3.ピルカVSヴァルザナード
この日はヴァルザナードが飯をたかりにやってきていた。
「うむ、ショウガがアクセントになっていてうまいな」
そう言いながらヴァルザナードは生姜焼きをおいしそうに食べている。
「ねえ、あいつはいいの?」
ピルカはジト目でタケルのことを見た。ピルカが言いたいのは、何も働いていないのに飯を食っていていいのかということだろう。自分が働き始めたことから他者が働かずに飯を食っているのが気に食わなくなったのだ。
「……」
タケルは白米を食べながら考える。
(確かに、そろそろヴァルザナードにも働いてもらってもいいかもしれない)
最初、ヤマトの町にやってきたとき威圧で住民をビビらせていたが、最近ではそんなことは一切せず大人しくやってきているので、ヴァルザナードを恐れている住民はほとんどいなくなった。今の状態なら町中をうろうろされても特に支障をきたさないはずだ。
「ヴァルザナード、これからもうちで飯を食いたければ働け」
「何!? この世界の守護者に働けだとっ!」
ヴァルザナードは働けと言ったタケルに対して若干威圧をするが、口元にご飯粒が付いた状態なので、あまり締まらない。
「お前だけ特別扱いするのはなしだ」
「そうよ! そうよ! 働かざる者食うべからずってやつよ!」
ついこの間まで働かずに飯を食っていたピルカがタケルの援護に回る。
「……まあいいだろう。内容次第では働いてやる」
ヴァルザナードは働くと言っても、自分の圧倒的な力を当てにした仕事内容――例えば他国を攻めるなど――であれば断るつもりだ。世界の守護者はそう簡単に力を振るってはいけないのだ。
「うーん、じゃあ、農業でもやってみるか?」
「農業? そうか、農業か……」
ヴァルザナードはそんなことを頼まれるとは思っていなかった。タケルの提案した内容に全く自分の力を利用しようとしてくる感じがなくて拍子抜けした。
「まあ、いいだろう。そのくらいやってやろうじゃないか」
「それはいいわね! こうなったら私の教え子たちと勝負ね!」
「この我に勝てると思っているのか?」
「当然じゃない! 私の教え子たちは優秀よ!」
「ふふ、いいだろう。我の力を見せつけてやる!」
それからピルカはあれから毎日のように働いている。とはいっても、直接手を出すのではなく指導にとどまっている。タケルほどではないが、作物の状態を見ることができるので、うまくいっているかどうかのチェックができるのである。
そういった知見から農作業へのアドバイスもしている。一番いいのはタケルに聞くことなのだが、一般市民にとってタケルは偉い人なので相談しにくいのだ。しかし、ピルカであればかわいらしい妖精の姿をしていることもあり、話しかけやすい。そう言ったことからピルカは相談役としてはまり役であった。
一方、ヴァルザナードは雑に種まきをした以降、ほったらかしで何もせずどこかに行ったきりであった。そうしてしばらくしてから畑の様子を見に戻ってきた。
「なぜ我の畑では芽が出ておらんのだ!」
「そんなの当たり前じゃない。あんな雑に種まいておいてうまくいくと思ってたの?」
ピルカは呆れながら言った。
「種を適当にばらまけば放っておけば勝手に育つものではないのか……?」
「そんなわけないじゃない」
ヴァルザナードに農業の知識はない。ドラゴンとしては自然と草木は生え、実がなるものだという認識でしかなかった。
「くっくっく。あれだけ大見得を切っておいてこのざまだとはな」
タケルはあれだけ大見得を切っていたからてっきり農業のやり方を知っていると思っていたのだが、ヴァルザナードは農業初心者だったようだ。
「全くね。これじゃあ勝負にすらならないわ。いっそのこと私の下についたらどう? そしたら色々教えてあげるわよ」
ピルカは上から目線で手を差し伸べる。
「……我は誰の下にもつかん」
ヴァルザナードは世界の守護者としての意地があった。ゆえにそう簡単に誰かの下につくことなんぞ出来なかった。
それに屈辱だった。世界の守護者として世界に君臨する暗黒龍としてここまで馬鹿にされたことはない。それがヴァルザナードの逆鱗に触れた。
「いいだろう、貴様ら! このヴァルザナードを本気にさせたことを後悔させてやる!」
それからヴァルザナードは真剣に農業に取り組んだ。
ろくに農業のやり方を知らないヴァルザナードはちらちらとピルカチームの農民たちがやっていることをちらちら見ながら、それを真似て行動していった。ある程度はうまくやれた。無事に芽を出すことに成功した。しかし、それですべてうまくいくわけがなく、水をやりすぎるという過ちを犯していた。それでは腐ってしまう。
そのことに気付いたピルカチームの農民がいたが、今は勝負中だし、直接教えに行くのも恐れ多い。しかし、このまま作物を腐らせるのもなんだかかわいそうな気がしたので、仲間とこそこそと話し合って一芝居打つことにした。
「おいおい、水の上げ過ぎはよくないって言ったじゃないか」
「あ、そうだった、そうだった。すまんな」
農民たちのやり取りを耳ざとく聞いていたヴァルザナードは水を上げるのをやめた。
「土を触って湿っていれば水やりは不要ってピルカ様が言っていただろ?」
「確か指を突っ込んだくらいの深さだっけか?」
「そうだ。表面が乾いていてもその下が湿っていれば水やりは不要だ」
盗み聞きしていたヴァルザナードは土に指を突っ込んでみる。
(湿っている。これは不要ということか)
ヴァルザナードが水やりを控えるようになって農民たちは内心ほっとしていた。
そんなこんなで、ピルカチームの陰ながらのサポートがあり、ヴァルザナードの作っている作物は順調に育っていった。
それから時が過ぎ、収穫のときがやってきた。
「さあ、収穫よ!」
ピルカはようやく収穫のときがやってきたことでテンションが上がっている。一方ヴァルザナードは険しい表情を浮かべている。一生懸命やって実ったことはうれしいが、勝てる自信がないのだ。
「収穫したら、持ってきてくれ。俺が審査しよう」
畑の前にわざわざ机と椅子を持ってきて審査する気満々のタケルがいた。タケルの後ろにはヴェルノアが控えている。
農作物を見る目ではこの町、いや世界一のタケルが審査をすることになった。誰が相手だろうと忖度する気は一切ない。
ピルカチームの農民たちとヴァルザナードは各々育てた大根を持ってきた。
「何か言うことはあるか?」
タケルはピルカチームの農民たちに話しかけたが、いきなり話しかけられたので、戸惑っていた。
「あ、いや、その……無事に育ってくれてよかったなって。タケル様と出会う前のおらはあんまり上手に育てられなかったので」
グリムヴェイル大森林が不作期に入ったことで辺り一帯の作物の出来は悪くなっていた。そのため飢饉が起きていたのだが、タケルが耕した畑は他の畑と土が違う。そのため普通の人でも作物を育てることができるのだ。
育てるのは自分たちでやっていたが少なからずタケルのスキルの恩恵を受けているのである。
「お前たちの頑張りのおかげだな」
「いえいえ、そんな」
「謙遜するなって」
「そうよ! あなたたちが自分で育てたんだから自信を持ちなさい!」
農民たちはタケルに頑張りが認められたことで照れていた。
そしてタケルはヴァルザナードの方に顔を向ける。何か言いたいことはあるかと。
「我が最高の大根というものを食わせてやろう!」
ヴァルザナードは精いっぱいの虚勢を張った。仮に負けるとしても惨めな負け方だけはしないのだ。堂々と挑み、堂々と勝負する。そんな気持ちで挑んだのだ。
「そうか。それは楽しみにしている」
タケルは机の上に並べられた大根を見る。すると一本だけごくわずかに光っているような感じがした。
「ん? これは中品質にいってるんじゃないか?」
そう言ってタケルは一本の大根を手に取った。
「お、おらの」
一人の農民が声を上げた。
タケルはその大根にかぶりついた。もぐもぐと噛み飲み込んだ。すると、高品質のものよりもごくわずかだが、体がみなぎる感じがした。これはおそらく成長する作物の部類に入っている。
「うん。間違いなく低品質のものより上だな」
タケルが手に取った大根は低品質よりも上だが高品質よりも下というクオリティだったため中品質と設定した。
そしてこの時点で勝敗は決した。
「この勝負! ピルカチームの勝ち!」
「やったー!」
ピルカチームは全員が喜んだ。特にピルカは大喜びで、中品質の大根を作った農民に至っては涙ぐんでいる。
「お前、名は?」
「ホルグです」
「そうか。ホルグ、よくやったな!」
「はい!」
ホルグは目に涙を浮かべながらも誇らしそうに喜んだ。
「素晴らしい! 私の指導のおかげね!」
「ピルカの指導は間違ってなかったってことか」
「当たり前でしょ! それにしてもホルグと他の人たちは何が違うのかしら? ホルグそこんとこどうなのよ!」
「えっ、あ、自分でもよく分からないです。ただ、おらは前のオークの村ではろくに作物を育てることもできず、みんな腹を空かせて苦労していました。でも、タケル様のところに来てからは食べ物がたくさんあって、幸せだなって思ってました。だから、育てている最中も無事に育ってくれていることに感謝をしましたし、無事に育っている作物が愛おしく思えました。そんな気持ちで育てていたのがよかったのかもしれないです。はい」
ホルグは拙いながらも自分がどう育てたのかを語った。
「気持ちが大事ってことね!」
言葉だけでは品質が上がらないが、愛の気持ちがあれば品質が上がるということだ。
その一方ヴァルザナードは自分が作った野菜を見つめていた。ヴァルザナードが作った大根は低品質の大根だが、低品質と言っても普通の野菜レベルなので普通においしい。しかし、中品質のものには負ける。
そして勝負に勝ったピルカがヴァルザナードを煽る。
「愛がないのよ! 愛が!」
「ぐぬぬ」
ヴァルザナードは自分が作った大根を乱暴に掴み取り、がぶりとかぶりついた。
「我が作った野菜はうまい! 他人の評価なんぞ知るか!」
ヴァルザナードは一人もぐもぐと自分が作った大根を食べている。
「それは精神的にうまいってやつだな」
「なんだそれは?」
「自分の手で苦労して作ったからこその味ってことだよ」
「うむ。それはなんだか分かる気がするな」
ヴァルザナードは今まで自分で野菜を育てたことなどなかった。しかし、今回野菜を作ってみたことでその苦労が分かった。そして、そんな苦労が乗った野菜はいつもと違う味がしたのであった。
「まあ、たまには農作業の手伝いをしにでも来いよ」
「気が向いたときにでも、やってやろう」
ヴァルザナードが前よりも頻繁にヤマトの町に来るようになったのであった。




