第九章 (3)
あけましておめでとうございます。お待たせしました。ようやく次話です。
ファルコンは新しい任務を指示されました。今度はどうやら激戦地の様です。さてどうなりますやら…。
自 2012年4月17日
至 2012年4月18日
格納庫ではショウとバーディとリチャードが、備品管理室を占拠して打ち合わせの真っ最中だ。最終的な戦闘のフォーメーションや、整備のローテーション等は全員に徹底しなければならないが、検討中のものまで見せる必要はない。というか、うっかり見せてしまうと採用しなかった案の方を覚えてしまいかねない。激戦地でいったん戦闘状態になってしまえば、戦略の見直しも立て直しもする余裕はなくなる。そこでは相手を倒すことより、生き延びることの方が難しい。けれど戦いはいつだって生き延びた者の勝ちだ。いかに犠牲を少なく勝ちを拾うかが大事なのだ。
「この資料からすると、とにかく敵をこの防衛ラインより内側に入れさせなければいいわけですよね」
バーディが問う。
「端的には…な。ただどちらも数が一定しない」
リチャードが答えてショウを見やる。その視線だけでショウは理解した様だが、バーディは今一つ飲み込めていない。
「どういうことです?」
「つまり、リチャード中尉が言っているのは、局面によってはどちらかの数が相手を大きく上回るということだ」
「それって、増援が来る前に内側に入り込まれるということですか?」
「だから、輸送船や鉱山労働者を守れ、なんだよ」
「一機でもラインを突破されれば、採掘は中断して労働者はシェルターへ避難だ。輸送船も宇宙港内なら格納庫に逃げ込める。だが、一度港〈ポート〉を離れた船はそうはいかない。数が少なくても、一艦は護衛につかなければならない。となるとラインを守る艦が更に減る…というわけさ」
「無論、増援が来れば、入り込んだ敵を追いやれるが、向こうも必死だからな。今のところ引く気はない様なんだ」
「て、じゃあもしかして、ソコ行ったら死ぬまで戦線離脱出来ないってコトですか?」
「いや、流石にそれは無いと思うがな」
思うがな…なんて、それってつまりそういうこともアリってことですよね、もしかしなくても…。バーディはゾッとする。ショウもリチャードもこれには苦笑を返すしかない。アーケナクト戦線は、連盟の攻撃に波はあったが、ほぼ開戦当初から続いている戦場である。ガイナック鉱山星が連盟の手に落ちたことは一度もないが、危うく落ちそうになったことは一度ならずあるのだ。別の宙域で大規模な作戦が行われると連盟の攻撃の手は緩むのだが、今はどうやらこちらに力を注いでいるらしかった。
「まあ、とにかく皆、生きて帰れるように局面に応じたフォーメーションを考えようぜ、時間はあんまりないんだ」
不安も怖れもゼロには出来ない。だからそれを割り切って先へ進むのだ。
ミーティングルームではマリーが副官のケンとアレックと打ち合わせの最中である。同じ戦闘部門であっても砲術班はイーグルチームの様な機動性はないので、戦術としてはかなり地味なものになる。そもそも艦隊戦の時は、主砲はともかく、副砲は本当に使い道がないのだ。逆を言えば、単艦で戦略的なことを考えても無意味だということでもある。それでもマリーが、この二人の副官を呼び出したのは基本戦略、並びに砲術に関する基本概念の二点における互いの意志の統一の為である。ケンが右サイド、アレックが左サイドの副砲の統轄をしているので、双方の違いがあるため、先ずはこの面での意志の統一と、それから戦闘時のローテーションの確立をするのだ。
「ということで了承してもらえるかしら」
「それでいいと俺は思いますよ」
「俺もその件に関して異論はない」
どうやら三人とも合意に達した様だった。そのままなし崩しに雑談に入る。
「それにしても、いよいよ激戦地かぁ…」
アレックが呟く。艦の能力を考えれば、いつかそうなるだろうと予測はしていた。それでもその日ができるだけ遅くあればと思っていたことは否定しない。
「二人とも激戦地の経験は?」
マリーが二人に問う。マリー自身はファルコンに乗り組むまで、戦場らしい戦場の経験はない。正直、実際の戦場がどんなものかが良くわからない。マリーの問いには二人ともが首をひねる。戦場の経験はあるが、激戦地と呼ばれる様な戦場に踏み込んだことはない。
「あっ、でも俺は照山峰基地の撤退戦の援護に出たことはあるな」
ケンが少し遠い目で過去を振り返る。
「照山峰基地って、あそこは確か激戦の末、陥落したんだよな」
「ああ」
確かあの時の撤退戦はかなりの被害が出た筈だ。それの援護ということはケンもかなり悲惨な場面を見て来たのに違いない。その心情を思いやってアレックの視線にも陰りが出る。マリーはその照山峰基地での戦いについては何も知らない。撤退戦についても書物の上だけでの知識しかない。でも二人の様子を見れば、それがどれ程過酷な現場だったかは判る。これから行く戦場もそうした現場なのだろうか。
例によって例のごとく、サブブリッジから他メンバーを閉め出し、エリナとその副官達はサブブリッジを占有する。
「激戦地ということは、レーダーも通信もフル回転することになるわね」
「覚悟はしてるよ」
「あっ、俺も」
「ねえ、二人とも激戦地の経験はあるの? 今まで聞いたことなかったけど」
「俺はあるぜ」
即答したのはカールだ。エリナとリオはそちらへ視線を向け、その視線だけで先を促す。
「あれは三年前のサージル戦役だ。俺は二座式戦闘機のナビ要員だった」
「良く生き延びたわね。あの戦役では全体で七割、戦闘機隊に限って言えば九割が亡くなった筈よ」
何年かに一度、連邦と連盟は大規模なぶつかり合いをすることがある。その一つが三年前のサージル戦役だ。これは双方ともにかなりの損害を受け、結局は痛み分けの様な形で終わった戦いである。あれはかなり悲惨だったわよねとエリナは思う。エリナ自身はこの戦役には関わっていない。この頃既にワズの研究所で仕事を始めていたからだ。だが、階級的な立場上、大きな戦役に関しては直に情報が提供される。現場の一兵士では判らない様な全体の作戦の流れも手にとるように判る。つまり作戦にミスがあればそれもまた見えてしまうのだ。
「リオ、あなたは?」
エリナがくるりっとリオの方を見やる。
「俺は激戦地はないが、二年前までフラジル准将の突撃部隊にいた」
「フラジル准将のところにいたの? どれぐらい?」
「一年ぐらい…かな。こっちのプロジェクトに参加することになって、抜けたんだ」
「一年もいたの? それは相当准将に気に入られたわね。実力も認められたってことよね」
気に入らなければ上が決めた人事でも気にせず、叩き出すお人なのだ、フラジル准将というのは。そこに一年もいたのなら気に入られたということだし、そもそも実力のない人間をお気に入りにするようなお人でもないから、リオの実力は折り紙付きといっていいだろう。そしてフラジル准将の突撃部隊は、結構ハードな局面に投入されることが多いから、経験も相当あると見て良い。
「二人ともそれなりの経験はあるってことね。下についているオペレーター達も激戦地だからってビビる様なメンバーじゃないから、仕事はきっちり任せて大丈夫そうね」
そうして見ると心配なのはむしろミックやショウの方かも知れない。直接確認したわけではないから、はっきりしたことは言えないが、二人とも激戦地の経験はない筈だ。
「ところでエリナ、お前はもちろん経験、あるんだろ」
18の年に別れて以来、ファルコンで再会するまでエリナと連絡は取っていない。けれどここまでの様子を見れば、実戦経験は相当ありそうだとカールは思う。
「あー…、まあ、激戦地もあったわね。でもそこで指揮は執ってないけど…」
どこかあいまいな物言いである。あまり思い出したくは無いのかも知れない。指揮を執っていないということは、まだ下士官だった頃ということだろうか。とするとかなり前のことだろう。おそらく正規入隊したばかりの頃…ってことは18? そんな早くから? いや、でも軍に入れば、いくつであっても前線に出る可能性はある。それにあの時、エリナは言っていた筈だ、予備役が終わったらすぐ戦場に出ると。判っていた筈だった、判っていて止めなかった。いや、判っていたからこそ、止められなかった。だからこそ、自分もまたこの道を選んだのだ。一方、リオの方はエリナのそのややあいまいな物言いもさして気にはならなかった様だ。むしろ、エリナにそういう経験があることに安堵した様だった。
補給基地で燃料や物資の補給を行っているわずかな時間を利用して、艦橋ではこれからについてのミーティングが行われている。ミーティングルームを使わないのは、話がまとまらなくても、補給が終わったらすぐに出航する為で、その場合は移動しながら尚かつミーティングも続行することになる。
「このまま、前線基地を辿る様に行けば。最短かつ最速で現場には着く」
エルが航海班が出したルート案の一つを示す。
「ただし、この場合、側面から戦線に近づくことになるから、敵からの攻撃は受けやすくなってしまうわ」
エリナがデメリットについて説明を加える。
「どの時点から…かはともかくとして、側面からの攻撃を避けるためには迂回をして、戦線の後方から向かう方法をとる必要がある」
「ただし、こちらの場合は距離も時間も余分にかかってしまう。その分、物資も余分に必要になるということ」
今度は別ルートに対してベンが説明し、エリナが補足する。ルートはもちろんこの二通りではない。単純に判りやすいものを提示しただけである。戦線の現況が詳細に判れば、それに応じた変更はあるだろう。更に言えば、情勢は常に流動的であるから、それこそ基地を経由する度にルートの変更を余儀なくされることになるかも知れないのだ。メリット、デメリットを勘案しつつ、当面のルートを決める。今後、レーダー部門及び通信部門から最新のデータを常時、航海班に提供してルートのチェックを行うこと、分析の必要なデータは一旦、技術部に提供し、ここから分析済のデータを航海班及び艦橋に上げること、などが短時間で決定され、ファルコンは取り敢えず最短ルートへとその一歩を踏み出した。
激戦地への不安を抱えつつ、ファルコンはアーケナクト戦線へ向かいます。もうしばらく、艦内の様子が続きます。アーケナクト戦線の様子は次章にて。
入力 2013年1月5日




