28.大精霊との別れ
タケルたちは家に戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
タケルが家に帰ると、フィリーがまだいた。
「なんか人が増えてるわね」
「こいつはなんか悪さしてた悪魔のヴェルノアだ。俺が面倒を見ることになった」
「あ、悪魔っ!?」
「この度タケル様にお仕えさせていただくことになりました。ヴェルノアと申します。以後お見知りおきを」
ヴェルノアはフィリーに丁寧なあいさつをする。帰ってきた途端にカリュネラはフィリーのところに行って抱き着いていて、そんなヴェルノアをにらみつけていた。
フィリーはおののき頭を抱える。どうして悪魔がタケルに仕えることになったのだろうか。フィリーの頭の中では討伐しに行ったと思っていた。そう、普通悪魔は人に懐かない。むしろ、悪さをするのだ。それがこんな丁寧にあいさつをする。その異常さにフィリーは頭を抱えるしかなかった。
「……タケル。一体何をしているのか分かってるの?」
「うーん、この森を救った?」
「違うわよ! 受肉した悪魔を仲間にするってまずいわよ! 普通の国では悪魔は討伐対象。はっきり言って魔人よりも警戒度は高いわ。そんなのをこの町に住まわせるのは危険よ!」
「そうだ、そうだ! こんな胡散臭い奴は追放しろ!」
フィリーの意見にカリュネラが便乗する。余計なリスクは抱え込まない方がいいという至極真っ当な意見なのだ。
「いや、しかしだな……」
「私も、こいつは殺した方がいいと思うわ」
タケルが何とか反論をしようと言いよどんでいるところにピルカが過激な発言を追加した。ピルカはヴェルノアのことを許していない。何なら今も死んでほしいと思っているのだ。
タケルはここまで反論が出るとは思っていなかった。しかし、一度面倒を見ると決めたのだ。それを今更なしにはできない。
「こいつが暴れていたのにも理由があるんだ。変な首輪に操られて暴走していたってな。お前たちはこいつのことを信用できないみたいだが、ひとまず様子見ってことで俺に面倒を見させてくれ。何かあったら俺が対処する」
タケルがきっぱりと宣言したことで、皆に反論の余地をなくす。
「……はぁ、またこの町にトラブルの種が増えるのね」
フィリーは何とか問題を飲み込んだ。ただでさえトラブルの種が多いのに、そこに一番厄介な種がまかれてしまった。それが実らないことをフィリーは祈るのであった。
「いいか、ヴェルノア。お前は信用されていない。これから信用を勝ち取れるかどうかはお前次第だぞ」
「分かりました。主様の期待に応えてみせましょう」
ヴェルノアは微笑みながらそう言った。
翌日。
タケルたちは木の大精霊であるフェルネアのところに行った。今回の目的は精霊の世界を荒らしていた悪魔ヴェルノアに再び悪霊を送り込むのをやめさせたことを報告するためだ。ついでにヴェルノアにはフェルネアに謝罪させる。
「大変申し訳ありませんでした」
ヴェルノアはフェルネアに向かって土下座をする。
「いいのです。本来はあなたの行動も世界の在り方として間違っていません。私のわがままであなたを止めてもらいました」
フェルネアはヴェルノアがやったことを怒るでもなく、責めるでもなく、おおらかに受け止めた。そして森を守るというフェルネアのわがままでヴェルノアを止めたとまで言った。
その対応に納得していないものが一人いた。
「良くないでしょ! こいつのせいでどれだけフェルネアが苦しめられたと思ってるのよ!」
フェルネアが許しても、ピルカはヴェルノアを許していない。ヴェルノアが余計なことをしたせいで、フェルネアの寿命が大幅に削られたのだから。
「ピルカ。すべては循環しているのです。仮にこの悪魔がこの森のエネルギーをすべて奪ったとしてもそれは循環の過程でしかありません。最終的にはまたどこかにそのエネルギーが流れるでしょう」
フェルネアは自らの消滅を受け入れていた。それが遅いか早いかの違いだけ。たいした差はないのだと思っていた。そして、フェルネアが見ている世界とピルカの見ている世界は違っているのだ。
「でも……」
どれだけフェルネアの説明を受けてもピルカは納得しなかった。そんなピルカを見ながら、フェルネアは微笑んでいた。
「……そろそろ終わりのときが来てしまったようです」
そう呟いたフェルネアが留まっている大樹が輝きだした。そして少しずつ粒子がこぼれ天へと昇って行った。
「そんな! あのはちみつだけじゃあ、回復しきれなかったって言うの……」
少しずつ消えていくフェルネアを見たピルカは悲痛な表情を浮かべる。
「ピルカ。そう嘆く必要はありません。あなたのおかげで今この瞬間まで持ちました。ここで終わるのもまた運命」
「いやよ。フェルネア」
ピルカは泣きながら、フェルネアに縋りつき駄々をこねる。
「大丈夫。私は循環するだけ」
フェルネアはピルカにだけ聞こえるように耳元で大事なことを伝え始めた。
「あなたにももう友達はできました。だからもう寂しくないはず。上からものを言うのではなく、あなたの心を開き、気持ちを伝えなさい。分かっているはずですよ。彼らはあなたを害するような人たちではないと」
ピルカはタケルたちの方を見ると、タケルたちは名残惜しそうにピルカたちを見ていた。
「フェルネア、会ったのは少しだけだが、お前が消えるのはどこか心寂しく思う」
タケルはグリムヴェイル大森林にとって大事な存在が消えることを、感覚的に悲しんでいた。会った時間も短く、会ってから時間も経っていない。たいした思い出もない。それなのに寂しさがこみあげてくるのだ。
「どうか安らかに眠ってくれ」
「タケル。これからのあなたの人生にはつらく困難なことが待ち構えているでしょう。それでも私はあなたに幸多からんことを祈っております」
そう最後に言い残してフェルネアは消えていく。
「フェルネア!」
最後消えていくフェルネアにピルカが声をかけると、最後はいつものように微笑んでいた。
消えていくフェルネアにしがみつこうと手を伸ばすが、その手は空を切る。
「うわあああああああああああああああああ」
フェルネアが完全に消えてしまったあと、ピルカの鳴き声だけがその場に響いた。
フェルネアがいなくなったことでこれからグリムヴェイル大森林は豊作期の方に向かって行く。しかし、すぐに変化するわけではない。ちょうど今は不作期のピークでまだまだ不作の時期は続いていく。
そしてしばらくの間ピルカは泣き続けるが、いつまでも涙が出てくるわけもなく次第に落ち着いていった。
ピルカはフェルネアがいた場所から一歩も動かなかったが、ようやくこちらの方にやってきた。
「もういいのか?」
「いつまでも泣いていたら、フェルネアに心配させちゃうわ」
「それじゃあ、帰るか」
ピルカはフェルネアの最後の言葉を思い出していた。
「……ねえ……その、私も一緒に帰っていいかしら」
「来いよ」
受け入れてもらったことにうれしくなったピルカはタケルの頭の後ろから自分の頭をグリグリ押し付けるのだった。
「痛い、痛い」
「さあ、帰りましょう! 私たちの町へ!」
フェルネアは居なくなってしまった。でも、新しい友達ができて、これからは一人寂しく暮らしていくことがなくなったことで、ピルカは前を向いて生きていくことができたのであった。




