第十章 (4)
お待たせしました。第十章の最終話です。
アクセスが5000件を越えてドキドキしています。たくさん読んで貰えて嬉しいです。
自 2012年6月14日
至 2012年7月7日
その後しばらくは双方とも相手の出方を見ながら、小手調べの小競り合いが続いた。連盟側は一気に攻め込むだけの決定打を持たず、連邦側は相手が動かない以上、有効な守りの一手を打てずといった状態で、ある意味一進一退といったところだったのだ。もちろん見た目だけではなく水面下での攻防もあった。戦争は表にあらわれる撃ち合いだけではない。高度に洗練されればされる程、目には見えない陰の情報戦も激しくなる。今、対戦している敵側に直にスパイがいなくても、どこかしらにそうした情報を流す情報源は互いに持っている。それなりの時間を掛ければ、互いの手の内も見えて来る。こちらがユリウスの存在に気づいた様に、あちらもこちらに新たに加わったメンバーの中のカンジュンとエリナの存在に気づいた様だった。そして腹の探り合いに飽きたのか、それとも腹を括ったのかわからないがユリウスが直に連絡をして来たのだ。
「ユリウス・ジャルダン少将より、ハルカ・ユージーン少将当てに入電です」
オペレーターがそう言ってモニターを切り替える。スクリーンには壮年に差しかかったと覚しき男の顔が写し出された。
「お初にお目にかかる。ユリウス・ジャルダンだ。一時的休戦を申し入れたい」
「ハルカ・ユージーンです。休戦…ですか? それも一時的…?」
いきなりの提案に驚く。そもそも攻めて来ているのは向こうである。こちらはガイナック鉱山星を守っているにすぎないのだ。休戦といわれても…である。
「このまま攻め込んでもいたずらに被害を増やすだけだろう? 双方ともに…。勝てたとしても味方の大半を失う様では作戦が成功したとは言えまい?」
「味方の大半を失う覚悟があれば我々に勝てる自信があると?」
「そこまでは申しませんがね。勝負は時の運、100%の勝機などどこにもありはしませんから」
まるで言葉遊びの様な腹の探り合いである。
「ところで一つお聞きしたいのですが…」
「何でしょう。軍の機密事項でしたらお答えできませんが…」
「いや、此度の作戦、カンジュン・リー殿とエリナ・ランドルフ殿、どちらの提案かと思いましてね」
ユリウスにしても素直に答えてもらえるかどうかはわからない問いではあったが、どんなに回りくどい言い方をしても同じであろうと単刀直入に切り込んだ。あまりに直球過ぎてハルカは目を見張る。チラリっと後方を見やったのを見てとり、ユリウスもそちらへ視線を投げる。ハルカの後方にはハルカと同世代と見える青年と、少女にしか見えない若い娘の姿がある。カンジュンは確か自分とあまり変わらない年の筈であるから、あそこに見える二人に該当はしない。もっとも、此度の作戦にカンジュンが口を出したのだとしても、彼が旗艦のハルカの隣にいるところなど想像もできないし、それはあり得ないだろう。たとえハルカの指揮下にあったとしても、彼ならば、少なくとも別の艦を預かっているだろう。もっとも階級を考えるなら、エリナとてそうであってもおかしくはないが、聞き及ぶ限り彼女は技術将校であり、通例であれば部隊を預かることはない筈だ。もちろん、こちらとあちらでは軍のしくみに若干の違いはあるかも知れないし、実際にいくつかの戦場で指揮的立場にあったという情報もあるが、普段から常に現場へ出ている様ではない。一般にはランドルフ博士の秘蔵っ子として名を知られているのだ。若年ながらその才は時に博士をも凌ぐと…。ハルカの視線を受けた後方の少女が一つ軽くうなずき、こちらに歩を進めて来た。
「ジャルダン少将殿、炯眼傷み入ります。提案したのは私ですわ」
「貴女は?」
「エリナ・ランドルフです。お初にお目にかかります。お噂はかねがね。お会いできて光栄です。それにしても一時的休戦とは驚きました。こちらとしては願ったりですが、よろしいのですか?」
うかがう様にこちらを見て来るエリナをユリウスはじっと観察していた。ややもすると十代前半にも見えるが、正規の軍人である以上、それはあり得ないだろう。この様な場面において、物おじもせず、わずかの動揺も見せず、まっすぐに対峙してくるところを見ると肝も相当座っている様だ。もちろんそれなりに場数も踏んでいるのだろう。そして最後の問い掛けは連盟上層部との折り合いについて問うているのに違いない。いくら現場を任せられているとは言っても、ここを攻めることを決めたのは軍本部である。勝手にやーめたっという訳にはいかない。
「ですから、一時的休戦なのですよ」
バチッと片目をつむって見せる。鋭いところをついてくる。噂通りの切れ者だな。若いが侮れない相手だとユリウスは思う。その様子にハルカとエリナは目を見交わしてうなづきあう。
「わかりました。我々としてもその申し出を断る理由はありません。では正式に休戦協定を結ぶという事でよろしいのですね」
「ええ、構いません。とは言え、私もここを立ち去る訳には行きませんが…」
それはそうだろう。撤退命令が出たわけでも、戦いに負けたわけでもないのだ。ここで兵を引いたら命令違反で軍法会議ものであろう。
休戦協定の場には、連盟側からは指揮官であるユリウスと副官のアンドレアの他二名――どうやらユリウスの配下、いわばナンバー2の将官らしい――が付き従っていた。対するこちら連邦側は指揮官であるハルカと副官のダレン、それにユリウスに請われてエリナとカンジュンも参加していた。
「休戦の期間は?」
「一ヶ月〈ゲツ〉、それ以上は私も上を抑えられないのでね」
「ふむ、まあ妥当な線ね。思惑〈おもわく〉を聞いても?」
「このまま総力戦に入れば、こちらの損害も多大と見ましたのでね」
「それでも勝つ自信はおありだと?」
「負けると思って始める戦などありますまい?」
狐と狸の化かし合いかしらと端で見ていてエリナは思う。表面上はにこやかに続けられる会話の見たくもない裏の裏まで見えてしまって、正直げんなりする。それでもこうした政治的な駆け引きが、二大勢力の均衡を保って来たのは紛れもない事実である。例えば今だって、勝負を優先してユリウスが攻めて来たら、どちらが勝つにせよ、双方ともに現有兵力の大半を失うことになるだろう。あくまでも防衛戦である連邦側はそれも止むなしであろうが、連盟側としては勝ってガイナック鉱山星を手に入れても、極端に少なくなった兵力でそこを今度は防衛しなければならない。補充部隊が来るのと敵が攻撃部隊を差し向けるのとどちらが早いか…これはもう時の運であり、敵の方が早ければあっさりと奪い返されてしまうかも知れないのだ。それでは意味がない。死んでいった兵士たちに顔向けすらできなくなる。
互いに相手の腹を探り合いながら、少しでも交渉を自分たちに有利に進めようとする。と同時に、この一ヶ月〈ゲツ〉の休戦の期間をどう有効に使うか…も念頭に置き、相手の出方を見極める。双方の落としどころが確定するまで、およそ一時〈テット〉間を要した。思ったより難航したと言えるかも知れない。
「ではこれで協定成立ですな」
「祝杯といきますか?」
曲がりなりにも協定が成立したことを祝い、ジェラル酒で杯を上げる。乾杯の時に良く使用されるちょっと軽めの酒である。軽めとはいえ、アルコールが入ったことで、場は一気にくだけたものになった。
「それにしても噂のエリナ殿がこれ程若いとは…。まさか十代ということはありますまいな」
ユリウスが改めてエリナを眺めまわして口を開いた。
「私も初めてお会いした時は驚きましたわ。でもいくら優秀でも十代で中将にはなれませんわ。それとも連盟にはそういう例でも?」
「いや流石にそれはないでしょう。そちら同様、こちらも正規の入隊は18からですからな」
「ふむしかし、予想以上に若いには違いない。のうエリナ?」
ハルカとユリウスのやりとりに鷹揚にカンジュンが口を挟み、エリナに水を向ける。
「軍歴は予備役を含めて五年ありますが、現在は宇宙大学の四回生ですわ」
敢えて年ではなく軍歴と学年でそれを示す。予備役からということは軍に入ったのは17才、そこから五年ということで今は21才ということだ。
「成程、それは確かに若い。だがどうやらその肩書きは伊達ではないようだ」
ユリウスの作戦にぴったりとくっついて来たその手腕は、それが机上で立てた安易な戦略ではなく、実戦経験に基づいたソレであることを如実に示す素晴らしいものだった。
「いえ、私などのような若輩者には恐れ多い肩書きではあるのですが、技術将校として資材の調達には非常に便が良いので、辞退せずに辞令を受けた様な次第です」
実際、エリナ自身は自分には過ぎる地位だと思っている。謙遜しているわけではなく、心底そう思っているのである。一方、エリナの周囲で一度でもその実力を見せつけられた者達は、皆この地位を当然のものと思っている。
「まあその辺は見解の相違ということで良かろう。それより、もう一杯いかがかな」
この話をさせるとエリナがてこでも引かないということを知っているカンジュンが、さりげに話題を逸らす。停戦ではなく休戦である以上、あまり慣れ合わない方が良いのかも知れないが、ここにいる八人が八人ともんな事にこだわる様な人間ではない。例え心を通じ合わせたとしても、その必要があればちゃんと敵として戦うことができる軍人であるのだ。一般兵士たちに慣れ合いを認める気はない。情が移ってしまえば戦いにくくなってしまうのは人の常である。その感情を必要に応じて押し殺せるからこそ、彼らは指揮を執る立場になりうる地位にいるのだ。
「それにしてもお互い苦労しますなぁ」
カンジュンがポツリとつぶやく。ハルカとユリウスがしみじみとうなづく。どちらもここに来て日は浅いが、このアーケナクト戦線が一進一退の膠着状態になって久しいことは知っている。しかも、今後もそれが大きく打開できる見込みもほとんどないのだ。それをどうにかしろと言われて正直困っているのだ。上には上の戦略というものがあるのかも知れないが、本気で戦局をどうにかする気があるのだろうかと思うような指示も少なくない。
「無茶な指示で部下を失うのは我々の方ですからね。上の連中は人の命を何だと思ってるんでしょうね」
それはまさにエリナの本音である。戦いに犠牲はつきものである。だからエリナもそのことに異を唱えるつもりはない。だが必要以上に死傷者を出すことは本意ではない。常に被害は最小限にとどめるべきなのだ。それこそ、トップがやるべきことであろうと思っている。そしてそれはここにいる他のメンバーとて同じ事だ。
「消耗品としか思ってないのだろうな、おそらくは」
苦虫を噛み潰した様な表情でユリウスが吐き捨てる。
「いくらでも補充がきくと思っているのかも知れませんが…」
アンドレアもこの点ではゆずれない。それなりに戦闘の出来る人間は一朝一夕に出来るものではない。どんだけ苦労して育てたと思ってんだこの馬鹿野郎の気分である。
「数だけ揃えりゃいいというものでもありませんからねぇ」
無能な上司も困りものだが、使えない部下というのも厄介だ。どちらも負け戦どころか命の危険を伴う。ダレンだって軍人だ。軍に入るときに死は覚悟している。だが、自殺願望があるわけではないから、捨てなくてもいい命を無闇に投げ出すような真似はしたくない。
「皆様、歴戦の戦士でいらっしゃるのに、やはり戦いはお嫌いなのですか?」
不思議そうに(敢えて無邪気さを装って)エリナが問いかける。その意図に気づいているのかどうか定かではないが、いや、これだけの面子だ。エリナが敢えて無邪気さを装っていることなど多分気づいているのだろう。
「他の人はどうか知りませんが、少なくとも私は好きではありませんね」
真っ先に答えたのはアンドレアだ。ユリウスの配下だというのに遠慮会釈もない。おそらく普段からそうなのだろう。エリナがちらりっとユリウスに視線を移すと何とも言えない笑みを返された。
「わしは最初っからそう言っとるがな」
これはカンジュンだ。不必要な戦はするなと再三再四、軍上層部とやりあっていると聞いている。上層部が自分たちに楯突くカンジュンをどうこうできないのは彼がそれだけの実力者だからだ。そもそも、カンジュンが軍に身を投じたのは守りたいものがあったからに他ならない。大切なものを守るためには戦うしかなかったのだ。ただそれだけのことである。
「たいていの者は好きでやってるわけじゃないと思うわ」
ハルカの言うのは正論であろう。どんなにきれいごとを並べても、現場でやっていることは所詮人殺しに過ぎない。それがわかっているのなら、好きになれないのは当然である。しかし、どれだけの人間がそれを認識しているかとなれば、それはかなり怪しくなる。軍に入る理由は人それぞれだろうが、生活の為とか、何かを(別にそれは国でなくとも構わない)守りたいとか、身分や性別等にとらわれないからとか、大まかにはそんな感じであろう。仕事として割り切ってしまえば、宇宙の戦いは直接に死体と接する機会が少ない分、自分の手で人を殺しているという感覚が薄い。どこかゲームに近い感覚になってしまうことを責めることはできない。けれどここにいるメンバーはどうやら違うらしい。エリナはそのことをしっかりと胸に刻み込む。その時が来たらきっと役に立つ筈だから。
第十章が終わったので、次は人物紹介を更新します。まただいぶ人が増えてしまいました。
さて第十一章ですが、実はちょっと行き詰まっています。だっていきなり休戦協定なんか結んじゃうんだもの。おかしいこんな筈じゃなかったのに…。
というわけで次話は更に遅くなりそうです。もしかすると違う話を投稿しちゃうかも。
入力 2013年4月1日




