16.塩の調達2
タケルたちは塩屋に向かう。この里に来たメインの用事だ。
タケルたちが塩屋の中に入ると、兎人族の商人がカウンターに立っていた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
塩屋の商人は笑みを浮かべながら丁寧に挨拶をしてきた。
「塩を買いたいんだが……量が分からんな。あとは任せた」
ふと思ったのだが、タケルは必要な塩の量を把握していない。なので、知っていそうなフィリーに丸投げした。
「分かったわ」
塩屋との交渉は円滑に進んだ。大量の塩を買うということで、向こうもそれなりのサービスをしてくれた。
購入した塩をバッグの中に入れて、塩屋の外に出たところで一人の蛙人族が話しかけてきた。
「そちらの方々、少しよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「できれば少しお話をしたいのですが……」
タケルがどうするか悩んでいると蛙人族は続けてこう言った。
「それだけの塩を購入されるということは、かなり大きな村から来たのではないですか? であれば差し迫った危機に対して色々と協力できることがあるかと我らの里長からの提案です」
タケルは帰る気満々だったのだが、里長の話を無視するというのも失礼なので、しぶしぶ話だけは聞くことにした。
「まあ、とりあえず話を聞くだけならいいぞ」
「ありがとうございます。それでは我らについてきてください」
そう言って蛙人族はタケルたちを里の役場の応接室に案内した。すると、そこには一人の蛙人族が待っていた。
「我らとの話し合いに応じてくれて感謝する。私の名はケルヴァだ。この里の長をしている」
「俺はタケルだ」
「そちらのエルフの方は?」
「フィリーよ」
挨拶が住んだところで互いに椅子に座った。ちなみにタケル側でこの場にいるのは、タケルとフィリーのみだ。
「それで話ってのはなんだ?」
あまりのんびりしていると町に戻るのが遅くなってしまうので、さっさと話しを終わらせたいタケルは用件を聞きだす。
ケルヴァは里長である自分に対してかなり適当な態度を取っているタケルに一瞬むっとするが、これから話す内容を思い出し冷静に話を切り出す。
「知っていると思うが、この森の北部から複数の部族が協力して南下してきている。ゆくゆくはこの里やタケル殿たちがいる村が襲われるだろう。そこで我々も協力して南下してくる部族たちに対抗するべきだと思うのだが、どうだろうか?」
「つまり同盟みたいなもんか?」
「そう捉えてもらって構わない」
「じゃあ断る」
即断で断られたためケルヴァは動揺する。戦争をするなら数は多い方が有利だ。一つの村で対応するよりもこの里と協力した方がいいに決まっていると考えていたからだ。
「む? この話を村に持ってからなくていいのか?」
「ああ、俺に決定権があるからな」
まさか目の前にいる小僧にそれほどの権限があると思っていなかったケルヴァは内心驚いたが、それを表に出さずに問いを重ねた。
「それならば、理由を聞いても?」
「お前たちは軍の指揮権をこっちにくれるのか?」
「それは無理だ」
ケルヴァは即答する。大して知らない男にそう簡単に指揮権なんて与えられない。
「だろうな。俺も誰かに従うつもりはない。指揮系統が統一されていない軍はただ烏合の衆だ。それだったら足手まといがいない方がいい」
ケルヴァは自分たちのことを足手まといと言われイライラが募っていく。
「せいぜいどっちかが襲われているときにもう片方が後ろから攻めるくらいしか協力できんだろ」
「……そうか。それならせいぜい後悔しないことだな」
ケルヴァはそれ以上深く勧誘してくることもなく、あっさりと引き下がった。
そうして役場から出て里の外に出るための門に向かっている最中タケルはフィリーから話しかけられた。
「あれでよかったの?」
「この里にいる警備隊を見て見ろ。大して強くない。一緒に戦うとなると、下手すりゃ足手まといだ。ぶっちゃけ弱い奴らの面倒を見てやる義理はない」
「ちょっとはこっちの力を示せばよかったのに……。それで南下してくる部族の集団はどうするの?」
「そんなもん決まってる。攻めてくるなら潰す。来ないなら放置、だな」
タケルはよそでやっている戦争にわざわざ首を突っ込む気はない。それにクルガンやピルカからの報告を聞く限り、超越者レベルの者はいない感じだ。それならタケルの町は一般的な兵士の感覚で言うと精鋭ぞろいなので、町単体でもなんとかなるのではないかと思っている。
こうしてタケルたちは、里の外に向かっていった。
◆
所変わって、里の外側。クルガンは一人母親たちを必死で探していた。
(母上、母上はどこにいる?)
クルガンはきょろきょろと辺りを見回しながら、移動しているが、一向に母親を見つけることができないため、焦りを感じている。
「おーい、クルガン!」
「おお、無事だったのか!」
同じ里の牛人族がクルガンを見つけて話しかけてきた。
「なんとかな。お前も無事そうでよかった」
「なあ、母上を知っているか?」
「いや、見てない。たぶんここにはいないぞ」
「そうか……」
クルガンは明らかに落ち込む。これだけ大勢の難民がいるのであれば、きっと母上もいるはずと思っていただけにショックが大きい。
「それにしても、その恰好……今お前はどうしてるんだ?」
クルガンは他の難民たちと比べるとあまりに身ぎれいな格好をしていた。他の者が命からがら逃げてきたのが一目瞭然で分かるが、クルガンはそうではなかったため気になってこの男は話しかけてきたのだ。
「今はある町で世話になっている」
「そうなのか!? ……俺もそこで世話になることはできないか?」
クルガンは母親や弟、妹を探すことに必死で忘れていたが、ここには他の牛人族もいることを問いかけられて初めて思い出した。ここにいる人たちは皆自分の村から必死に逃げてきた者たちだ。当然今後の生活の保証なんてあるわけがなく皆必死だ。そんな大事なことを忘れていた。
「一応言っておくが、俺はタダで面倒を見てもらっているわけじゃない。町の長に仕えるという条件で面倒を見てもらっている。その条件でなら多分大丈夫だ」
「……贅沢を言っていられる状況ではないか……頼む。その町の長に口利きをしてくれないか」
牛人族の男は真剣に悩みながらも、タケルの世話になることを選ぶ。
「ああ、もちろんだ」
牛人族の男はその言葉を聞いてほっとする。
「なあ、他の連中にも声かけていいか? みんなここでつらい思いをしている」
「それは……」
クルガンは言葉に詰まった。バラルの言葉とあの真剣な目を思い出したからだ。
(安易な気持ちでタケル様に依存するのであれば儂らが許さない)
クルガンは頭の中に浮かんだバラルを打ち消すために頭を振る。
(いや、救えるものは救うべきだ! それに俺は族長の息子だ! 同族を救わずして何が族長の息子だ!)
「もちろん! 俺もみんながあの町で暮らせるように精一杯努力する!」
「それはみんなも助かるだろう。さすが族長の息子だな」
クルガンは褒められたことで、これが正しい選択だという認識を強める。
「じゃあ、俺はみんなに声をかけてくる」
「頼んだ」
クルガンは同じ村にいた同族と話すことで冷静さを少し取り戻していた。
冷静になって辺りを見回した。そこには同族だけではない。蛇人族、馬人族、単眼族、獣人族など他の部族もいる。
これらの部族も一度は手を結び協力した仲間だ。そんな彼らを見捨てていいのかという想いが湧いてきた。
(一度は協力した仲間を見捨てていいのか? タケル様の力があれば全員救うことができるのではないか?)
この難民が集まっている場所にいる人たちはみんなボロボロだ。そんな彼らを見捨てることは一度冷静になってしまったクルガンにはできなかった。
「みんな聞いてくれ! ここよりも食料があって安全な場所がある! どれくらいの人を連れて行けるか分からないが、興味があるなら各部族の代表者が俺のところに来るように伝えてくれ」
クルガンは気付いたらそう叫んでいた。それを聞いた各部族たちが自分たちの代表者となる者を決めてクルガンのところに集まってきた。
町の長に仕えるという条件で皆の面倒を見てくれるという話をした。
それに悩む代表者もいたが、クルガンがタケルの人柄を伝えることで、世話になることを決断した。
結局、すべての部族の代表者たちはタケルの世話になることを決め、タケルと話をするために門の入口周辺で待機していた。
タケルが買い物を済ませて門から出てくるとクルガンが話しかけた。
「タケル様!」
「おう、知り合いは見つかったか?」
「はい! それとは別の話があるのですが……」
タケルはクルガンの後ろにいる奴らを見る。なんとなく想像はつくが、クルガンの口から話を聞くことにする。
「なんだ?」
「ここにいた私の同族や他の部族の人たちもタケル様の庇護下に加えていただきたいのです」
馬人族の代表が一歩前に出てタケルに宣言をした。
「仕える覚悟はできています」
他の部族の代表たちも真剣な表情でタケルを見つめる。タケルはそれらを受け止めた上で言わねばならないことを言う。
「……お前ら、この里に多かれ少なかれ世話になったんだろ?」
「それは……そうですが……」
多少の食料を分けてもらったが、量としてはかなり少なくあまり恩を感じるような援助ではなかった。それならもっとましなところに移りたいという気持ちの方が強かった。そのため馬人族の男は歯切れが悪かった。
「それならお前らを勝手に連れていくわけにはいかねーな」
その言葉を聞いて各部族の代表者たちは分かりやすく落ち込む。せっかく見えていた希望だっただけにテンションが下がるのは当然だ。
「つっても、見捨てるわけじゃねー。また明日来て里長に話をつけやる」
「それでは……」
各部族の代表者たちはタケルの言葉を聞いて顔を上げる。
「里長に話通したら俺が面倒を見てやるよ」
「おお、ありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!」」」
各部族の代表者たちはタケルに向かって頭を下げる。
「じゃあ、とりあえず今日明日の食い物だな。適当な場所に出すぞ」
「は、はい!」
馬人族の代表はわけが分からないながらも返事をした。
タケルは適当な場所に保存ボックスから穀物や野菜、果物などをどっさり出す。
「どれくらいの量が必要か分からんが、とりあえずこれを食っとけ。うまくみんなに分配しろよ」
各部族の代表者たちはいきなり目の前に食べ物が現れたことにも驚いたが、それよりもこんなに大量に食料をもらっていいのか気になった。
「あ、あの、こんなにもらってよろしいのですか?」
「ああ、気にするな。空腹はつらいだろ。食っとけ」
「「「ありがとうございます!」」」
各部族の代表者たちはタケルに向かって頭を下げる。
「んじゃ、また明日来るからな」
タケルはいつもの調子でその場から立ち去る。ラグナ達が待っているところに向かっている最中にフィリーが話しかけてきた。
「ねえ、あなたはどこまでやる気なの?」
「どこまでって……」
「キリがないわよ」
「……分かってる……けどな、見ちまうと放っておけねーんだよな」
仮に伝聞として伝わっていても見てなければ無視できる。大して感情移入できないからだ。しかし、実際にひどい状況にあるものが救ってほしいと言ってきたら無視できない。ましてや救える力があるのだ。どうしても放っておけないという気持ちが勝ってしまう。
「ふふ、あなたらしいわね」
フィリーは半分呆れながらも笑顔で言った。




