第九章 (1)
お待たせしました。いよいよ第九章スタートです。
ワズでの任務を終えたファルコンは次はどんな任務につくのでしょう?
自 2012年3月19日
至 2012年4月7日
艦橋から見えるのは星の海だが、今は誰もそちらは見ない。見ているのはモニターに映し出されている遠去かって行くワズの姿である。とは言え、今艦橋にいてそれを感慨深く思うのは、エリナとエドナー、あとはそれ程でもないがベンとエルぐらいだろう。あとのメンバーは感慨を感じる程、長くは滞在していなかった。
「本当にもういいんだな」
エリナを見やってミックが口を開く。元々のワズの住人達だって別れ難くはあっただろうが、ワズに留まることを希んだのは他ならぬ彼女である。しかも、普段めったにそういった心情を口にすることのない相手だ。エリナの性格を考えれば、皆のことを思っての発言ともとれるが、今回に限ってはその陰にどこか己れの心情が垣間見えて、誰もが危うさを感じとっていた。だからミックの問いに艦橋メンバー全員が緩やかにエリナに視線を移す。この問いにエリナはわずかに視線を落としたが、すぐにきっと頭を上げる。
「うん、いい。もう大丈夫」
何かを吹っ切った様な強い瞳に、皆一様にほうっと強張りを解く。唯一人カールだけがわずかに心配気に眉をひそめたが、皆がエリナに注目していたため、それは誰にも気づかれなかった。
「じゃあ、私、報告書、書いてくるわ」
エリナがそう言って席を立つ。既に連邦の制空域だ。技術部長としても参謀としても当面することはない。この間に上に提出する報告書を作ってしまおうと思っている。
「あっ、俺も手伝う」
カールが立ち上がり、エリナの後を追う。レーダー部門の総責任者である彼は、通信部門の総責任者であるリオとともに、エリナの副官でもある。通信部門はまだ忙しいが、レーダー部門は今はそれ程でもない。手伝えるのはカールだけである。だからリオはカールに声だけ掛ける。
「頼むぜ、カール」
カールは振り返ってそれにうなずき、ドアの外に消えた。
サブブリッジにいたデビーを艦橋に上げ、その他のメンバーを全てメインコンピュータールームに追い出し、エリナとカールはサブブリッジを占領する。
「取り敢えず、今まで取得したデータを全部上げるぞ」
カールはそう言い、ここ数日で得た関連データを次々とupする。エリナはそれを次々とチェックし、使えるもの、使えないものに分けていく。それを今度はカールが使うものと使わないものとに分ける。ワズを離れてエリナの下に入ってから、ずっとデータの分析を手伝って来たということもあるのだろうが、この辺の判断は的確だ。それは元々の素質が相当高かったのだろうことを窺わせる。カールが仕分けた最終データを元にエリナは報告書を仕上げていく。無駄な会話はない。この二人の間でそれはそもそも必要ない。声に出さずとも何が必要で何が不要なのか、今どうすればいいのか、互いにわかっている。元々、考え方も良く似通っているのだ。いちいち説明する必要もない。だから他者を交えない方が作業効率も上がる。他のメンバーを追い出すのは要はそういうことだ。まあそういうところが、別の誤解を招くこともあるわけではあるが…。
「んーっ、OK。終わったわ」
両手を組み合わせて、エリナは大きく伸びをする。
「お疲れさん、ほれ」
資料を揃えた後、食堂へ行ってポットにコーヒーを入れて来たカールが、カップにそれを注いで差し出す。それからエリナの作成した報告書をディスクに落とし、念の為にそのコピーも作成する。その脇でエリナはゆっくりとコーヒーの香りを楽しむ。
「これで任務終了ね。あとはこれを本部へ提出すればすべて完」
「つうことで……エリナ、そろそろ泣いてもいいと思うぞ」
ポツリとカールがつぶやく。驚いてエリナはそちらを振り返る。
「カール…何…言って…」
「生存者とファルコンを無事、送り届けた。新しい任務をこなしながら新メンバーも育てた。システムももう安定している。新チームの陣容も確立した。そろそろ自分を省みてもいいんじゃないか?」
「全てを話せ…と?」
「今夜は俺もお前も当直はない。俺の部屋に来い」
真直ぐにエリナの瞳を覗き込む。その強い眼差から目を離せない。けれど心は揺蕩う。泣いてもいいのだろうか。そもそも泣くことを許されるのだろうか。けれどもし泣くのなら、それはカールのところしかない。この涙はカール以外、誰も受け止めることはできない。そのカールもエリナから全てを吐き出させてからでなければ、彼女を泣かすことはできない。いつか何も訊かず、ただ黙って彼女を泣かせてやれる奴が現れるまで、その涙を引き受けてやろうとカールは思っている。そう…そしてそれは自分自身も…自分自身にもいつかそういう女〈ひと〉が現れるまでは、きっとエリナを頼ってしまうのだ。互いに痛い程、それは判っていた。だからこそ二人はパートナーなのだ。決して恋人にはならない…なる筈もない、そんな関係の…。時に温もりを求めて肌を合わすことはあっても、互いを焼き尽くすことはない、そんな関係の…。
ワズの空域を離れれば、もう戦闘配置の必要はない。ワズに向かう行きの行程のように、ある意味単調な日常の繰り返しであるが、流石にもう皆慣れた。戦闘班は日中は訓練を行える様になり、敵陣内にいた時の様にヒマを持て余すことも無くなった。逆にレーダー部門は一気にヒマになったが、敵陣内での緊張から解放されて、今はのんびりした時間を楽しんでいる様だった。そもそも宇宙空間に於ける軍事行動というのは、戦場に到るまでの移動距離がめちゃくちゃ長い。その間の単調な日々をこなす精神力というものも、軍人の資質として重要なものなのだ。各自がそれぞれの仕事をそつなくこなし、積み重ねて行くことによって、作戦は遂行される。戦闘はいつでも一瞬で終わってしまうが、日常業務は延々と続くのだ。それが仕事をするということでもある。もっとも過ぎし日々を振り返ればいつも一番長く感じるのは、その一瞬で終わってしまう戦闘の日々のことなのだが…。
サブブリッジでは正にその日常業務の最中である。データの分析はいつでも必要だ。戦闘データの整理、システムの動作確認の為のデータチェック、(これは一般的なシステムと学習システムの二面がある)等々。
「そっちのデータ、どうなってます?」
「あ、ああこっちは分析済だ。これで一段落だな」
デビーが手元のコンソールを確認しながら、ロフスに声を掛ける。技術部の副部長になったとは言え、ロフスは遥かに年上だし、タメ口をきくのはやはり気が引ける、というかロフスだけじゃなく、他のメンバーにしたって皆年上である。そもそもこの艦に乗っているメンバーの中では一番若いグループになるのだ。
「一息いれましょう。お茶入れますね」
「副部長にそんなことやらせられねェよ。俺がやる」
「えっ…でも僕の方が年下ですし…」
「それは関係ないだろ。敬語をやめろとは言わないが、仕事上のけじめはつけろ。今はお前の方が上官だ」
また始まったか…とサブブリッジのメンバーはこの二人のやり取りを面白そうに眺めている。社会人としての経験のあるロフスにとっては、年下の上司なんてのも別に珍しくはない。対して、ずっと学生だったデビーには年齢による上下関係が身についている。なので、どうしてもやり取りに食い違いや、行き違いが生じてもめてしまうことになるのだ。まあ、お互いに相手の立場を尊重する余りに生じてしまう対立なので、後に禍根を残すようなことはないが、いい加減どっちかが諦めたらいいのにと周りは思っていたりする。面白いっちゃ面白いのだが、場合によるといつまでも話が先に進まなくて困ることがある。
「はぁー、それにしても、どうしてこうも整理しても整理しても終わらないんだろう」
カムリが呟く。そう立て続けに新しいデータが入って来てる訳ではない筈なのだ。戦闘中じゃあるまいし…、ていうか、むしろ戦闘中の方がヒマ? 戦闘中って基本、モニタリングと情勢分析だけだし…、いや、でもそれはそれで忙しいような…アレ? 考え込んでしまう。でもそもそもやっている仕事の内容が違うのだから、実は比較のしようがないのだが、この時点でカムリはそれに気づいていなかった。
第二戦闘配置が解除されたことによって、食堂も普段の賑わいを取り戻していた。食事の時間帯は元より、それ以外の時間も非番のものが息抜きをしていたりして、食堂内が空になることはほとんどない。流石に深夜から明け方にかけての時間帯には利用者がゼロになることもあったが、アルコール類が提供される様になったので、その時間帯でも誰かしらがいることがある。今日も今日とて、ちょうど日付が変わったぐらいの時間帯にグラスを傾ける二人の姿があった。ミックとオットーである。ワズで再会してから、部署もまるで違う上に、艦長を引き受けてしまったミックはまだ慣れないこともあって、ここまで休みらしい休みを取っていなかった。そんなこんなでゆっくり話す様な時間は取れなかった。もしかしたら、この間一度も言葉を交わしていなかったかも知れない。
「それにしても、未だに信じられないんだよな」
「何がだ?」
「こうして兄貴と同じ現場で仕事をする様になるなんてさ」
「まあ、そうだな。お前は元々、軍人になる気はなかったんだし…」
ミックはどうやら心底そう思っている様だが、オットーに言わせればそれはちょっと違う。ミックが軍に入った事で、それまで考えていなかった軍人という選択肢が増えたのだ。積極的に軍人を目指すつもりはさらさら無かったが、かといってまるっきり無関心というわけでもなかった。
「兄貴、何か勘違いしてねえか? 俺、軍人にならないなんて一言も言ってないぜ」
「あれ? そうだっけ? 軍の話をすると不機嫌になるから、嫌なのかと思ってた」
「いや、それは兄貴の方じゃん。軍について聞こうとするとすぐ口をつぐんじゃったろ。どうせ何も話してくれないんなら、聞かない方が良いと思って…」
あれ? 何か変だ。お互いの認識にずれがある。オットーは兄が好きだったし、尊敬もしていた。だから軍での兄の様子が知りたくて、あれこれ聞いたのだが、それについては余り話してもらえなくて、どこか疎外感を持っていた。要は淋しかったのだ。一方、ミックの方は軍に入っていくらもたたないうちに、今回のプロジェクトに巻き込まれ、自分の仕事については余りはっきりした事が言えなくなってしまっていた。だから、オットーの問いに自分の事だけは答える訳には行かず、一般的な軍の仕事についてしか話さなかった。オットーはそれが気に入らず、不機嫌だったのだ。判って見ればたわいのない事だったが、行き違いなんて大抵はそんなものである。
「何となく判ったよ。あの頃、既に俺はこのプロジェクトに参加してて、でもそれは軍の機密だった。しかも下っ端だった俺は、どこまで話していいかも判らなくて…結局、口をつぐんじまった。知らず、傷つけちまってたんだな」
済まなかったとミックは謝る。それにオットーはゆっくりと首を振った。
「俺の方こそ…兄貴が何だか遠くへ行っちまった気がしたんだ。手を伸ばしてももう届かない。振り向いてもくれないって」
そう結局はすねていたのだ、小さな子供のように。恥ずかしくなって俯いてしまった弟の頭を、ミックはポンポンと叩いた。わだかまりが消え、二人の間に優しい時間が流れて行った。
ファルコンはいよいよ、軍の一戦艦として戦場へ向かいます。今まで以上に過酷になると思える現場で、どう成長していくのでしょうか?
入力 2012年12月16日




