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第十章 (1)

 だいぶお待たせしてしまいました。第十章スタートです。


 いよいよアーケナクト戦線です。新たな登場人物も増えて更にややこしくなるかも。それではどうぞ。


自 2012年5月2日

至 2012年5月16日


 アーケナクト戦線で現在、指揮を執っているのはハルカ・ユージーン少将である。彼女が前任者からここを引き継いだ直後から連盟の動きが派手になって来たので、ここ数ヶ月は激務に次ぐ激務で、休むヒマもなかった。軍の中ではそれなりに歴戦の実力者であったが、流石にこれはしんどい。増援要請は一ヶ月も前に出したのに、未だにどこからも増援部隊は来ていない。それどころか増援を送ったという連絡さえ…。まさか見捨てる気ではあるまいが…。

「ユージーン司令、第十二前線基地より入電です」

 出力された文面を手元のモニターに表示する。じっと見入ってほうっと一つ溜息をついた。

「どうかされましたか?」

 副官のダレン・カーンが声をかける。

「第八方面隊隊長のリー大佐から、増援要請を受けたいくつかの部隊をまとめて、こちらへ来るとのことよ。それなりの作戦があるらしいわ」

「リー大佐の作戦ですか? それは楽しみです」

「いや…それが…」

 言いかけてハルカは言いよどむ。電文の内容は理解したが、どうにも信じられない。とは言え、まさかこんな状況で、彼が冗談など言う筈もない。ゆっくりと首を振る。そんな上官の様子にダレンは首を傾げる。

「リー大佐じゃないんですか? それとも何か問題が?」

「問題は…ないと思う。ただ、その計画の立案者というのが…リー大佐ではなくて…その…エリナ中将殿だと言うのよ」

「エリナ中将殿っ!! そっ…それって…あの…」

 ダレンもそこまで言って絶句する。いや、その叫びを聞いた旗艦の艦橋のメンバー全員の動きが止まる。エリナ中将と言えば、若手の出世頭であり、かつ実戦に長けているメンバー達にこそ高く評価されている人物でもある。まあその反面、エリート士官達からはかなりその能力を低く見られているのだが…。ハルカやダレンは現場で直にその評判を、それこそ何度も耳にしている。その彼女の立案ともなれば期待も当然大きくなる。

「ええ、あの噂のお人よ」

「ですが、確か現在は研究に専念されていると聞いていましたが…」

「私達がここで連盟と激戦を繰り拡げている間に何かあったのかも知れないわね」

「そうですね。連盟を牽制するのに手いっぱいで、他地域の情勢を見る余裕などありませんでしたし…」

 実際、よその情勢など聞いているヒマなどなかったのだ。いや、それを言うなら、今だってこんな会話をのんきに続ける様な余裕はあまりない。ただ幸いなことにさっきの一戦で、敵がいったん引いてくれたおかげで、少しだけ余裕ができたのだ。とは言え、もし余裕があったとしても、ワズについての情報が入ったかどうかは怪しい。かなり辺境のあまり重要でない前線での出来事だ。しかも新造艦については極秘だったわけで、そうそう情報が外に漏れるものではない。

「どんな方かしら? お会いするのが楽しみだわ」

「そうですね。でも本当にいらっしゃるのでしょうか?」

「どういうこと?」

「ここは激戦地中の激戦地ですよ? 中将クラスの方がいらっしゃるのには危険すぎます」

「そうね、確かに。でもリー大佐からの電文には一緒に来ると明記されていたわ。噂通りの方ならそれもありじゃないかしら」

「現場重視…ですか?」

「ええ、本人いわく、戦う研究者だそうよ」

 戦う研究者…ねぇ、その言葉にダレンは思わず、マッチョなおじさんを連想してしまい、慌てて首を振った。マッチョ…かどうかはともかくとして、エリナ中将はれっきとした女性なのだ。いくらなんでもそれは失礼だろう。


 作戦の詳細をカンジュンと詰め、集まった部隊を再編し、指揮をカンジュンに委ねて、ようやくエリナはファルコンへと戻って来た。

「と、言うことで明朝3時〈テット〉50分〈フツ〉作戦開始よ。後はミックよろしくね。じゃあ、あたしたちは明日は休むから」

 ミックに報告し、自分達(エリナ・カール・リオ)は先般の宣言通り、休みを取ることを伝える。作戦開始時には、せめてエリナだけでも艦橋にいて欲しかったが、激務が続いていたのは判っていたから、ミックはそれを了承した。いつもいつも頼りっぱなしでは自分の判断力を養えないし、独り立ちだって出来ない。ここは頑張りどころだった。何よりエリナはミックになら出来ると断言したのだ。作戦の最終確認をし、全員にそれを徹底する。後は開始時刻を待つだけだった。


 翌朝、作戦開始前の3時〈テット〉には既にカールとリオはエリナの部屋に来ていた。

「いいのか? 俺たちこっちへ来てて」

「緊急連絡時に部屋にいなかったらマズくないか?」

 カールやリオがそう問うとそれへエリナはにっこりと笑い返した。

「大丈夫よぉ、何も起きないって。それに何かあったら先ずあたしのところよ」

 自分の作戦に絶大の自信があるのだろう。きっぱりと言い切って、それでも万が一の時でも対処できると笑う。それはまあそうだろう。何かあった時、真っ先に連絡が来るのはエリナであって、カールやリオではない。

「うまく行くって思ってるんだ」

「うまく行かない様な作戦、立てる訳ないでしょ。それに指揮するのがリー大佐だし…」

 すっげえ自信…とか思いながらじと目で見やって問い掛けたリオに対して、あっさりとエリナは答え返す。

「お前の作戦はともかく、リー大佐ってのはそんなに信頼できる人なのか?」

 カールにしてもエリナの手腕に疑問がない訳ではない。ここまで伴にやって来て実力があるのは判っているが、その力量を計れる程の力が自分にはない以上、疑問を口にするのははばかられる。だから逆に指揮を執る方の力量を問うて見る。

「階級は大佐だけど少将になってもいいくらいの実力はあるわよ。部隊が大きくなり過ぎて扱いにくいからヤダって言って、昇進を拒んでいてね。でも充分師団クラスを動かせる人よ。確か今アーケナクト戦線で指揮を執っているユージーン司令もかつて彼の配下だった筈だわ」

 それにしてもエリナは一体どこからこうした情報を得ているのだろう。カンジュンとはどうやら知り合いらしいが、そのかつての配下までは直接知っているとも思えない。まあ立場を考えれば、ある程度、軍内部の情報の入手は可能だろうが、彼女が提供する情報はどうもそのレベルを逸脱している様に思える。

「しかし、いつも思うけど、どっからそういう情報、得てるわけ? あっ…と、それ聞いちゃマズいかな?」

 常日頃から気になっていた事を聞いてみる。それはこの三人だからこそ口に出せる問いでもある。まあこういうことを口に出せる様になった分、リオもすっかりエリナの内側の人間になったということだろう。

「どっから…って、う~ん、特定の情報屋みたいのを期待してるならそれは無理よ、そんなのいないから。そうね、しいて言えばあちこちにいる友人達から…ってことかしら。まあ中にはマスコミ関係とか軍の情報関係とかいるけど、逆にそっちは守秘義務とかあるから」

 だから案外そっちからは情報は少ないのよとエリナは笑った。まあそうは言っても発表される様な情報がちょっと早めに耳に入るという様なことはあるのだろうし、オフレコだっと言われてこっそり提供される情報などもきっとあるに違いない。エリナは確かにおしゃべりだが、何でもかでもしゃべってしまうわけではない。情報を胸の内におさめておくことだってちゃんとできる。でなきゃ軍の研究者として高い地位に上れる筈がない。軍の研究開発部門はまさに機密情報の宝庫なのだから。

「まあそれは良いよ。何かお前との差、見せつけられるようでしんどいからさ」

 別に今更、彼氏になるつもりもないから、並び立たなくちゃなどという気負いはないが、それでも同い年の相手にこうも差を見せつけられると凹む。少なくとも高校時代は隣にいた筈なのだ。軍歴の違いと言ってしまえばそこまでだが、能力にそれほど差があるとは思えないので余計に悔しい。まあいい、階級の差は容易に埋められないだろうが、副官としてなくてはならない存在にはなってやる。今はそれぐらいしか できないし…。そこへ腹の底に響くような振動が伝わって来た。

「始まったわね」

「みたいだな」

 それは砲の衝撃だろう。いわゆる艦隊戦の火蓋が切られたのに違いない。ここにいると現在の状況が直に見えずどこかもどかしい。それでも三人は艦橋へ駆け戻りたい気持ちを押さえ込んだ。そんなことをしたら何の為にここにいるか判らなくなってしまう。

「ミックの奴、大丈夫かなぁ」

「信じるしかねえだろ。つーか俺たちが信じねえでどうするよ」

「そうよ、本当に。自分達の命、預けるんだからさ」

 別にリオだって、ミックの力量を疑っている訳じゃないし、もし足らないところがあったら、自分たちで補っていけばいいとも思っている。同じ艦に乗っている以上、彼らは運命共同体なのだ。そう…死ぬも生きるも…。無論、軍にいる以上、上からの命令には逆らえないから、自ら上官を選べる筈はない。だから運が悪ければ、どうしようもない上官の下に配置されてしまうだろう。それに比べれば、まだ上官として多少頼りなくはあるが、信頼できる仲間を得ていることを喜ぶべきであろう。

「ていうかさ、むしろデビーの奴の方が心配じゃねえ?」

「そうだよなぁ、あいつまだ十九だろ」

「う~ん、まあね。でも今は参謀の必要はないし…。ああ見えてバーディよりは冷静よ?」

「ああ、それは…判るわ。あっちは瞬間湯沸器だろう?」

「ぶっ、何だそりゃ。でも言い得て妙だな」

 実際バーディは頭も良いし、冷静な判断力だって年相応以上に持ってはいる。だが、エリナのことになると一気に沸点まで駆け上がるし、そうでなくてもエリナの前では、ちょっとしたことでも感情をあらわにする。

「それより、リオ。この際だから貴方を巻き込んじゃいたいんだけど、いいかしら?」

「へっ…何を?」

「おい、ちょっと待てエリナ。お前…まさか…」

「うん、だってこれから先は第三者の手が必要だわ、違う?」

「そりゃ、そうだが…ならマックさんあたりでも…」

「いずれはそのつもりよ。でもあっちは純粋な研究者よ。下手したら単なるモルモットになっちゃうわ」

「確かに…それはいやだな。じゃあ頼むか」

 いきなり巻き込むと言われて訳がわからず目を丸くしたリオだが、その先の話の展開には更について行けず、目を白黒させている。何が何してどうなった? しかも最後には頼むかって…一体何を…。

「………という訳、手伝ってくれるわよね」

「つうか聞いちまった以上、手伝ってもらうぞ」

 二人してにーっこりと笑みを浮かべて念を押される。いや…でもその笑顔、怖いんですけど…。別に悪企みに加担しろとか言われてるわけじゃないのに、何だかそんな気がヒシヒシとして来て背筋が冷える。が、無論、断ることなどできない。リオは無言のまま、こくこくとうなずいたのだった。

 自信ありげに強気の発言をしているエリナですが、口で言うほど自信があるわけではありません。意地っ張りで天の邪鬼で強がっているだけです。


入力 2013年2月5日

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