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第八章 (5)

 任務を終えてファルコンは帰還の途につきます。ワズともいよいよお別れです。


自 2012年3月15日

至 2012年4月6日


 小型艇に戻るとようやく一息つける。敵陣内ということで相当気を張っていたのだと思う。もっとも実のところ気を抜いたのはサラの方だけで、エリナの方は未だ気は抜いていなかった。互いの会話に注意を払う必要はないが、まだまだ安全圏とは言えないのだ。おそらくエリナが気を抜くのは連邦の制空圏内に入ってからだろう。昨日今日軍に入ったわけではないし、既に何度も実戦を経験しているのだ。気の抜き方も充分こころえている。

「あれで良かったの?」

「うん、まあこんなもんでしょ。これ以上は難しいわ」

「准将ってことは将官よね。かなり上ってこと?」

「まあね。将官としては最下位だけど…。ロマノフ准将かぁ…」

「なに? 何かあるの?」

 どこか含みのある言い方が引っかかる。エリナは何か知っているらしい。

「んっ? 別に何もないけど?」

 さらりっと受け流される。これ以上は聞くなということらしい。軍の機密に関わるのかも…。エリナとサラでは立場が違う。知るべきでない情報なら聞き正すわけにはいかない。帰還の操縦をサラに任せ、エリナは何やら考え込んでいる。さっき入手した情報について分析でもしているのだろう。気にはなったがその思考を中断するつもりはない。必要があれば、後で話すだろうし、さっきも思ったように機密に関係しているのなら沈黙を通すだろう。どちらにしても今その思考を中断する必然性はないのだ。


 艦に戻ったエリナは准将レベルから指示が出ていた様だという話をミックに伝え、ここでこれ以上のデータは入手できないだろうと告げた。それを受けてミックはこれで任務は終了したと判断し、撤退を命じた。帰途に特に問題はなく、彼らは無事にワズの空域まで戻って来た。先の戦闘の結果、ここの辺りは連邦軍の完全な制空圏内とは言えなくなっていたが、まあここまでくればほぼ安全圏と言えるだろう。軍基地はなくなってしまったが、まだ監視衛星は動いているのである。

「で、詳しい報告はまだだったな。聞かせてくれ」

 ワズ上空に艦を停め、メインブリッジのメンバーをミーティングルームに集めてミックが口を開く。エリナとサラは互いに見交わしてうなずき、エリナの方が口を開いた。

「今回の作戦は軍の本隊ではなく、別働隊を率いていた准将が指示を出し、部隊を召集し、指揮を執ったものと見られます。これは推測ですが、多分軍の本隊や上層部は何も知らないと思いますよ」

 この話にはサラも驚いた。入手した情報の中にそこまでのものはなかった筈だ。確かにロマノフ准将は別働隊の人間だとは言っていたが、それだけで本隊とつながりがないと何故判断できるのだろうか。エリナ達がどういう情報を掴んだのか判っていないミック達もエリナの判断には引っかかったらしい。

「その根拠は?」

 問い掛けたのはショウだったが、他の皆もうなずいている。

「んー、その指揮をしたのがロマノフ准将だって言うからねぇー」

 意味あり気にその名を口にする。

「何だ? そいつに心当たりでもあるのかよ」

 乱暴に問いを放ったのはカールだ。元からの軍人である彼らも知らないらしい。

「まあね。別働隊を率いていたって言うし、多分ユーディール・ディア・ロマノフのことだと思うよ」

「で、そいつだから本隊とつながらないってことなのか?」

「うん、彼ね、独断専行で有名なんだわ。手柄になりそうな話には鼻がきいてね。そういう話があると上には知らせず、自分で手駒を集めて動いちゃうのよ。無論、毎回成功するわけじゃなく、今回みたいに失敗しちゃうこともあるのだけど、それなりに実績はあげてるし、実力はそこそこあるし、元々率いているのが別働隊ってこともあって、失敗したからって即、切っちゃうというわけにもいかない様なのよねぇー」

 成程、確かに本隊を(緊急時でもないのに)上の指示を仰がず、勝手に動かせば懲罰ものであるが、別働隊となれば話は別だ。もともと別働隊というのはリーダーの裁量で任意に動かす為の部隊である。現場での臨機応変な対応の為に作成された部隊であり、その作戦行動の指示は部隊長に委ねられている。失敗について何らかの責を負う必要はあるが、作戦行動そのものを否定することはできないのである。

「けど、もともと別働隊ってのは独断専行するものだろ? 有名ってどういうことだ?」

 ミックの疑問ももっともだ。本来、当たり前のことをしてて有名というのは一体? しかもエリナの口振りからすると、連盟内だけでなく連邦にもその情報が入っているらしい。

「う~ん、まあ確かに別働隊ってのはどこの軍でも独断専行が許されているチームだけど、作戦や行動の報告義務はあるのよ。許可は必要ないけど、これこれの作戦でこう動きますという報告は必須。でないと他の部隊とかの行動に差し障ることもあるでしょ。同じ敵を別々に狙ったら効率も悪いし、下手したら同士討ちになるわ」

「つまり、そのロマノフとやらはそれをやらない…と」

「そっ、しかも極力情報を隠す。自分のとこだけで足りないと他の別働隊に声を掛けるんだけど、これがまた偽の情報なんだ。それも偽のといっても微妙に本物で、後で反駁しにくい。なおかつ呼び出した他チームに、より危険な仕事をさせる。いや一応作戦だからといって、うまく丸め込んじゃうらしいけど、実際には自分がいつも一番安全圏にいる様だよ」

「それも証拠がなくて文句がつけられないってわけか?」

「そゆこと」

 話を聞いていた全員がうわあと思った。何てやっかいな奴なんだ。

「まあそれなりに目端の利く部隊長のいるところは流石に引っかからないけど…。軍って上に居ても使えない奴も多いからね。無能とまでは言わないけどさ。現場をろくに知らずに上に立っちゃうお人って必ずいるからぁ」

 思わせぶりにウィンクして見せる。士官候補生としてそれなりの現場を見てきたミックたちには、それだけで状況はわかる。今回の作戦ではじめて正規の軍人となったサラたちには実際の現場での状況は見えない。だがメインブリッジを預かるに足るとエリナが判断したメンバーである。エリナが言わんとしてる事については実感はなくとも理解はできる。

「つうことは今回の敵さんの作戦、上層部には知られてないってこと?」

 ミックとエリナのやりとりにサラが口を挟む。

「まっ確証はないけどね。少なくても現時点では新造艦について知られてはいないと見ていいと思う。本部への報告書もそのセンで書いておく」

「わかった。そっちは任せる。じゃあこのまま帰還だな」

「それなんだけど…、もうちょっとだけ待ってもらえるかな。ワズに最後のお別れをしたい」

 帰還命令を出そうとしたミックを、エリナはそんな言葉でやんわりと止める。今ここを離れてしまえば、今度こそ本当にいつ帰って来れるかわからない。いや、多分二度とここへ来ることはないだろう。もうここに人の住める場所はないのだ。かろうじて宇宙港〈スペースポート〉は残っているが、地上の建物はすべて破壊されつくしている。いつかここに人が戻ってくるとしても何十年も先のことになるだろう。或いは何百年も…かも知れないが…。だからミックはそれを了承し、艦内の皆にもそれを告げた。かつてワズで暮らしていたメンバーは地上に降りたり、展望室へ出たり、とそれぞれの場所でそれぞれの想いを追い続けていた。


 研究所の崖上に小型艇を停め、外に出る。真下にはつぶれたドーム、その向こうに崩れ落ちた研究棟が見える。前線司令室のあった場所だ。エリナはリチャードと共にそれをじっと見詰めている。二人が最後に指揮を執った場所だ。

「ねえ、リチャード、私、甘過ぎると思う?」

 眼下をじっと見つめたまま、ポツリとそうつぶやく。主語も目的語も大事なものをすべてすっぽかした問いだったが、リチャードはその意味を正確に理解していた。

「あの状況では仕方ないと思うぞ。それに被害を最小限に押さえるのは軍人として当然のことだ。他に選択肢はなかっただろう?」

「わかってるわ。引き返して現場を見せるわけにはいかなかった。でも…それでも…」

「なあ、エリナ、お前、自分一人で何もかも背負い込むんじゃない。いいか、人は万能じゃないんだ。あの時はそうするしかなかった。いずれにしてもいつか現実には直面する」

 いつだって周りのあらゆることに気を配り、その結果自分を傷付けてしまうエリナは、強いように見えて実はどこか危なっかしい。だからみんなフォローにまわるのだが、彼女が強い分、とても一人では支えきれない。いつかそれを一人で支えきれる様な相手に巡り会って欲しいと友人達はみな思っている。

「別に背負い込んでなんかいないよ?」

 本人にそんな自覚はないのだろうが、端から見れば他人の人生まで背負い込んで、じたばたしているとしか思えない。この無自覚さはもう少しどうにかして欲しいと思う。でもその無自覚な気配りに皆が救われていることもまた事実なのだ。

「いーや、背負い込んでる。気づいちゃいないかも知れないけどな。だからこれだけは言っとく。過ぎちまったことは忘れろ。その時その時でベストの選択をすればいいだけの話だ。後悔するヒマがあったら前へ進め」

 物凄く前向きに仕事をこなすくせに、思考は時々物凄く後ろ向きになる。いやそうではない。過去にとらわれて動けなくなるのだ。いつだって前を向いてる。過去を振り返ることはあっても決して後戻りはしない。それでも時にどうしようもなく一歩も進めなくなってしまうことがある。だから時々まわりはこうして彼女の背中を叩いてやるのだ。

「ふふっ、ありがとう。そうだね、未来は変えられるけど過去は変えられない。とらわれてちゃ駄目よね」

 すぐにプラス思考に切り替えられるのがエリナの良い所だ。落ち込んでもそれは長続きしない。立ち直りの早さは天下一品だった。けれどそれはどれ程苦しいことだろうか。彼女は辛さを忘れるのではない。それらすべての負の感情を飲み込んだ上で笑って見せるのだ。それは何という強さだろう。だからこそ彼女を守るのは難しい。


 二人からやや離れた位置でランドルフ家の残りの子供たちも眼下の研究棟の残骸を眺めていた。あそこにいた軍人達は皆無事に脱出できた。だがその上に乗っかったままの敵の中型艦の中では何人も亡くなったのだ。他にここの周辺に撃墜されて散らばる双方の戦闘機の中にも永遠の眠りについた者達がいる。そして今この足下のどこかには父もまた眠っている。その父は志半ばで逝くことになって悔しかっただろうか。それとも満足して逝ったのだろうか。彼の地には最愛の人が待っているのだから…。成行きで押しつけられた妻たちだったが、父は彼女らを平等に慈しんでいた。それでも彼が全身全霊をかけて愛したのはエリナの母一人だった。そのことは皆知っていたが、誰もそのことを恨みもしなかった。ここはそういう社会だから…。より優れた才を持つものは、本人が望むと望まざるとに係わらず、複数の伴侶を持たされる。と言うより、平凡な相手との恋愛結婚はそうすることによって認められるとも言える。まあ最もエリナの母は平凡な娘ではなかったが…。とは言っても子供を産むのは女性の方だから、一夫多妻はあっても多夫一妻はあり得ない。せいぜい二夫一妻ぐらいである。流石にいくら優秀なDNAを残したいと言っても多夫多妻はない。そこまでいってしまうといくらなんでも節操なしであろう。だからこそサラ達もエリナ程ではないが、父のことは好きだった。忙しく各地を転々とする日々の中、子供たち皆に平等に――いや少しはエリナを溺愛していたかもだが――愛情を注いでくれた。それこそ惜しげもなくたっぷりと…。だから助けられるものなら助けたかった。でもそれはエリナの前では言ってはいけないセリフだ。傍らにいて、それが出来なかったエリナを責めることになってしまうから…。多分どうしようもなかったのだ。それが出来ていたら、今父は彼らの隣にいただろう。この現場でその時、何があったのかは判らない。でもせめてエリナだけでも無事であったことを喜ぶべきなのだろう。これでもしエリナまで失ってしまっていたとしたら…。その可能性に気づき、サラは愕然とする。知らず体が震えた。

「姉さん!? どうしたの?」

 それに気づいたマリーが他の二人に気づかれない様にそっと声を掛ける。最もバーディとデビーは二人よりも大分前にいてこちらの方は見ていない。

「えっ、ううん、エリナが無事で良かったって、改めて思ったのよ」

「そうね。あそこが崩れる直前まで、エリナはあそこにいたのでしょう?」

 崩れた建物の上に動かなくなった敵の中型艦が無残な姿をさらしている。ここでどれ程、激しい戦闘があったのだろうか。ワズが襲われた時、サラたちは研究所内にいたため、実際の戦闘の状況は見ていない。だが今こうしてここに立つと、相当激しい戦いがあったことがわかる。自分達の目に見える範囲で死者はなかったが、確かにここで数多くの命が失われたのである。そして軍に身を置いた以上、これから先もこうした修羅場をくぐっていかなければならないのだ。


「兄さん、この前ここに来た時、エリナ姉さんが言った事、覚えてる?」

「遺体の状態の話か?」

「そう…、兄さん気づいてないみたいだから言うけど、それを初めて見たのは六年前だったって…」

 六年前…その言葉はさり気なく口にされたが、それに気づいたバーディの顔が引きつる。

「ろ…六…年前って…、まさか…」

「そう、そのまさか…らしいよ。僕も初めて知ったけど…」

「六年前ったら姉貴まだ15じゃないか…、確かあの時、親父も俺たちのおふくろも遠すぎてすぐには行けなかったんだよな」

「すぐには行ったんだよ。皆知らせを聞いて…。でも遠かったから、着いたら既に荼毘に付されていたって…」

「じゃあ…死体の検分に立ち会ったのって姉貴一人…」

 たった一人でそれを見たのだろうか…。

「いや、サラ姉さんの話だと、当時付き合ってた彼氏が一緒だったって…」

「彼氏…?」

「うん、それってきっとカールさんの事だよね」

 ああ…そうかだから二人は…そう納得する。でも…一人ではなかったとしても、わずか15の少年少女がそれを目の当たりにしたのだ。それはどれ程ショックだっただろうか。

「サラ姉さん達は知ってたんだな。何で俺たちには…」

 デビーの襟首をつかむ。

「く…苦しいよ、兄さん。しょうがないだろ。あの時僕らはまだ中学生だった」

 そう確かにその通りだ。まだ守られる立場の子供でしかなかった。15を過ぎれば一応、自分よりも年下の家族の保護者として認められる。でも自分達はまだあの時、その年にはなっていなかったのだ。それが悔しかった。守りたいと思う姉にいつも守られていることに…。どう足掻いても追い越せないことに…。

「遺体を荼毘に付したのはね。エリナ姉さんの母方の一族の風習でもあったけど、何より、その遺体の状態を父さん達に見せたくなかったかららしいよ」

「そうか…親父は唯一人、姉貴のおふくろさんを愛してたんだよな」

 視線を離れた位置にいるエリナへと向ける。正確な遺体の状況は判らない。それを知っているのはエリナとカールだけだ。でももし顔とかに傷がついていたら、父に見せたくないと思っても不思議ではない。実際、おそらく傷がついていたら…などと言うレベルではなかったのだろうが…。

「サラ姉さんが姉貴の軍入りを反対しなかった訳が良く判ったよ」

 辛かったのだろうか。いや辛くない筈はないよな。そこから逃げようとせず、立ち向かうことをエリナは選んだのだろう、そう思う。

「ねえ、兄さん。あの時僕らはまだ子供過ぎて何も出来なかった。でも今ならきっとエリナ姉さんのこと、支えられると思う」

 強い瞳で覗き込まれる。ドキッとした。こいつはこんな強い奴だっただろうか? いや多分、自分が気づいていなかっただけで、いつの間にかそんなことを言い切れる男になっていたのだ。弟だから守ってやらなきゃとずっと思っていた。でもどうやらそれはもうおしまいらしい。と言うか今のやり取りではむしろデビーの方が上の様にさえ思える。姉貴が絡むといつも自分は駄目な弟になっちゃうよなぁとしみじみ思う。


 それぞれがそれぞれの場所で、ここで失われた命を思う。敵の…そして味方の…。動くもののない廃墟の上を乾いた風が砂塵を舞い上げて通り過ぎて行く。夕日が大地を血の色に染めて沈む頃、ファルコンはゆっくりとワズを離れた。


 一夫多妻も二夫一妻もそれが当たり前の社会なら、妻同士、夫同士で確執とかあまりないと思うのですよね。生まれた時から、それを見て育つ訳ですし、違和感はないでしょう。というわけで異母(異父)兄弟姉妹とかも珍しくないです。


 これで第八章が終わります。スパイ任務の後、ファルコンはどんな任務を引き受けるのでしょう?


 実はここから思わぬ方向に話が転がって、続きに詰まっていたりします。ストックのあるうちは亀ペースではありますが、更新して行きます。


入力 2012年12月5日


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