4.女神様の導き
セラフィナは教会に戻った後神父であるマルセルに外泊許可を求めた。
「近くの村で病人がいらっしゃるそうで、その方の様子を見てほしいと言われました。数日ほど空けるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
セラフィナは今まで嘘をついたことがなかったため少しばかり緊張していた。
というのも、聖女というのは女神様の代弁者なため黙することはあっても嘘をつくことは決して許されない立場なのだ。嘘をついてしまえば聖女としての言葉に重みがなくなってしまうからだ。
その掟を正しく守ってきたセラフィナであったが、今回ばかりは嘘をついた。なぜなら特別な祈りの捧げ方は秘事なのかもしれないのだ。それを秘匿させるためであれば嘘だろうとつく。
「……分かりました。薬草やポーション関係は医務室に置いてあるのでそれを持って行ってください。あと……教会関係者に手を出すものは少ないですが、道中お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってセラフィナは早速医務室に準備をしに向かった。
その後ろ姿をマルセルはじっと見つめるのであった。
翌日、セラフィナはタケルの下に向かった。すると、そこでは相変わらず元気よく声掛けをしているタケルがいた。
「本日はよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はタケルだ」
「セラフィナと申します」
「じゃあ、早速出発するか。……ジルはどうする?」
「ここに残って売る」
「そうか、じゃあ頼んだぞ!」
「任せて!」
なんだかジルはタケルが作った農作物を売ることに熱心に取り組んでいる。そのやる気をそぐのもあれなので、タケルはジルにその仕事を任せる。
タケルは護衛としてフォリンを連れて、セラフィナと共に町を出た。
ヤマトの町に向かって歩いていると草むらからラグナが出てくる。
「主! お迎えに上がりました!」
タケルが飛びついてきたラグナをよしよしとしていると横から驚きの声が上がった。
「ま、魔物ですか!?」
言葉を操るホワイトウルフにセラフィナは驚く。
「安心してくれ。こいつは仲間だから。ってか、こいつらに乗っていくぞ」
ラグナの他に二匹のホワイトウルフがつぶらな瞳でセラフィナを見つめていた。
「だ、大丈夫なのですか?」
セラフィナにとって魔獣や魔物は危険な生き物という知識があり、それに乗るなんて大丈夫なのか思わず心配してしまった。
「まあ、普通はそういう反応になるっすよね。でも、安心してください。ラグナ先輩たちは賢いんで!」
フォリンの説明からは安心できる理由は何一つもないのだが、目の前のホワイトウルフからは敵意というものを一切感じないため、セラフィナはタケルの手を借りながら恐る恐るホワイトウルフに乗る。
「よし、大丈夫そうだな。じゃあ、出発するぞ!」
あまり飛ばすとセラフィナが大変そうなので、いつもよりもペースはゆっくりで、休憩も多く取った。
「大丈夫か?」
そう言ってタケルは疲れた様子のセラフィナに水の入った水筒を渡す。
「はい、何とか」
箱入り娘であったセラフィナにとって今回のような移動はあまり慣れていない。さらにグリムヴぇリル大森林の奥の方にどんどん向かって行くので、それに対する不安もあった。
あまり余裕がなさそうな様子を見たタケルはカバンの中からクッキーを取り出してセラフィナに上げた。
「これでも食って元気出せ」
「ありがとうございます」
「あ、ずるい! 俺っちにもくださいよ!」
「分かった、分かった」
タケルがフォリンにもクッキーを上げた。
セラフィナは何とはなしにクッキーを口の中に入れると、口の中には甘さが広がり驚いた。
「これはっ! もしかして砂糖が使われているのではないですか?」
聖女だった時に少しだけ砂糖が使われたお菓子を食べたことがある。その中には甘いクッキーも含まれていた。ただそれはそう簡単に手に入る物ではないはずだ。
「あっ、やべっ!」
砂糖はまだむやみに外に出していい代物ではない。だが、普段から砂糖を使った食べ物を食べているので、砂糖が使われている食べ物の扱いが甘かったのだ。
「これ内緒にしなきゃいけないやつだったか? ……しーで頼む」
タケルは口元に人差し指を当ててセラフィナに秘密にするように頼んだ。
セラフィナはそれに対してコクコクと頷く。
「まあ、あげちまったもんはしょうがねーな。……で、うまいか?」
「はい! とてもおいしいです!」
「そうだろ、そうだろ」
タケルは自分が作った小麦粉や砂糖などで作ったクッキーをおいしそうに食べている様子を見て満足する。
そんなことが道中でありながらも、タケルたちは昼過ぎにはヤマトの町に着いた。
「グリムヴェイル大森林の中にこのような町があったのですね」
セラフィナは町に入ったところで思わず立ち止まり呆然と町の様子を見てしまった。
あまりにも森の奥の方に入っていくので、自然の中で行う儀式だとセラフィナは勝手に勘違いしていたのだ。
「じゃあ、ちょっとお供え物を取りにうちに行くぞ」
「は、はい」
町に入ってからタケルの家に向かう道中、道行く人達はタケルに挨拶をしている。
そんな様子を後ろから見ていて内心驚いていた。
(この町は中央神殿よりも信仰心が篤い方が多そうですね)
セラフィナの目でこの町にいる人を観察すると、かすかに光っている人が多い、もちろんタケルほどではないが。特に獣人やエルフ、オークに光っている人が多い。
正確な数は数えていないが中央神殿にいる人たちよりも多そうだと感じだ。
(これではまるでこの場所は……)
「よし、着いたぞ。エルミィ、お供え物用の飯を準備してくれ」
「はいにゃ!」
タケルは家について扉を開けると大声で、エルミィにお願いした。
エルミィが準備をしている間にセラフィナはタケルに気になったことを質問する。
「あの、どのようなものをお供えするといいのでしょうか?」
「うまい飯やうまい飲み物の方がポイントが高いな」
「おいしいものですか……」
おいしいものとなると今にいる教会の財政的に厳しいため、セラフィナは少しばかり暗そうな顔をする。
「ただ別においしいものがなければなんでもいいと思うぞ? 大事なのは気持ちだからな」
あまり同じものを送っているとポイントは下がるが、決してゼロにはならないのである。そこに女神様の慈愛があるとタケルは考えている。
「そうなのですね」
「つっても、お供え物はここ以外でやっても無駄かもしれんがな」
「準備ができましたにゃ」
エルミィがお盆にご飯とお酒を乗せてやってきた。
「これは……」
「ご飯、お味噌汁、肉じゃが、焼き魚、お漬物、あとは日本酒にゃ!」
なんとも豪華な食味メニューにセラフィナは思わず息を飲んだ。聖女だった頃と比べてもこちらの食事メニューの方が豪華だ。
ぐぅ~と音が鳴る。
「すみません!」
セラフィナは頬を赤くして恥ずかしそうに謝る。
「はっはっは。あとで食わせてやるから。とりあえず女神様にお供え物しちまおう」
「はい」
タケルたちはエルミィからお盆を受け取り、神棚が置いてある神社に向かう。以前は神棚を入れた祠だったが、最近町としての体裁を整えるために神社という形にした。
「ここが女神様が祀られている場所なのですか?」
「教会みたいな形はしていないが、ここも女神様を祀ってる場所だから安心してくれ」
セラフィナは今まで一度も見たことがないような形式で女神様が祀られていたので驚いた。しかしこのやり方が間違っているとは思えない。なぜなら今まで見た誰よりも女神様への信仰心が篤いのがタケルだからだ。
聖女の中で少しばかり何かが壊れ始める音がした。
神社の中の本殿の前にある台の上にお盆を置く。
「いつも俺がやっているやり方だと、二礼二拍手一礼だな」
「二礼二拍手一礼ですか?」
セラフィナは聞いたことがない作法だったため思わず聞き返してしまった。
「二礼二拍手した後に日々の感謝の気持ちを伝える。最後に一礼だな」
「分かりました」
「俺がやってみるから、見よう見まねでやってみてくれ」
タケルが二礼二拍手して祈り始める。それに倣ってセラフィナも二礼二拍手をする。
(女神アメリア様、今日この時この瞬間を生きていられることに感謝をしております)
セラフィナは女神様に言いたいことはたくさんあった。しかし、それをすべて飲み込みただ生きていられることに感謝をした。
(よくぞここまでたどり着きました)
(女神様っ!)
女神の声が聞こえてきたことでセラフィナは感極まり目から自然と涙がこぼれてくる。
(あなたはいかなる困難を前にしても辛抱強く耐え私に祈りを捧げていました。その姿を私はずっと見ていました。あなたが試練を乗り越えた証としてある褒美を与えます。あなたの隣にいるタケルにあるものを授けましたので、それを受け取り今後も聖女として人を救い続けなさい)
(はい、ありがとうございます)
ゆっくりと目を開けると、お供えした食事が光の粒子になって天へと昇っていく。それを見ていると先ほどまでは認識できなかったが、間違いなく天へと向かう光の柱が立っていることが分かった。
(ああ、すべては女神様の導きだったのですね)
そう感じたセラフィナは自然と深々と頭を下げていた。




