3.出会い
ねじり鉢巻きをした元気な穀物商人は道行く人に声をかけていく。
「そこのきれいなお姉さん、せっかくだからうちの麦たち見ていってよ」
主婦のおばちゃんに声をかけると少し頬を染めながら驚いたように反応する。
「わ、私?」
「そんなきれいなお姉さんなんて、一人しか……ってこっちにもいたー!」
穀物商人は別の主婦のおばちゃんを見て、そう言った。すると、周囲に笑いが生まれる。
「全くお上手ね。少しだけ見て言ってあげるわ」
「ありがとう!」
そんな調子のいいことを言っている穀物商人を見て、セラフィナは驚いた。
なぜならその穀物商人は今まで見たことがない神々しい光を放っていたからだ。それは決して場の雰囲気がいいからではない。あの人本人が発している光だ。
そんな不思議な光景を呆然と見ていると、顔見知りの主婦が話しかけてきた。
「あら、シスターさん。こんにちは」
「こんにちは」
「ここの麦やマメは安いみたいだから早く買った方がいいわよ」
そう言うとその主婦は帰っていった。
その主婦の言葉がセラフィナを現実に引き戻した。今の自分は少しでも安く麦を手に入れなければならないのだ。
人だかりができているあの場所に勇気をもって前に進む。
「あの、こちらの大麦はいくらなのでしょうか?」
「うちは百グラム当たり三十万ゼニーだ」
「えっ!?」
セラフィナの頭の中で、あれ安いという話はどこに?もしかして教会関係者だから高いのか?などとぐるぐる自問自答してしまう。すると、別の主婦が助けに入る。
「お兄さん、あんまりシスターさんをからかっちゃダメでしょ。まったく。シスターさんこの人が言う万っていう単位は嘘だから、う・そ」
「うそ?」
「そう、だから百グラムで三十ゼニーよ」
「その通りだ! がはは!」
セラフィナの頭の中では計算が行われる。以前買った麦の値段が四十ゼニーなのでかなり安い。これからの物価上昇の可能性も考えると、ここでまとめて買った方がいいのか、今持っている袋にどれくらいは言ったかなどと思考をめぐらせる。
「この袋にいっぱい大麦をお願いします」
注文をすると、小さな獣人の子供が袋に大麦を入れていき、秤を使って重さを計測していく。
「えーっと、三キログラムだから……九百ゼニーだ!」
「おお、正解だぞ」
「えへへ」
少年は褒められたことで嬉しそうにする。
セラフィナは千ゼニーを支払う。
「ほい、お釣りの百万ゼニー」
そう言って穀物商人からお釣りの百ゼニーを受け取る。さすがのセラフィナもこれは冗談を言っているということが分かった。
「ありがとな! また来てくれよ!」
セラフィナは帰る道を歩いているが、今日はいい買い物ができたと満足している。
それに不思議な出会いもあった。あの穀物商人を思い浮かべる。
(あの方は一体……教会関係者? いえ、穀物を売っている人がいるなんて聞いた話がありません。しかし……)
あの男が纏っていた神々しい光。あの光は女神様に祈りを捧げている方に多いオーラなのだ。もちろんどれだけ熱心に祈っていてもあれほどすごい光を放っている者はいない。
セラフィナは霊感が鋭く、霊体や人のオーラなどを読み取ることができる。普段は見ようと思えば見ることができる感じなのだが、今回は自然と見えたのだ。まるでそれを見ろとばかりに。
(私たちと同じく女神様を信仰しているのであれば、一度お話してみたいですね)
そんな考え事をしながらセラフィナは教会に戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おや、なんだか今日はご機嫌ですね」
機嫌がよさそうにしているセラフィナを見てマルセルが話しかけた。
「そうですか? あ、今日はお安く大麦が買えたのです!」
「それはよかったです」
翌日。
セラフィナはいてもたってもいられず、再び穀物商人のところにやってきた。
あそこまで神々しい光を放っている秘密がどうしても知りたくなったのだ。一人の信者として、そして聖女としても。何かきっかけがあればまた女神様の声を聴けるようになるのではないかと。
「安いよ、安いよ! らっしゃい、らっしゃい!」
相変わらず元気よく穀物商人は店前で声を出している。実際に値段が安いこともあって、人だかりができ始めている。ここで話しかけるのは邪魔になるのではないかと一瞬ひるむが、声掛けだけはしておこうと思い、勇気を出して話しかける。
「あの……」
「へい、らっしゃい! って昨日来たシスターさんじゃねーか。また買いに来たのか?」
「いえ、今日はあなたとお話がしたくて」
「話?」
「あなたのその……秘密についてです」
セラフィナがオーラが見えることはあまり人には言っていない。またむやみにオーラの内容について人前で口外するのもどうかと思い、少しばかりぼかした表現になってしまった。
「ひ、秘密だとっ!?」
穀物商人は秘密と聞いて、少しばかりうろたえる。まるで何かやましいことでもあるかのように。
「たいした話ではないのですが、あまりここでは……」
「……分かった。フォリン! ちょっとここ離れるから、しばらく店番頼んだぞ!」
「了解っす」
穀物商人ことタケルはあまりにも秘密が多い。特に今回この町で穀物を売るにあたって、保存ボックスを使って運搬をしているので、どこから仕入れているのか問題があるのだ。それを突かれると少し厄介だなと思いながら、タケルたちは人通りが少ない裏路地に入っていく。
「んで、話ってなんだ?」
タケルは少しばかり警戒しながら問いかける。
「あなたがなぜ神々しい光を纏っているのかという話を聞きたくて」
「え? 光?」
タケルは自分自身を見てみるが、どこも光っていない。
「あ、いえ、それでは分かりませんよね。えーっとどこから説明すればいいのでしょうか?」
「どこからと言われてもな……」
「そうですよね。すみません」
セラフィナはぺこぺこと謝る。
タケルは何も悪いことをしていないなんだから悪いことをしているかのような気分になる。
「ゆっくりでいいからちゃんと説明してくれ」
「ありがとうございます。まず私には人のオーラが見えるんですね。あなたのオーラを見たところ今まで見たことがないくらい神々しい光を纏っていてですね。少し気になったのでお話をしてみたいなと」
「なるほどね」
タケルは知られたくない秘密でなかったことに内心ほっとする。
「それで聞きたいこととかあるのか?」
「あ、その光の色は女神様に祈りを捧げている人に多いオーラなんです。何か特別なことをされていませんか?」
「うーん、俺は毎日のように女神様にお供え物をして祈りを捧げているだけだな」
「そのお供え物とは?」
「普通のご飯や果物、お酒やらだな。種類は何でもいいと思うが、女神様が喜ぶものをお供えするといいんじゃないか?」
「そのような話は聞いたことがありませんね」
セラフィナは今までずっと祈りを捧げていたが、女神の像の前でただ祈るだけで、何かをお供えしたことはなかった。そのようなものが必要だという話は聖女であった頃も聞いたことがなかった。
「あれ、教会でもお供え物しても女神様のところに送られないのか?」
「女神様のところに送られるとは?」
「こう、光の粒子になって天に昇っていくだろ」
そんな話聞いたことがないとばかりにぽかんとセラフィナはタケルのことを見つめてしまう。
「あれ? これは一般的なやつじゃなかったか?」
タケルは思わず話してしまったが、タケルの周囲にいる人たちに聞いてもそんな話聞いたことがないと言われたし、結構驚かれているのを思い出した。しかしタケルの中ではお供え物をしたら女神様に送られるというのは当たり前の話なのだ。
「そのような話は聞いたことがありません」
「やべ、これは話しちゃまずい内容だったか」
「いえ、そのようなことはありません! とても大切なことです! ぜひ具体的にやり方を教えてください」
「具体的にって言われても……」
あの女神様のところに送られるシステムは神棚の前でしか発生しない。そもそもあれはポイントを獲得するためのシステムのはずだ。ポイントの使いどころのない人がやっても意味はないだろう。
言いよどんでいるタケルを見て、セラフィナははっと何かに気が付く。
「申し訳ありません。いきなりこんなことを聞くのは失礼ですよね」
タケルが話した内容は秘事かもしれないのだ。それは元聖女であるセラフィナでさえも聞いたことがないことをそう簡単に話せるわけなのだ。
「……どうしてそんな切羽詰まってるんだ?」
タケルとしては目の前の女性がただの熱心な信者とは感じなかった。どこか焦りのようなものがにじみ出ていたのだ。
「……私は元聖女でして、昔は女神様の声が聞こえたのです。それが近年全く声を聴くことができなくなってしまったのです」
「女神様の声が聞こえる?」
「はい、私は神託というスキルを女神様から頂き、その力を持って女神様の神託を聞き皆に伝えるという役割を担っていました」
「なるほどな」
タケルはセラフィナが聖女としての役割を全うできるようになるための手掛かりを探しているのだと理解した。
「聖女という地位はもはやどうでもいいのです。ただ女神様に見放されたのであれば、それが……とても恐ろしいのです」
粛々と運命だとして受け入れてきたつもりのセラフィナではあったが、心の奥底では神に捨てられたのかもしれないという恐怖にずっと苛まれていたのだ。
女神様の敬虔なる信徒として仕えていたセラフィナにとって何よりも恐ろしいのだ。
かすかに震えるセラフィナを見てタケルは女神アメリアの一人の信者として放っておけなかったので、ある提案をする。
「じゃあ、ちょっとうちの町に来て体験してみるか?」
「えっ、本当ですか!?」
「ああ、たぶんやり方を教えても無駄だからな」
「ぜひやってみたいです!」
「分かった。じゃあ……明日一緒に行くか?」
「それで大丈夫です」
「じゃあ、明日あの露店に来てくれ」
こうしてセラフィナはタケルと一緒にヤマトの町に行くことになった。




