・やっつけろ!・
薫草亭の前に立ち、『ソレ』を待つ人達の影ーーそれは、何の事は無い、華月 陽藍だった。
昼過ぎにて。夕刻には未だ少しだけ早いーーそんな刻に。
「やっと来た。」
確かに陽藍はそう言ったのだ。ーーーーーー空に拡がるあの『靄』に向かって。
❂__❂__❂
「すみません、おじさん。」
「!!」
ーーと、その声は唐突に俺の立つ横からしたのだった。まるで気配が無かった。
「なんだ和希、どうした。」
華月 陽藍は事も無げにそう言った。『突然』現れたその男へ。ユリシアは俺の服の袖を思わず掴んだまま、そのまま固まっていたが、よくよく見るとリッツ達の様子もユリシアと大差無かった。可愛いか可愛く無いかだけで。嫌そこは大差あるがな。しかし陽藍は当然の様に現れた男と会話し出した。至って普通だった。呆れる位に。然しだが、話は中断された様だ。『ソレ』は遠慮無く『やって来た』のだからだ。
「お父さん来た~」
華月 海が至って間の抜けた声でそう告げたのだった。嫌、皆『見えて』いたがーーだ。見えるも見えないも近く来れば来る程に、空が『真っ暗』だったのだ。先程来た男が又間抜け声で、
「え?夜?」
とーーそう言ったのだった。ーー未だだよ。俺は苦虫を噛み潰した思いだった。其処へ、仕事帰りの『マージー』が、暢気に歩いて『やって来た』のだった。ーーって、馬鹿!危ねっ!
ーーと、思ったのだが。
「ーーは?」
横には未だ腕組みした華月 陽藍。他の面子もそのままだった。ーー慌ててもいないーーそんな中で。先程の男だけ、居なかった。ーー声をあげる暇も無く俺は名前も知らない男の所在を、その後直ぐ知る。空から降る様に急激に延びて来た『靄』は、真逆のマージーの頭上だったのだ。それは言う迄も無くあっという間ーーで。そう思った時にはマージーを呑み込む様に覆い被さった時だった。流石に気付くマージーだったが、もう遅い。逃げる術は無かったーーのだが。
必要無かったらしいと俺は後から思った。
❂__❂__❂
「ーーっ、ーーっな、な…………」
一番茫然としたのは当のマージーだった。全員が動けない者と動かない者ーーだった。
ひとりだけ動いたのが、その男だったのだ。違和感だらけの『風景』を造り出す為に。
『それ』が終わった後に、男はくるりと向き直り、『此方』へ又来た。そして、
「ーーそれでですね~陽藍おじさん。さっきの話なんですけどーー、俺はどうしたら良いのかーー…………………………………。はあ。」
と、言ったのだ。靄からマージーを庇う様に『移動』したかと思うと、庇うも何も靄から『それ』をーー引き摺り出して。そして今『それ』をーー引き摺って『居る』のだーー此の男は。
それとは。
「ーーっ、ーーっ、!ーー!ー!ってえ!いでえ!いでっ、ちょっ!いだい!痛いって!おい!ーーーーーなっなんだ?!いで!!ぅがっ!」
『男』だった。均しただけの石畳でも何でも無い道。其処を普通に引き摺られて『悲鳴』をあげていた。陽藍に変わらず話し掛ける方の『男』に、華月 陽藍はこう言った。『和希』ーーと。
「『御手柄』。ーーいつも『それ』だと俺は『楽』なんだがな。まあーー無理か。『和希』だからな。」と。
そう言ったのだった。勿論俺には意味不明だよ。俺だけじゃないがな。
男は、はははと力無く笑ってから言った。『俺、武闘派じゃあ無いんでーー』と。
仕方無いですねと笑ったのだ。陽藍が、「でーー『頭脳派』でも『無く』な。御前はな。」とーーふっと鼻で笑ってから、諦めた。
全員が意味不明に呆れる中で、其の声は響いた。
「は?『和希』か?! ーー何してんだ『此処』でーー。っ」
青味掛かった髪が目を惹く、整った顔立ちの男だった。印象が陽藍に似ているのだと理解したのは後からだったが。
陸と巧と一緒だった。
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「何だ?此の状況?」
と、陸が言ったのだが、言いたいのは此方だろうと俺は思った。華月 陸は『子連れ』だったのだから。ーーーーーーーー横からマミアーノの『かっ、かわいい、っ!』ーーみたいな声が聴こえた気がしてそっと見たが、ーーーー大丈夫か?心配に成った。
マミアーノ他、リィンツィオも、赤い顔で悶えていたからだ。ーーーーマージー。恐いからその顔やめろ。犯罪者を見る目でマージーはリィンツィオ達を見ていたのだった。
確認するんじゃ無かったよ。リッツとミーディが可哀想な眼差しでそれを見ていたのもーー俺は目撃たのだった。マージーの刺さる視線に気付けない奴等は、気づく事が無いーーままに、いつの間にかマージーの側まで行ったディランズに、『大丈夫か?マージー……』と言われたマージーが、気付いて『ああ……大丈夫だった。完全油断してたな………全く恥ずかしい。冒険者の名折れだよ。』ーーと、そう言う迄ずっと『刺さる』視線に刺されたまま無傷だったらしい。ーーまあいいけどな。無傷ならば。………………………。
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「おかえり、陸、巧。」
陽藍はそう言った。
だが、
「だから何で和希が居る訳?何しに来た?御機嫌伺いか?」
華月 青は険悪な声を出したのだった。和希ーー『橋本 和希』はそれに応えた。
「『青』、『相変わらず』だな。」と。
「不快だな。呼び捨てられる憶えも『無い』し。邪魔だな、相変わらず。」
青の不機嫌は増加した様だ。そして彼は更に加えた。
『友』なら来てないぞーーと。俺は『ユウ』とは誰だ?と思ったのだった。それを知るのは、もう少し後の事に成る。
華月 陽藍が何か言おうとした時に、ふとそれは起きた。店からファリスが出て来たのだ。危ないから出て来るなと言われていたのにだ。そして問われるよりも前に、彼は言った。『陽藍さま……………』と。視線の先に優がいたのだった。そうーーすっかり存在を忘れ去られたかの様なーー優が。
情けない顔をして。そして、
「あ、『記憶喪失もどき』のおにいさんだ。」
華月 海は言ったのだった。『もどき?』
「は?」 「ーー優!?」 「いやなんでーー」
「「此方の台詞だよ!」ーー何で居るんだ?お父さん?!」
とーーーーー
俺の思考や質問よりも前に、靄男を引き摺った『カズキ』と呼ばれた男と、セイと呼ばれた男の言葉に返した優を更に突っ込みした重なり合った言葉の後で、
青と言うらしい男は華月 陽藍を父と呼び又詰問の様に問い掛けたのだった。
「ちょっ、おい………………………………。はなして?」
自信無さげに靄の男がそう言ったのはその時だった。疑問形かよ。しかも結局コイツは何なの?「殺っていいのか?」ーーぽつりと漏れた俺の声は、思いの外周囲に良く届いたのだった。
引くな。『仕事』なんだよ。依頼主は目の前の男、華月 陽藍ーー他星の神だよ。苦情は向こうに言えよ。
依頼主は顔色変えずに俺に告げた。『残念だがーー』と。
「和希がフライングしたから、もう『済んだ』な。悪いな。」ーーと。
気付くと空は晴れていた。もう夕暮れだが。ーーーーーーーーーーーー
和希とやらを睨む。『仕事』横取りするなーーと。恨みの念をしっかりと込めてだ。
とぼけたその男は言われて己を指差し呆けただけだった。腹立たしい。強いなら強そうにしろよ。殺気すら無い其の男は未だ、『靄』の襟首すら手放す気配は皆無だった。
頼む離せと懇願する靄から引き摺られた男はーーおそらく『太古の神』ーーなのだが、厭わない様だ。其の男には。睨む『青』の事ですら、まるで空気だった。
ざわめく中で、唐突に優が言った。ただ一言「ごめん」ーーと。××××××××××
勿論俺には意図も意味も解らないままに。




