6-4 制度を変えられるのは立法だけである
6-4 制度を変えられるのは立法だけである
ここまでで三つの主体を切り分けてきた。
市場は制度を修正しない。企業は制度を前提として行動する。行政は制度を運用する装置である。
では制度そのものを変える主体はどこにあるのか。
結論は、実は単純である。
制度を変えられるのは立法だけである。
この結論は思想ではない。手続きの問題である。派遣制度は法律によって存在している。消費税も法律によって定められている。つまり制度の根拠はすべて立法にある。
法律がなければ制度は存在しない。
したがって制度を変更するには、法律を変更するしかない。
ここでしばしば誤解が生まれる。「専門家が提言すれば変わるのではないか」「有識者会議が方向性を示せば制度は修正されるのではないか」「世論が盛り上がれば自然に政策は変わるのではないか」。
これらは影響を与える可能性はある。
しかし、それ自体では制度は変わらない。
専門家会議は提言を出すことができる。有識者は議論を提示できる。世論は圧力を形成できる。しかし、それらはすべて「意見」である。意見は法律ではない。
制度が実際に変更される瞬間は、法律が改正されたときだけである。
ここを曖昧にすると、議論は現実から離れる。
例えば、社会的議論が盛り上がったとしても、法律が改正されなければ制度はそのまま残る。逆に、世論の関心が薄くても、立法によって制度が変更されることはある。
制度の存在条件は、あくまで法律である。
つまり制度変更の主体は、立法権を持つ者に限定される。
ここで重要なのは、政治思想の話ではないという点だ。本書は特定の政党や政策を推奨するものではない。ただ一つ確認しているのは、制度変更の経路が現実にどこにあるのかという事実だけである。
市場ではない。企業でもない。行政でもない。
制度の前提を書き換えられるのは、立法だけである。
この整理は、責任の所在を明確にする。誰に期待すればよいのか、そして誰に期待してはいけないのかを区別するためのものだ。
制度が三十年続いた理由は、誰かが止められなかったからではない。止める主体が別の場所にあり、その主体が動かなかったからである。
ここまで来ると、次の問いは自然に生まれる。
では、その立法権を動かす手段は何なのか。
理想ではなく、現実の制度として。
次では、その一点に踏み込む。




