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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第三章 君が変えてくれた世界
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36 アリスが遺したもの

 芽生と別れた後、蓮介は自宅に帰る気も起きずに大学の図書館で時間を潰していた。

 家に帰ったら、また両親と話し合うことになる。そして、そのときが自分の気持ちに答えを出すときだろう。そう思ったら、不安と緊張に襲われてすぐ帰る気になれなかった。


 ——私、信じてますから! 蓮介先輩も周りの人も、誰も傷つかない道を選んでくれるって……。


 芽生が言ってくれたように、誰も傷つかない選択をとれるのか分からなくて怖かった。

 気を紛らわせようと、大学図書館3階の外国文化の本棚から適当に一冊手に取り、読書スペースに腰を下ろして表紙をゆっくり開く。


 ——イギリスの女神・アリス・スチュワート


 そう表記されたページが目に飛び込んできて、思わず息を飲んでしまった。

 しかし、驚きとは裏腹にページを捲る手は進んでいく。


 ——魔導士とは「魔法」という特殊な力を持った人間のことを指し、初めて歴史書にその存在が確認されたのは18世紀である。「大英国史」によると、彼らは魔法を使いながら集落を営み、ひっそりと暮らしていたようだ。

 しかし、世界大戦が始まる年に状況は一変する。英国政府は、「魔法」という凶器を生まれ持った魔導士たちを徴兵し、自国のために戦場に送り込んだ。ヨーロッパ全体で魔導士によって殺害された人間の数は3000にも及ぶ。彼らは「殺人兵器」として、他国のみならず自国の人間にも恐れられるようになった。その結果、イギリスで起きた惨劇が「魔導士狩り」である。魔導士たちは、国のために戦ったにも関わらず、国民たちによって迫害されることになったのであった。

 その惨劇を止めたのが、「アリス・スチュワート」と呼ばれる一人の魔導士である。彼女は「魔導士協会」を立ち上げ、そのトップとしてイギリス政府直属の魔導士狩り専門組織「LODAM」と交渉。それによって魔導士狩りは終息した。彼女は、何の罪もない魔導士達の命を救った女神である。

 彼女は、後にこう語っている。

「魔法は、誰かを傷つけるためのものではありません。人の心を結び、世界に笑顔と平和をもたらすための力です。ですから、今回の魔導士狩りで大切な人を失った魔導士にも、先の戦争で魔導士に大切な人を奪われた方々にも、お互いを傷つけることをやめて欲しいのです。私達、命ある者の願いは1つ。世界に平和をもたらすことです」

 当時、彼女の言葉は、賛否両論を巻き起こした。多くの人間が、戦争と魔導士狩りによる復讐心を抱えてしまっていたのである。だから、お互いに歩み寄ろうとする彼女の姿勢は受け入れがたかった。現代においても、そのような人間は多いだろう。

 しかし、彼女の平和の祈りは崇高なものである。彼女の祈りに賛同し、お互いに歩み寄る姿勢を持つ人間が増えることで、この世界にも真の平和が訪れる。筆者はそう信じている。(著・トーマス・スチュワート)



 全て読み終えた時、蓮介の目に思わず涙が浮かんだ。

 そうか。そうだったんだ。

 ばあちゃんは、復讐なんて望んでいなかったんだ——。

 本が涙で濡れてしまう前に、蓮介はそっと本を閉じた。

 ——帰ろう。帰って、父さんと母さんと話をしよう。

 蓮介は本を本棚に戻し、静かに図書館を出た。

 空は夕暮れ色で、いつか見ていた彼女の瞳と同じ桃色がかった雲が流れていた。


* * *


 自宅に着き、蓮介はカフェ玄関のドアを開けようとして、目を疑った。ドアに「CLOSE」と看板が掛かっていたのだ。土曜日ならもう閉店している時間だが、今は平日で、まだ午後4時30分。いつもなら午後6時30分まで営業しているはずなのに、おかしい。何かあったのだろうか。

 蓮介は不安になりながらもドアを開けた。「ただいま」と声を掛けるが、「おかえり」とは帰ってこず、その代わりに母のすすり泣く声が店内に響いていたのだ。


「母さん……?」


 蓮介はボックス席で顔を覆いながら泣いている母と、その背中を擦ってやっている父を見て目を丸くした。父は蓮介に気が付き、静かな声で「おかえり」と微笑む。


「父さん、母さんは……」

「蓮介。お前にも、これを……」


 父は、蓮介に一通の手紙と丸いガラス玉を手渡す。ガラス玉の方は透き通ったピンク色で、手のひらに収まるサイズだった。蓮介はとりあえず席に座り、ガラス玉を撫でてみる。すると、ガラス玉が淡く光り輝いた。

 その輝きを見た瞬間、蓮介の目の前に自宅のソファに座りながら微笑んでいるアリスの姿が現れた。


 ——情報記憶の、魔法道具だ。


 そう思ったのも束の間、彼女が「見えているかしら?」とこちらに語りかけてきた。


「私の大切な家族に、このメッセージを残します。今日は2002年10月30日。日本で大切な孫娘が生まれた日です。そして、私が亡くなる5年前の秋です」


 アリスは目を伏せながら、柔らかく微笑んで続ける。


「どうして、自分が亡くなるのが分かっているか、不思議に思ったかもしれないわね。理由は簡単。魔導士の未来が不安で、予知魔法を使ってしまったの。そしたら、5年後の春に自分が殺される光景が見えたわ。おかしな話よね。魔導士の未来が暗いんじゃないかって不安が、一瞬で死への恐怖に変わったわ」


 アリスは苦笑いする。

 彼女の言葉が、蓮介には意外だった。偉大なばあちゃんでも、不安や恐怖に駆られることがあったのか、と。


「でも、怖がっていても仕方がないわ。私にできることは、大切な家族に1つでも多くのものを遺すこと。そう思って、この映像を記録しています。……親愛なる夫のトーマスさん、娘のノア、息子のエドワード。元気かしら? 蓮介、ふわり、玄也さん。幸せかしら? みんなが、復讐や憎しみに駆られることなく、穏やかに暮らせていることを祈っています。これは私からの最後のお願いです。どうか、誰も憎まないで。憎しみと恨みで、人生を台無しにしないで。魔導士と人間の平和のために、魔法や自分の力を使ってください。そして、どうか、笑顔で……あなた達の未来を歩いて行ってください。大丈夫。立ち止まりそうになったり、道を間違えてしまいそうなときは、この呪文を唱えて見て」


 ——Blessings to all my precious lives.


「あなた達の未来に、多くの祝福がありますように。愛しています。あなたの妻、母、祖母の、アリスより」


 映像は、そこで途切れた。

 蓮介の意識が一気に現実に引き戻される。


「ばあちゃん」


 涙が、ボロボロと頬を滴り落ちていった。


「ばあちゃん、ごめんねっ……」


 嗚咽を漏らしながら、蓮介は涙を流し続ける。

 ——やっぱり、ばあちゃんは偉大な魔導士だったんだ。たくさんの人を救い、たくさんの人の幸せを願っていた、偉大な魔導士だったんだ。

 そう気づけた途端、かつて彼女が言ってくれた「蓮介が立派な魔導士になるのが楽しみね」という言葉の意味が分かった気がした。

 立派な魔導士とは、きっと多くの人を幸せにできる魔導士のことだ。多くの人の幸せを祈ることができる、優しく慈愛に満ちた魔導士のことだ。ばあちゃんのような——。


「父さん、母さん」


 蓮介は涙を拭いながら、2人に優しく微笑んだ。


「もう、復讐なんてやめるよ」


 憑き物が落ちたような彼の笑顔に、父は穏やかに微笑み、母は泣きながらも一生懸命笑顔を見せてくれた。


「蓮介、おかえり」


 母の優しい言葉に蓮介は明るい笑顔で頷いた。


「ただいま」




 その後、涙が治まるのを待って、蓮介は手紙の入った封筒を手に取った。そして、その表面に書いてある言葉を見て、目を丸くした。


 ——この手紙を、大切な彼に届けてください。私の、小さくて愛おしい魔法使いに。


 そう書かれた便箋を開け、中に入っている手紙を読み進め……元に戻す。

 これは、俺に書かれたものじゃない。そう思ったからだ。

 そして、この手紙を読むべき人間に、蓮介は心当たりがあった。


「……この手紙は、ここにあるべきじゃない。きっとこれは、彼に向けた手紙だ」

「心当たりがあるのね」

「うん。連絡先を貰ってる。だから、受け取って貰えないか聞いてみるよ。……グリフィンさんに」


 蓮介は真剣な顔でそう言って、彼宛てにメールを書いて送った。

 その時、不意に、スマホの画面に一件の通知が来る。


 ——ふわり「テツ君と出掛けてきます。帰りが少し遅くなるかも」


「へえ……!?」


 父の口から素っ頓狂な声が漏れた。


「ふ、ふ、不純異性交遊だ! 父さんは許さん!」

「こらこら、ちょっと、落ち着いて」


 母が穏やかな声で父を宥める。「テツ君だもの。変なことにはならないわよ」「分からんだろ! だって、両想いなんだぞ!?」そんな小競り合いが聞こえてきて、蓮介はクスリと笑う。


「父さん。俺がふわりを迎えに行くから。夜が深くなって変なことが起きる前に」


 蓮介はそう言って立ち上がり、ふわりのトークルームに「帰り、迎えに行くから連絡ちょうだい」と一報入れて玄関に向かった。


「車借りるよ。行ってくるね」

「蓮介、絶対だぞ! 絶対連れて帰ってくるんだぞ!」

「分かってるって」


 興奮冷めやらぬ父に笑顔を見せて、蓮介は店を出ていった。

 もうだいぶ日が傾いている。これから、暗い夜が来る。

 しかし、蓮介の心は朝よりもずっと晴れやかだった。

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