14 君に着て欲しい
布を入れた鞄をしっかりと肩に掛け、美世は八坂家に向かって走っていった。
(会ったらなんて言おう。うまく言えるかな? ……ううん、大丈夫。だってふわりが背中を押してくれたから)
走って、走って……美世は八坂家の玄関前に辿り着いた。
インターフォンを押してしばらく待つと、中から冬紀が出てきた。冬紀は美世を見るなり目を丸くする。
「美世……! どうしたの、急に」
「あ、あのさ……」
美世は緊張しながら冬紀が落とした布を取り出すと、それを冬紀に差し出した。
「これ、落としてない?」
「あ、それ! 失くしたと思って焦ってたんだよ」
冬紀は布を受け取ると、安堵の溜息を吐き、美世に向かってニコリと笑った。
「ありがと。助かった」
その昔と変わらない笑顔を見て、美世の心に言いたいことが溢れだす。美世は高鳴った胸を押さえながら、口を開いた。
「お礼を言うのは私の方。ありがとう。昨日のナンパのことも、私と一緒にいるために高校進学を頑張ってくれたことも、昔からずっと、私を大事に思ってくれてたことも……本当は嬉しかったんだ」
美世は冬紀の顔をしっかりと見つめながら続ける。
「私も、冬紀の気持ちに応えたい。ねえ、何かあんたのために、私ができることって無いかな?」
美世の顔を見て、冬紀は顎に手を当てて少し悩んだ後、頷いた。
「それって、何でもいいかな」
冬紀の言葉に、美世は戸惑いつつも頷く。
「え? まあ、できる範囲なら」
「じゃあさ、モデルやってくれない?」
「モデル?」
「そ。今度、商店街の創業祭でファッションショーするんだけどさ、その時にオレの服着てくれないかな? 迷ったんだけど、美世にすごく似合いそうな布だから、やっぱり美世に着て欲しい」
美世はぽかんとしていたが、すぐに「いいけど……」と冬紀に答えた。
彼女から了承を得られ、冬紀は安堵した様子で微笑む。
「ありがと。じゃあ早速採寸させて。あと1ヶ月と少ししかないからさ」
冬紀に「上がって」と促され、美世は戸惑いつつも八坂家に上がった。
* * *
冬紀の部屋に上がると、美世は上着を脱いでTシャツ1枚になる。その傍で冬紀はメジャーを用意し、美世の前に来た。
「じゃあ測るね。楽にして」
冬紀は一声掛けて、美世の胸囲を測り始めた。
何の音もしない部屋の中、美世は自分の近くに冬紀がいることを妙に意識していまい、気恥ずかしかった。
(やっぱ落ち着かないんだけど……)
ちらりと冬紀の顔を見ると、真剣な顔でメジャーを確認していた。その幼なじみの真剣な顔を見て、美世は目を細める。
(冬紀って、昔から好きなことに対して真っ直ぐだもんね。全然変わらないな)
その後、他の部位の採寸も終わり、冬紀はふうと息をついた。
「これでお終い。美世、ありがとね」
「ううん。別に平気。ていうか、こんなんで良かったの?」
「ん? どういうこと?」
「ほら、冬紀の気持ちに応えるってことは、他にもやらなきゃいけないことがあるでしょ。……パパとママを説得するとか。そういうのじゃなくて良かったのかなって」
「ああ……別にいいんだ」
冬紀は微笑んで美世を見る。
「それは、オレがこれから頑張ることだから」
その力強い笑顔を見て、美世の頬が熱くなった。
やはり、冬紀は昔から何も変わっていない。どんなに険しい道でも、自分にできることをよく考えて、一生懸命に取り組む。その時、決して他人任せにはしない。
そういうところが昔から頼もしくて、美世は好きだった。
「そ、そっか……。でも、なんかあったら言ってよ。できるだけ力になるから」
少し上ずった声で言う美世に、冬紀は明るい笑顔を返す。
「うん。ありがと」
「じゃあ、服作り頑張ってね。私、そろそろ帰るから」
「ああ、玄関まで送るよ」
足早に出ていく美世を追いかけて、冬紀は玄関まで来た。
「じゃ、気を付けてね。ファッションショーのことでまた練習とかあるかもしれないから、その時は教えに行く。何組だっけ?」
靴を履いている美世に、冬紀は後ろから声を掛けた。美世は靴を履き終えつま先をトントンと叩きながら答える。
「ふわりと同じB組。てか、連絡ならスマホでいいよ」
美世はそう言うと、鞄からスマホを取り出し、メッセージアプリのQRコードを表示した。それを見て、冬紀は戸惑う。
「オレと連絡先を交換して大丈夫なの? ご家族に何か言われない?」
「さすがにスマホまで見ないと思う。それに、さっき言ったじゃん。冬紀の気持ちに応えたいって。だから、冬紀から逃げるのやめたいの」
美世はそう言うと、大きなツリ目を優しく細めて笑った。こんなに穏やかな彼女の笑顔を見たのは久しぶりで、冬紀は嬉しさと照れくささで頬を赤らめる。
「……そっか。分かった」
冬紀はズボンのポケットから自分のスマホを取り出すと、美世のコードを読み取った。
画面に表示された「安住美世」の文字を見て、冬紀は頬を緩める。
「じゃあ、私そろそろ行くね。なんかあったら連絡して」
「ああ、うん。気を付けてね」
美世は冬紀にニコリと微笑み、玄関を出ていった。誰もいなくなった玄関で、冬紀はしゃがみ込む。
「……こないだ玄関で丸くなってた姉ちゃんの気持ち分かるかも」
腕で隠れた顔から、僅かに赤い頬が見えた。
「美世、オレの気持ち受け止めてくれてたんだ……よし、頑張っていい服作らないとな」
そう。ファッションショーで実績を作り、美世の両親に認めてもらう。そしたら、美世に気持ちを伝えるのだ。
出会った時から、美世がずっと好きだったと。
* * *
家に帰る帰り道、美世は両頬を手で覆いながらスタスタと歩いていた。
(言えた。自分の気持ち、ちゃんと言えたし……冬紀も、笑顔だった)
緩む口元を押さえながら歩いていると、不意に見たことのある白い車が前を横切った。
横断歩道の前で一時停止する車を見ると、後部座席に座った父と目が合った。
(ああ、仕事でこのあたりに来たんだ)
父は美世ににこりと微笑む。その笑顔が目に入って間髪入れずに、車は発進した。
美世はそれを見送り、横断歩道を渡って帰路に着こうとしたが、妙に落ち着かなくなりスマホを手に取った。
時刻は既に16時。ふわりの魔導書探しもひと段落しただろうか。
美世はふわりに電話を掛けた。
『……もしもし、みよちん?』
「ああ、ごめん。急に電話して。魔導書探し、落ち着いた?」
美世が尋ねると、スマホの向こうから明るい声が返ってくる。
『うん! 1冊だけだけど、探してた魔法の載ってる本が見つかったんだ。今ね、れんにいと練習してるところ!』
「そっか、良かったね」
『ありがとう。みよちんはどうだった? 八坂ちゃんと話せた?』
「うん。ちゃんと話せたよ」
美世が返事をすると、ふわりの嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
『みよちん、なんだか嬉しそう』
「え?」
『ふふっ、声が明るいよ』
ふわりに指摘され、美世は頬を赤らめる。
「べ、別にそんなこと……」
『否定しなくてもいいって。今晩、お話聞かせてよ』
「……うん。じゃあ、後でね」
美世は電話を切り、溜息を吐いた。
まだ少し胸がドキドキしているし、頬も熱い。しかし、冬紀の笑顔を思い出すだけで、昔に戻ったように幸せな気持ちが溢れてくる。
(……ちょっとだけ、前に進めたのかな)
美世は小さく笑いながら、自宅に向かって歩き出した。
* * *
仕事の休憩時間、安住祐一は車内でペットボトルの水を飲みながら先ほどの美世の顔を思い出す。
(……なんだか嬉しそうだったな。あんな顔、昔、八坂さんところと遊んでた時以来だが……まさかな)
「安住さん、そろそろ撮影再開します!」
「はい。今行きます」
スタッフに声を掛けられ、祐一はペットボトルの蓋を閉め、車から降りた。




