15 見ないふり、気づかないふり
まだ薄暗い明け方4時のこと。オルラは、アパートの自室でうなされていた。
オルラの目の前に広がっているのは、雨が降りしきるロンドンの街中の光景だ。横たわっているオルラの視界に、暴力を振るわれ痣だらけになった自分の細い腕が映る。
歩道の真ん中に打ち捨てられたオルラに雨を遮るものは無く、冷たい霧雨が彼女の体を濡らした。
道行く者は誰1人としてオルラを助けず、彼女に汚いものを見るような視線を向ける。
「なんだ、あれ」
「いやね、捨て子?」
「汚い子だわ」
そんな鋭い言葉を吐き捨てながら、街の人々はオルラを避けて歩いた。
オルラは体が冷えていくのを感じながら、心の中で小さく呟く。
(散々な人生だったわね)
もう死んでもいい。両親が死んで、施設でも虐げられた自分に生きる理由なんてない。オルラはそう思い、静かに目を閉じた。
その時、不意に体に温もりを感じた。
僅かに目を開けると、黒いレインコートが、体から腕まで覆い被さっていたのだ。
視線を上げると、厳つい顔をした背の高い男性が、こちらを静かに見つめていた。
「君がオルラ・モーガンか?」
低く渋い声で尋ねられ、オルラは小さく頷く。すると、男は表情を変えずに彼女を抱き起こした。
「私は魔導師協会会長、グリフィン・ルイス。君を迎えに来た」
グリフィンは彼女を抱きかかえると、霧雨の降る街を歩き出した。
(暖かい……)
オルラは男の腕の温もりを感じながら、静かに意識を手放した。
目を覚ますと、オルラは自分のベッドの上にいた。寝汗でパジャマがじっとりと濡れており、心臓の鼓動も早い。
(……また、この夢を見たわ)
枕元の時計を確認すると、時刻は午前4時16分だった。また今日も早くに目を覚ましてしまった。
今から寝直そうにも、先程のように虐げられる夢を見そうで気が進まない。オルラは体を起こし、パジャマ姿のままキッチンへと向かった。
お湯を沸かしハーブティーを淹れて、オルラはリビングのソファへと向かう。すると、ソファの上には先客がいた。
「グリフィン会長……」
なんとローブ姿のままのグリフィンが、ソファに収まりきらない長い足を放り出して眠っていたのだ。
「またこんな所で寝て……風邪を引いてしまうとあれ程言ったのに」
オルラはマグカップをテーブルに置くと、魔法で赤いチェック柄のブランケットを取り出してグリフィンの体に掛けた。
「私の忠告なんて、グリフィン会長には大した価値もないのでしょうね」
オルラはそう呟き、グリフィンの傍に腰を下ろす。
「私は、あなたに拾って貰ったあの日から、あなたに捨てられるまいと必死なのに」
オルラはそう零すと、ハーブティーを一口飲んだ。
グリフィンは深く眠っているようで、オルラが傍にいることに気がつく様子はない。
(……あなたは、私があなたとの出会いを思い出す度に、眠れなくなっていることにも気付かないのね)
オルラは小さく溜息をつき、ハーブティーを見つめた。憂鬱な感情が胸を占め、芋づる式に先日のふわりを助けようとして険しい顔を見せたテツのことを思い出す。
(好きな人にあんなに大事にされてるなんて、佐藤さんが羨ましい)
オルラは悲しげに顔をしかめながら、棚の上に飾られた写真を睨み付けた。その写真には、カスタード色のふわふわした長い髪の女性と、彼女に寄り添う若き日のグリフィンが写っている。
(私は……愛する人に愛して貰えないというのに)
* * *
5月になってから2週間が経つ。週も明けて既に数日。木曜日がやってきた。普段なら気怠い木曜日だが、今日の1年B組の教室は賑わっていた。
帰りのホームルームの時間になり、泉が教卓の前に立つ。
「みんな知っての通り、明日から林間学校だ。朝9時にバスで学校を出発するぞ。遅れないようにな」
泉はそう言うと、にこりと笑って帰りの挨拶をする。生徒達もそれに挨拶を返し、それぞれの班で荷物の確認を始めた。
ふわりも美世の元に行き、彼女と共に同じ班員であるテツと桂の席に集まる。
「明日って、着替えと歯ブラシの他に何がいるんだっけ?」
尋ねるテツに、桂が答える。
「炊事の食材じゃね? 結局、明日はバーベキューでいいんだよな?」
「うん。だったら、お肉と野菜がいるね」
2人で話すテツと桂を見て、ふわりは僅かに頬を染めた。それを見た美世が、ふわりを小突く。
「良かったね。木村と同じ班になれて」
「うん。くじで決めることになってたから不安だったけど、みよちんともテツ君とも一緒になれて嬉しいよ」
嬉しそうに笑うふわりを見て、桂は目を伏せる。
(そこに俺は入ってないんだな)
ふわりの無邪気な言葉に、桂の胸がズキリと痛んだ。
(テツは高等部からうちに来たのに、中等部から一緒の俺よりずっと佐藤と仲が良い。……羨ましいな)
桂が表情を曇らせている横で、テツは笑顔でふわり達に提案する。
「ねえ、これから買い出しに行かない? みんなで買い物したら、忘れ物とかも無くて済みそうだしさ」
「それいいね! みよちんと桂君も大丈夫かな?」
「私は平気。桂は?」
美世に声をかけられ、桂はハッとして頷いた。
「大丈夫。今日は部活無いし」
「じゃあ決まりだね。早速行こう」
テツが荷物をまとめて立ち上がろうとしたその時、泉がオルラを連れて4人の元へやってきた。
「4人とも、もし良かったら、オルラを班に入れてやってくれないか? 班を決めた後に転校してきたから、どの班に入るか決まってなくて」
泉の申し出に、ふわりの表情が固くなる。オルラはそれに対して微笑みながら、4人に向かって丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ふわりは強張った表情で頷く。それに気付かない美世は笑顔で「よろしく」と短く挨拶していた。
2人の反応を見て、テツはすぐに笑顔を作る。桂も「よろしくな」と挨拶を返したが、ふわりの不安げな表情を見て首を傾げた。
(佐藤、どうしたんだ?)
「オルラさん、これからみんなで買い出しに行くんだけど、オルラさんも来る?」
美世が尋ねると、オルラは柔らかい笑顔で頷いた。
「ええ。ご一緒させていただきます」
「おっけー。みんな、行こ」
美世に促され、ふわりは慌てて表情を取り繕って頷いた。
テツも静かに荷物を持ち、教室を出ていく美世達に続く。桂も鞄を背負い、それに着いていった。
* * *
ショッピングモールに来たふわり達は、バーベキュー用の食材を買いに食品売り場を回っていた。
カートを押すふわりの横で、テツが野菜を吟味する。
「玉ねぎと人参、焼いたら美味しそうじゃない?」
「そうだね。あとはキャベツとか……」
「焼き肉屋さんの焼いたキャベツ美味しいもんね」
仲良く話しながら買い物を進める2人を、オルラと桂は後ろから眺めていた。
オルラがちらりと桂の方を見ると、彼の切なそうに目を伏せた顔が目に入った。それを見て、オルラは思わず尋ねる。
「桂君は、佐藤さんが好きなのですか?」
「えっ!? な、何で……」
「顔を見れば分かります」
「ぐ……そんなに分かりやすいのか、俺」
桂は頭を抱えた後、顔を赤らめながらふわりに聞こえないよう小さな声で答える。
「そうだよ。好きなんだ」
「ふふっ、そうですか」
「そうですかって……それだけ?」
「ええ。桂君の恋路には、あまり興味がないもので」
「なら何で聞いたんだよ……」
恨めしそうに睨む桂を見て、オルラは目を伏せながら笑った。
「少し共感してしまっただけです。好きな人に想いを受け止めて貰えないのは苦しいですから」
「は……?」
オルラの悲しそうな顔を見て、桂は首を傾げた。オルラも報われない恋をしてるのだろうか。一体誰に? そこまで考えて、目の前を歩くテツとふわりが目に入る。
「……まさか、テツが好きとか?」
桂に尋ねられ、オルラはクスリと笑った。
「テツ君のような人を好きになれたら、私の人生も幸せなものに変わったかもしれませんね」
「そうかな? 俺、思うんだけどさ……」
桂はテツの背中を見ながら、彼に聞こえない声で言った。
「あいつ、いつも作り笑いしてるから、何考えてるのか分からないし……言葉も、全部表面上のものに聞こえるんだ。あいつと付き合ったとして、本当に幸せになれるのか?」
オルラはその言葉を聞いてすぐに、「ふふっ」と声を出して笑った。
「桂君は、人をよく見ているようですね」
「どういうことだよ」
「テツ君の作り笑いに気付いたのは、この中だと多分あなただけですよ。テツ君の粗を探してしまうぐらい、佐藤さんが好きなのね」
「その言い方、性格悪く聞こえるからやめろ」
「あら、事実でしょう?」
オルラはクスクス笑いながら、桂を見つめる目を細めた。
「でも、そういった一生懸命さは好感が持てます。私は好きです」
人形のように綺麗なオルラに微笑まれ、桂は思わず顔を赤くする。
「なっ……」
「佐藤さんとの仲を応援することはできませんけどね。私にも事情があるので」
「うっ、なんなんだよ……」
肩を落とす桂を見てオルラは笑った後、前を歩く2人に声を掛けた。
「佐藤さん、テツ君、まだ何か買うものはありますか?」
オルラに尋ねられ、ふわりはビクリと体を竦めると、すぐに笑顔を作って頷いた。
「食材に掛けるタレが欲しいんだけど、もし良かったら探してくれないかな?」
「タレね……日本のタレはよく分からないのよね」
そう言って困り顔になるオルラを見て、テツが「だったら……」と口を開く。
「僕も一緒に探すよ。オルラさん、行こ」
テツは笑顔を作りながらそう言うと、オルラを促して食品売り場の奥へと入っていった。
桂はオルラの後ろ姿を見つめた後、頭をかきながら溜息をついた。
(言い方はあれだけど、あいつなりに励ましてくれたんだよな)
桂は心の中でそう呟いた後、テツとオルラを不安げに見つめるふわりに歩み寄った。
「なあ、佐藤。ずっと気になってたんだけどさ、オルラと何かあったのか?」
「え? あ、ああ……大丈夫だよ」
「大丈夫な顔じゃないけど」
桂に強い口調で言われ、ふわりは苦笑いして頬をかく。
「……実は、ちょっと色々あったんだ。あんまり詳しく言えないけど、オルラちゃんは私がテツ君のことを好きでいるのが都合が悪いみたいで……」
「え? どういうことだよ」
「うーんと、オルラちゃんは、私をイギリスに連れて行きたいんだ。でも私がテツ君と付き合ったら、イギリスに行くのを嫌がるでしょ。それが困るんだって」
「ふーん……あんまりよく分かんないけど、オルラは佐藤が誰かと付き合うと困るんだな」
「うん……この前、強引にテツ君のことを諦めさせられそうになってね、それが怖かったの。だから、オルラちゃんのことは信頼できなくて」
そう言って俯くふわりを見て、桂は先程のオルラを思い返した。
好きな人に好かれたいと思って悲しそうな顔をしていたオルラは、どこにでもいる普通の恋する少女のように思える。それに、同じ悩みを抱える自分を励ましてもくれた。彼女は、本当に信頼に値しない悪人なのだろうか。
そう思った桂は、迷いながらも口を開く。
「俺、オルラがそんなに悪い奴とは思えないんだよな。なんていうか……普通の、寂しがり屋な女の子って感じがして」
「……そうなのかな」
「うん。さっきオルラと話しててそう思った。だから、信頼できるか決めるのは、オルラのことを知ってからでも遅くないんじゃないかな。オルラが佐藤をイギリスに連れて行きたい理由とか、そういうのを知ってからでもいいんじゃないか?」
桂の言葉を聞き、ふわりは目を丸くして小さく頷く。
「確かに……私、オルラちゃんのこと、何も知らなかった。知らないのに、拒絶しちゃったら駄目だよね」
そう言うと、ふわりは桂に向かって笑顔を見せた。
「ありがとう、桂君。私、大事なこと見失ってた。今からオルラちゃんと話してきていいかな?」
ふわりの突然の申し出に、桂は驚いた顔を浮かべた。
「今から!? まあ、別にいいけど……。カートは俺が持っておくから」
「ありがとう。お願いね」
ふわりはカートを桂に預けると、タレが置いてる棚の方へと早足で歩いて行ってしまった。それを見送り、桂はカートに頭を乗せて項垂れる。
「今、佐藤と一緒にいるチャンスだったよな? 俺、お人好しか……?」
「そうね、お人好しね」
肉の入ったパックを持った美世が桂のもとにやって来て、カートに肉を入れながら言った。
「安住、見てたのか……」
「ふわりと話してるところだけ。さっきオルラさんと話してたって言ってたけど、そこは見てないよ」
美世はそう言うと、桂の方を見て微笑んだ。
「あんた、真面目な人だったんだね。ちょっと見直した」
「そうかな……別にどっちでもいいけど」
桂は溜息をついて頭を上げ、美世に尋ねた。
「安住はさ、テツと佐藤のことどう思ってる?」
桂に尋ねられ、美世はすぐに口を開いた。
「応援してるよ。ふわりには幸せになって欲しいから」
そう言って優しく目を細める美世から、桂は目を逸らした。
「……そっか」
改めて自分の恋は完全に応援されていないことを知り、胸が痛む。誰にも歓迎されず、相手にも受け入れて貰えないこの恋の行く先を考えると、胸が苦しくなった。しかし……。
——そういった一生懸命さは好感が持てます。私は好きです。
オルラは、応援こそしてくれなかったが自分を認めてくれた。
その言葉を思い出すと、胸が暖かくなるのは何故だろう。
自分とお揃いの悩みを持つオルラの背中を、今度は自分が押してやれないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
俯いて考え込む桂を見て、美世は敢えて何を考えているかは聞かず、カートの中を確認した。
「あとはタレだけね。ふわり達が探してるんだよね」
「うん」
「じゃ、ちょっと待とうか」
桂と美世はカートを道の脇に寄せ、3人が戻ってくるのを待った。
* * *
一方、テツはオルラを連れてソースやタレの置いてあるコーナーに来た。テツは焼き肉のタレを手に取り、オルラに尋ねる。
「これ、どうかな」
オルラはテツが持ったタレの容器をまじまじと見た後、笑顔を作る。
「食べたことがないので分かりませんが、パッケージのお肉が美味しそうなのでいいと思います」
「うん。じゃあこれにしよ」
テツはタレを片手に笑顔を作る。その笑顔は、確かに桂の言う通り「心の底から笑っているようには見えない」感情の読めない笑顔だった。
(なるほど、確かに作り笑いだわ。そういえば、以前、心の中を覗いた時も、私の魔法が効いていなかったわね。……心の壁が厚いと心理魔法は効きにくい。テツ君は周りに壁を作るタイプなのね)
オルラはそれを確認し、改めてテツは厄介だと実感した。心理魔法が効かないとなると物理魔法を使ってふわりから遠ざける手段を取る必要があるが、相手は一般人。命に関わるような手荒な真似はしたくなかった。
(やはり、佐藤さんをテツ君から遠ざけなければ)
オルラは心の中でそう呟き、「そろそろ戻りましょう」と声を掛けて、来た道を引き返そうとした。しかし、テツはその場から動かずにオルラを制止する。
「待って。その前に聞かせて」
「何をですか?」
「オルラさんは、佐藤さんを傷つけようとしてるの?」
テツに真剣な顔で尋ねられ、オルラは作り笑いで首を横に振る。
「いいえ。そんなことありません」
「ならこの前、佐藤さんに何をしたのかな? あの時の佐藤さんの怯え方、普通じゃなかった。それに、今日もオルラさんを見て怖がってる」
「……よく見てるのね」
オルラの表情から、笑顔が消えた。
作り笑いばかりのテツが、ふわりのことになるとこんなに必死になる。何故この人はこんなにも好きな人を真っ直ぐ想える? どうしてふわりはここまで愛されている? 自分もふわりと同じ魔導士なのに、肉親と死に別れて孤児院では職員にも子供達にも虐げられ、今だって愛する人には振り向いてもらえない。
——ああ、ずるい。テツ君は、私が欲しくてたまらないものを持っている癖に……どうして自分と佐藤さんの想いに向き合おうとすらしないのかしら。
そんな嫉妬に駆られて、オルラは低い声を出す。
「そこまで気付いているのに、どうして佐藤さんの気持ちに応えようとしないのかしら」
「え……? 」
テツの瞳が戸惑いで揺れる。それを無表情で見つめながら、オルラは尚も続けた。
「あなたが佐藤さんに向ける笑顔は本当の笑顔なの? あなたが佐藤さんに掛ける言葉は本心なの?」
「な、何言ってるの……?」
「答えなさい。後ろめたいことが無ければ答えられるはずですよ。僕は本当に佐藤さんが好きだと」
「え……?」
「早く答えなさい!」
声を荒げるオルラに対して、テツは何も言えずに口を閉ざす。
(佐藤さんは、僕が探してた「本当の友達」のはず。でも……本当にそれだけなのかな?)
テツは俯き、胸を押さえる。
(本当の友達じゃないって、認めるのが……怖い)
「……何も言えないのね」
オルラは吐き捨てるように言うと、テツを鋭く睨んだ。
「あなたの笑顔と言葉は、嘘なのね」
その言葉を、2人に追いついたふわりは、タイミング悪く聞いてしまった。
「え……?」
ふわりの声に気がつき、テツは振り返った。
「佐藤さん……!」
ふわりは呆然としたまま、テツに聞き返す。
「何が、嘘なの?」
テツが口を閉ざしたまま目を伏せるのを見て、ふわりは震える声で更に尋ねた。
「もしかして、私に言えないこと?」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「……ごめんね」
テツはか細い声でそう言うと、足早に立ち去ってしまった。
「て、テツ君……」
立ち尽くしているふわりに、オルラは歩み寄って小さな声で告げた。
「あなたは気が付かなかったのね。テツ君の作り笑い」
「え……?」
「……何も知らなかったなんて、幸せな人ね」
オルラは悲し気な顔でそう言うと、桂達が待つ方と逆側に歩いて行ってしまった。
一人残されたふわりは、足に力が入らなくなるのを必死に堪えながら、小さく呟く。
「作り笑いだったんだ。私に見せてくれた笑顔」
視界が涙でぼやける。
「嘘だったんだ」
ふわりは涙を拭うこともせず、その場に立ち尽くしていた。
しばらくして、美世がふわりの様子を見に来て、ぎょっとする。
「ふわり、どうしたの!?」
「みよちん……ううん、何でもない」
そう言って必死に笑顔を作ろうとするふわりの肩を、美世は強く掴んだ。
「何でもなくない! 辛い時は周りに頼れって言ってくれたのはふわりでしょ?」
美世はそう言うと、ふわりのことを心配そうに見つめた。
「心配くらいさせて?」
「……ごめん」
ふわりは涙を拭うと、小さな声で呟いた。
「私、テツ君に気を使ってもらってたの気づかなかった。……作り笑いだったんだ。全部」
「は……?」
「私、テツ君が優しいのに甘えて何も気づこうとしなかった。……テツ君も、きっと私のこと良く思ってなかったんだよ。……私が、魔導士だから」
そう言って泣きじゃくるふわりを見て、美世はすぐに首を横に振った。
「木村が本当にそう言ったの? 違うでしょ?」
「でも……」
「何も確かめないで諦める必要ないよ。私、木村は……」
美世の脳裏に、ふわりと話していて嬉しそうに笑っているテツの顔が鮮明に浮かぶ。
あの明るい笑顔が嘘だったなんて、美世にはとても思えなかった。
「木村は、あんたといる時、心から笑ってたと思う。絶対に、作り笑いなんかじゃない」
「そう、かな……」
「そうだよ。……木村と、もう1回話してみよ? 勇気が出ないなら、私がいくらでも背中押してあげる」
「みよちん……」
ふわりは思わず美世に抱きついた。
「うう……ありがとう……」
「気にしないで。これぐらいどうってことないから」
美世はふわりの背中を擦りながら、彼女を優しく抱き返した。
(……今まで、何回も助けてもらってきたんだもん。今度は私の番なんだから)
* * *
一方、テツはカートにタレを入れるために桂の元へ戻ってきていた。
テツ一人なのを見て、桂は静かに尋ねる。
「佐藤とオルラは?」
桂に尋ねられ、テツはぎこちない笑顔で答える。
「僕だけ先に戻ってきちゃったから、分からない……」
その明らかな作り笑顔を見て、桂は眉間に皺を寄せた。
「……また、作り笑いかよ」
そう吐き捨てると、桂はテツを睨んだ。
「そうやって笑顔作って全部から逃げんのか? 本当は辛そうな顔してる癖に、自分の気持ちからも逃げんのかよ」
桂の厳しい言葉を聞き、テツは俯いて口を開く。
「桂君には分かんないよ。僕のことなんて……」
「お前が教えようとしてくれないからだろ?」
「言ったって分からないよ!」
珍しいテツの大声を聞き、桂は目を見開く。
「誰も分からないよ……」
テツはそう言うと制服の袖で目元を拭った。それを呆然と見ていた桂だったが、すぐに胸に罪悪感が込み上げてきて顔を顰めた。
ふと、先ほどのふわりの言葉が蘇る。
——知らないのに、拒絶しちゃったら駄目だよね。
(そうだ。俺はテツのこと何も知らないし、テツだって俺のこと何も知らないんだ。なのに……自分を棚に上げて一方的に責めてたら駄目だ)
桂は意を決し、口を開く。
「……分からないよ。だから、教えてくれよ。林間学校の時でいいからさ」
桂はそれだけ言うと、スマホを開いて美世にメッセージを送る。
「安住に、先に会計済ませるから明日お金持ってきてって送った。その顔じゃ、佐藤達とも顔合わせられないだろ。先に帰ろう」
「桂君……ごめん」
「謝るな。こういう時は「ありがとう」って言うんだよ」
「……ありがとう」
鼻を啜りながら礼を言うテツを見て、桂は頭をかく。
「いいから行こう」
「うん」
桂はテツを連れて、レジへと歩き出した。
* * *
オルラは1人で帰り道を歩き、自宅に帰ってきた。アパート内にグリフィンの姿はない。それを確認して、オルラは自室に戻ってへたり込む。
「……これでいいはずなんです。佐藤さんとテツ君がすれ違って、2人が結ばれなければ、佐藤さんはイギリスに来てくれる。……よかったのよ、これで」
そう自分に言い聞かせるが、オルラの胸はズキズキと痛んで止まらなかった。
「なんで、こんな気持ちになるのかしら」
オルラの瞳から涙が零れ落ちる。
「テツ君と佐藤さんがお似合いだったからかしら」
涙がカーペットに染みていく。
「想いの伝わらないことは苦しいと知っているのに、佐藤さんとテツ君にもそれを強いてしまったからかしら」
1人で呟きながら、オルラは涙を流し続ける。
「きっと、今朝の夢のせいだわ。グリフィン会長とのことを思い出したせいよ……」
オルラは涙を拭って、力無く笑った。
「誰かを想うのって、なんでこんなにも痛いのかしら」




