39 思い出したあの日の記憶
夜が深くなって来る。蓮介と芽生の乗った車が遊園地の駐車場に着く頃には、もう空に星がくっきりと見えていた。
車を停めて、エンジンを切る。不意にフロントガラス越しにカラフルな光が見えてきて、芽生は目を見開いた。
花火だ。たしか、ナイトパレードのフィナーレだ。
「綺麗……」
思わず頬を緩ませる芽生を見て、蓮介は「外に出てみよう」と彼女を促す。それに頷いて、芽生は蓮介と共に車を降りた。
駐車場3階から見える、色鮮やかな光の花。その光が芽生の瞳に反射して、華やかに色づく。
優しく照らされる芽生が綺麗で、蓮介は一歩、彼女へ歩み寄りその手に触れた。
ドキリ、と芽生の胸が音を立てる。
「芽生ちゃん、少しいいかな」
優しく声を掛けられ、芽生は赤い顔で蓮介の顔を見上げた。
「君の想いと、俺の想い、ここで伝えてもいいかな」
「あ……は、はい!」
「お願いします」と固い表情を浮かべる芽生に微笑んで、蓮介は彼女の長い横髪に触れ……。
キスを、した。
その瞬間、芽生の脳裏に今までのことが一気に蘇ってきた。
中学生の時に、蓮介のプレーを見て彼に強く憧れたこと。同じ大学に入って、一緒にバドミントンができて死ぬほど嬉しかったこと。彼が身を挺して魔法から自分を守ってくれたこと。臆病な自分を受け入れてくれて、勇気が出せるようにおまじないをしてくれたこと……。
そして、2人でガットを張り替えに行ったあの日、自分を好きだと言ってくれた彼の笑顔。
——プレーの格好良さだけじゃない。優しくて繊細な心を持っている蓮介先輩のことが、私は、ずっと、ずっと……好きだったんだ。
好きだったんだ……!
「芽生ちゃん」
潤んだ視界に、大好きな人の笑顔が揺れた。
「君が、好きだよ」
その笑顔が、あまりにも優しくて、暖かくて……。
「蓮介先輩。私——」
涙が止まらず、呼吸が乱れてしまう。しかし、もう躊躇う必要なんてない。格好悪いだなんて、臆病になる必要もない。だって、どんな芽生でも蓮介は受け入れてくれるだろうから。
「私、あなたが好きです。あなたを見つけた日から、ずっと——」
泣きながら、必死に笑顔を作る芽生のことを、蓮介は静かに抱きしめる。
お互いの温度が伝わってくること。そして想いが通じ合ったことが、ただ嬉しくて堪らなかった。
花火に照らされた2人の影が、駐車場に長く伸びる。
まるで、この世界で2人きりになったんじゃないかという空気の中、ドサッと鞄の落ちる音がして2人は駐車場の奥を見た。
「姉ちゃん……あ、邪魔しちゃいましたよね。ごめんなさい」
落ちた学生鞄を気まずそうに抱える冬紀と、頬を真っ赤にして、両手で口元を覆った美世。そして、先ほど戻って来たのであろうふわりとテツの照れ笑いする姿があった。
「ふ、冬紀!?」
「あああ、ほんとごめん! 邪魔するつもりも見るつもりも無かったんだ! ただ、少しタイミングが悪くて。ねえ、美世」
「私に振らないでよ! あ、あの! ほんとにごめんなさい!」
アワアワと必死に誤魔化す2人の隣で、ふわりとテツも顔を真っ赤にして笑っていた。
「れんにい。お父さんには内緒にしといてあげるね」
「う……」
「ていうか、いつまで抱きしめてるの?」
ふわりに指摘されて、蓮介はギギギ……とぎこちなく芽生から離れる。彼から解放された芽生は両手で顔面を隠しながらその場にしゃがみ込んだ。
「消えたい……」
その様子を見て、4人は照れくさそうに笑った。
「お、俺たちのことはいいからさ、みんな車乗って。送ってくから」
蓮介が取り繕うように笑顔を見せると、冬紀と美世は「ありがとうございます」と頭を下げて車に乗った。
その中で、車に乗らずにいるテツを見て、蓮介は彼に声を掛ける。
「テツ君も送ってくよ?」
「いえ。僕、自転車なので大丈夫です」
笑顔で首を横に振るテツを見て、蓮介は微笑む。
「そっか。気を付けて帰ってね。ふわりのこと、ありがとう」
「……はい。こちらこそ」
テツは蓮介に頭を下げた後、ふわりの方を見て微笑む。
「じゃあ、また明日、学校でね」
「うん。あ、テツ君……」
「何?」
不思議そうな顔をするテツに、ふわりはニコリと笑った後、彼の頬に唇をつけた。
キスされた——。テツの顔が赤くなる。
「お父さんとのこと、上手くいくおまじない」
ふわりは真っ赤な顔で微笑み、「また明日ね」と車の方に走って行ってしまった。
その可愛らしい様子が愛おしくて、心臓がうるさくなってしまう。
しかし、それと同時に心に何か引っかかった。
——また会えるおまじない。
金木犀の香りと、柔らかい唇の感触。そして、優しい笑顔……。
ずっと忘れていた魔法使いの少女の笑顔が、鮮明に、目の前に蘇った。
カスタード色のふわふわした髪。優し気な丸っこい眉。桃色の瞳。柔らかそうな頬……。
「まさか」
心臓が、ドクドクと激しく脈打つ。
こめかみに汗が伝った。
「あの子は、ふわりさんだった……?」
走り去っていく青いファミリーサイズの乗用車のライトを、テツは呆然と見つめていた。
初夏の優しい夜風が、テツの頬をふわっと撫でた。




