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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第一章 恋と魔法と始まりの日々
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9 君の泣き顔は見たくない

 ふわりとテツが美術部に向かうと、そこでは先輩2人と泉が似顔絵を描き合っていた。泉はふわり達に気が付くと笑顔を見せる。


「2人ともお疲れ様。今、それぞれで似顔絵を描いてるところなんだ。2人も描こう」

「は、はい……」


 ふわりは返事をして椅子に座る。その表情に普段より元気が無いのを見て、泉は首を傾げた。


(何かあったのか? いや、今は他の部員の目もあるし、聞くべきではないか……)


 泉が黙って様子を見ていると、テツがふわりの向かいの席に腰かけ、スケッチブックを出した。テツはふわりの方を見ると、にこりと微笑む。


「佐藤さんの顔、描いてもいい?」

「あ、うん! じゃあ、私はテツ君を描くね」


 ふわりも表情を取り繕い、スケッチブックにペンを走らせた。

 黙々とペンを走らせるテツをちらりと見て、ふわりの手が止まる。


(……さっきのテツ君、すごく怖い顔だった。テツ君でも、あんな顔するんだね)


 先ほどのテツの険しい顔を思い出して、ふわりの胸に痛みが走る。


(テツ君には笑っててほしい。でも、もしかしたら……私と一緒にいることで、この先、何度もああいう顔をさせてしまうかもしれない。それは嫌だな)


「……テツ君、ごめんね」


 ふわりは思わず、小さな声でそう漏らした。


「え?」


 テツが不思議そうな顔でふわりを見る。ふわりは俯いてその顔を見ないようにしたまま、たどたどしく続けた。


「私のせいで、心配かけて……あんなに、怖い顔させちゃって。テツ君も、嫌な気持ちになっちゃったかなって」


 テツは目を丸くした後、少し俯いて口を開いた。


「びっくりさせちゃったかな」

「……うん。ちょっとだけ」

「そっか」


 テツは少し間を置いて、静かに話し始めた。


「初めてなんだ。家族以外の前で、あんな顔したの」

「そうなの?」

「……うん。僕、小さい頃から引っ越しが多かったからさ、学校に馴染むために、いつも笑顔を心がけてたんだよね。でも、さっきは……佐藤さんが怯えた顔してたから、我慢できなくて」


 テツはそこまで言うと、ふわりの方を真剣な顔で見つめた。


「僕、嫌みたいなんだ。佐藤さんが傷ついたり、怖い目に遭ったりするの。……君には、笑っていて欲しいから」


 その言葉を聞き、ふわりの顔が真っ赤になる。


(……私のこと、そんなに大事に思ってくれてたんだ)


 顔を赤くして黙り込んだふわりを見て、テツは慌てて口を開いた。


「あっ、でも! さっきは僕のせいで怖がらせちゃったよね! これからは、あんまり怖い顔しないように気を付けるね!」

「……大丈夫だよ」


 ふわりはゆっくりと首を横に振り、明るい笑顔を浮かべた。


「ありがとう、テツ君」


 その笑顔を見て、今度はテツが赤面する番だった。

 テツは口元が緩むのを必死に堪えて頷くと、すぐに似顔絵を描くことに意識を戻した。


(……佐藤さんと一緒にいると、色んな気持ちが溢れてくる。怒ったり、照れたり、心の底から、笑ったり……そうなるってことは、やっぱり佐藤さんは僕が欲しかった「本当の友達」なのかな……)


 スケッチブックに、笑顔のふわりが浮かび上がってくる。自分が描いた彼女の笑顔を見て、テツは口をきつく結んだ。心臓が、トクトクと音を立てる。


(……友達、なんだよね)


 テツは自分にそう言い聞かせ、心の底の違和感に見ないふりをした。


* * *


 その日の晩、ふわりは家に帰って目を丸くした。

 カフェの営業時間が終わり、看板を家の中に片づけようとしている父の腕に、包帯が巻かれていたのだ。


「お父さん! その腕、どうしたの!?」

「ああ、ちょっと一悶着あってな……とりあえず、家に入りなさい。そしたら説明するよ」

「うん」


 ふわりは父の後を追って家の中に入る。すると、カフェのキッチンで皿を洗っていた母がこちらに気が付いて駆け寄ってきた。


「ふわり、お帰り。大丈夫だった?」

「え……?」

「魔導士協会の人に、何かされたりしなかった?」

「魔導士、協会……」


 その単語を聞き、ふわりの脳裏に昼間のオルラとの出来事が蘇る。


「……今日、うちのクラスに来た転校生の子が、魔導士協会の人で……イギリスに私を連れ戻そうとして、そのために私からテツ君への想いを消そうとしてきた」

「してきたってことは、想いは消されずにすんだのね?」

「うん。丁度、テツ君が来てくれて……消されずにすんだんだ」

「そう……良かった」


 母は胸を撫でおろすと、ふわりに向かって真剣な顔を見せた。


「実はね、今日の昼間、うちにも魔導士協会の人が来たの。私に、お父さんとカフェを捨ててイギリスに来いって言いに来たのよ」

「えっ、大丈夫だったの?」

「私はね。お父さんが追い払ってくれたんだけど、その時に魔法で火傷しちゃって……」


 母はそう言うと、父の方を心配そうに見る。すると父は、包帯を巻いた右腕を回して、笑顔を作った。


「平気だよ。このぐらい、どうってことない」


 ふわりはそれを不安げに見た後、母に尋ねた。


「お母さん、魔導士協会って、どんな組織なの? なんで、私達をイギリスに連れ戻そうとしてるのかな?」

「……そうね、ふわりにも教えておかなくちゃいけないわよね」


 母はそう言うと、ふわりをキッチンの席に座らせ、自分もその向かい側に座った。


「全ての始まりは、私のお母さん……ふわりのおばあちゃんの時代のことよ」


 母は真剣な面持ちで、ふわりに向かって語り始めた。


* * *


 今からおよそ100年前。当時の英国には、いわゆる「魔導士」と呼ばれる特殊な人間がいた。彼らは常識では考えられない能力……魔法を操り、豊かな生活を送っていた。

 しかし、普通の人間はその「魔法」を恐れ、魔導士達の虐殺……「魔導士狩り」を始めたのだ。

 魔導士狩りは英国の各地で行われ、魔導士達はその半分以上が捕らえられ、殺された。何も悪事を働いていないにも関わらずだ。

 その理不尽な状況を前に、魔導士達が自分の身を守るべく結託し、創り上げた組織が「魔導士協会」だ。

 魔導士協会はあくまでも平和的な解決を求め、英国政府と交渉。その結果、「行政に口を出さないこと」「国民の心身を傷つけないこと」「魔導士は英国に集中せず世界中に散らばって武力を分散させること」を条件に、魔導士狩りは終息した。

 このとき、魔導士協会のトップとして政府との交渉に挑んだのが、ふわりの母方の祖母である「アリス・スチュワート」である。

 アリスは以後、死没するまで、「魔導士達が安心して生きていける世界を創る」ことを目標に、協会のトップとして世界各国の魔導士達の暮らす場所に訪問し、彼らの心に寄り添い続けたという。


* * *


 母の話を聞き終え、ふわりは、ふうと息を吐いた。


「魔導士狩りなんてものがあったんだね」

「ええ。もう何十年も前の話だから当時のことを覚えている人は少ないと思うけど、魔法使いにとってはあまりいい歴史ではないわね」

「そうだね……」


 ふわりは目を伏せる。たしかに、小学生の時は魔法使いであることを理由に怖がられ、拒絶もされた。

 テツと出会い、周囲にも魔法を受け入れてもらえることが増えて忘れていたが、世間を見渡したら魔法を怖がる人の方が大多数なのだ。それが、この世界の常識だ。


「やっぱり、魔法が怖い人も沢山いるんだね」

「そうね。今の世の中でも、そういう人は多いかも」


 母は頷くと、表情を曇らせて続ける。


「きっと、魔導士協会は魔法使いをイギリスに集めて、何か大きなことをするつもりなのでしょうね。魔法使い達が安心して暮らせるための、何かを……」


 母の言葉を聞き、ふわりは俯いて考え込む。


(確かに、魔法使いを理由に辛い目に遭う人もまだまだ多いと思う。私もそうだったし。……その人達のためを思うなら、私は魔法使いとしてイギリスに戻った方がいいのかな)

「……お母さん、私、イギリスに戻った方がいいのかな」


 ふわりに不安げに問われ、母は真剣な顔で首を横に振る。


「そんなことしなくていいわ」

「でも……」

「ふわり、あなたは今、魔法使いであることを理由に悲しい思いをしているの?」

「え……」


 ふわりは高校に入ってからのことを思い返す。

 テツが魔法を素敵だと褒めてくれたあの日から、ふわりは少しずつ人前で魔法を出せるようになってきた。テツのお陰で、気づくことができたのだ。

 魔法は、人を笑顔にできるものだと。


「……ううん。私、今は高校がすごく楽しい。魔法使いだってことも、そんなに無理して隠してない。魔法使いだけど……すごく、幸せに生活できてると思う。テツ君の、お陰で……」


 その言葉を聞き、母は優しく微笑んだ。


「そうでしょう。なら、魔導士協会の言いなりになんてなる必要はないわ。あなたはあなたの幸せを考えていなさい。やっと、こうして笑顔でいられる日々を送れるようになったんだから」

「お母さん……」

「それにね、好きな人に想いを告げずに離れ離れになるなんて、悲しすぎるわ。そっちの方が、イギリスに戻るより後悔するはずよ」

「……そうだね」


 ふわりは頷いて、自分の胸に手を当てた。


(私、テツ君のことを諦めなくていいんだ。これからも、好きでいていいんだ)


 そのことを再確認し、ふわりは頬を染めて小さく笑う。それを見て、母は安心した表情を浮かべた。

 閉店準備をしながら2人の話を聞いていた父はふわりの反応に笑顔を覗かせた後、ふと店の時計を確認する。時刻は夜7時半だ。


「なあ、母さん。蓮介はまだ帰ってこないのか?」

「ああ、今日は部活だって言ってたわ」

「そうか……何事もなきゃいいが」


 2人の言葉を聞き、ふわりは不安げな表情を浮かべる。


(れんにい、大丈夫かな……)

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