・戻って来た紺君とお友達。・
「和希?何してんだ?此処で。」
険悪を破ったのは、その声だった。狐を抱えた男が其処にいた。華月 卓は紺を抱えていたのだった。
『お兄ちゃん!』と思わず叫んだユリシアに、皆視線を注いでいたのだが。特にマージーがぎょっとしていた。思わず目が合う俺と、何とか視線で会話を試みたマージーに同情するかの様な心持ちで、俺は黙ってマージーを視線で説き伏せたのだった。効果の程は知らないがな。
「卓兄ちゃん~紺!」
大丈夫かと海が駆け寄り、それに巧が続いた。紺は狐のままでそれに何か答えていた。おそらくだが。海が満足気に紺を撫で、紺も嬉しそうにそれを返した。巧も緊張を緩ませはにかむ様な表情を作ったので、そうなのだろうと俺は思ったのだ。ナツメ達から、良かったという溜息と安堵の吐息が聴こえて来た。その近くでマージーが、何とも言えない顔を見せたので、俺は思った。
多分彼奴等はモテるーーと。
さておき状況が変わった訳では無かった。人が増えただけだった。しかも此処は店先。更に言うなら今からが、混む。マージーも仕事の時間なのだろう。今日は多分昼間はアウトワーカーの方をやってきたのだろう。で、今出勤して来たと。そんな所だろう。マージーに尋ねるとやはりだった。ついでにファリスに声を掛けて、依頼主に聞いてみた。と言うより提案だった。
ファリスの親父に怒られる前に、場所を変えようと。まあなと言った陽藍はでもなとも言った。
怒られやしないけどなーーと。陽藍が中で待っていた、ユリナとスグナを呼びに行かせた。スグナはユリナの『見張り』らしい。理由は知らない。彼が答えなかったからだ。
出て来たユリナは『あれ?先生??』と不思議な事を言ったが、スグナは表情がやや驚いただけで終わったのだ。で、そのスグナを見たマージーの様子が又、『いつも』とは違ったのを俺は見た。
マージーって意外にわかり易い奴だったんだな。流石にマージーより大分若いナツメ達の事は自制した様だが、おそらくスグナとマージーはそんなに違わない歳だ。ーーと思う。嫌、マージーの実年齢とか知らないし。聞かないよな?怖くてな。女に歳は聞くものじゃ無いとか言うだろ。
それだよ。世の中知らなくて良い事だってーー有る。ーー俺は知りたく無い。マージーに殴られたく無いからな。うん。
念の為に言っておくが、俺よりは若い筈だ。ーー確かーーだが。はっきりとは知らないが。
まあ、優にも若干白惜しかったマージーだからな。闘いと無縁そうな顔立ちが『好み』なのかもな。ーー俺とか。ーーもう大分『昔』だが、マージーに初めて会ったのは、此の町では無い。
他の街だ。駆け出し調合師だった俺は街で『酒』を売って日銭稼ぎをしていた。自分で材料を集めて精製した酒を、更にオリジナルの配合で混ぜたのだ。古い見聞で見掛けた『混合酒』なる物をーー俺なりに再現ーーと迄はいかないが、造り出したのだ。流行った。
それなりの稼ぎに成った頃、街の移動を決めた。初めてのひとり旅って奴だ。行きたい場所は色々あったのだ。そんな時マージーと知り合った。勿論マージーは今より若かった。が、別に色っぽい話ではない。何故ならその頃の俺は他の女と『良い仲』だったのだから。俺の商品の得意客だった。踊子の彼女は俺の商品を気に入り良く買ってくれたーーだけで無く、周囲にも奨めた。営業レベルでだ。人気踊子だった彼女のお陰で流行った様なものだ。だが俺はそれが不満だった。
商品の力だけでも、十分だと思ったのだ。実際その通りだった。そもそも『流行らす』物では無いのだ。俺の商品は。『知る人ぞ知る』位で良い物だったのだ。安売りはしたくなかった。
踊子とも一時の関係のつもりで、向こうもそうだと思っていた。やっと独り立ちした俺は、資金調達したら、直ぐ旅立つつもりの街だったのだから。
俺を冒険者と知って付き合っていた彼女も、同じ気持ちだと思っていた。一時の関係だと。
彼女の頼みで幾度と無くカクテルを造った。希少な材料も何も理解らない連中にも。効能の其れを理解出来ないーー彼等へと。
俺のカクテルとは『薬』なのだ。薬草酒。薬草の力を高める為に、酒を利用した飲み物ーー其れを更に『錬金』で混ぜた。混ぜて、精製して時には蒸留してーーそうして造り上げた物だった。作成方法は公開していない。俺の大事な研究結果だ。売る訳にはいかないのだ。が、ーー踊子の彼女は俺の怒りに触れた訳だ。
レシピを売って金にして、その金を元手に『ふたりで暮らしたい』ーーと。冒険者は続けて構わないからーー自分は踊子を辞めたいと。
辞めて俺と一緒に成りたいと。
街を離れると告げた俺に、彼女はそう言った。勿論俺は断った。理由は自分で考えてみろよとーーそう言って。
しかし、それで終わらなかったのだ。その時追い掛けて来たのがマージーだった。
× × ×
マージーは踊子の彼女が雇い、マージーは仕事で俺を追い掛けて来た。次の街に着き仕事探しにコミュニティにいた所を彼女に捕まった。マージーは俺を捲し立てた。『あんた恋人放ったらかして何逃げてんだ!』と。ーー濡れ衣だよ。俺はマージーに真相を話したが、俺は噂の的となった。
『悪名高きカーズィ・キルシュ』は、女をカクテルで酔わせ利用ーーするだけしてーーあっさり金を『持って』逃げて来たーーと。金は俺の『金』だけど?
彼女の主張では違うらしい。売上に『協力』したのだからーー自分にも権利が有るーーと。
成る程ね。確かにね。そうだよな。
勿論そう思っていた俺は、最初から彼女に『手間賃』を払っていたけどな。ーー後で揉めない為に。決められた金額をだ。
コミュニティで声を掛けて来たマージーが俺に最初に『あんたーーキルシュだな』ーーと、言ったもので。俺は悪名高き『キルシュ』の名で有名に成った。暫くのーー間。俺自身と俺を良く知るアウトワーカー繋がりの連中がーー地道に悪名を笑い飛ばし否定して真実が知れ渡るーー迄。
新しい街に移動する時には、ポート・リーダーが其の街のポート・リーダーへと誤解無き様紹介状を書いてくれ事前連絡してくれるーーそんな過去だった事が、今は懐かしいが。
勿論だが踊子の彼女の言い分を言い掛かりだと理解してくれたマージーへは、伝言と繋を頼んだ。なのでマージーはその件について、依頼失敗とはならなかった。悪いのは事実確認せず、人気の踊子の頼みだからと安易に依頼を受けた『受付』であろうと。減給及び配置替えされたらしいがーー俺は詳しくは後日談を知らない。あの街には二度と行かないと決めたので、もう俺には関係無いとした。あの、『イロミ』の街とは。永遠に無関係だ。『相手が悪かったーー災難』か。
わかって無いな。俺なりに惚れてた『後始末』だよ。見る目が無かったんだろうな。俺には。その自分への戒めの為にも『行きたく』ないんだよ。あの街にはな。絆されたくないからな。
彼女が幸せになった話はーー未だ俺の耳には届かない。けれど此れは『正解』なのだと、俺は思う。『会わない』事が。唯一の正解だとな。マージーが時々俺を辛そうに見るのは、そのせいだ。決して、『あの日』の俺に同情したとかーー惚れたとかでは無くーーな。そう思いたかった。
俺のお気に入りの此の町で『再会』した今でも。
俺は珍しく酔ったマージーがいつかの昔言った台詞を改めて忘れる事にした。彼女の為にも。
『好きだとは』ーー罪悪感で言えないーーのだとは。残念だが、マージー。俺の『悪名』なんて最早『過去の栄光』なんだがな? ーーもう忘れちまえよ。
「ーーーーーーーっ、カーズィさん。」
え?ーーーーーーーーーー
思わずもの想いに耽っていると、ユリシアが心配そうに俺を見ていた。『大丈夫ですか?』とーーーーーー
ごめん大丈夫だ。未だ何か言いたそうなユリシアにーーほほ笑んだーーつもりが、多分顔を引き吊らせただけだったらしい。嫌な汗をかいていた。古い記憶を流してはくれぬのにだ。
気を取り直すと、ブルーレザーフォックス神が、卓の腕の中から言った。
『和希の紹介ってまだ?』と。
きょとんとしたカズキとやらを余所に、碧狐は勝ち誇って語った。
「和希、僕の『友達』だから『安全な』ひと。」と。
『咬まないよ。』ーーと、言ったのだった。
不意に、和希は紺から視線を外し言った。自分の手にした『それ』を見て。確認をした。
「『コイツ』?」とーーーーーー
卓が頷いたのを見た彼は、神様だった男と視線が合った。『は?』と顔を顰めた『それ』は、次の瞬間に、顔が『無』かった。
唐突に散らかる『ソレ』。和希が散らしたのだ。紅い瞳をした、その男が。
紅い色が見えなく成った頃に、彼は言った。
「ごめん、悪いけど噛まなくても、『潰せる』からな。次から気を付けろな?」
和希は言った。『紺は』自分が『生かして』いるのだと。微かに其の瞳は又紅く見えた。
そして、
又当然の様に『ソレ』は『復元』された。掴んだままの和希の腕の中で捕らわれたままで。逃がす気はーー皆無だった。和希には。




