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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第二章 復讐の闇を乗り越えて
29/55

28 思い出の欠片

「エドウィン……どうして、ここに?」


 ノアが尋ねると、エディは真剣な顔になって彼女に答える。


「初風市に、攻撃魔法の痕跡があった。俺達はLODAMとして、魔導士による平和の破壊を阻止するためにその調査に来たんだ」

「俺達……?」

「ああ。俺と、セラ・ティファニー長官の2人でここに来た。彼女は外にいる。呼んできてもいいかな」


「ええ、いいけど……」


 ノアが頷くと、エディが玄関から出て、黒髪の女性を連れて戻ってきた。


「紹介するよ。彼女がセラ長官。LODAMの現長官だ。セラ長官、姉のノアです」

「はじめまして。エディから話は聞いています。あなたも、魔導士なのだとか」

「は、はい。そうですが……」

「お聞きしたいのですが、今、初風市で魔導士による不穏な動きはありませんか?」


 セラに問われて、ノアの脳裏に浮かんだのは「蓮介が復讐をしようとしていること」だ。確か彼は、「グリフィンと自分で終わりにする」と言っていた。ということは、グリフィンが蓮介を唆し、アリスが掛けた忘却魔法を解いたのだろう。そして、グリフィンは蓮介や自分達に復讐の協力をさせようとして、イギリスに連れ戻そうとしているということにならないか。

 黙り込んだノアを、セラは静かに見つめる。


「その反応、心当たりがあるのですね」

「……はい。話すと長くなります。どうぞ空いている席に座って下さい」


 ノアは2人を促し、店内の隅にあるボックス席へと座らせた。それを見た玄也が紅茶を淹れて2人の前に運ぶ。


「ありがとうございます」


 セラは玄也に微笑み、紅茶を啜る。懐かしいダージリンの味がして、セラは思わず目を伏せた。


「姉さん、心当たりって……」


 エディに尋ねられ、ノアは静かに語りだした。


「魔導士協会会長、グリフィン・ルイスが……私の息子を祖母の復讐に巻き込もうとしています」


 その言葉を聞き、セラは目を見開く。


「グリフィンが……」


 一方のエディは、特に驚きもせずに落ち着いた様子で話を進める。


「詳しく教えて」

「ええ。4月にね、魔導士協会が私達に接触して、無理やりイギリスへ連れ戻そうとしてきたの。後から娘が「魔導士協会の目的は魔導士の国を作ることだった。魔導士協会の友達が教えてくれた」って教えてくれたわ。だけど……きっとそれは違う。グリフィンさんは息子に近づいて、祖母のアリスを殺したLODAMへの復讐に手を貸すように持ち掛けたのだと思います。昨日、息子がそんな話をしてました」


 それを聞いたセラは静かに頷き、「なら」と口を開く。


「私達は、グリフィンとあなたの息子さんを止めなくてはいけません。話を聞く限りだと、グリフィンへの手がかりはあなたの息子さんと、娘さんの「魔導士協会の友達」。2人に接触できれば、グリフィンに近づけるはずです。なんとしてでも止めるわよ、エディ」


 セラの言葉に、エディは頷く。


「あの……」


 ノアがおずおずと声を出した。


「息子のことは、私達に任せていただけませんか。他者が介入するのではなく家族で話し合って解決したいんです」

「話し合いで、息子さんは分かってくれるのかしら」


 セラに鋭く見つめられ、ノアは怯む。しかし、それにエディが助け舟を出した。


「俺がその手助けをします」

「どうやって?」

「秘策があるんです」


 エディは鞄の中から小さな木箱を取り出し、机の上に置いた。


「これは?」

「母の……アリス・スチュワートの遺品箱です。母さんは生前、この中に家族のために何かを保管していたようで……もしかしたら、姉さんの力になるものも入っているかも」

「遺品箱……そんなものが」

「姉さんは結婚して日本に行っちゃったから知らなかったかもしれないけど、昔、母さんに教えてもらったんだ。自分に何かあったら、家族のためにこの箱の中の物を使ってって」


 ノアが目を丸くする横で、エディは飛行機の中で読んでいた日記から鍵を外して姉に手渡した。


「開けてみて」

「……分かった」


 ノアは頷き、木箱の鍵をガチャリと開けた。


* * *


 蓮介はタッパーの入ったカバンを片手に、街を歩いていた。カフェのある大通りを曲がり、緑通りを通り抜ける。しばらくして、いつか芽生と話した噴水公園が見えてきた。まだ朝早いというのに、公園の中には犬や小さい子を連れた大人が何人もいた。

 園内に入り、噴水を目にした瞬間。あの時の彼女の守りたくなるような笑顔を思い出し、蓮介は唇を噛む。芽生の想いを封じ込めたのは自分なのに、あの笑顔がもう見られないのかと思うと胸が締めつけられた。


(自業自得なのにな)


 蓮介は小さく息を吐き、噴水公園のベンチに座った。カバンからタッパーを取り出し、ハムチーズレタスのサンドイッチを一口齧る。カフェを営んでいる両親が作ったサンドイッチだ。美味しくないわけがなかった。


(……美味しい)


 蓮介は黙々とサンドイッチを食べ進める。お腹が減っていたのか、小さなサンドイッチ達はあっという間に蓮介の胃袋に入り切ってしまった。

 タッパーを片づけ、カバンを膝に置いたまま、蓮介は園内をぼんやりと眺める。

 大きな噴水の中には小さな子ども達とその親が入って、水をバシャバシャとしながら遊んでいる。噴水の周りを、ゴールデンレトリバーを連れた年配の女性が歩く。蓮介の反対側のベンチでは、木陰で読書をしている学生も見受けられた。

 世界はのどかだ。自分が復讐なんてしなくても、世界は平和に回っていくだろう。そのことが無性に悲しかった。


(俺がやろうとしていることは、無意味なことなのかな)


 蓮介は俯く。


(復讐なんてしても、ばあちゃんは帰ってこない。でも、ばあちゃんが殺されたのを知って黙ってるのも嫌だ。俺は魔導士なんだ。大切な家族……ばあちゃんのために魔法を使えば、きっとばあちゃんも笑ってくれる……)


「蓮介先輩?」


 不意に声が聞こえて顔を上げると、チェキカメラを持った芽生が蓮介を覗き込んでいた。左腕には「緑の森写真館」と書かれたグリーンの腕章もしている。


「うわ!?」


 驚きのあまり、蓮介はビクリと体を竦めた。彼のビックリした様子を見て、芽生は慌てて頭を下げた。


「あ、すみません! 驚かせて……」

「い、いや……大丈夫」


 ドクドクと音を立てる胸を押さえながら、蓮介は笑顔を作った。


「俺に何か用事?」

「いや……なんか深刻そうな顔をしていたので、どうしたのかなって」


 芽生に心配そうな顔で見つめられ、蓮介は思わず目を逸らす。祖母の復讐のこと、そのために芽生の想いを消したこと、そうしたのは自分なのに、苦しくて堪らないこと……なんて、とてもじゃないが言えなかった。

 

「なんでもないよ。……芽生ちゃんはどうしてここに?」

「写真館のバイトでここに来ました。うちの写真館、年に何回か出張写真館やってて、今日がその日なんです。このカメラでお客さんの写真を撮って、その場で現像して手渡しします」


 芽生は答えながら蓮介の隣に座る。


 蓮介は、芽生のバイト先の写真館はそんな取り組みをしているのか……と、目を丸くした。あまり聞かない取り組みな気がするが。


「珍しい取り組みだね?」

「ああ、館長が「写真を身近に感じて欲しい」って人で。最近はスマホで簡単に写真撮れちゃいますけど、形に残る写真の良さもあるじゃないですか。それを伝えたいんですって」

「へえ……」

「で、でも、実は私、出張写真館するの初めてで……何回か自分で練習したんですけど、やっぱり自信ないっていうか……」


 そう言って表情を曇らせる芽生を見て、蓮介は何と言えばいいか頭を悩ませる。


(背中を押してあげたい。でも……俺にその資格があるのかな)


 蓮介は俯き、カバンをぎゅっと握った。その様子を見て、芽生は慌てて頭を下げた。


「すみません! 蓮介先輩にこんなこと言っても、困りますよね……」

「あ、いや! ごめん、そんなつもりなくて……俺なんかが励ましていいのかなって思ってただけ」


 蓮介は困り顔で笑う。それを見て、芽生はカメラを持つ手を強くしながら呟いた。


「蓮介先輩に励ましてもらえるの、私は嬉しいですよ。だって……蓮介先輩は憧れの先輩だから」


 芽生はそう言うと、蓮介に尋ねる。


「どうしてそんなに自信が無いんですか……? 私が知ってる蓮介先輩って、実力を鼻に掛けるようなことはしませんが、いつも余裕があって自分を持ってる印象なんですけど……」


 芽生の言葉を聞き、蓮介は「芽生ちゃんにはそう見えてたんだ」と呟く。

 余裕がある……か。そんなことは無かった。芽生と知り合って、芽生のことを知ってから、蓮介の頭の中はいつも忙しく動いていた。

 芽生が辛そうにしていたら、自分のできる限りのことをして助けてあげたいと気を回した。芽生が危ない目に遭ったら、絶対に守ってやりたいと意気込んだ。そして、芽生が笑ってくれたら、これ以上ないぐらいに幸せになれた。ずっと、その笑顔を見ていたいと思わずにはいられなかった。いや、笑顔だけじゃない。芽生のどんな表情も、傍で見守らせて欲しいと思っていた。

 全部、芽生のことが好きだったからだ。芽生が大切だったからだ……。

 しかし、そんなこと芽生は知らないだろう。知っていたとしても蓮介の魔法で忘れてしまっているはずだ。

 そうしたのは自分なのに、蓮介の胸を後悔が占める。心臓に鋭い刺が刺さっているように感じた。そして、その痛みと連動して目の奥が熱くなる。


「ごめん」


 蓮介は絞り出すように声を出した。


「俺、そんな人じゃないんだ」

「え……?」

「本当は余裕なんて無くて、自分の選択に後悔してばっかりで、自分がするべきことも見失ってばっかりなんだ。俺は……芽生ちゃんが思ってるより、弱い人間なんだよ」


 蓮介は声を震わせながら俯く。涙が出そうだ。しかし、芽生の前で泣くのは嫌だった。自分を慕ってくれる彼女にこれ以上幻滅されるのは辛かった。ああ、俺情けないな……と蓮介は苦笑いする。


 しかし、芽生は蓮介を否定するでもなく、ただ空を見上げながらこう言うのだった。


「弱くてもいいじゃないですか」


 芽生はゆっくりと蓮介の方を見て、微笑む。


「人なんだもの。弱いところがあって当たり前ですよ」


 その強く優しい笑顔に、蓮介は吸い込まれそうになった。彼女から、目が離せなかった。


「私も、弱いんです。自分に自信が無くて、着飾ることでしか勇気が出せなかった。今もそうです。……でもね、先輩。そんな私が初めて勇気を出せたのは、蓮介先輩のインターハイの試合のお陰なんですよ。蓮介先輩のプレーを見て、私は初めて自分の意思で、バドミントンっていうスポーツを始められたんです。その時から、蓮介先輩はずっと私の憧れでした」


 ──知ってる。知ってるよ。そう声に出そうになるのを必死に堪えた。芽生は覚えていないのだから。


「きっかけなんて、些細なことだと思います。いや、私にとって蓮介先輩のインターハイは些細なことじゃないんですけど……とにかく、どんなに弱くて、そんな自分が嫌でも、前に進める日は来ると思うんです。だから、蓮介先輩のやるべきことも、いつか明確になるんじゃないかなって……」


 芽生はそこまで言って、慌てて口を押さえた。


「すっ、すみません! 私、先輩に向かって偉そうなこと……」

「そんなことないよ」


 蓮介は零れかけた涙を拭って、芽生に優しく笑った。


「ありがとう。……芽生ちゃんが俺のこと気遣ってくれてるって分かっただけで、嬉しかった」

「ほ、ほんとですか?」

「うん。……ありがとね。俺のこと見つけてくれて」


 ──6年前のインターハイも、今も。芽生ちゃんは、何でもない俺を見つけてくれて、気に掛けてくれた。もう、これだけで十分だ。十分なんだ。


 芽生のことは好きだった。だが、こんなに優しい彼女を自分の人生に巻き込むなんて嫌だったのだ。それに、彼女の想いを消したのは蓮介自身だ。もう一度好きになってもらおうだなんて自分勝手すぎる。こんなに情けなくて勝手な自分の人生に、芽生を巻き込むわけにはいかない。

 祖母の復讐を果たすためにイギリスに渡って、芽生の前からそっと姿を消そう。そうすれば、芽生を巻き込まずに済む。それに、蓮介自身も……芽生にこれ以上情けない所を見られずに済む。


 蓮介は辛そうな顔で微笑み、立ち上がった。


「俺、そろそろ行くね」

「え? 行っちゃうんですか?」

「うん。家のカフェ、手伝わなきゃ」

「あの、今日、部活は……」

「……行けそうだったら行く」


 蓮介は小さく答え、公園の出口に向かって歩き出す。その後ろ姿を、芽生は見つめていた。


(蓮介先輩、なんであんなに悲しそうな顔してたんだろう。何かあったのかな)


 蓮介の後ろ姿が遠くなっていく。芽生にはそれが、蓮介がどこか遠くに行ってしまうように見えた。そして、蓮介が遠くへ行ってしまったら……そう考えただけで、なぜだか胸が痛むのだった。


(やっぱり、このまま放っておけない……)


 芽生は蓮介に駆け寄り、その腕を掴んだ。


「蓮介先輩!」


 蓮介が驚いた顔で振り向く。


「何……?」

「あの、えっと……」


 何と言えば良いか。そもそも、自分は蓮介をどうしたいのか。


 ——蓮介先輩に悲しい顔をして欲しくない。蓮介先輩には笑っていて欲しい。


 彼は芽生にとって憧れの先輩だ。やはり笑顔でいて欲しかった。何より、芽生自身も蓮介の笑顔が好きだったような気がする。いつも穏やかで、後輩に向けて笑顔を覗かせている蓮介が好きだった気がする。

 ……いや、本当にそうだろうか。蓮介は、芽生にもっと違う笑顔を見せてくれなかったか。上手く思い出せないが、何かが心に引っかかる。


(もしかして私、蓮介先輩とのことで何か忘れてる……?)


 思い返してみれば、普段の部活で蓮介とバドミントンをしている時の記憶も曖昧だ。試合の前後の会話や、休憩中のやり取りも上手く思い出せない。

 大学とバイトが忙しくて忘れてしまっただけかもしれないが、自分が簡単に蓮介とのことを忘れるはずないだろう。だって、6年間も蓮介に憧れていたし、蓮介とバドミントンをするために花妻大学に入学したのだから。

 

(私……なんでこんなにモヤモヤしてるんだろう)


 芽生は蓮介の腕を掴んだまま俯く。彼女の気持ちが分からなくて、蓮介は戸惑った。


(想いは消した。芽生ちゃんが俺を引き留めようとする理由なんてないはずなのに)


 蓮介は、芽生の心を読もうとして……やめた。彼女が何を考えているのか知ることが怖かったのだ。嫌われていても、好かれていても、怖かった。

 2人が沈黙していると、小さな男の子が芽生の腕章を指さしながら走ってきた。


「しゃしんのひと!」


 その声で、芽生は我に返った。慌ててカメラを手に男の子の前にしゃがみ込む。


「撮って欲しいの?」

「うん! ばあちゃんと写真撮って!」

「分かった。今行くね」


 芽生は男の子に微笑むと、蓮介の方を振り返って頭を下げた。


「……蓮介先輩、お願いがあります」

「え? 何……」

「私が上手く撮れるように、傍で応援していただけませんか」


 芽生はそこまで言うと、顔を上げて蓮介のことを真剣に見つめた。こんなことを頼んだのは、蓮介が傍にいてくれれば心強いと思ったのもあるが、やはりこのまま蓮介を行かせたくなかったからだ。


(私が蓮介先輩に感じているモヤモヤも、蓮介先輩が辛そうに抱えてるものの正体も……一緒にいないと分からないんだ)


「蓮介先輩が見守ってくれたら、上手く撮れる気がするんです」

「……そうなの?」

「はい。ていうか、絶対上手く撮るので、見てて下さい」

(……これは俺が頷くまで折れてくれそうにないな)


 芽生の一生懸命さに根負けし……蓮介は苦笑いしながら頷いた。


「分かった。傍で応援してるね」

「ありがとうございます! では行きましょう」


 明るい顔で男の子の方へ歩いて行く芽生を見て、蓮介は呟く。


「今だけ。……今だけだ」


 絶対に、これ以上の仲にはならない。芽生を自分の人生には巻き込まない。こうして親しくするのは、自分がイギリスに行くまでだ。

 蓮介はそう心に誓い、彼女の後を追った。


* * *


 芽生と蓮介が男の子に連れてこられた先には、白髪の女性がいた。彼女は駆け寄って来た男の子の頭を撫で、芽生に微笑む。


「孫と写真を撮ってくれますか?」

「はい。えっと……じゃあ、噴水をバックにしましょうか」


 「並んでください」と二人を促し、カメラを構える芽生。男の子が「かっこよくとってね!」と笑顔を見せるのに微笑みながら、芽生はシャッターを切った。

 カシャッと音が鳴り、2人の笑顔がその場で現像されて写真が出来上がる。それを確認して、芽生は安堵の笑顔を浮かべた。


「良かった。ちゃんと撮れてる……先輩、撮れてますよね?」


 蓮介は芽生に見せられた写真を確認した。たしかによく撮れている。光加減も、2人の表情も、ブレの無さも完璧だ。


「うん。上手だね」

「はい! ありがとうございます」

「ねーねー! 僕にも見せて!」


 男の子にせがまれて、芽生は膝をついて写真を見せる。自分の笑顔と祖母の笑顔を確認して、男の子は満足そうに笑った。


「お姉ちゃん、ありがとー!」

「いいえ。よく撮れて良かった」


 2人が話しているところに、祖母が財布を出してやってきた。


「あの……お代はいくらかしら?」

「ああ、1枚なので、料金は200円です」

「分かったわ」


 祖母は100円玉を2枚芽生に手渡し、嬉しそうに笑う。


「孫との思い出ができたらいいなと思ってたから、本当に良い機会だったわ。携帯で撮るのもいいけど、形に残る写真もいいわね」

「そうですよね。お孫さんが大きくなっても、今日の写真は残りますから」

「そうねえ。いつか、孫と一緒に見返す日が楽しみだわ」


 そう言って柔らかい笑顔を覗かせる彼女を見て、蓮介は少し俯く。

 アリスも、こんな風に蓮介の成長を楽しみにしてくれていた。彼女は、蓮介が立派な魔導士になることを信じてくれていた。蓮介も、その姿を見せたかった。自分の未来を、見ていて欲しかった……。

 目頭が熱くなり、蓮介は両目を擦った。

 祖母と孫が、「ありがとうございました」と笑顔で去っていく。それを見送って、芽生は蓮介に声を掛けようとして目を丸くした。


「蓮介先輩、大丈夫ですか? 泣いてるんですか……?」

「っ……ううん、平気。ちょっと、ばあちゃんのこと思い出しただけ」

「おばあちゃん……?」


 蓮介の祖母に何かあったのだろうか、と芽生は心配そうに彼を見つめる。


 もしかしたら、蓮介の祖母は既に他界しており、先ほどの2人を見ていて祖母との思い出を思い出したのかもしれない。しかし、蓮介の表情は祖母との思い出を「懐かしむ」というよりは何かを「悲しんでいる」ように見えた。

 蓮介が抱えているものは、祖母とのことなのだろうか。

 もしそうなら、何か力になれないだろうかと芽生は考える。

 他人の家族の問題に踏み込み過ぎるのはどうかと思うが、話を聞き、気持ちを分かち合うことぐらいなら自分にもできないだろうか。


(蓮介先輩が悲しそうにしてるの、やっぱり嫌だな。やっぱり……笑っててほしい)


 そう思い、芽生は思い切って口を開いた。


「蓮介先輩! あの……何か悩んでるんじゃないですか? さっきは何でもないって言ってましたけど、やっぱり先輩、いつもより悲しそうです。私で良ければお話聞きますよ」

「……そんな、大丈夫だよ。迷惑かけたくないし、俺のことは気にしないで」


 蓮介は笑顔を作り、拒絶する。しかし、芽生も引き下がらなかった。


「そう言うってことは、やっぱり何かあったんですよね? 迷惑だなんて思いません。私は……蓮介先輩の力になりたいんです」


 芽生は真剣な眼差しで蓮介に訴える。語気も強く、蓮介に拒否を許さない勢いだった。

 今まで、こんなに押しの強い芽生を見たことがあっただろうか。蓮介の知っている芽生は、真面目で一生懸命で、こちらの気持ちに倍以上の努力で応えようとしてくれる一方でどこか自分に自信が無く、自分の意見も「聞かなかったことにして欲しい」と言ってしまうくらいの人間だった。

 そんな彼女が、必死で蓮介を助けようとしてくれている。芽生にとって、「拒絶」されたうえで自分の意見を押し通そうとするのはかなり勇気が要ることだったはずだ。なのに……。


(なんで、芽生ちゃんはこんなに一生懸命に俺のことを考えてくれるんだろう)


 そのことが嬉しいと同時に申し訳なくて、胸がキリキリと締め付けられた。


(俺のこと、今は好きじゃないはずなのに)


 視界が涙でぼやける。喉の奥が熱い。胸の痛みに呼応して両手が震える。


「……なんで」


 自分の口から潤んだ声が出たことに驚く間もなく、胸の奥に仕舞っていた言葉が吐き出された。


「俺はこんなに情けないんだろう」


 涙がボロボロと滴り落ちる。


「ばあちゃんが殺されたことを知って感情がぐちゃぐちゃになって、ばあちゃんの復讐をするのが正しいんだって無理やり信じて、怒りや憎しみを暴力で吐き出そうとして……でも、そんなことしても誰も喜ばないんだって……本当は分かってるんだ。でも、その、俺の大事な人はみんな悲しむんだってことから、目を逸らして逃げることしかできなくて……! 芽生ちゃんからも逃げたのだって……自分で決めたことなのに……」


 止まらない涙と共に、逃れられない本音が零れ落ちる。


「芽生ちゃんへの気持ちが、まだ捨てきれないなんてっ……自分勝手にもほどがあるだろ……!」


 蓮介の言葉を聞き、芽生は目を見開いた。


「蓮介先輩は……私のこと、好いていてくれたんですか……?」


 芽生は蓮介に一歩近づき、静かに尋ねる。


「私……やっぱり蓮介先輩のことで、何か忘れてるんでしょうか」


 その質問に答える余裕もなく、蓮介は涙を流し続ける。


「……ごめん」


 震える声で、辛うじてそう謝った。


「ごめんね……」


 「ごめん」以外に、何も言えなかった。自分の真意も、芽生から奪った気持ちが何なのかも、言えなかった。こんなに汚い自分を見せておいて、彼女の想いを返す気になれなかった。

 そんな彼を見て、芽生は首を横に振る。


「……今、言えないなら、無理して言わなくていいです。それより……蓮介先輩が抱えているもの、教えてくれてありがとうございます」


 芽生は静かにそう告げ、蓮介の左手を握った。


「おばあさんのこと、辛かったと思います。どんな前向きな言葉を掛けても、辛いだけだって思うので……このまま、落ち着くまで吐き出して大丈夫ですよ」


 思いもよらない言葉に、蓮介は驚いて芽生の方を見た。「おばあちゃんは復讐なんて望んでない」だとか、「私もそんなことして欲しくない」だとか、そんな分かり切ったことを言われるのだろうと思っていたのだ。

 しかし、芽生は蓮介の思いを否定せず、ただ彼に優しく微笑んでいた。


「蓮介先輩が大丈夫になるまで、せめて私が傍にいます」


 ……ああ、そうか。これが八坂芽生なのだ。自信がなくて臆病で……でも目の前で誰かが傷ついていたら、どんなに拒絶されても諦めず、その人に寄り添ってくれる優しい人間が、芽生なのだ。

 他人の涙を受け入れてくれる人間。それが、芽生なのだ。

 そんな彼女が、もうどうしようもなく、逃げられもしないぐらい、好きだった。

 どんなに距離を置こうとしても、どんなに弱い部分を隠そうとしても、芽生には通用しないだろう。きっと自分を追いかけてきてくれて、弱い部分もまとめて抱きしめてくれるはずだ。


「芽生ちゃん、ごめんね……俺、やっぱり芽生ちゃんのこと好きなんだ」

「……そうなんですか」

「許されないことしようとしてるのは分かってるし、それをやめていいのかも分からない。もしかしたら、俺といることで芽生ちゃんのこと苦しめるかもしれない。そう思ってたから、芽生ちゃんの記憶を奪ったんだ。そうしたのは自分なのに……俺は、芽生ちゃんと、一緒にいたい……」

「そんな風に、思ってくれてたんですね」


 芽生は目を伏せながら、優しく呟いた。照れ臭い気持ちもあったし、蓮介との記憶が曖昧である状態で蓮介の告白に応えていいのかも分からない。正直言って戸惑ってしまう。だが……ずっと憧れて背中を追いかけていた先輩が、自分を頼ってくれて好きだと言ってくれている。こんなに幸せなことはあるだろうか。

 蓮介のことが好きなのかは、よく思い出せない。だが、蓮介の笑顔が見たい気持ちは嘘じゃない。蓮介が「一緒にいて欲しい」というのなら、迷わず傍にいようと芽生は心に決めた。


「蓮介先輩が、どんなことをしても……私、傍にいますよ」

「え……?」

「私、蓮介先輩には笑っていて欲しいんです。だから……傍にいます」

「芽生ちゃん……」


 芽生の明るい笑顔を見て、蓮介は再度俯く。いつか、彼女のことを守るのだと心に誓った日のことがフラッシュバックした。

 自分が復讐に手を染めれば、芽生は悲しむ。それだけではない。蓮介の傍にいる以上、魔導士協会とLODAM、ひいてはイギリス政府との問題に巻き込まれるかもしれない。それは……それだけは嫌だった。

 祖母の復讐を果たしたいのは事実だ。祖母を殺したLODAMが許せないのも事実だ。だが……本当に、このまま復讐をしていいのだろうか。このことに答えが出せるまでは、芽生に傍にいてもらうべきじゃないのではないか。


「……ごめん」


 蓮介は首を横に振り、泣き腫らした顔を芽生に向けた。目元は赤くなっていたが、その表情は真剣で、もう涙は止まっていた。


「俺に、時間をくれないかな」

「時間ですか?」

「うん。……復讐のこと。やっぱり、芽生ちゃんのことは巻き込みたくない。だから……このことに答えを出せたら、もう一度俺の話を聞いてくれないかな」

「……分かりました」


 芽生は頷き、蓮介の手を離す。蓮介はそれに静かに微笑んで、芽生に背を向けた。そのまま公園を立ち去っていく彼の後姿に、芽生は声を掛ける。


「あの……! 私、信じてますから! 蓮介先輩も周りの人も、誰も傷つかない道を選んでくれるって……」

「……うん」


 蓮介は小さく頷き、公園の並木道へと姿を消した。

 それを心配そうに見送っている芽生の元に、園児たちを連れて散歩にきた若い女性が駆け寄って来た。


「出張写真館の方ですか?」

「あ、ああ! はい!」

「うち、毎回写真を撮ってもらってて……今回もお願いしてもいいですか?」

「分かりました! 今行きますね」


 芽生は慌てて頷き、子ども達の元へと走っていった。

 蓮介は傍にいない。だが、もう大丈夫だ。蓮介は、きっと芽生を置いてどこかに消えたりなんてしないだろう。自分の迷いに答えを出して、その時は……芽生の記憶を返してくれるはずだ。そうしたら、芽生も自分の気持ちと向き合える。蓮介の気持ちに応えられる。

 だから、待つのだ。蓮介を信じて。

 噴水前で並んだ園児と先生をレンズに写し、芽生はシャッターを切った。現像された写真は、先ほどと同様に、みんなの笑顔が眩しい1枚だった。

 

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