6.聖戦開始
翌日。
「無断で教会からいなくなるわけにもいかないので、退会手続きや引継ぎなどを行うために二週間ほどお時間をください」
セラフィナがタケルにそう伝えると、タケルは来た時と同じようにオルドンの町に送っていった。タケルもまだ穀物商人をやる予定なので、町の入口で分かれることになる。
「じゃあ、二週間後に露店に来てくれ」
「分かりました」
セラフィナはタケルと分かれて教会に戻る。教会に戻った後、すぐに辞める旨を自室にいたマルセルに伝える。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「教会を退会したいのですが……」
「退会!?」
マルセルはいきなりセラフィナから退会の申し出があって驚く。
「はい」
「いや、しかし……普通のシスターなら手続きを踏めば問題なく辞められるのですが、仮にも聖女だったものが辞めるとなると……」
「今はもう聖女ではなく、ただのシスターです」
セラフィナは毅然とした態度で言う。
「……そうですよね。どうなるかは分かりませんが、上に連絡しておきますね」
「分かりました」
セラフィナが部屋の外に出ると、マルセルは頭を抱える。
(くそっ! 辞めたいと言ってきたときどうすればいいかなど聞いていない!)
マルセルはセラフィナを追放した枢機卿であるサルビオから監視の役目を命令されていた。
しかし辞めさせた方がいいのか、辞めさせない方がいいのかどちらサルビオにとって都合がいいのかが分からない。ゆえにマルセルは急いでサルビオに向けて手紙を書き始めた。
それからセラフィナは子供たちに戻ってきたことを知らせるために裏庭に行く。
すると、子どもたちは元気よく遊んでいた。
「シスター様、おかえりなさい」
「ただいま、戻りましたよ」
三人の子供たちがセラフィナがやってきたことで、近くに寄ってきた。
そして残りの子供たちの方を見ると。一人の男の子が木登りをしていた。結構な高さまで登ろうとしていたので、注意をする。
「そんな高いところ危ないですよ!」
「へへ、平気、平気! いつもこれくらい――あっ」
木登りをしていた男の子の足が滑り、木の上から落ちてしまう。地面と衝突したあと、大きな声で泣いた。
「うわああああああああん」
セラフィナは落ちた男の子の下へ走って駆け寄る。
「怪我を見せてください」
その男の子の様子を見ると、右腕がぽっきりと折れている。落ちた瞬間に思わず手をついてしまったようだ。
教会に置いてあるポーションは下級ポーションのみでこれでは多少の傷みは抑えられるかもしれないが、治療は無理だ。
セラフィナがどうすればいいのか考えていると、回復魔法が使えるようになったことを思い出した。
「トール、動かないで。今すぐに治してあげますからね」
「ずん。俺治るの?」
トールは苦悶の表情を浮かべ鼻をすすりながら問いかける。
「ええ、すぐに治してあげますからね。女神様、どうかこの者をお救いください。ハイヒール」
セラフィナは女神に対して祈りながら、トールの折れた腕に向かってハイヒールをする。
ちょうどそのタイミングで、子供の泣き声を聞いてマルセルも出てくる。
「いったい何が……」
マルセルは治癒魔法を使っているセラフィナを見て、思わず固まってしまう。
「はい、もう大丈夫ですよ」
「わあ、もう痛くない!」
トールは満面の笑みを浮かべてシスターに見せびらかすように腕をぶんぶん振る。
「トール、もう危ないですから、あんまり高いところに登ってはだめですよ」
「はーい」
セラフィナは渋々という形で返事をしたトールの頭をなでる。
「神父様、シスター様すごい! トールの怪我治しちゃった!」
呆然と立っていたマルセルのところに一人の女の子がやってきてそう言った。
マルセルは詳しい事情を聴くために、セラフィナに話しかける。
「セラフィナさん、一体どういう状況なのでしょうか?」
「神父様、トールがこの木の上に登って落ちて、怪我をしてしまったようなので、私が治しました」
「そのようなお力があるとは聞いていなかったのですが……」
聖女と言えば、それなりに有名なので、大まかな人柄や能力は教会関係者であればそれなりに知っている。しかし、聖女が回復魔法を使えるという話は聞いたことがなかったのだ。
「そうですね。最近スキルを覚えて使えるようになりました」
「どれほどの治療ができるのですか?」
「どうでしょうか? おそらく多少の欠損であれば治せそうな感じはします」
セラフィナはまだ癒しの手というスキルがどれほどの治癒までできるのか試していないので、なんとなくの感じで答える。
「っ! そのようなレベルで治療できるのですね!」
マルセルは驚いた。欠損の治療までできるとなると、国に一人いるかいないかレベルの回復魔法の使い手となる。これは間違いなくサルビオに伝えなければいけない情報だ。
マルセルは自室に戻った後、先ほど書いていた紙をくしゃくしゃに丸める。そして新たな手紙を書き始めるのであった。
数日後。オルドンの町の教会に教会の騎士が馬車を連れてやってきた。
「セラフィナ様。この教会から中央神殿に戻るように辞令が出ております」
「ちょ、ちょっと待ってください。私はもう教会を辞めようと思っているのです」
いきなり中央神殿に戻るという話が出てきて、セラフィナは困惑した。ただ中央神殿に行くのではなく辞令だ。辞める人間をわざわざ中央神殿に戻す理由はない。
「そうおっしゃられても……我々は上よりセラフィナ様を連れてくるように命令されているので……」
普通に考えれば栄転である。そのため騎士たちも抵抗されるとは思っていなかった。
「セラフィナさん、あまりわがままを言うのはどうかと思いますよ」
「マルセルさん……」
「せっかく女神様から素晴らしい力をもらったのに、それを自分のためだけに使うのはよろしくないと思いますよ」
「そのようなこと、私は!」
セラフィナはあまりの物言いに思わず声を荒げる。そして、マルセルが自分の能力を上に告げ口したのだと気付いた。
「まさか……」
「ええ、私が上に報告させていただきました。あの素晴らしい力は教会のために役立てるべきだと」
「そんな……」
セラフィナはうかつだった。あれだけの力を持つ回復魔法の使い手を協会が放っておくわけがないのだ。それは個人の意思なんてものは簡単に無視する。
「騎士の皆さま、セラフィナさんを中央神殿にお連れしてあげてください」
もはや逃れることができないと悟ったセラフィナは騎士たちに誘導されて馬車に乗る。
(タケル様、約束を破ることをどうかお許しください)
セラフィナは馬車の中でタケルに謝るのであった。
タケルとセラフィナが分かれてから二週間後。その日はタケルも穀物商人として店に立っていた。
「へい、らっしゃい! 安いよ、安いよ!」
少なくとも午前中には来ると思っていたが、昼を過ぎても全然来る様子がないので、迎えに行くことにする。
「なあ、そのお姉さん、教会の場所知ってるか?」
タケルは買いに来ていた主婦のおばちゃんに声をかけて教会の場所を聞く。
「教会はね、この町の西の方にあるさね。ちょっとぼろっちいけど、ちゃんとした教会があるよ」
「ありがとな。フォリン、ちょっと出かけてくるから、店番頼んだぞ」
「了解っす!」
こうしてタケルは一人教会に向かう。主婦のおばちゃんが言っていたぼろっちい協会が見えてきた。
「あそこか」
タケルは教会の中に入っていくが、中には誰一人いなかった。中を色々と見ながら進んでいくが、教会にある女神様の像が目に入った。
「はっ! 全然似てねーな。本物はもっと美しいだろうが」
女神様の像が飾られているが、全然似てない。あの神々しさを表現できていないのだ。
とはいえ、おそらく誰も本物を見たことがないのでしょうがないのかもしれない。
あまりに誰もやってこないので、大声で呼びかけた。
「おーい、誰かいないか?」
すると、教会の奥の方から一人の男がやってきた。
「これはこれは、どうされたのでしょうか?」
「ここにセラフィナっていうシスターさんがいると思うんだが、会わせてもらえないか?」
「申し訳ありません。セラフィナは中央神殿に戻ってしまいました」
「中央神殿に戻った? それは一時的なものか?」
「いえ、おそらくこの町に戻ってくることはないでしょう」
タケルはその話を聞いても訝しんだ。セラフィナはヤマトの町に来ると言ったのだ。それが中央神殿に行くのはおかしな話だ。何らかの事情に巻き込まれた可能性がある。
「それは自分の意志か?」
「はい」
「……そうか」
自分の意志で戻ったのであればタケルとしてはとやかく言うことではない。教会っていうものどういう場所かは知らないが、再び女神様の声が聞こえるようになった以上再び聖女として扱われるはずだ。少なくとも悪い扱いはされないはずである。
「ご用件があれば、私の方から伝えておきますが……」
「いや、いい。ちょっと世話になったから、近くに寄ったついでに改めて感謝をと思っただけさ」
「そうですか」
「ああ、そうだ。これ寄付する」
タケルはポケットの中に入っていたお金をマルセルに渡す。
「ありがとうございます。どうか女神アメリア様のご加護があらんことを」
マルセルは寄付をもらったことに感謝をして頭を下げる。そうして出ていくタケルの背中をじっと見つめるのであった。
タケルたちは一度ヤマトの町に戻ってきた。そしてタケルの家で事のあらましをフィリーに伝えた。
「セラフィナがこの町に来ないことになった」
「どういうこと? 断られたの?」
「いや、中央神殿に戻ったそうだ」
「……それって教会の都合で無理やり連れて行ったんじゃないの?」
「いや、教会にいた神父の話では自分の意志で行ったんだとよ」
「本当に? あの子、うちの神社に感銘を受けてたわよ。そう簡単に心変わりするようには見えなかったんだけど」
「いや、分からん」
タケルだってそう思っている。だが、仮にも女神アメリアを祀っている教会ともめごとを起こしていいのかという気持ちがあるのだ。もし本当は無理やりだとしたら、助けに行くことはやぶさかではない。しかし、それを決断するのにあまりにもハードルが高いのだ。
「なんだかすごく残念そうね。まあ分かるわよ。セラフィナ可愛かったし」
「何言ってんだ?」
「別にー」
そう言ってフィリーは席を立ってどこかに行ってしまった。いつもの相談相手がいなくなってしまったので、その場にいたピルカに話しかける。
「なあ、ピルカ、セラフィナがどうしているか中央神殿を覗いてみてくれないか?」
「はあ? それは無理。私の力はこの森限定って話したでしょ? それに女性を覗けってあんた……変態ね」
「そういう変な意味じゃねーよ。どんな状況なのか知りたいだけだ」
なんだかこう煮え切らない感じがして、タケルはぼんやりと考え込む。
(教会と揉めるか、揉めないか……いや、もはや答えは出ているようなものだな。揉めるって決断できる材料がない以上、結局は現状維持か……)
歯がゆい気持ちがありながらも、色々な気持ちを飲み込もうとしたその時目の前にクエストが表示される。
【聖女セラフィナを救い出そう】
それを見たタケルは思わず椅子から立ち上がり叫ぶ。
「聖戦じゃあああああああああああああああ!!!!!」
女神様からのクエストという大義名分ができた以上、もはや誰もタケルを止めることはできないのだ。




