18.難民引き取りの交渉2
ケルヴァたちが町に着くと、驚きの連続だった。町の巨大さ。難民に分け与えるほどの食料の豊富さ。健康そうな住民たち。さらにはホワイトウルフだけでなくディープスパイダーまで使役している。
そしてケルヴァたちは一通り町を見て歩いた後、迎賓館の中で休むことにした。今日は一日一泊してから帰る予定だ。
「まさか本当に森の中に町があるとは……」
「ああ、全くだ。こんな町があるなど聞いていない」
「私たちの里よりもはるかに豊かでしたね」
ケルヴァ、オルケイアス、ノクシェルはそれぞれこの町に打ちのめされていた。自分たちは里で何とか飢饉を乗り越えることができたと自負していただけにここまでの豊かさに衝撃が大きかった。
「それでケルヴァ。これからどうするつもりだ?」
わざわざケルヴァが兎人族の族長と魚人族の族長を連れてきたのは、今後を話し合うためだ。この町を正しく認識していないと話し合いがうまくいかないと思っていたのだ。そして、それは正解だった。伝聞だけでは彼らも信じられなかったかもしれない。
「まず難民はすべて引き取ってもらうしかあるまい」
「ここまで差がある町と揉めるのは得策ではないし、仕方あるまい」
来たる戦に備えて多くの人はいた方がいいが、それでもタケルの町と揉めるのを避けた方がいいという判断をした。それにオルケイアスも納得したようだ。
「我々を連れてきたのはその話のためだけではないですよね?」
ノクシェルがケルヴァを問いただす。
「うむ。そうだ。難民の引き取りの話だけではない。我々の里の進退についても話し合いたいと思っている」
「まさか里を明け渡すつもりか!」
オルケイアスが立ち上がり大声を出す。
「まだ決めてはいない。それも含めて話し合いたいということだ」
ケルヴァとオルケイアスが互いににらみ合う。
「オルケイアスも落ち着いてください。冷静に考えて、北部から来る部族たちに我々の里だけで対処することは難しいです」
「それなら同盟という手もあるだろう!」
「それはもうすでに断られている」
「なにっ!」
「説明が遅れたのは謝罪する。だが、タケル殿は我々を必要としていない。手を組む理由がないのだ。それはこの町を見れば分かるだろう」
「うぐ」
この町の現状を見てしまえばケルヴァの意見に反対するのは難しい。同盟というのは互いに利益がなければ成立しないのだ。
「つまり、我々が生き残るためにはこの町に、いやタケル殿の庇護下に入る必要があるということですか……」
「「……」」
ノクシェルの言葉に残りの二人も沈黙を選んだ。ずっとこの三つの部族で治めていた里なのだ。そう簡単に決断できるほど軽いものではない。
このままでは決断できないと思ったケルヴァは立ち上る。
「エルドール殿と話をしてくる」
「俺も行く」
「私も行きます」
こうしてケルヴァたちはエルドールに会いに役場に向かった。そこで応接室に通された。
「待っておったぞ。三人とも」
三人はその言葉に違和感を覚えた。三人が役場に来てからスムーズに会うことができたため待っていたという発言はおかしい。それではどんな意味だったのか。それに気が付いたのはケルヴァだった。
「まさか私たちをこの町に引き入れるために……」
「違う。お主らを救うためじゃ」
エルドールはぴしゃりと言った。
「北から攻めてくる部族がいるという状況で、放っておくのは忍びなかった。そのためにタケル様にあの町に行ってもらった」
エルドールはケルヴァたちの里のことも知っている。あの里単体では北から攻めてくる部族たちに対応するのは難しいということも。
ゆえにエルドールはタケルがあの里に行くように仕向けた。塩がないというのは本当だが、別にケルヴァたちの里から買わねばならない理由はなかった。そして何らかのきっかけになればいいというくらいの気持ちだった。
「……それならもっと分かりやすく伝えてくれても良かったのではないですか?」
ケルヴァはタケルに対して初手を間違えてしまっただけにもう少し何かあってもいいのではないかと愚痴を言う。
「そこまでする義理はないのう。それに儂は仮にもタケル様に仕えている身。儂が手を差し伸べるのはちと違う」
エルドールが与えたのはタケルと接触する機会だけだ。それ以上についてエルドールがタケルに願い出るのは違うし、わざわざエルドールが助けるのも違うと判断した。そんなことをする義理はないのだ。
しかしそれでもエルドールからの恩情であるのは間違いなかった。
「……」
それを理解したケルヴァたちは黙り込んでしまう。実際にエルドールが手を回さなければタケルが里に行くことはなく、ケルヴァたちがタケルに助けてもらうという選択肢は生まれていなかっただろう。
「それでお主らはどうするつもりじゃ?」
「その件でエルドール殿と話をしたいと思い、ここに来ました」
「ふむ。それで何を聞きたい?」
エルドールはおおよそ何が効きたいのか分かっているがあえて聞く。
「もし我々の里がタケル様の庇護を申し出た場合、一体どういう扱いをされるのかをお聞きしたい」
ケルヴァは真剣なまなざしでエルドールに質問をする。それに対して、エルドールは髭を触った後に答える。
「ふむ、まず里の扱いについてじゃが、里の自治体制に大きな変更はなかろう。タケル様が里長の地位につき、お主らが支えるという形になるじゃろう。タケル様はこの町にいるので実質的にお主らが治めることになるはずじゃ」
エルドールの話を聞いて三人は少しだけほっとする。
「タケル様の庇護下に入れば、食料を融通してもらえる。あとはどこかが攻めてきたときにはこの町の戦力を出してもらえるじゃろうな。むろんタダというわけにはいかぬから、何かしらの貢ぎ物は必要じゃし、お主らも戦う必要はあるがの」
これはケルヴァたちにとって大きなメリットになる。タケルの庇護下に入れば安心した生活が手に入るのだ。むろん対価は必要だが、手に入るメリットと比べればたいしたことはない。
「次にタケル殿の人柄をお聞きしたいのですが、タケル殿はエルドール殿のことをこき使っていると言っていましたが……」
「ほっほっほっほっほ。タケル様はいつも誇張して話をされるからのう。いや、確かにこき使われてはおるかのう」
こき使われているという話なのにいきなり笑い出し愉快そうに語るエルドールにケルヴァたちは目を丸くする。
「しかし、それも悪くない。そう思わせてくれるお方なのじゃ」
「そうなのですか?」
ケルヴァたちはそう言われてもすぐに納得できるわけではない。それにケルヴァから見たらタケルの印象は生意気な小僧なのだ。それゆえあまりピンとこない。
「安心せい。タケル様は基本的にお優しい方だ。理不尽なことを押し付けてきたりはせぬ。少なくともお主らや里がひどい目に遭うことはないと儂が断言してもいい」
ヤマトの町ではエルフと獣人、オークが一緒に暮らしているが、タケルは誰も差別することなく、皆に等しく食料を分け与えている。それを見ているエルドールからしたら疑う方が馬鹿らしくなるくらいのお人よしなのだ。
「むしろ気を付けるべきは他の者たちじゃ。タケル様を利用するのであれば、仕えている者たちが容赦せぬ。むろん、その中に儂も入っておる。が、くっくっく。儂が一番穏便じゃろうな」
エルドールの頭の中には何人もの人の顔が思い浮かぶ。それに気付いたらこっそり殺す程度のことをしそうな奴もいるのだ。だからこそ、ここで忠告をしておく必要がある。
「まあ、こんな感じじゃろうな。参考になったかのう?」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
なんとなく自分たちの向かう方向性が見えたケルヴァたちは立ち上がって、部屋から出ていこうとする。
「お主らが良い方向に進むことを祈っておる」
ケルヴァたちはエルドールに対して目で礼をしたあと扉が閉まっていった。
ケルヴァたちは迎賓館に戻った後、三人で話し合いをした。三人で色々と言い合ったが、三人ともあらかじめ方向性が決まっていたようで自然と話はある結論に収束していった。
そして、翌日。
ケルヴァたちはタケルに面会の要請をした。そして応接室で話し合うことになった。タケル側にはフィリー、エルドール、バラルが同席した。
「まずは難民の件ですが、すべて引き取ってもらって構いません」
「そうか」
「次に、タケル様に対して無礼な真似をして申し訳ありませんでした」
ケルヴァたちが全員揃って頭を下げる。それを見たタケルは意味が分からなかったので、フィリーに聞いた。
「ん? 何か俺はされたのか?」
「いや、あなたが気にしてないならいいんじゃない」
フィリーは苦笑いしながらも答えた。
「よく分からんが、謝罪は受け取った」
「そして最後に我々からの頼みがあります」
「なんだ?」
「どうか我らをタケル様の庇護下に置いていただきたい」
タケルとしては普通に里が運営されていたので、なぜタケルの下に来るのかが分からなかった。
タケルはフィリーたちを見るが何も言わない。これもまたどちらを選んでもいいという案件だと分かった。
目の前で頭を下げている三人の族長たちを見つめる。北から攻めてくる可能性がある現状であの里の戦力のことを考えると、放っておけなかった。
「俺はお前たちのことをこき使うけどいいのか?」
「分かっております。身を粉にしてタケル様に仕えさせていただきます!」
ほんとにいいのかよと内心思いながらも、そう言われてはもう断れない。
「分かった! 俺が面倒を見てやる!」
「「「ありがとうございざいます!」」」
「細かいことは……フィリーとエルドールに任せた!」
タケルは里を手に入れたはいいものの、運営とか全く分からないので、とりあえずフィリーとエルドールに丸投げをすることにした。二人いれば何とかなるだろという判断だ。
「分かったわ」
「お任せください」
こうしてケルヴァたちの里はタケルの傘下に加わったのであった。




