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第九章 (4)

 お待たせしました。これで第九章が終わります。新たな登場人物も増え、ファルコンはいよいよ本格的な戦場へ向かいます。


自 2012年4月18日

至 2012年5月2日


 前線基地を辿りながら目的地を目指すという形態のため、艦内は第二戦闘配置となっている。今のところ表立った攻撃を受けてはいないが、時折、敵の姿が垣間見えて第一級戦闘配置になることもある。が、もちろんアーケナクト戦線に無傷で辿り着くことが当面の目標であり、敵を見つけたとしてもこちらから打って出る気はない。向こうも敢えて攻撃を仕掛けてこない相手をどうこうするつもりもない様で、今のところ緊張感は漂うものの皆どこか安心もしていた。

「現在の戦局は?」

「最新のデータだと6vs4で向こうが優勢だな」

「とすると側面からはムリかな」

 エリナの問いにカールとリオがそれぞれ答える。航海班から提出された最新のルート案を前にサブブリッジで今後の航路について検討中である。メンバーは先の三人の他、航海班から副官であるドロシーが参加している。エリナ、カール、リオがこっちに来ている関係上、ベンとエルは艦橋を離れられない。それにルートの説明ならドロシーの方が得意でもある。

「航海班からの推奨ルートは?」

「ええと、作成した案はいくつかありますが、側面からのルートならA案、後方からのルートならこのD案が最適かと…」

 現在地点からの航路図をスクリーンに表示し、それぞれのルートを指し示す。

「これに現在判っている敵の位置を入れるぞ」

 ルート上やその近辺に敵艦隊の推定位置が表示される。戦局は激しく動き続けている為、敵の位置も味方の位置も推定でしか出せないし、コレはあくまでも現時点でのデータだ。ファルコンがルート上をそこまで移動した時、どう変わっているかはわからない。

「時系列で、戦局の動きをシミュレートしてみるわよ」

 エリナがありったけのデータ(速度、戦力、戦術、etc)を放り込んで、動きをチェックする。とは言え、あくまでも予測値、どこまで正しく読みきれるかははっきりしない。更に言うなら、すべての可能性をチェックしてシミュレートするような時間も能力もありはしないのだ。

「かなり激しい動きですよね。これでいくとC案は到底無理かと…」

「やはり、AかDが妥当だろう。まあ今後得られる情報にもよるが…」

 戦局の流れを追いながら、ルートを辿ったドロシーとリオの意見に、エリナとカールもうなずく。どちらの分析も正しい。フラジル准将の下にいたリオもそうだが、姫将軍の渾名を持つドロシーもかなりの力量がある様だ。

「いずれも一長一短はあるが、局面を打開させる方向で行こう」

 エリナが力強くそう言い、他の三人を見回す。

「A案だな」

 カールが確認する。D案に比べれば危険度は高い。が、現在押され気味の状況を打開する為には、少し思い切った作戦が必要であろう。


 艦橋へ戻って確定したルートを提示する。併せて同時期に現地に集結する増援部隊と連携する様に進言する。この場合の作戦行動については別途作成する予定だ。

「ファルコン一体だけじゃ弱いけど、局面の打開は充分できるわ。でもできれば編隊を組んで、より効果的な戦略を立てたいと思ってる」

 エリナの提案にミックとサラがうなずきあう。

「判ったわ。同時期に現地入りする全ての部隊に連絡を取って見る。賛同の得られた部隊はうちの指揮下ということでいいのかしら」

「私が前面に出ればそれも可能だけど、この艦の艦長はミックよ。合流する部隊の構成によってはうちがトップに立つわけにはいかなくなるわ」

「それは連絡を取って見たうえで判断しよう。サラ、そっちは君に任せる」

「了解、賛同を得られた部隊名をエリナに知らせればいいのね」

「うん、それでいい。その先の作戦はこちらで立てる。指揮権がどこにあるかもその時に」

 エリナがファルコンの艦長なら文句なく指揮権はファルコンになる。現場に出る士官にエリナ以上のものはいないからだ。階級が同じであっても、作戦を立案したのがエリナである以上、他者が上に立つことはない。だが実際のところ、ファルコンの指揮官はミックであり、ミックの階級は現時点においてはまだ中尉である。先の作戦の成功によって階級が上がる可能性もあるが、上がったところでせいぜい大尉どまりであろう。それを考えると今回の作戦行動で指揮を執るのは難しいだろう。単艦であればこそ尉官が上に立つが、部隊編成となればまず佐官であろう。だからエリナは指揮権を他艦に委ねると言ったのだ。


 ここのところ技術部門はレーダー部門と通信部門を巻き込んで頓に忙しい。敵の動きをレーダーと偵察衛星及び各基地からの情報で探り、作戦に参加する味方の位置や動き、彼らへの連絡、作戦の詳細の詰めの作業(既に概要は決まっていた)、現在の戦線の状況の把握、…次々と新しいデータが入り、刻々と局面が変わる中、最善の策を立てねばならない。下は交代で休ませてはいるが、エリナ、カール、リオはほとんど不眠不休である。いや、まあ仮眠も食事もちゃんと取っているから、完全にフル回転ではないが、かなり無理をしているのは事実だ。

「エリナ、リオ、カール、お前たちいいかげん休め!」

 見かねたミックの叱責にも三人は怯まない。

「んーっ、今はムリ」

「戦闘になったら俺ら倒れるから」

「それまで苦情も文句も命令もパスな」

 穏やかに言い切って作業を進める。カールやリオはともかく、戦闘中に参謀がダウンしていていいのかとも思うが、激戦地の交戦の最中〈さなか〉に飛び込んじゃったら、参謀が口を出す余裕はないとエリナは笑う。生き残りたかったら、危ないと思った時点で引くだけ、それさえわかっていれば大丈夫と言い、その程度の判断なら、充分ミックに出来ると請け合う。その信頼は嬉しいが、こうはっきりと言い切られると少し気持ちが揺らぐ。もっと自信を持つべきだとは思うが、艦長になってまだ日も浅いし、こうした大がかりな戦闘にその立場で参加するのが初めてであれば、どうしたって不安はある。でも現実にその現場をいくつも経験し、生き残って来たエリナの言葉は、ミックの支えになる。

「第八方面隊、参加するそうです」

 サラの報告にエリナが目を見張る。

「えっ、あそこ今、手、空いてたの? ラッキー! じゃあ指揮権はそこね」

 嬉しそうにそう言い、部隊長に連絡をつけさせた。

「リー大佐、お久し振りです」

「おう、久しいの。エリナ中将殿」

「エリナで結構です。私は今は一介の技術将校ですので…」

「ほう、するとその艦の艦長殿は?」

「こちら、ミック・ゲイル中尉です。彼が現在の艦長です」

 一介の技術部長のエリナが紹介するのも何だか妙だが、実際の階級はエリナの方が上だし、リー大佐とは旧知の間柄でもある。変則的ではあっても誰も異論は差し挟まない。

「ミック・ゲイルです。お初にお目にかかります」

「カンジュン・リーじゃ。こちらこそよろしくの」

あいさつが終わったのを確認して、再びエリナが主導権を握る。

「早速ですが、大佐。今度の作戦行動に関してうちが主導権を取るわけにはいきません。大佐にお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ふむ、立案はそちらでも艦長の階級的にはムリ、ということかな」

「はい、階級もそうですが、経験の問題もありますので…」

 場合によっては艦長であるミックを貶めているとも言える言い方だ。けれどここにいる誰一人としてそうは思っていない。それはこちら側の人間だけではなく、あちら側の人間の方もだ。それは彼らが、エリナがどういう人間であるかを正しく認識しているということでもある。

「そう言えば、そちらは新造艦じゃったの」

「流石にお耳が早いですね。もうそこまで情報は伝わっていますか?」

「まださほどではないじゃろう。こちらの耳に入ったのは偶然じゃ」

「偶然……ですか?」

 どこか含みのある視線をエリナはカンジュンに向けたが、大佐は表情も変えず、ニコニコとこちらを見ているばかりだ。

「まあ…、いいでしょう。で、お引き受けいただけますか?」

「中将殿の依頼をこの私ごときが拒めるとでも?」

「リー大佐! これはうちの艦からの依頼ですっ! それに私は今は只の部長ですっ!」

「はっはっは、わかっとるよ。だが、どう言い繕ってもお前さんの立場は変わらんぞ」

 どうやらリー大佐はエリナを軽くからかったようだ。だがそのあとできっちりと釘を差すのを忘れない。それからおもむろに表情を引き締める。

「ということで、作戦行動の詳細、教えてもらうぞ」

「判っています。では後ほど…」

 作戦行動の詳しい打ち合わせなど、通信でやることではない。指揮権をカンジュンに委譲するのであれば、こちらから誰か出向いて説明に行かねばならない。無論これはエリナの仕事であり、詳細をまとめたデータを持ってエリナが出掛けて行った。


 艦橋の窓からエリナの乗った小型艇が、第八方面隊の旗艦に向かって行くのが見える。それをじっと見送っていたミックが口を開いた。

「さてと、取り敢えずエリナが帰って来るまでは、勤務時間中ではあるがすることもないし、全員待機だ。つうことで俺は茶、飲んで来るわ。サラ、付き合え」

「えっ…あ、はい」

 サラは一瞬、目を見張り、それから表情を少し和らげて、スタスタと出て行ったミックの後を追って行った。

「しっかし、ミックの奴、もうちょっとこう色っぽい誘い方は出来ないのかねぇ」

「いや、無理だろう。そもそも自分の気持ちに気付いているかどうか…」

 やれやれという表情で二人を見送ったベンがつぶやく。それにリオが疑問を投げかける。このところミックがやけにサラを気にかけているのには、艦橋のメンバーが全員気付いている。しかもどうも当の本人達が一番そのことに気づいてないらしいというのが笑える。

「気づいてないのは姉さんもよ。単なるグチ聞き要員だと思ってるみたい」

「まあ確かにミックがグチこぼせるのったら、エリナかサラくらいだもんなぁ」

 艦長という立場がある以上、配下になる自分たちに愚痴は言えないのだろうとショウは思う。そういう意味ではサラも配下になるわけだが、副艦長という自分に近い位置にいることで、迷った時の相談も愚痴も言いやすいのであろう。名目上はエリナも配下になるが、階級的にはエリナの方が上官であり、頼れる相手でもある。とは言え、エリナはあまりにも出来過ぎている(と少なくともまわりは思っている)ので、相談はともかく、愚痴は言いにくいだろう。だからお互いにそういう相手だと思っていてもおかしくはないのだが、それにしても鈍すぎる。男と女なのだからもうちょっと…と思わないでもない。まあ別に恋愛感情なら男と女じゃなくても充分ありうることではあるが…。

「どうでもいいが、お前ら余計な口は挟むなよ。恋愛の形は人それぞれだ」

 エルが全員に釘を差す。サラとミックの問題だけではなく、自分達のこともひっくるめているのは一目瞭然だ。数少ない艦内恋愛進行中の自分達を何かと茶化す連中は後を絶たないのだ。いや、まあ自分達は何を言われてもゆるがない気持ちはあるから構わないけれども…ウザイことに変わりはない。


 食堂のテーブルに向かい合わせに座り、コーヒーをくゆらす。

「君の妹には助けられてばかりだな」

「ホントに…。姉のくせに情けないと思うわ」

「立場も経験も違う。情けないということはないだろう? そんなことを言ったら彼女は怒ると思うが?」

「まあね。経験の差はいかんともしがたいのだけど…」

「向こうが先んじている以上、その差を埋めるのは難しいだろうし、埋める必要があるとも思えない」

「どういうこと?」

「君は君だし、彼女は彼女だ。それに軍人としての立場はどうであれ、彼女は君のことをちゃんと尊敬していると思うぞ。自分を必要以上に貶めることはない」

 実際、ミックは以前、当直の折にエリナが、姉さんにはかなわないとこぼしているのを聞いているのだ。

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。そうね、私は私よね」

 どうしてミックはいつも欲しい言葉をくれるのだろうと思う。ファルコンに乗り組んで伴に上に立つようになってから、いつもいつも助けられて来た。艦のシステムについてはエリナより詳しいという自信はある。けれど軍人としての有り様はすべてミックから教わった。エリナの方がミックより遥かに色んなことを知っているだろうが、多数の民間人を抱えてジタバタしているエリナの手を煩わせるわけにはいかなかったのだ。それにミックたちの上を行く知識は、先ずその前にミックたちレベルの知識を身に付けてからでなくては理解できないし、役にも立たない。先ずは土台作りが必要だった。

「君はさあ、少し生真面目すぎるんだと思う。そういうところが危なっかしいんだよなぁ」

 長女ということもあるのかも知れないが、妹や弟たちに対して一所懸命すぎる気がする。いい姉であろうと無理に背伸びをしている様にも見えるのだ。最も本人はそんなこと夢にも思ってはいないのだろうが。傍らで伴に仕事をする様になって、どうにもそういうところが気になるのだ。



 第九章が終わったので、このあと人物紹介を更新します。新たな登場人物も増え、それぞれの関係も少しづつ深まってきました。


入力 2013年1月17日



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