18 林間学校③
星空観測の時間になった。テツは玄関の脇でソワソワとしながら俯いていた。
(なんて話せばいいんだろう。自分の気持ち、上手く言えるかな……)
不安を誤魔化そうと胸強く押さえる。すると、自分でもうるさく感じるほど心臓の鼓動が早かった。
(うう、緊張する……)
ギュッと目を閉じて固まっていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「テツ君!」
目を開けると、ふわりが目の前にいた。
「お待たせ。待った?」
「まっ、待ってないよ!」
緊張で声が裏返る。ふわりはそれにビクリとしつつも、「早く広場に行こっか」とテツを促した。
2人で広場の端の方に行き、空を見上げる。すると、初風市の街中とは比べ物にならない位、沢山の星が煌めいて見えた。
「綺麗だね」
ふわりはそう言って微笑みながら星空を見つめる。その穏やかな笑顔がやはり眩しくて、テツは顔を赤くしながら目を逸らした。
「そ……だね」
テツの消え入りそうな返事を聞いて、ふわりは彼の方を見る。
暗くてよく見えないが、どこか緊張しているような硬い表情。そして、絶対に合わない目。何か言いにくいことがあるのだろうか。
ふと、昨日のオルラの言葉が思い出される。
——あなたの笑顔と言葉は、嘘だったのね。
今もそうなのだろうか。自分に、何か隠そうとしているのだろうか。
もし、そうだとしたら……いや、そうだとしても、ふわりはテツと話がしたかった。
嘘でも、真実でも、テツの気持ちが知りたかった。
だって、何も知らずに拒絶なんてしたくないのだから。
「テツ君、昨日の買い出しの時にさ、テツ君が嘘をついてるって話があったでしょ? そのことなんだけど……私、テツ君が嘘ついてても大丈夫だよ」
ふわりの言葉に、テツは目を丸くする。その顔に微笑みながら、ふわりは続けた。
「だって、テツ君が今まで私に優しくしてくれたことは変わらないから。でも、ちょっとだけ欲張っちゃうと……テツ君の気持ちが知りたいんだ。テツ君が私をどう思ってるのか、とか。私にずっと気を遣ってくれてたのか、とか」
ふわりはテツに優しく笑いかけながら、テツに告げる。
「もっと知りたいんだ。私に優しくしてくれたテツ君のこと」
ふわりの笑顔が眩しくて、テツはそれから目を逸らして星を見上げながら口を開いた。
「全部、僕の本当の気持ちだと思って聞いてほしいんだけど……」
テツは言葉を必死に選びながら、ゆっくりと話し始める。
「僕、ずっと「本当の友達」が欲しかったんだ。ずっと一緒にいたいって思えるような、そんな仲の良い友達。佐藤さんと初めて会った時はね、魔法が使える女の子が珍しくて……この子と仲良くなりたいって思ったんだ。魔法って言う素敵なものが使える佐藤さんと仲良くなったら、「本当の友達」ができて、僕の世界も何か変わるかもって思ってた」
テツの視線の先に広がる満天の星空が、2人を優しく見守っている。その中で、テツは語り続ける。
「でも、佐藤さんと一緒にいるうちに、そんな打算的な気持ちじゃなくて……心の底から、佐藤さんと一緒にいたいって思うようになったんだ。佐藤さんといる時間が、他の誰といるときよりも居心地が良かったから。でも、佐藤さんは僕にとって「本当の友達」じゃない。もっとそれ以上の存在だって……やっと、気づいたんだ」
テツはそこまで言うと、ふわりに真剣な眼差しを向けた。
「笑顔も言葉も魔法も……優しい君の全部が、好きです」
その言葉を聞いて、ふわりは顔を真っ赤にして固まる。
「あ……え……?」
瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。それを見て、テツは慌てて口を開いた。
「ご、ごめん。やっぱり、そんなこと言われても困るよね……」
そう言って、目を伏せる。
やはり、ふわりには好きな人がいるのだ。それはきっと、自分じゃない。
そんなことを思って、テツは辛そうに俯いた。
「ごめん、忘れて」
テツは小さな声でそう言った。しかし、ふわりは必死に首を横に振る。
「忘れたくない! ……忘れたくないよ」
「え……?」
ふわりは涙を拭いながらテツをしっかりと見つめて、口を開いた。
「私も、テツ君が好きなの……出会った時から、ずっと……私の魔法を、受け入れてくれたテツ君が好きだった」
呆然とするテツに向かって、ふわりは必死に笑顔を作った。
「大好きだったんだよ……!」
涙で濡れた笑顔を見て、テツの緊張が嬉し涙に変わる。
「そっか……」
テツは泣きながら、ふわりに明るい笑顔を見せた。
「ありがとう」
初めて誰かを好きになれたことも、初めて自分の想いを伝えられたことも、初めて好きになったのがふわりだということも……テツはただ幸せだった。
ふわりが変えてくれたのだ。
ふわりの「魔法」が、自分の寂しかった世界をこんなに温かい世界に変えてくれたのだ。
——佐藤さんは、僕を幸せにする魔法使いだったんだね。
テツは彼女の笑顔を見ながら、幸せそうに微笑んだ。
* * *
その日の夜、入浴を終えたふわり達は、自分の部屋でぐっすりと眠っていた。
登山もあり、炊事とウォークラリーもしたのだから、疲れも溜まっていたのだろう。多くの生徒は気持ち良さそうに寝息を立てていた。
日がもうすぐ昇ろうかという頃。オルラは、いつものように早く目を覚ましてしまった。枕元を見ると、時刻は午前4時17分だ。
(……また、早くに目を覚ましてしまったわ)
オルラはもう一度寝ようか迷ったが、寝たら悪夢を見るような気がして気が進まず、静かにベッドから降りた。
(外の空気でも吸いたいわね)
そう思い、オルラは教師陣にバレないよう、自分に気配を消す魔法をかけ、部屋の入り口へ歩いて行く。
キィ……と、ドアの開ける音が聞こえて、ふわりは眠りから覚めた。
目を擦りながらドアの方を見ると、閉まるドアと共にオルラの銀杏色の長い髪がちらりと目に入った。
(オルラちゃん……?)
ふわりはゆっくりと体を起こして、静かに彼女の後を追った。
* * *
オルラは広場の柵の前に来ると、まだ少し夜が残る空を見上げた。初夏の早朝の爽やかな空気をゆっくりと吸い、細く長く吐く。
(いい空気。イギリスにいたら、ここにも来られなかったのよね)
「オルラちゃん」
声を掛けられて振り返ると、ふわりがこちらに歩いてきているところだった。ふわりの姿を確認して、オルラは目を丸くする。
「佐藤さん、どうしてここに?」
「オルラちゃんが部屋を出るのが見えたから、どうしたのかなって思って」
「ああ、起こしてしまったのね。ごめんなさい」
「ううん、平気」
ふわりは首を横に振ると、オルラの隣に立って空を見上げた。
「日の出までもう少しかな」
「……そうね」
オルラは頷くと、空を見上げたまま口を開く。
「佐藤さん、昨日の昼間はどうして私を心配してくれたの? 私は、あなたを無理やりイギリスに連れて行こうとしている人間なのに、なぜ?」
オルラに尋ねられ、ふわりは迷わずに答える。
「オルラちゃんにも、何か事情があるのかなって思ったんだ。一昨日、桂君に言われたの。オルラちゃんが信頼できるかどうか決めるのは、オルラちゃんの事情を知ってからでもいいんじゃないかって。それ聞いてね、私はオルラちゃんのこと何も知らずに拒絶しようとしてたって気付いたんだ」
ふわりはそこまで言うと、真剣な顔でオルラを見た。
「昔、私も魔法のことを誤解されて辛い思いをしたから、オルラちゃんのことを誤解したまま嫌うなんてことしたくないの。だから、オルラちゃんのこと、教えてくれないかな?」
ふわりの透き通った桃色の瞳に見つめられ、オルラは彼女に向き直る。
ここまで自分に向き合おうとしてくれる彼女に、隠し事をすることも、嘘を吐くこともしたくなかった。
ただ、真摯に、真っ直ぐに、自分の気持ちを伝えたいと思った。
「私は魔道士協会役員として、グリフィン会長の命によってあなたをイギリスに連れて行こうとしてました。昔、捨てられていた私を拾ってくれたグリフィン会長に見捨てられたくなくて……振り向いて欲しくて、あなたの恋を邪魔していたの」
オルラはそう言って、自分の胸に手を当てる。
「グリフィン会長を、愛しているから。だから、彼の喜ぶことは何でもしようとしていたわ。そうしたら、グリフィン会長は私を見てくれると思ったの。……でもね、そんな日はきっと来ないわ」
オルラはそこまで言うと悲しそうに笑った。
脳裏に、自宅のリビングに飾られた、仲睦まじい師弟の写真が蘇る。
「彼はずっと、別の人を愛している。その人こそ……アリス・スチュワート。あなたのおばあさまよ」
その言葉を聞き、ふわりは目を見開いた。
「私のおばあちゃんが……?」
「ええ。彼女はグリフィン会長の師匠だったようね。私はお会いしたことがないけれど、リビングに写真が飾られていたわ」
「そうだったんだ……」
ふわりはその事実を、頭の中で繰り返す。
(魔導士協会の会長は、おばあちゃんのお弟子さんで、おばあちゃんを愛していた人……)
そう考えると、ずっと恐怖を感じていたグリフィンが、ほんの少し身近に感じた。
彼のことは敵だと思っていたが、祖母を想っていた人のことを頭ごなしに否定していいのだろうか。きっと、何か理由があってふわり達をイギリスに連れて行こうとしているに違いないのだ。
その理由を、知らなくては。
「グリフィンさんは、どうして私達をイギリスに連れて行こうとするの?」
ふわりに尋ねられ、オルラはすぐに答える。
「魔導士の国を作るため……と言ったら、驚きますか?」
「え……魔導士の国?」
「ええ。現在、世界中に散らばった魔導士達は、魔法を理由に精神的・肉体的に傷つけられている。あなたにも心当たりはありませんか? 魔導士であることを理由に、仲間はずれにされたことはない?」
オルラに問われ、ふわりは俯く。
確かに、小学生の時に好きな人に拒絶されたことがあった。それも、魔法が理由だった。
「……うん。昔、そんな目に遭った」
悲しい声色で答えるふわりに対して、オルラは真っ直ぐに告げる。
「そんな風に傷つく魔導士を減らすために、グリフィン会長は魔導士だけの国を作ろうとしているの。それで、彼は世界中の魔導師を集めているのよ。全ては、魔導士を守るために」
「そうだったんだ……」
「佐藤さん、あなたはこの話を聞いた後でも、イギリスに行くことを拒否しますか? 」
オルラに真っ直ぐに見つめられ、ふわりは言葉に詰まる。
魔導士協会の言い分は分かったし、自分も共感できる。また、魔導士の国を作ることで、多くの魔導士が救われる可能性もあるだろう。グリフィンの目的は崇高なものだ。
しかし、昨夜見たテツの笑顔が、ふわりを掴んで離さない。
いや、テツだけではない。美世や桂や冬紀、両親と兄と実家のカフェの客達の笑顔。それらは全部、ふわりの宝物だ。
この町で見つけた、一生ものの宝物なのだ。
「オルラちゃん、ごめん。私はこの町に残りたい」
ふわりは首を横に振ると、オルラを見つめ返した。
「辛いこともあったけど、初風市には私の好きなものが沢山あるの。それを全部捨てて、イギリスには行けない」
ふわりの答えを聞き、オルラは小さく笑う。
「そうですか」
オルラはふわりに向かって優しく微笑んで、そして告げた。
「なら、私にも、もうあなたをイギリスに連れて行く理由はありません」
「え……ほんとに? 」
「ええ。魔導士の幸せのための国作りなのに、魔導士であるあなたを不幸にしては意味がないわ」
「でも、グリフィンさんに振り向いて貰いたいんだよね? 」
「……もう、いいの」
オルラは空に視線を移しながら、穏やかな顔で口を開いた。
「私は、私を大切にしてくれる人のために生きるわ。佐藤さん、あなたのような優しい人のためにね」
朝日が昇る。徐々に照らされていく世界を、オルラは微笑みながら見つめていた。
「……佐藤さん、私を知ろうとしてくれてありがとう」
その穏やかな笑顔を見つめながら、ふわりも優しく微笑む。
「うん」
ふわりはオルラの隣に並んで、朝日が昇っていくのを見つめた。
明るい日差しが、2人を柔らかく照らしていた。
* * *
林間学校が無事に終わった。ふわり達は宿泊施設の職員に挨拶して、帰りのバスに乗り込む。席に着いた生徒達の談笑で、車内が賑わい始めた。
泉が全員揃っていることを確認し、生徒達と運転手に声を掛けた後にバスが発進する。
ふわりの席の窓の向こうを、自然豊かな山の景色が流れていく。昼も、夕方も、夜も、夜明けも……楽しい思い出が沢山できた。
(林間学校、楽しかったな)
ふわりが微笑みながら窓を眺めているのを見て、隣の席の美世がニヤリと笑って尋ねる。
「ふわり、昨日は木村と上手く話せたの?」
「えっ……あ、ああ……うん」
ふわりは恥ずかしさのあまり顔を赤くして縮こまった。その様子を見て、美世の胸に期待が過る。
(もしかして、付き合うことになったのかな……)
「木村、何だって?」
美世がわくわくしながら尋ねると、ふわりは両手で顔を覆いながら答えた。
「告白された……」
「まじで!?」
「みよちん声大きい!」
「ああ、ごめん。それで、ふわりは何て答えたの?」
「私も大好きだって答えた……」
ふわりの答えを聞き、美世は嬉しそうな顔で彼女を小突いた。
「じゃあ付き合うことになったんだね。おめでとう」
美世の言葉に、ふわりは目を丸くして固まる。
(……あれ? 私達、付き合おうって言ったっけ?)
急に黙り込むふわりを見て、美世は首を傾げた。
「ふわり、どうかした?」
「言ってない」
「え?」
「私もテツ君も、付き合おうって言ってない……」
「は!? え、じゃあ今どういう状況なの?」
「分からない……」
ふわりが肩を落とすのを見ながら、美世は頭を抱えた。
(木村……あんた、ほんと……)
頭を抱える美世達をよそに、最前列のテツは桂の隣ですやすやと眠っていた。
桂はその顔ちらりと見て、テツの目元が僅かに腫れていることに気が付く。
(昨日、沢山泣いてたもんな)
テツも、少しは自分を正直に出せるようになったのだろうか。もしそうだとしたら嬉しかった。
(学校に着くまで寝かせといてやるか)
桂は微笑みながら、窓の外を眺めていた。




