33 好きなものといえば
桂と別れたテツが美術室に行くと、ふわりと先輩2人がテーブルに集まって大きな模造紙に何かを書き込んでいた。3人の傍らで泉が微笑ましそうにそれを見ている。
テツは泉の方に歩いて行き、「お疲れ様です。何してるんですか」と尋ねた。
「ああ、木村。お疲れ様。今、こんどの体育祭の部活対抗リレーで使う旗のデザインを考えてるんだ」
「部活対抗リレー?」
「部活ごとにグラウンドを走るんだよ。運動部は本気部門で1位を目指して戦うし、文化部や本気部門に出ない運動部はパフォーマンス部門で観客を楽しませながら走るんだ。うちの部活は毎年、絵の描かれた旗を掲げてリレーする。その旗のデザインを今みんなで考えてるんだ」
「そうなんですね……」
「木村も一緒に考えてくれないか」
泉はそう言うとニコリと笑う。それに頷いて、テツはふわり達がいるテーブルに歩いて行った。
「あ、テツ君。お疲れ様」
ふわりが微笑む。その向かい側で、先輩部員の佐川が「木村君は何を描きたい?」と尋ねてきた。
描きたいもの、と聞かれても急には出てこない。何を描けばいいのか、好きなものでいいのか、テーマは何かあるのか……と、色んな疑問がテツの頭に過る。
「何かテーマは決まってるんですか?」
テツが尋ねると、佐川は笑顔で頷く。
「初風学園で見つけた好きなものっていうテーマで描こうかなって思ってるよ。何かない?」
そう聞かれて、テツはすぐにふわりの方を見た。不思議な顔をしたふわりと目が合う。
この学園でテツが見つけた好きなもの、と言われれば、もう答えは1つしかないのだ。
「佐藤さん……」
「ん?」
笑顔で首を傾げるふわりを見て、テツは我に返った。
今ここでふわりのことを好きだと言ったら、先輩方にも自分たちが付き合っていることがバレてしまう。そうなったら、正直恥ずかしい……し、ふわりだって困るだろう。
「佐藤さんは何にしたの?」
慌てて言葉を付け加え、テツはふわりに尋ねた。
「私は林間学校の夕焼けにしようかなって。ただ、それだと背景になっちゃうから、他に描けるものはないかなって探してるんだ」
「そ、そうなんだ」
テツは笑顔で頷く。
夕焼け、というとウォークラリーで見たあの景色だろう。ふわりにとって、3班のみんなで見たあの夕焼けは大切な思い出なのだな、とそう思うと胸が暖かくなる。
しかし同時に、欲が出てしまった。
——僕と2人だけの思い出も大切にして欲しい。
ふわりが自分との思い出を大切にしてくれていない、という訳ではないと分かってはいる。ただ、「好きなもの」と聞かれたときにすぐに思いつけるくらい大切にして欲しい、なんて思ってしまう。
「テツ君は何かある?」
ふわりに尋ねられ、テツは少し頬を赤くしながら小さく答える。
「星空観測の、空……」
その答えを聞いて、先輩方は「じゃあ夕方と星空をグラデーションみたいにしてみよう!」「私、雨上がりにクラスの子と見た虹も描きたいなあ」と盛り上がりながら模造紙に絵を描き込んでいく。
しかし、その向かい側でふわりは顔を真っ赤にして固まっていた。
「星空観測って、あのときの……」
ふわりの表情を見て、テツは小さく頷いて、彼女に耳打ちする。
「本当は、佐藤さんって、言いたかったんだ」
「え……」
顔を赤くして目を見開くふわりに、テツは真っ赤な顔で微笑んだ。
その様子に気が付いた先輩2人が、顔を見合わせていたずらっ子の笑顔を見せる。
「ねえ、せっかくだし佐藤さんと木村君の顔も描かない?」
「いいねえ。この学園で出会った大切な人だもんねえ」
ニヤニヤする先輩2人の言葉に、ふわりは慌てて「じゃあ先輩方の顔も描きましょうよ!」と提案した。
「あら、いいの?」
「でも、佐藤さんの好きな人って……」
「先輩方も! 私にとって大好きな人です!」
ふわりが力強く答えるのを聞いて、佐川と太田は目を輝かせながらふわりに駆け寄って抱きついた。
「佐藤さん可愛すぎー!」
「可愛い後輩ができて幸せだわ」
それをテツが驚いた様子で見ていると、2人は「木村君にはしないよ」と笑顔を見せてきた。
「木村君にそういうことをしていいのは佐藤さんだけだから」
「心得てますので」
そうニコニコ笑いながら親指を立てる2人を見て、テツは照れ笑いしながら笑った。その横で、ふわりは恥ずかしさのあまり目を回す。
「も、もう……! 勘弁してください……」
「ふふっ、ごめんごめん」
「ほら、イラスト描こっか」
ふわりを解放した2人は、模造紙にイラストを描き進めていった。テツもそれに微笑んで、模造紙の隅にふわりの顔を描く。
美術部に入ってすぐのとき、似顔絵で描いたふわりの笑顔。あの笑顔に、胸がときめいてしまったのを思い出す。
そして今も、ふわりが見せてくれる色々な表情が、心を幸せで満たしてくれるのだ。
(佐藤さんを好きになって、本当に良かったな)
テツは心の中で呟き、シャーペンを走らせていった。
* * *
18時のチャイムが鳴り、部活の時間も終わりを迎えた。先輩達も模造紙を片付け終え、泉の前で4人揃って帰りの挨拶をする。
「じゃあ、みんなお疲れさま。次の活動は明後日だ」
「はい。お疲れさまでした」
それぞれがお辞儀をし、鞄を持って帰り支度をする。テツは筆記用具をしまおうとして、クリアファイルに入れておいた初風プレジャーパークのチケットを見つけた。
たしか、今日からナイトパレードをしているとのことだったが……。
(佐藤さんと一緒に行けないかな)
テツはチラリとふわりを見る。すると彼女は鞄を手に持ち、こちらに「一緒に帰ろう」と笑顔を向けていた。
その笑顔を見た瞬間、やはり、ふわりともっと一緒にいたい──という思いが湧き上がるのだった。
テツは意を決して、口を開く。
「佐藤さん、もし、良かったら……デート、しない?」
デート、という単語に、ふわりの頬が紅潮する。まさか、テツからデートに誘われるなんて思わなかったのだ。だって、テツは昼からずっと何かを考え込んでいて……。
「いいの……?」
自分のことを、こうして優先してもらっていいのか分からない。
しかし、遠慮がちに尋ねるふわりに向かって、テツはこくりと頷くのだった。
「佐藤さんと一緒に、行きたい場所があるんだ。いい、かな?」
「う、うん! 一緒に行こう」
興奮気味に頷くふわりを見て、テツは頬を緩めながら彼女の手を引いた。
「よかった。じゃあ、行こう」
「え、これから?」
「うん、夜じゃなきゃダメなんだ」
「……」
──夜じゃなきゃダメな場所?
(も、もしかして、一気に関係が進んじゃったりとか!? 恋人がするような、あんなことやこんなこと……)
ふわりは真っ赤な顔で目を回した。
そんな彼女には気がつかずに、テツは嬉しそうな顔で柔らかい手を引いて歩いていったのだった。




