19.生贄
ジルには三か所の村への食料の運搬が任された。道中は大きなトラブルに見舞われることもなく順調に運ぶことができた。
そして一つ目の鳥人族の村に到着した。
「おっ! 食料がやってきたぞ!」
ジルたちのことを見つけた村人が声を上げる。その声を聞いた村人たちが村の入口に集まってきており、村の中に入ったとたんに歓迎された。それもそのはず。彼らは不安だったのだ。自分たちの陣営が戦に負けたことは知っている。一応今までも人力で運ばれてきてはいたが、いつ支援が打ち切られるのか気が気ではなかったのだ。今回ようやく道ができてまとまった量の食料が送られてきたことで、彼らは心の底から安心したのだ。
「うわっ! そんなに慌てないで! ちゃんと渡すから」
村人たちに任せていては他の村の分まで取っていきそうな勢いだったので、一緒に来た大人たちにこの村の分の食料を荷車から降ろしてもらう。
村長のような人がやってきた。
「これほどの食料ありがとうございます」
村長は身体の大きな獣人がリーダーだと思ったのか感謝の言葉を述べる。
「この隊の隊長はあっちだ。礼ならあっちに言いな」
その獣人はジルの方を指さす。
村長とジルの目が合うと、ジルはゴクリと生唾を飲んだ。
村長は一瞬目を丸くする。
「そうでしたか、こんな子供が……」
村長は自分が失言をしたと思ったのか、すぐさま訂正する。
「あっ、いや。年齢は関係ありませんね。食料を運んでくれてありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
そう言いながらもジルは悔しかった。やはりジルはまだまだ子供で、一人前の大人として見てもらえないだと痛感した。しかし、ここでくよくよしていても仕方ないとジルは頭を切り替えた。
「これからも定期的に食料を持ってきますから、安心してくださいね」
「助かります。これからもどうぞよろしくお願いします」
こうしてジルたちは一つ目の村へと食料を無事に運ぶことができた。そして二つ目の鬼人族の村でも特に問題が起こることなく食料を渡せた。
そして、三つ目の馬人族の村でも無事食料を渡すことができた。
食料を受け取った村人たちは皆笑顔で喜んでいる。そんな様子を見てジルはこの仕事をしてよかったと思った。
ここはグリムヴェイル大森林北部の中でも北部。北の国に近い村だ。随分と遠くまで来たものだと感慨深くなった。護衛として大人はいるが、自分がリーダーとなってここまで無事に仕事を終えることができたのはジルの自信になった。
「よし! 今日はここで一泊して明日の朝ヤマトに戻ります!」
ジルが護衛達に言ったところで、遠くから叫び声聞こえた。
「きゃー!」
女性の叫び声に辺りは騒然とする。
「おいおい、どうしたんだ?」
あまりに突然のことでジルの頭は真っ白になった。何かを指示するということもできず、きょろきょろと棒立ちしていると
「うわああああああああ」
「助けてくれえええええ!」
今度は全く別の方向から叫び声が聞こえた。明らかに異常事態が発生しているということだけが分かった。
「……まずいな。囲まれてるのか」
護衛の獣人の男はこの状況の悪さに顔色を悪くする。
「人族が襲ってきたぞ!」
一人の馬人族の男が、走ってこちらにやってきた。
「北の人族か」
別の馬人族の男が独り言かのように言う。
走ってやってきた男を追いかけたのか十人ほどの人族がその場に現れた。ローブを来た男が一人、残りの九人は兵士のような恰好をしていた。
「歯向かってくる奴は殺していいが、あまり殺し過ぎるなよ。儀式で使う」
ローブを来た男が、兵士たちに指示を出す。
「汚らわしい亜人ども! 大人しくすれば殺さないでやる! 手を上げて膝をつけ!」
「ふざけるな!」
そう言って男たちが敵に向かって反抗する。
「ジル、今すぐホワイトウルフに乗って逃げるんだ」
護衛の獣人の男がジルに指示をする。
「俺だけ逃げるなんて!」
「お前を死なせたとなっちゃあ、タケル様に申し訳ない。それにこの状況は俺たちだけじゃあどうしようもできない。だから助けを呼んできてくれ。それが今のお前の役目だ」
「……分かった」
ジルは自分に何の力もないことを悔しく思いながらも、ここにいても何も助けることができないことは事実なため、提案を受け入れてこの場から逃げる決断をした。
ジルはスノーと荷車をつなぐ装具を外して、スノーに飛び乗った。その間にもう一匹のホワイトウルフの装具も外した。
「よし、準備はいいか」
「うん」
「俺たちが奴らの目を引き付ける。その隙に逃げるんだ」
「分かった」
護衛として来ていた獣人とエルフとホワイトウルフは敵に突っ込んでいった。
「うらあああああああああ」
少しでも目を惹くように大声を上げながら戦い続ける。
「たいした敵じゃねーな! かかって来いよ!」
そしてエルフは周囲に指示を出している者に向かって矢を射るが、その矢は弾かれてしまう。
「少し厄介な奴らがいるようだな。人数をかけていいからさっさと片づけろ」
こうして護衛達に目が集中したのを確認してから、ジルは逃げ出した。護衛達がうまく敵を引き付けたおかげか、あと少しで村から森に入れそうなところまできた、
(森の中に入れば)
逃げられる。そう思った瞬間、急に横から蹴り飛ばされた。
「スノー、大丈夫か」
一緒に吹き飛ばされながらもジルはスノーの身を案じる。
「我らの儀式が完了するまで邪魔が入っては困るのだ。何人たりともこの村からは逃がさん」
男がジルとスノーの前に立ちふさがる。
ジルとスノーはこのまま逃げ出してもこの男に捕まるとしか思えなかった。何とか少しでも隙を作らなければすぐに捕まってしまう。
「ゔゔゔゔゔゔゔ」
スノーはジルをかばうように前に立ち、警戒するかのようにうなり声をあげた。
「無駄な悪あがきを。大人しく生贄になればいいものを」
男は一気に距離を詰め、スノーを再び蹴飛ばす。
誰も守る者がいなくなったジルは、その男に突進をする。
「うわあああああああ」
しかし、ジルはしがみつくことすらできずに蹴り上げられてしまう。
「ぐはっ」
そこにスノーが男に攻撃を仕掛ける。機動力を生かして安易に敵に捕まらないようにチクチクと攻撃を仕掛けた。
「ちょこまかと、うっとうしい!」
スノーの一撃を回避しようとしたその時、ジルが男の足にしがみつく。
「なっ」
男は予想していなかったジルの妨害によりスノーの一撃を躱しきれず右肩に一撃食らってしまう。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
ジルは何とかスノーにしがみつきその場から逃げようとする。しかし、背後から強烈な殺気を浴びせられ思わず足が止まってしまった。
「貴様ら、許さん!」
男は一撃を食らったことにブチ切れた。男は一瞬でスノーの前に立ちふさがり、そのままスノーの首を跳ね飛ばした。
「スノー!」
「貴様は殺さん。この後の儀式の特等席で使ってやるから感謝しろ」
男はジルの腹をぶん殴って気を失わせた。
男はジルを村の中心にまで運んだ。そこには他の村人たちが集められていた。そして戦ったジルの護衛達や一部の男たちは殺されていた。村人たちは怯えるようにして襲撃者たちを見ている。
「ガキが一人逃げるところだったぞ」
男はジルを村人達の方にぶん投げる。
「で、進捗はどうだ?」
「村の制圧は完了した。これから儀式の準備に入る」
それから襲撃者たちは何やら儀式の準備を始めた。それと同時に村人たちは縄で拘束された。
儀式の準備が完了したところで、ようやくジルが目を覚ます。
「ん、あれ? ここは……」
目を覚ましたジルは辺りを見回すが、自分が拘束されているだけでなく村人たちも拘束されていて、状況は絶望的だ。どうにかして逃げないとと思ったが、なすすべがなかった。
「それでは、これより儀式を始める。おい、やれ」
リーダーであるローブを来た男が指示をすると、一人の兵士がジルへと近いた。
「な、なんだ」
ジルのそんな言葉を無視して兵士はジルのお腹に槍を刺した。
「うっ」
それだけでは足りないのかさらに兵士は力を込めてお腹を貫いた。
「うわああああああああああ!」
その様子を見ていた村人たちが顔面蒼白だ。
兵士はジルを貫いたままの槍を魔方陣の五角形の位置の一か所に槍を立てた。
「あと四人急いでやれ」
そしてジルと同じく四人の村人がお腹を貫かれ、その槍に刺さったまま五角形の位置に槍を立てていった。
「よし、次だ」
兵士たちは残った村人たちに向かって剣や槍を構え、容赦なく切ったり刺したりした。
「うわあああああ」
「やめてくれええええ」
「痛い痛い痛い!」
「お母さあああああああん」
村人たちは地獄絵図化のように阿鼻叫喚するが、兵士たちは攻撃するのをやめない。そして命を奪わないように血が多く流れるように傷を増やしていく。
そして魔方陣の中は村人たちの血でいっぱいになった。
「よし、準備は整った。中央に行くがよい」
ローブを来たリーダーは、ジルを捕まえた男に指示をすると、男は覚悟を決め魔方陣の中央の円の中に向かった。
「詠唱開始」
槍を突き刺した位置に立っている魔術師のような恰好をした男たちが、一斉に呪文を唱え始める。すると、地面がどんどん黒く染まっていき、黒い触手が地面から生えて、村人たちから血や生命エネルギーを奪っていく。その触手が触れることで恐怖や苦しみが襲ってくる。
「く、苦しい……」
「いや! やめて!」
「うわあああああああ!」
村人たちは喚くが、呪文を唱えるのをやめない。
「タケル……兄ちゃん……」
ジルはもがき苦しみ意識を失いかけながらもタケルの名前を呼ぶ。しかし、その言葉は届かなかった。
触手が全ての村人たちから血や生命エネルギーを奪い取った後、触手は黒い地面に戻り、黒い地面は中心に向かってどんどん圧縮されていく。それと同時に中心に立っていた男へ黒い何かが侵食していく。
「うっ、うがっ!」
男は苦しみながらも、歯を食いしばりなんとか立って耐え続ける。どんどんと黒い何かが侵食するにつれて痛みや苦しみは強くなり、男は雄叫びを上げた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
そしてついに黒い何かが男の全身を覆った。そこでしばしの沈黙が流れる。儀式は成功したのか、失敗したのか皆が固唾をのんで見守っている。
パシリと男の頭のてっぺんから黒い何かがひび割れる音がした。そしてボロボロと黒い何かが剥がれ落ちていった。
全身から黒い何かがなくなったところで、男は目を開けると、真っ赤に輝く瞳をしていた。
「おい、自我はあるか?」
この集団のリーダーであるローブを来た男に対して警戒しながら問いかけた。
「ああ、ある。俺の名はセルディオス・アーデインだ」
セルディオスはにやりと笑いながら、この集団のリーダーである魔術師のような男に言った。
「ふはっはっは! 成功だ! やったぞ! ついに私は成し遂げたのだ! ふっはっはっはっはっは」
こうして男の笑い声だけが村の中に響いていった。




