16.囚われたドワーフ
ブロムの家。もう時間は夜になり、辺りは暗くなっていた。ブロムと弟子は、出発の準備を終え、これから夕食を食べて一息つくところだった。
そんな時、ドンドンドンと扉を叩く音がした。
「ブロム殿はおられるか?」
見知らぬ男の声。ブロムは嫌な予感がした。
「お前はちょっと隠れてろ」
ブロムは弟子の肩を掴み諭すように言う。
「もし最悪のことになったら、俺のことは見捨てろ。そしてお前は一人でタケルのところに行け。お前はもう十分腕がある。自信を持て」
再びドンドンドンと扉を叩く音がする。
「いいか何があっても、出てくるんじゃねーぞ。それと万が一の時は、お前が最高の酒を造れよ」
「親方……」
弟子は心情的には複雑だが、覚悟を決めている親方にもう何も言えなかった。
「いいから、さっさと隠れろ」
再びドンドンドンと扉を叩く音がする。
「ブロム殿はおられるか?」
最初のときと比べ、声の緊張感が増している。おそらくいざとなれば、扉を壊してでも入ってこようとしているのだろう。
「おう、ちょっと待ってくれ!」
ブロムは弟子に対して、顎でさっさと隠れろと指示する。そして、弟子が隠れたところで、ブロムは玄関に出る。そこにはしっかりと鎧を着こんだ騎士と兵士が合わせて四人いた。
「なんの用だ?」
「ご領主様よりあなた様を連れてこいと言われております」
「……俺は忙しいんだがな」
「拒否するようであれば、無理やりにでも連れてこいと言われております」
「……分かったよ。どこにでも連れていけ!」
ブロムは騎士たちに連れられて馬車の中に入った。するとそこで手錠をかけられた。
「どういうことだ?」
「領主様より逃亡防止のために枷をはめよと指示されております」
それ以上詳しいことを騎士はしゃべらなかった。
ブロムが連れてこられた先は、刑務所だった。そのうちの一室にブロムは入れられた。そして、牢屋のまで連れてきた騎士はどこかに行ってしまう。
ブロムは一人牢屋の中で考える。
(あいつらがバレたか……)
領主の許可なく腕のいい職人を引き抜いたら捕まるのは当然だ。誰がバレたのかによって刑は違ってくる。鍛冶の名匠であるバルドだったら死刑もありうる。仮に死刑でなくても自由にはなれないだろう。
(タケルには悪いことしちまったな)
ブロムにとっては自分の命はどうでもいい。だが、タケルと一緒に最高の酒を造ることができなくなってしまったことが、ただただ申し訳なかった。
(まあ、でも弟子のヘルムならやってくれるか)
ヘルムはブロムの一番弟子でありとあらゆることを叩きこんだ。本来であれば一流と言ってもいいぐらいの腕前の持ち主だ。しかし、ブロムがまずい酒しか造れなくなったことでヘルムの評価も悪くなった。それによって自信も失っていた。
(まあいい、最後にいい夢を見れた)
タケルという若造の熱量を受けて、久々に心から酒造りがしたいと思うようになったのだ。ブロムにとってはそれだけでも救われたような気持ちになった。
ブロムがいる牢屋に向かって足音が聞こえた。
そして現れたのは、領主であるドラクムと商人のタルグリンだった。
「これは領主様、いったいどのような用件で?」
ブロムは捕まっているが、領主に呼び出されたという体裁だったので、ここに領主が来てもブロムは驚かなかった。そして冷静に対応した。
「お主がよく分かっているのではないか?」
「はて? 私にはいったい何のことやらよく分かりませぬ」
「ふん! ふざけおって。まあいい。お主、他の町に行って酒を造ろうとしたな」
「……」
ブロムは沈黙を選んだのは、わけが分からなかったからだ。職人の引き抜きではなく、自分の移動に罪があるとは思えなかったからだ。
「私は知っておるのだぞ。貴様が別の町に行って酒を造るという話をホーミックから聞いたのでな」
沈黙しているブロムに対してタルグリンが知っていることを話した。
「ホーミック?」
そこでブロムの頭の中で繋がる。忘れ物を取りに来たホーミックがいたのは知っている。あの時に話を聞かれタルグリンに伝えたのだと納得した。
「あいつは私に借金をしていてな。それで色々とやってもらっていた」
「色々?」
「察しの悪い男だ。貴様の酒が不味くなったのは、あの男に細工をしてもらったからだ」
「それは……つまり……俺の腕の問題じゃなかったということか……」
ブロムがこの話を聞いて最初に思ったことは、ホーミックや目の前にいる男に対する怒りではなく、ほっとしたという気持ちだった。自分の腕が悪いせいで不味い酒しか造れなかったわけじゃない。自分の腕が鈍っているわけじゃないと確信できたからだ。
「この件について知った時、私は腹が立った。クラウン・レッドを作れるほどの職人の酒を台無しにしたのだからな」
領主ドラクムはタルグリンをにらみつけるようにして言った。
「それは申し訳ありませんでした」
タルグリンはドラクムに対して謝罪する。
「しかし、領主があまり民間のことに口を出し過ぎるのも良くないと思い静観した」
ドラクムはこの一件を民間同士の小競り合いだと判断した。職人が多いカザルでは成功すれば当然やっかみを受ける。それを跳ね除けてこそ本物の職人だと考えもあるのだ。ゆえに、領主は手を出さなかったと。
「それにブロムからの訴えもなかったのでな。万が一、何らかの証拠を持ったうえで訴えがあれば、私はきちんと対応をした」
これはホーミックがスパイだと見抜き正当な訴えをしなかったブロムにも責任があることだと遠回しに伝えた。
「私はお前の腕を買っているのだ。もうこやつの邪魔はさせぬ。このカザルの地で再び酒を造らないか?」
「……少し考えさせてください」
ブロムは真実を聞いて、どこか呆然としており、うつむいている。
「そうか。良い返事を待っている」
ドラクムとタルグリンはその場から立ち去る。
そして、十分に離れたところで会話を始めた。
「奴がどうなるにせよ。これで私は大損ですね」
今回タルグリンは悪役を演じていた。わざと自分がやったことだと明かすことで、ブロムから意図的に嫌われた。そして、その嫌な奴を領主であるドラクムが諫めるという形で、好感度を稼ぎ、自ら望んで領主のために酒を造らせる作戦だったのだ。
「そう言うな。貴様はよく働いている。だから他の取引を回してやる」
「ありがとうございます。それであの者の作る酒の管理はご領主様が行うので?」
「当然だ。奴はいったん逃亡しようとしたのだ。扱いとしては強制労働と同じだな。奴が死ぬまでこき使ってくれるわ」
ドラクムは悪い顔をしながら、将来的にクラウン・レッドをどう扱ってのし上がっていくかの思考を巡らせるのであった。




