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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第一章 恋と魔法と始まりの日々
14/55

13 背中を押す魔法

 佐藤家が魔導士協会から接触されてから2日が経つ。今日は土曜日で、学校はない。普段ならふわりと蓮介も店を手伝うところだが、今日は違った。

 2人は家の地下にある書庫の中で、母が祖母から受け継いできた魔導書を必死に読み込んでいた。

 ふわりは木製のスツールに腰かけ、英語で書かれた小難しい文字の羅列を必死に目で追う。


「……わっかんない!」


 そう言って落胆するふわりを見て、本棚の魔導書を取ろうとしていた蓮介は苦笑いした。


「高校一年生には難しい英文かもね」

「れんにいは分かるの?」

「一応、英語文学専攻の大学4年生だからね」


 蓮介は手に取った魔導書をぱらぱらと捲りながら、眉間に皺を寄せる。


「……攻撃魔法ばっかりだ」

「防御魔法、見つからない?」

「うーん、これには載ってないみたいだね」


 蓮介は本を閉じ、テーブルの上に置いた。テーブルの上には、既に10冊以上の分厚い本が山を作っている。


「これだけ探して攻撃魔法ばっかりだと、英国政府が魔導士狩りしたのも頷いちゃうかも」


 蓮介は溜息をつき、別の本を取り出した。

 ふわりはそれを見ながら、持っている本の読解を進めていく。しかし、防御の魔法について書かれている様子はない。


(……防御の魔法が分かんないと、魔導士協会から身を守れない。困ったなあ)


 ――2人が防御魔法を探すことになったきっかけは、2日前のことだった。

 ふわりが学校でオルラに襲われたその日の晩。部活から帰ってきた蓮介の口からも「魔導士協会に襲われた」という話を聞き、2人の母が地下室の魔導書の魔法で身を守ることを提案したのだ。

 魔法には、魔法で対抗するしかない。魔法での戦いの経験が全くなかった2人も覚悟を決めて、戦いに備えた魔法を身に着けることにした。

 しかし、攻撃魔法を使って相手とやりあっても、戦い初心者の2人に勝ち目はないだろう。そこで2人は、戦いの際に相手と交渉する隙を作るために防御魔法を身に着けることにしたのだ。

 そういう訳で、防御魔法が載っている魔導書を必死に探しているのだが……。


「見つからないなあ」


 溜息を吐く蓮介を見て、ふわりも肩を落とす。

 朝から本を読み始めて、もう昼過ぎだが、なんの成果も得られていない。


「防御魔法、ほんとにあるのかな……」


 ふわりが呟いたその時、ガチャリと地下室のドアが開いて、母が降りてきた。


「2人とも、どんな感じ?」

「お母さん……全然見つからない」


 ふわりの返事を聞いて、母も表情を曇らせる。


「そう……もしかしたらそうかもしれないとは思ってたんだけど、やっぱり見つからないかしら」


 母は地下室の本棚を見上げながら頬に手を当てて溜息を吐く。


「ここの本、全部おばあちゃんが捨てようとしていた本だからね。きっと、英国政府に見つかるとまずいような、攻撃系の魔導書が多いんじゃないかと思ってたのよね」

「母さん、どういうこと?」


 蓮介が尋ねると、母は口を開く。


「歴史の授業でも習ったと思うけど……魔導士はね、戦争の時に兵士として利用されたこともあったみたいなの。その関係で、魔導書にも攻撃魔法が多いみたい。当時の政府は容認してたんだけど、魔導士の存在が明るみに出た途端に国民が怖がりだしてね。その後、政府が代替わりした時に魔導士に対する方針も変わって、魔導士狩りが始まったみたいなの。ここにある本は、全部戦争で使われたものよ」

「……なんか、そう言われると怖いなあ。何で捨てないの?」

「魔導士協会の現会長が、魔導書はいかなるものでも捨てるなって。魔導書は魔導士の歴史を示すものだから、消し去ることは許されないって言ってたのよ。それもそうだと思って、捨てずにとってあるの」

「ふーん、現会長って?」

「……グリフィン・ルイスっていう厳つい顔したおじ様よ。背も2mあるらしいわ」


 母の言葉を聞き、ふわりの表情が強張った。


「2mもあるおじさんが、私達をイギリスに連れ戻そうとしてるってこと? 怖すぎる……」

「ほんとねえ」


 溜息を吐く母の傍で、蓮介は俯いて考え込む。


(……一昨日、俺が会ったのも背の高い男だったな。まさか、会長自らここに来てるのか? そこまでして俺達を連れ戻そうだなんて、どういうつもりなんだろう)


 胸を、もやもやとした嫌な感覚が占めた。


「蓮介?」


 母に呼びかけられ、蓮介は慌てて顔を上げた。


「何?」

「いったん休憩にしましょう。お父さんが2人にオムライスを作ってくれてたわ」

「あ、うん」


 蓮介は頷き、嫌な予感に蓋をして地下室を出ていった。


* * *


 蓮介とふわりが1階のカフェに行くと、父が2人を出迎えてくれた。


「蓮介、ふわり、お昼ならキッチンにあるからな。食べておいで」

「うん。父さん、ありがとう」

「お父さん、ありがと」


 2人はキッチンの席に着くと、オムライスを食べ始める。黙々と食べ進める蓮介を見て、ふわりは不安げな顔になった。


「れんにい、大丈夫?」

「え?」

「いや、なんか雰囲気怖くて……さっきもお母さんの話を聞いた後で黙ってたし、その……何か抱えてるんじゃないかなって」

「ああ……」


 蓮介は不安げな顔をするふわりに笑顔を作り、首を横に振った。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」

「そう? それならいいんだけど……」


 ふわりの暗い表情を見て、蓮介も顔を曇らせる。


(……会長が日本に来てるってことは、まだ確証が得られないし言わない方がいいよな)


 2人が黙ってオムライスを食べ進めていた時だった。

 カフェの入り口が開き、大きなトートバッグを持った美世が入って来たのだ。


「みよちん!」


 ふわりは席を立ち、美世に歩み寄る。母もそれに続いた。


「美世ちゃん、いらっしゃいませ。1名様ですか?」

「ああ、えっと……できたらでいいんですけど、ふわりとお話したくて」


 遠慮がちに言う美世を見て、母は微笑む。


「大丈夫よ。ふわりも美世ちゃんと一緒に空いてる席で食べたら?」

「うん。そうする。みよちん、そこの二人掛けの席に行こ」

「う、うん」


 ふわりは美世を連れて窓側の席についた。美世も向かい側に座り、ふわりに頭を下げる。


「ありがとね。お店、忙しいのに」

「ううん、大丈夫。今日は私、お休みだったんだ」

「そうなの? 」

「うん。話せば長くなるんだけど、魔導士協会の人達に「イギリスに帰れ」って脅されてて、それに対抗するために、れんにいと魔導書を読み漁ってたんだ……」


 自分の言葉にぽかんとする美世を見て、ふわりは誤魔化すように笑った。


「何言ってるか分かんないよね」

「うん。まあ……でも、魔導士協会の人達がやばそうなのは分かった」

「私もよく分かってないんだけどね。……私の話は置いといて、今はみよちんの話しよ。今日はどうしたの?」


 ふわりに尋ねられ、美世は少し俯きながら口を開く。


「冬紀のことで、相談があって……」

「八坂ちゃんのこと?」

「うん。実は昨日、ショッピングモールでナンパされたんだけど、そこを冬紀が助けてくれたんだ。それで、その時に……冬紀が落とし物していったみたいで」


 美世はそこまで言うと、「これなんだけど」とトートバッグから青い小花色の布を取り出した。


「綺麗な布だね。手芸部で使うのかな?」

「手芸部?」

「ああ、この前八坂ちゃんと廊下で会った時に聞いたんだ。手芸部に入ったって」

「そうだったんだ。知らなかった」


 美世は表情を曇らせて俯く。


「……まあ、私が拒絶したんだから仕方ないよね」

「拒絶?」

「うん。部活見学の時に、小学生ぶりに冬紀と会ったんだけどさ、その時に、「あんたとは一緒にいられない」って言っちゃったんだ。小学生の頃と同じように、パパとママが許してくれないと思ったら、怖くて。本当は、冬紀が一緒にいようとしてくれて嬉しかったのに」

「そうだったんだ……」


 ふわりは悲しい顔で美世を見た後、彼女に静かに尋ねた。


「でも、みよちんは、それを何とかしたいから私に相談に来てくれたんだよね」

「……うん」


 美世は頷き、手に持った青い布をきゅっと握る。


「私、冬紀の気持ちに応えたい。そのことを、落とし物を届けた時に言おうと思ってるんだけど、何て言っていいか分からなくて」


 辛そうな顔をする美世に向かって、ふわりは優しく微笑む。


「みよちんの素直な言葉で伝えていいんだよ」

「素直な言葉?」

「そう。八坂ちゃんの顔を見た時に、一番初めに出た言葉が、みよちんの素直な気持ちだと思う。それを伝えられるように背中を押すのは、今から私がしてあげるね」


 ふわりはそう言うと、席を立ってキッチンに歩いて行った。


* * *


 キッチンでココアを入れ、ふわりはそれを持って美世の元に帰ってきた。


「みよちん、これ」


 ふわりが差し出したココアを受け取り、美世は目を丸くする。


「ココア……」

「そう。あの時と同じ」


 そう言ってにこりと笑うふわりを見て、美世は小学校6年生の冬を思い出した。

 冬紀と関わるなと両親に言われた翌日。ダンス教室の帰りに美世はどうしても家に帰れなくなってしまい、駅のホームの椅子で膝を抱えていた。


 ——家に帰りたくない。


 冬紀と一緒にいることを否定されたのがきっかけで、それまで抱えていた「俳優とモデルの子」であることに対するプレッシャーや、両親に嫌われたくないという恐怖が爆発し、家に帰ろうとする足が動かなくなってしまったのだ。

 自分でもどうしたらいいか分からない。美世はただ、何もできずに座り込んでいた。

 12月の風は寒く、体がどんどん冷えていく。このままだと風邪を引いてしまう。美世にもそんなことは分かっていたが、どうする気にもなれなかった。

 そんな中、不意に誰かが美世の隣に座ったのだ。


(え……?)


 美世がちらりと横を見ると、ピンク色のコートに身を包んだ、カスタード色のフワフワした髪の毛の少女がこちらを心配そうに見つめていた。


(この子、たしか同じクラスの佐藤ふわりちゃん……何でここにいるんだろう)


 美世が驚いていると、ふわりは手袋をした手で美世の背中をさすってきた。


「大丈夫?」

「え……?」

「美世ちゃん、大丈夫?」


 心配そうな声で繰り返すふわりを見て、美世は慌てて姿勢を正した。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 そう言って作り笑いを見せる美世を見て、ふわりは悲しい顔で首を横に振った。


「美世ちゃん、すごく悲しそうな顔してるのに、大丈夫だなんて言わないで」


 ふわりに自分の心を見透かされ、美世は息を飲んだ。

 たしかに、本当は大丈夫なんかじゃなかった。今すぐ、誰かに助けて欲しかった。しかし、それをふわりに求めていいのか分からなかった。

 それに、自分は両親の期待を裏切らない娘でなければいけないのに、誰かに弱音を吐いていいとも思えなかった。


「……私のことなんて、ふわりちゃんが気にすることないよ」

「でも……」

「だから、気にしないでって! 放っておいてよ!」


 咄嗟に出た強がりだった。美世は震える声でふわりを突き放す。それを見たふわりは、悲しげな顔をして椅子から立ち上がり、その場を去っていった。


(これで良かったんだ)


 美世は自分にそう言い聞かせ、膝に顔を埋める。拒絶したのは自分なのに、なぜだか涙が止まらなかった。


(誰かの助けなんて、借りちゃだめだ。私は、自分の力で、パパとママに……)


 両親の顔を頭に浮かべた途端、胸がズキリと痛くなって、思わず膝を抱く腕の力を強くした。呼吸が苦しくなり、涙が止まらなくなる。


 ——辛い。苦しい。どうしたらいいの? どうしたら……。


 美世が自分の気持ちに追い詰められていたその時。


「美世ちゃん!」


 ふわりの声と共に、手に何か温かいものが触れた。

 美世が顔を上げると、ふわりの気遣いに溢れた笑顔と共に、手に当てられたココアの缶が目に入った。


「これ、良かったらあげる」

「な……なんで」

「体が冷えてると、人は悲しい気持ちになっちゃうんだってお母さんが言ってたんだ。だから、ちょっとでも美世ちゃんが元気になるといいなって思って。……これ飲んで、落ち着こう?」

「……でも、申し訳ないし」

「いいから、冷めちゃう前に飲んで」


 ふわりの有無を言わせぬ口調を聞いて、美世は観念して缶を開け、ココアを一口飲んだ。

 優しい甘さと、温かさが美世の口に広がる。そして、それだけではなく……。


(なんだろう。すごく気持ちが落ち着いてきた)


 美世の表情が少しだけ晴れたのを見て、ふわりは微笑む。


「落ち着いた?」

「う、うん……」

「ほんと? よかった」


 ふわりは嬉しそうにそう言うと、美世に向かって優しく告げる。


「美世ちゃん、今日、学校で元気なかったでしょ。だから心配でね、どうにかして元気にしてあげられたらなって思ってたら、八坂ちゃんが、美世ちゃんが電車でダンス教室に通ってることを教えてくれたの」

「冬紀が……」

「うん。もし私で良かったら相談に乗るよ」


 ふわりの申し出はありがたかった。しかし……。


「簡単に人を頼ったら、パパとママにがっかりされる……」


 美世は小さな声で呟くと、涙目で俯く。しかし、ふわりは美世の手に自分の手を重ねて口を開いた。


「辛い時は、誰かを頼っていいんだよ。我慢して、一人で抱えなくてもいいの。その方が、きっと美世ちゃんの大事な人も喜ぶと思う」

「そうかな?」

「そうだよ。私も、美世ちゃんに頼って貰えた方が嬉しい」


 そう言って笑顔を覗かせるふわりを見て、美世の目から涙が零れ落ちた。


「っ……あ……あのね」


 美世は泣きじゃくりながら、自分が抱えているもののことを話した。

 両親のこと、プレッシャーのこと、そして冬紀のこと……。

 ふわりは、泣きながら気持ちを吐き出す美世のことを、何ひとつ否定せずに、静かに見守っていた。

 美世の涙が止まるまで、ずっと。


* * *


「……あの時のココア、ふわりが魔法をかけてくれてたんだったよね」


 美世はそう呟くと、ココアを一口飲んだ。


「美味しい。ありがとう、ふわり」

「大丈夫だよ。少しでもみよちんが前向きになれたら嬉しいな」


 ふわりは明るく笑った。それを見て、美世も頬を染めながら微笑む。


「ふわりって、本当に魔法使いだね」

「え?」

「魔法だけじゃない。笑顔も、言葉も……ふわりから貰ったものは、全部温かくて優しいの。それに触れるだけで、頑張る勇気が湧いてくる。どれも私にとっては魔法だよ」


 美世はふわりに向かって柔らかく微笑んだ。


「ふわりは人を笑顔にする魔法使いだね」

「えへへ……みよちん、ありがと」


 ふわりは照れ臭そうに笑って、「ココア、冷めないうちに飲んでね」と付け加える。

 美世もそれに頷き、2人で談笑しながら昼の時間を楽しんだ。


* * *


 やがてココアを飲み終わった美世は、会計をしようとレジに向かった。


「ココアっていくら?」


 美世が尋ねるとふわりは笑顔で首を横に振った。


「今日は私の奢りだよ」

「え……いいの?」

「大丈夫。その代わり、八坂ちゃんとのこと、頑張ってね」

「……うん。ありがとう。頑張ってくるよ」


 美世はふわりに笑顔を見せると、店から出ていった。

 キッチンの奥から、母がやって来てふわりの肩を叩く。


「ふわり、蓮介がまた魔導書を読みに行くって言ってるけど、あなたはどうする?」

「ああ、私も行く!」


 ふわりは頷くと、慌てて地下室へと向かった。

 それを見送り、母は頬に手を当てて溜息を吐く。


「急に私達をイギリスに連れて行こうとするなんて……魔導士協会は何を考えてるのかしら」


 胸に、嫌な予感が過った。

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