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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第一章 恋と魔法と始まりの日々
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1 魔女の恋

 4月4日、土曜日。憂鬱な入学式の朝がやってきた。

 初風学園高等部新入生の佐藤ふわりは、制服のネクタイを結び、カスタード色の髪をハーフアップにしてゴムで留めて姿見で身だしなみを確認する。

 臙脂色のジャンパースカートの制服と、赤いネクタイ。伝統的な重みのある制服に、ハーフ故の金髪と桃色の瞳が浮いているように見えてしまう。ふわりは溜息を1つ吐きながら部屋を出て、とぼとぼと階段を降りていった。


「おはよー」


 ふわりが気だるげな声でそう言うと、カフェになっている一階のキッチンの方から明るい声が返ってきた。


「おはよう。あら、ふわり! 制服似合ってるじゃない!」


 ふわりの母、ノアはカフェのホールにいるふわりの前まで来て、桃色の瞳を優しく細めた。彼女の柔らかいショートボブの金髪が、店内の暖色の証明で優しく照らされている。カフェの美人店員として有名な母は、今日も今日とて綺麗だった。

 ふわりは、そんな母に向かって鬱陶しそうな目を向ける。


「お母さん、あんまり見ないで。今すぐ脱ぎたいんだから」

「そんなこと言わないの。お兄ちゃんとお父さんにも見せてあげて」


 母はそう言うと、キッチンで朝食を作っている兄と父に「こっち来てー!」と声を掛けた。

 すると、まずやって来たのは兄の蓮介だ。蓮介はふわりを見るなり、よく整った優しげな顔で柔らかく微笑む。まだ朝早い時間だが、カスタード色の髪はしっかりオールバックにセットしてあった。


「高等部の制服? 似合ってるね」

「れんにい、大学は?」

「今日はまだ春休み。8日からだよ」

「ふーん……」


 それを聞いたふわりは、もしかして、れんにいも入学式に来るのだろうかと思い、嫌そうに唇を尖らせた。

 実は小学校の入学式の時、仕事で入学式に遅れなければいけなかった両親の代わりに当時中学生だった蓮介がふわりを送ってくれたのだが、容姿端麗な蓮介を見かけた上級生と保護者達に囲まれてちょっとした騒ぎになってしまったのだ。

 ただでさえ、外国の血が混じっている佐藤家は目立つというのに、無駄に注目を集めたくない。

 そんな、ふわりの不機嫌な顔を見た蓮介はクスリと笑う。


「心配しなくても俺は行かないよ」

「あっ! 今、心の中読んだでしょ!」

「ごめんごめん。つい、ね」


 笑いながら謝る蓮介を見て、ふわりは頬を膨らませる。


「プライバシーの侵害だよ」

「ごめんって、もうしないから」

「信用できない! れんにい、私のこと舐めてるでしょ! 舐めるのは……」


 ふわりは蓮介に人差し指を向けて、クイッっと下ろす。


「飴だけにしなさい!」


 すると、蓮介の頭にコツンとわさび味の飴が落ちてきた。


「痛てっ」

「それ舐めて反省して!」


 ふわりはそう言って頬を膨らませる。

 そうしていると、今度は、丁度キッチンのテーブルに4人分のハムエッグトーストを置いてきた大柄な父、玄也がやってきた。


「おー! ふわり、制服似合ってるな!」


 父はふわりと同じまろ眉をくしゃりとさせて、ふわりの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「わっ、ちょっと髪崩れる! やめてよ」

「ああ、ごめん。高等部では、友達たくさん作れるといいな」


 父はそう言うと、太陽のように明るく笑った。

 ふわりはその顔を心底嫌そうに睨んだ後、目を伏せて小さく呟いた。


「無理だよ、きっと……」


 そう言ったっきり口を閉ざしていまうふわりを見て、3人は心配そうに顔を見合わせる。


「……ふわり、とりあえず食べましょ。パンが固くなっちゃう」


 母が努めて優しい声でそう言うと、ふわりは小さく頷いてキッチンのテーブルに向かった。

 ふわりは蓮介の隣の席に腰を下ろし、小さく手を合わせる。


「……いただきます」


 少しずつパンを齧っていくふわりを見て、3人も手を合わせて食べ始めた。

 父と兄が作ってくれたハムエッグトーストだ。美味しくないはずがないのに、ふわりは味を感じることができなかった。

 やがて食事を終えたふわりは、荷物を持って玄関を出た。

 両親と兄はそれを見送って、小さくため息を吐く。


「ふわり、今年は大丈夫かしら……」

「うん、ちょっと心配だな」


 両親の話すのを聞きながら、蓮介も呟く。


「ふわりが、魔女だってことを隠さずに、自然体でいられる人に出会えればいいんだけどな」


* * *


 初風学園は中高一貫の私立学校だ。校舎も同じ敷地内にあるため、ふわりの通学路は変わらない。通い慣れた川沿いの道を、ふわりは重たい足取りで歩く。

 河川敷の道にはソメイヨシノが咲き誇っており、新しい日々の始まりを感じさせる。

 しかし、ふわりの気持ちは晴れなかった。


「……学校行っても、魔女だってバレたらまた怖がられちゃうし、みよちんの他に友達いないし、みよちんが違うクラスだと私1人だし……」


 ふわりは溜息をついて立ち止まった。

 その時、不意に足にふわふわとした感触を感じた。

 下を見ると、茶トラの可愛らしい猫が、ふわりの足にすり寄っていたのだ。


『お嬢さん、憂鬱そうな顔してないでボクと遊ぼうにゃあ』


 猫からそんな声がして、ふわりは思わずクスリと笑う。


「……そうしよっかな」


 ふわりは猫を抱えると、河川敷の階段に腰かけた。


「あなた、どこから来たの?」


 声に魔法をかけながら、ふわりは猫に話しかける。

 すると、猫は人懐っこい鳴き声で答えてくれた。


「にゃあ」


『僕は誇り高き野良猫にゃあ。商店街の路地裏のチームのナンバー2だにゃ』

「へえ。チームって?」

『チーム「ロケットチーズ」って言って、商店街の平和をパトロールしてるのにゃ』

「そうなんだ……あなた、名前は?」

『僕はトーマス・アーヴィン・ライト。みんなトラって呼んでるにゃ。お嬢さんの名前は?』

「私は佐藤ふわり。初風学園の高等部の新入生」

『あー、あの名門私立か。お嬢さんもなかなかやるにゃあ』


 トラにニヤリと微笑まれて、ふわりもつられて笑う。先ほどまでの憂鬱が、トラとの会話で幾分和らいだ。

 しかし、その心の平穏も長くは続かなかった。

 キキッ。

 ふわりの座っている階段のすぐ上で、自転車の止まる音が聞こえたのだ。

 ふわりはびくりと顔を強張らせ、自転車の主を見上げる。すると、初風学園高等部のブレザーを着た黒髪ショートヘアの男子が、穏やかそうなタレ目を大きくして、こちらを見つめているのが目に入った。

 少年の驚いた顔を見て、ふわりの顔が真っ青になる。


(猫と話してたのがバレたら……魔女なのが、バレたら……また学校に居場所が無くなっちゃう!)


 そんなふわりの恐怖に気づいていないのか、男子は自転車を停車させて、ゆっくりとふわりの方に近づいてくる。


「ねえ、君……」

(こっち来る……!)


 ふわりは、男子から罵られることへの怖さのあまり、トラを抱きしめながら目をぎゅっと瞑った。


(また睨まれて、貶されて、怖がられて……!)


 しかし、その男子の表情は、意外なものだった。


「猫と話せるの!?」


 彼は目を輝かせると、ふわりの肩をガシッと掴んだのだ。


「へ……?」


 ふわりが目を開けると、男子のキラキラとした黒い瞳が目の前にあった。

 その表情には、ふわりに対する敵意は感じない。


(何、この子……)


 驚いた様子のふわりを見ても、男子の勢いは止まらない。目はキラキラと輝いたまま。肩を掴む手も、興奮しているのか強めだった。心の底から、ふわりが「猫と話していたこと」に興奮している様子だ。


「さっき、その猫と会話してたよね!」

「あ、ああ……うん」

「いいなあ。僕も、猫、飼っててさ、ずっと話してみたいって思ってたんだ。でも、僕は猫の言葉が分からないから」

「そ、そうなんだ」


 ふわりは戸惑いを隠せず、目をパチパチとさせる。


 ——この子、私の魔法を怖がってないの……?


 驚くふわりに対して、男子は尚も目を輝かせながら話しかけてきた。


「ねえ、もしよかったら僕の猫がなんて言ってるか教えてくれない?」

「え?」

「僕の家、大通りのショッピングモールの近くなんだけど、ここから近いし、もしよかったら!」


 屈託のない笑顔と言葉に、ふわりの戸惑いはどんどんと加速していく。


(この子、制服着てるってことは、これから入学式だよね? それに、普通、初対面の人を家に招待する?)


 ふわりが何も言えずに固まっていると、男子は慌ててふわりの肩から手を離した。


「あっ、ごめんね! 僕ばっかり話してた。いきなり話しかけてこられて、びっくりしたよね?」

「あっ、ううん! ……そっちこそ、びっくりしないの?」

「何が?」


 不思議そうに首を傾げる男子に対して、ふわりは俯いてぽつりと呟く。


「私、猫と話してたんだよ? ……魔法、使ってたんだよ?」


 ふわりはそこまで言うと、男子を上目使いで見つめた。


「怖く、ないの?」


 ふわりの言葉にぽかんとしていた男子だったが、やがてにっこりと笑った。


「怖くないよ。すごく素敵だと思う!」


 その笑顔を見て、ふわりの心にじんわりと温かいものが込み上げてくる。胸に感じた温もりが、じわじわと全身に広がっていった。


(この子……優しい子だ)


 トクンとふわりの心臓が音を立てた。


「あっ、あの! あなた、名前は……」


 ふわりは慌てて男子に尋ねた。すると、彼は優しい微笑みを浮かべながら口を開く。


「僕は木村一哲。みんなテツって呼んでくれてるよ」

「テツ君……」


 春風が二人の髪を心地よく揺らす中、ふわりはその名前を心の中で反芻した。


(テツ君……テツ君……ふふ、なんだか猫みたいな名前だな)


 ふわりはクスッと笑う。彼と話しているうちに、先ほどまで強張っていた表情が自然とほどけていた。


「ねえ、君はなんて言うの?」


 テツに微笑まれ、ふわりは頬を染めながらテツに笑顔を見せた。


「私、佐藤ふわり。テツ君、よろしくね」

「うん。よろしく!」


 2人が笑いあっていると、不意にふわりの腕の中にいたトラが「みゃおん」と鳴いた。


『お嬢さん方、入学式には行かなくていいのかにゃ?』

「あっ!」


 ふわりはトラを抱いたまま勢いよく立ち上がり、テツを見下ろしながら口を開いた。


「テツ君、入学式!」

「あっ!そうだった!」


 テツは慌てて自転車にまたがると、ふわりに向かって大きな声を出す。


「佐藤さん、乗って!」

「え!? 自転車に!?」

「うん! 遅刻したら大変だよ!」

「でも、二人乗りは道路交通法違反だよ!」


 ふわりは慌てて首を横に振る。それを見たテツは、上手い案を見つけることができずにか弱い声を漏らした。


「入学初日なのに、僕のせいで佐藤さんまで遅刻しちゃう……」


 その申し訳なさそうな様子を見て、ふわりの胸が痛む。


(テツ君を悲しませるのは嫌だ……でも、どうしたら……)


 頭を悩ませていると、トラが再び「にゃあにゃあ」と鳴いた。


『お嬢さんには魔法があるじゃにゃいか』

「え……でも、魔法を使ってるのを誰かに見られたら……」

『そこの少年は、お嬢さんの魔法を素敵だって言ってたにゃ。少年のために、一肌脱いでやったらどうかにゃ?』

(確かに、そうだけど……)


 ふわりはテツの方を向く。すると、彼はまだ悲しそうな顔で俯いていた。


(テツ君の悲しい顔、見たくない。テツ君には、笑っててほしい)


 ふわりは覚悟を決めて、トラを地面に下ろして自転車の後部にまたがった。


「テツ君、自転車にしっかり掴まって!」

「え……?」

「いいから早く!」


 ふわりの真剣な顔を見て、テツは慌ててサドルに座ってハンドルを握る。それを確認したふわりは、大きく息を吸って声を出した。


「自転車よ、飛んで!」


 すると次の瞬間、自転車が大きく宙に浮き、猛スピードで学校めがけて飛び始めたのだ。

 その速さは、まるで大型バイクの如く。


「はっ、速い……!」


 始めは驚いていたテツだったが、段々と笑顔が溢れてくる。


「すごい! すごいね佐藤さん!」


 その嬉しそうな声を聞いて、ふわりは思わず笑みを零した。


(私の魔法で、テツ君が笑ってくれた……)


 その喜びを噛みしめていたのも束の間、自転車が、正面玄関の門を閉めようとしている教師めがけて勢いよく降下し始めたのだ。

 教師は空飛ぶ自転車に気が付き、目を見開く。


「なっ、何だあれ!?」


 驚きのあまり腰を抜かして座り込んでしまった教員に気が付き、テツは大慌てでふわりの方を見た。


「あわわわ……! 佐藤さん、ぶつかる!」

「わー! えっと、えっと……自転車よ、止まって!」


 ふわりの声を認識したのか、自転車が教師の目の前で止まり、地面に音を立てて着地した。


「あ……危なかった……」


 ふわりとテツは胸をなでおろし、自転車を降りる。

 教師はそんな2人を見て、放心状態で口を開いた。


「は、早く教室に行きなさい……」

「あっ、はい!」


 2人は教師に頭を下げて、玄関に向かって走っていった。

 その後ろ姿をみながら、教師は呆然と呟く。


「今、空を飛んできたよな……?」


* * *


 2人は玄関前まで行くと、看板に張り出されたクラス分け表を見た。

 ふわりはA組からE組まであるクラス表の中から、B組の中に自分の名前を見つけ、クラスの女子の名簿をざっと見る。すると、女子の名簿の一番上に「安住美世」の文字を見つけた。


(あっ、みよちんも一緒だ! 良かったあ……)


 ほっと胸を撫でおろすふわりの横で、テツも明るい声を出す。


「あっ、見つけた。僕はB組かあ」

(え……!?)


 テツもB組だと知り、ふわりの顔が紅潮する。


(テツ君と、一緒のクラス……!)

「あ、佐藤さんもB組だね」

「うっ、うん!」

「僕、高等部からこの学校だから、知り合いがいて良かったよ。これからよろしくね!」

(……知り合い)


 テツの言葉が引っかかって、ふわりの表情が曇る。


(せめて、友達が良かった……でも、今日会ったばっかりだし、仕方ないか……)


 ふわりが一人肩を落としていると、丁度予鈴が鳴った。


「あっ、急がないと! 佐藤さん、行こう」

「あ……うん!」


 ふわりはテツの背中を追いかけて、校舎の中へ入っていった。


(まだ知り合いでしかないけど……今日から、クラスメイトなんだ)


 自分より少しだけ大きな後ろ姿を見て、ふわりの頬が緩む。


(これから、仲良くなれるといいな)

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