
「じゃあ、早く夕飯にしよう」
そう言って穏やかに笑う蓮介を見ていると、昨日の晩の喧嘩が嘘のようだった。
先ほど、駐車場で冬紀の姉を抱きしめていたのを考えると、もう復讐なんてするつもりはないと考えるのが自然だろう。
しかし、ふわりは兄の口から直接それを確かめたかった。
「ねえ、れんにい」
「うん?」
「れんにいは、まだ、おばあちゃんの復讐をしようと思ってる?」
ふわりが尋ねると、蓮介は静かに首を横に振る。
「ばあちゃんは、復讐なんて望んでない。だから、もう復讐なんてしないよ」
そう言って、蓮介は憑き物が取れたように朗らかに笑った。
それを見て、ふわりも安堵して顔が綻ぶ。
「よかった……」
「昨日はごめんね」
「ううん。いいの。れんにいが踏みとどまってくれて嬉しい」
ふわりはそう言った後、真剣な顔を蓮介に向ける。
「あのね、れんにい」
「何?」
「私、グリフィンさんのことを止めたい」
妹の真剣な表情を見て、蓮介は息をのむ。
蓮介が知っているふわりは、泣き虫で、どこか自分に自信が無くて、臆病で……こんな風に意志の強い顔なんてできない少女だった。
しかし、そんな彼女が今、確固たる意志を持って自分の両目を射抜いている。
ああ、いつの間にそんなに成長したのだろう。
「グリフィンさんが復讐したら、おばあちゃんはきっと悲しむ。それだけじゃない。「魔法はみんなを幸せにするものだ」っていうおばあちゃんの信念も、裏切ってしまうことになる。そんなの、おばあちゃんは望んでないし……そうしたときに一番悲しむのは、グリフィンさんなんじゃないかなって思うの」
「ふわりは、グリフィンさんのために復讐を止めたいの?」
「……うん。私は、魔法に誰も傷つけさせたくないの。LODAMの人にも、グリフィンさんにも、傷ついてほしくない」
「そっか……」
本当に、ふわりは大きくなった。
もう、自分の後ろにくっついていた小さな女の子ではないのだ。
強くて、優しくて……ああ、まるで、ばあちゃんみたいだ。蓮介はそう思い、微笑む。
この駆け出しの魔導士の力になりたい。大切な妹の力になりたい。蓮介はゆっくりと頷いて、口を開いた。
「俺も協力するよ」
「ほんと?」
「うん。俺、グリフィンさんの連絡先も持ってるから、もしかしたら力になれるかもしれない。それに……俺も、ふわりと同じ気持ちだから。魔法は、誰かを傷つけるためのものじゃない。誰かを笑顔にするものだ。絶対にね」
「れんにい……!」
ふわりは嬉しそうに目を輝かせ、しっかりと頷き微笑んだ。
「ほら、夕飯食べよう。今日は俺が作るんだ」
「れんにいが作るの?」
「うん。何がいい?」
「じゃあね、カレーがいい! 蜂蜜も入れるの!」
「いいね。そうしよう」
「私も手伝うよ」とあどけなく笑って、ふわりは蓮介と並んで玄関の扉を開けた。
その瞬間。
「ふわりー!!」
リビングから、父が涙目で突進してきたのだ。
「うわ!?」
ふわりはそれを慌てて躱す。すると父は勢い余って玄関のドアにぶつかってしまった。
「ちょ、お父さん!?」
「父さん、どうしたの?」
「帰りが遅いから心配してたんだよ! テツ君と何かあったんじゃないかって」
父が涙を筋肉質な腕で豪快に拭いながら、それでもまだ潤んだ瞳でふわりを見つめる。
「ほら、もう夜だし、そういうことになってたりとか……」
「そういうこと?」
ふわりは首を傾げる。その横で、蓮介は苦笑いしていた。
「父さん、セクハラだよ。やめて」
「セクハラ……?」
ふわりはしばらく不思議そうな顔をしていたが、やがて顔をぼっと真っ赤にして父の胸をポカポカと叩いた。
「お父さんのバカ! 変態! 私たち、そんな乱れた付き合いはしてないもん!」
「そうか……い、いや、でもキスくらいはしたんだろ……?」
「うう……それは……」
「その反応……キスしたのか!? したんだな!?」
「もー! そんなこと聞かないでよ、バカ! 変態!」
「う……」
「変態」と繰り返されて、父が目に見えて萎れていく。それを、リビングからやってきた母が見てクスリと笑った。
「だから心配いらないって言ったのに。ほんと、娘のことになると頭のネジが外れちゃうんだから」
母の言葉に、蓮介は心の中で「母さんも辛辣だな」と呟き、苦笑いした。
しかし、こうして家族で賑やかに過ごす時間が、なんだか久しぶりのような気がして嬉しかった。
* * *
蓮介とふわりの作ったカレーが食卓に並んだ。全員で「いただきます」と手を合わせて、スプーンでカレーを掬っていく。蜂蜜のお陰で少し甘く、まろやかになったカレーは食べるのが止まらなくなる美味しさで、ふわりは、頬っぺたが落ちそうになりながらもモリモリ食べ進めていた。
「やっぱり、れんにいのカレー美味しい……」
「そうだな。蓮介も料理の腕を上げたもんだ」
カレーを食べて落ち着きを取り戻した父が、満足げに頷きながらカレーを飲み込む。
「大学卒業したら、蓮介にもキッチンを任せてもいいかもなあ」
「ふふ。お手柔らかにお願いします」
蓮介は柔らかく笑う。
昨日の喧嘩なんて無かったような穏やかな時間だ。ふわりは日常が返ってきたことに安心して、にっこりと笑う。
そのときだった。
ふわりのスマホが、ブー、ブーと長く振動し始めたのだ。誰かから電話が掛かってきている。
「ごめん。少し出るね」
ふわりは家族に断りを入れて、スマホの手帳型ケースを開く。すると画面に「テツ君」と表示されていた。
——もしかして、お父さんとのことで何か進展があったのかな……。ふわりは少し緊張しながらも電話に出た。
「もしもし、テツ君?」
『ふわりさん、今少しいいかな』
「うん。ご飯食べてるから、あんまりできないけど……」
『じゃあ、手短に言うね。グリフィンさんの件、父さんも手伝ってくれるって』
「ほんと!?」
「うん。6月9日の夜に、グリフィンさんを捕まえようって話になった」
——6月9日。たしか、創業祭の日だ。
日中に時間があるならテツのことを誘いたいと思ったが、今はグリフィンのことを決めるのが先だ。そう思い、ふわりはぐっと堪える。
「そうなんだね。あの……私に何か手伝えることってあるかな」
『うん。お願いがあるんだ。あの……グリフィンさんと父さんが会う時に、一緒に来てほしくて。父さん1人でグリフィンさんの相手をするのは難しいからって』
テツの言葉を聞き、ふわりは確かにそうかと頷く。
オルラの話を聞く限り、グリフィンは相当な手練れなのだろう。きっと、テツの父にも協力者が必要なのだ。
「分かった。いいよ」
『ありがとう。それから……グリフィンさんを誘い出す方法も考えたくて』
「ああ、それなら、私のお兄ちゃんに相談してみるから、とりあえず安心して」
ちらりと、隣に座った蓮介の方を見る。すると蓮介も大方ふわりの言いたいことに察しがついたのか、小さく頷いてくれた。
『分かった。ありがとう。あと……』
そう言ったきり、テツの声が途切れた。
どうしたのだろう。電波が悪くて声が聞こえないのだろうか。
「もしもし?」
ふわりが声を掛けると、テツの柔らかい声で「ごめん。なんでもない」と返ってきた。
その声に違和感を覚えて、ふわりは首を傾げる。どうしてだろうか。なんとなく、彼は無理しているような気がする……。
『ふわりさん』
「あ、はい!」
『最後にこれだけ聞いていい? あの、昼休みに、僕に何か話したそうにしてたみたいだけど、何かあった?』
——昼休み。……あ、そうだ。創業祭に誘おうとしてたんだった。
「あのね。6月9日なんだけど、昼に商店街で創業祭をやるんだ。テツ君が良ければ、一緒に行かない?」
電話越しに、テツが行きを飲む気配がした。
「もしかして、都合が悪いかな?」
気を遣って尋ねると、テツから「そんなことないよ」と優し声で返事が返ってきた。
『一緒に行こう。楽しみにしてるね』
そう言う彼の声は穏やかで、何かを気にしている様子なんてない。嫌がっている様子もない。
なのに、どうしてか違和感があった。根拠なんてないのに、直感が「テツ君は何かを隠してる」と訴えかけている。
しかし、それを追求する前に「じゃあ、また明日ね」と電話が切れてしまった。
ぼんやりとスマホを見つめるふわりを見て、両親が不思議そうに顔を見合わせる。
「ふわり、どうしたの?」
「カレーが冷めるし、考え事は後回しにしよう。な?」
「う、うん」
ふわりはそれに頷き、スマホをテーブルの上に置いて夕飯に戻っていった。




