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9.聖女の居場所

 

「今日もまた一日が始まってしまいましたか……」


 セラフィナは目が覚めても少しばかり憂鬱そうにしている。ここ最近、新たに目覚めた回復魔法を使って治療する日々が続いている。そのこと自体に不満はない。怪我人や病人を治療することで、相手が救われるのであれば、それでいいのだ。


 しかし、問題なのが、貴族や大商人などの権力者やそれに関係の人たちばかりを治療しているという点だ。そして毎回と言っていいほど、大金の入った袋を寄付としてもらっている。


 女神様からもらったスキルなのに完全にお金儲けのための道具として扱われているのが、心苦しいのだ。

 扉からノックの音が聞こえてくる。


「どうぞ」


 セラフィナが声をかけると扉が開き朝食が運び込まれた。給仕がテーブルの上に朝食を並べると、一礼をした後そのまま外に出て行ってしまう。


 以前はこのような待遇ではなく食堂で皆で食べていたので、一人で食べる食事は寂しい気持ちになる。

「女神様、今日も生きる糧を与えてくださりありがとうございます」


 セラフィナは少しの間祈る。


「いただきます」


 セラフィナは静かに一人で朝食を食べる。


「ごちそうさまでした」


 セラフィナは食事を終えたが、パンが一つ残っている。これはタケルのところから神殿に戻ってきてからずっとやっていることだ。


 そのパンを布で包み懐に隠し、朝の祈りをしに部屋の外に出る。


「朝の祈りをしに礼拝堂に行きます」


「分かりました」


 部屋の前にいた護衛騎士を従えて、セラフィナは礼拝堂に向かう。


 部屋から礼拝堂に向かうまでの間にシスターたちの噂話がかすかに聞こえてきた。


「女神様の声が聞こえないのに、聖女に戻るなんて。なんて厚かましい人なのかしら」


「ほんと、それ!」


「たまたまスキルに恵まれたからってそんなのありなのかしら」


「しかも、その力でお金儲けするために教会を辞めようとしたらしいわよ」


「最低ね。お役目を投げ捨て金儲けに走るなんて聖女にふさわしくないわ」


 シスターたちはセラフィナに聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で陰口をたたく。それを護衛騎士たちが咎めることもせず、ただ通り過ぎていく。


 セラフィナたちは中央神殿にある小さな礼拝堂に着いた。


「祈りに集中したいので、どうかここからは一人にさせてください」


「分かりました」


 そう言ってセラフィナは一人礼拝堂の中に入っていく。


 こっそりと持ってきたパンを捧げて祈り始める。とりあえず祈り方は二礼二拍手一礼の方式でやってみる。


(女神アメリア様、今日この時この瞬間を生きていられることに感謝をしております)


 前に祈った文言は全く同じだ。そしてざわついている心を静め、一礼をした後、ゆっくりと目を開けるとそこには相変わらずパンが残っていた。


「やはりここではダメなのですね」


 分かっていることだ。ここはヤマトの神社とは違う。女神様から遠い場所だ。


 あの場所で祈りたい。女神様を身近に感じられるあの場所。あの場所なら心穏やかに祈れるのに。


(私はいつかあの聖地に行けるのでしょうか?)


 セラフィナはそう心の中で問いかけるが、女神様からの返事はなかった。


 それからセラフィナは祈りを終えた後、怪我人や病人の治療を行っていく。


 そして、今日最後の患者である貴族に使えていた騎士の治療が完了した。


「ありがとうございます」


「あなたの怪我が治ってよかったです」


 セラフィナは微笑みながらそう言うが、また今日も女神様の力を金儲けに使ってしまったという罪悪感が心を支配していた。


 どっしりとした心を抱えながらセラフィナはいつものように部屋に戻っていく。


 夕食後、窓から差し込み月明かりの中、セラフィナは祈りを捧げていた。その姿はまさに聖女というにふさわしい様子だった。しかし心の中では女神様への祈りに集中できておらず、タケルの笑った顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えと繰り返していた。


 コンコン、と扉がノックされ、祈りが中断される。


(このような時間に一体誰が……)


 と思いながらも入室の許可を出す。


「どうぞ」


 扉が開くとそこにはタケルたちがいた。タケルはフォリン、ヴェルノアを伴って中に入ってきた。


「よっ!」


「どうしてタケル様がここに!」


 セラフィナは先ほど頭の中で考えていただけにタケルが目の前に現れてかなり驚いた。


「セラフィナが待ち合わせの日になってもやってこなかったからな」


 タケルは冗談っぽく言う。


「あ、あの日は待ち合わせの約束を破ってしまい、申し訳あり――」


「いや、それは別にいいんだ。なんとなく事情は分かるし」


 申し訳なさそうにセラフィナが頭を下げようとするが、タケルはそれを止める。


「それではなぜここに?」


「そりゃあ、もうセラフィナはうちの町の一員だからな。迎えに来た」


 タケルはセラフィナのことを迎え入れるかのように手を差し出す。セラフィナは思わず差し出された手に手を伸ばそうとわずかに腕が動いたが、目を閉じ少し考えたあとゆっくりと目を開く。


「私はここに残ります。ここが聖女の居場所ですから」


 セラフィナは自分が逃げたらどうなるかを考えた。間違いなく教会は自分のことを追ってくる。その際どんな手を使ってくるかも分からないが、タケルたちに迷惑をかけるのは間違いない。それであの町の何か被害が出ることが嫌なのだ。だからこそ、セラフィナは自分の心を殺しここに残ることを選択した。


「なあ、セラフィナ。俺が女神様に会ったことがあるって話をしたことがあるよな」


「はい」


「俺はその時何か使命でも与えられるのかって聞いたんだ。でも返ってきた答えは『自由に楽しめ』だったぞ。女神様は何かで縛り付けるようなお方じゃねー。お前の気持ちを聞かせろ! セラフィナ!」


 タケルはあえて女神様のクエストの話はしない。その話をすればセラフィナは間違いなくタケルたちについてくる。しかし、無理やり連れて行っても相手を不幸にするだけだ。ゆえに、タケルはまだクエストの受注をせず保留の状態なのだ。


「でも、私がタケル様の手を取ったら教会は追ってくるでしょう。どんな手を使ってくるか分かりません。

あの町に被害が出るかもしれません。私はそれが怖いのです」


「大丈夫だ。俺が何とかしてやる」


 タケルは安心させるようにセラフィナに言う。


「私一人のためにそのようなリスクは」


「セラフィナのためじゃねーよ。ほら、女神様とやり取りできる能力があるんだろ? それ使ってお供え物の質を上げて―んだよ。だから、女神様のためのリスクだ。女神様のためならそれくらいのリスクを飲むさ」


(この方は女神様のために……。この神殿の中にいる人たちとは違う。だから、これほどまばゆい光を……)


「お前の本当の気持ちを聞かせてくれ」


 タケルはセラフィナの目をじっと見つめる。数瞬の時が経ったあとセラフィナは意を決して言葉を放った。


「わ、私はタケル様と一緒にあの町へ行きたいです! あの町であの神社で女神様にお仕えしたいです」


「よし! じゃあ、逃げるぞ」


 タケルはニカッと笑った。


「はい」


 スッキリとしたした表情でセラフィナは返事した。


「いやあ、うまく説得できてよかった。これで女神様からのクエストを受けられるな」


「女神様からのクエスト?」


「ああ、女神様からセラフィナを救えって依頼があったんだよ」


「えっ!? えっ!?」


 あまりの出来事にセラフィナは驚き混乱してしまう。


「いや、でも本人の希望を無視して連れてくのはどうかなと思ったし、セラフィナの本当の気持ちを聞けて良かったぜ」


「もし私が断っていたら……」


「それはないと思っていたが、そうしたら断っていたな」


「それは……」


 自分のせいで女神様からの頼みを断るということを考え顔が青ざめる。


「まあ、受けるか受けないかの権利はこっちにあるみたいだから、謝れば大丈夫だろ」


 セラフィナは自分ではそんな恐ろしいことはできない。しかし、目の前にいるタケルは女神様を大事に思いながらも、自分のことも大事にしてくれたと思うと、嬉しさがこみあげてきた。


「やはりタケル様は使徒様ですね」


「いや、それは違うって。そんな大げさなものじゃねーよ」


「ふふ」


 タケルが反論してもセラフィナは笑うだけであった。




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