第八章 (2)
ようやく次の話です。相変わらず、亀ペースですが、ファルコンは敵陣深く潜入中です。見つかりませんように。
自 2011年10月14日
至 2011年10月19日
一部補追 2012年3月30日及び4月4日
さて話を元に戻そう。敵の偵察衛星に注意しながら、ファルコンはゆっくりと連盟の深部へと進んで行く。敵は、こちらの動きを掴んでいるのかどうかは定かではないが、今のところ、何の動きも見せてはいない。それでも油断は出来ない。誰も死にたいとも敵に捕まりたいとも思ってはいないのだから。
「データの分析はどこまで進んでいる?」
ミックがエリナに訊ねる。
「前線基地の前に経由したのが、バルモース基地だってことは判っているわ。少なくともそこから、あの編隊になっているわね。その前については今のところ、定かではないわ。それぞれ別の基地を経由している様だけど、どこで集合したか…が判ってないわ」
まあどこで集合したか判ったところで、それだけでどこの指示で動いたか判るわけではない。ただ連盟にしても連邦にしても、これだけ大きな組織になると、すべての指示が中央から出てくる訳ではない。最終的な報告は当然、どちらも中央(つまり総本部)になされる訳だが、個々の局面ではそれぞれの地域担当の中央司令部から指示が出るのが普通だ。情報の伝達速度を考えると、中央政府まで行って指示が戻ってくるのを待っていたら、局面は大きく変わってしまう。場合によっては、地域の中央司令部の指示を仰ぐヒマさえないこともある。いや刻々と変わる戦局を思えば、むしろその方が多いかも知れない。それにそもそも中央政府まで、細かい戦局の情報は伝わっていないことが多い。良く判らないまま、指示を出されてはたまらないという事情も実はある。下手に指示を出されれば、その通りに動くしかなく、結果、全滅なんてシナリオも起こり得るのだ。ならばより現場に近く、状況も判っているところからの指示を受けたいと思うのは、人情であろう。誰だって死にたくはないのだ。
「バルモース基地から指示が出てる可能性は?」
サラが口を開く。バルモース基地が集合場所の可能性もある。
「うーん、あり得ないことではないけど…、あそこは拠点と言ってもさほど大きくないし、あれだけの編隊を構成させるだけの指揮官はいないんじゃないかな」
エリナとて確証があるわけではない。戦局はいつでも動いている。何がどう変わっているのか最新のデータが、常に手元にあるわけではない。サラやミックはそんなエリナの口調に、彼女は一体どれだけの情報を持っているのだろうと思う。まあ確かに中将クラスともなれば、軍の最高機密ですら、その権限で知ることが出来るだろう。軍情報の閲覧の制限はない筈だし、システムのアクセス制限もない筈だ。しかもどうやらエリナの情報網はそれだけではないらしい。どこをどうやっているのかは知らないが、軍の裏情報も掴んでいるらしいのだ。
「とりあえず、バルモース基地とやらに行って見よう。何かわかるかも知れないし…」
ミックが決断をする。周囲の敵艦の動きをチェックしながら、バルモース基地を目指す。基地近くの小惑星の陰に艦を寄せ、通信を傍受する。今のところ暗号通信は出ていない。こちらに気づいていないのなら、その情報は信用できるが、気づいていて敢えて通常通信で行っているのなら偽情報の可能性もある。
「どう思う?」
黙ってじっと敵の通信に聞き入っていたエリナにミックが問う。それを片手で制して更に聞き入る。
「ステルスシステムが利いている様ね。こちらには気づいていないみたいよ。もっともこの通信自体は大したものじゃないみたいだけど…。ちょっと待って、暗号通信らしきものが入ったわ」
データを記録し、取り急ぎメインコンピュータールームに解読を頼む。
「解読ができるまでちょっとかかると思うわ。この隙に軽く食事してきていいかしら。カールと相談もあるし…」
「ああ、そうだな。しばらくは動けないし。いいぜ、但しなるべく早く戻ってくれよ」
敢えてこの場を離れるのは、まだ皆の耳に入れたくない話だからなのだろう。情報の共有は必要だが、余計な情報は却って混乱を招く。ミックもそれが判っているから、エリナの申し出を許可した。
エリナとカールが連れ立って食堂に入ると、リチャードが一人座っているのを見つけた。第二戦闘配置の今、食堂にはほとんど人がいない。基本的には皆、待機している部署で食事を採るのが普通である。
「リチャード、珍しいわね。第二戦闘体制中にここで食事なんて」
「まあな、普段じゃやらないが、今は身を潜めている時だろ。俺がいると結構ピリピリしちゃうんでな」
それは何となくわかる。エリナも同じだからだ。それなりに実戦経験のある二人は、第二戦闘体制の時でも、ほとんど気を緩めない。第一級戦闘配置と同じ体制でいる。その緊張感はやはり周囲に影響を与えてしまうのだ。だから今の様に敵の来る可能性の低い時は、少しでも気を抜かせてやろうという配慮であろう。
「ところでそういうお前さんたちは?」
リチャードも疑問に思ったのだ。今、この時期、参謀が艦橋を離れるとは…と。
「ちょっと相談事があってね。丁度良いわ、リチャード、貴方の意見も聴きたいわ」
幸い辺りに他の人間はいない。エリナとカールはそのままリチャードの向かいに腰を降ろす。
「俺なんかの意見を求めるってことは、技術面の問題じゃねえな」
「まあね。上がどうとってるかは判らないけど」
食堂の天井を軽く見上げてそう言う。ここで言っている上というのは、メインブリッジのことであろう。確かにカールを連れ出した時点で、彼らが技術面の問題と判断してもおかしくはない。いや、エリナの方もわざと誤解する様に仕向けたのだ。
「で、その話ってのは?」
「これから先のことよ」
「これから先?」
水を向けたリチャードにエリナが答え、それにカールとリチャードが異口同音に聞き返す。これから先とは何を指しているのだろう。
「今回はともかく、これからの任務について…よ」
「どういうことだ? 何か問題が?」
リチャードは意味が良くわからず問い返す。一方カールはちょっと小首を傾げて考え込んでから口を開く。
「ステルスシステムの事か? もしかして…」
「ステルスシステム? ああ、そう言えばバッチリ効果ありらしいな」
「これはまだファルコンにしか搭載されていないわ」
ここに到ってリチャードもエリナの言いたいことを了解する。
「成程な。このままだと俺達は隠密行動専門にされかねないって訳か」
「無論、唯の憶測でしかないわ。何の確証もない」
「いや、その可能性は高いだろう。ここまで敵陣に切り込めているんだからな」
戦略的なことでは遠くエリナに及ばないが、データの分析にかけては引けをとらない。この程度の推察は充分に可能だ。データの分析ではこの二人には及ばないものの、戦略的な面ではエリナに切迫するリチャードも、当然、この程度の事は推察できる。互いに顔を見合わせる。もし万が一そんなことになったら大変だ。戦場経験の乏しいこのメンバーを抱えての隠密行動は荷が重い。そうでなくとも隠密行動というのは神経をすり減らす仕事なのだ。こんなことを繰り返すぐらいなら、激戦地に投入される方がナンボが楽というものだ。確かにどちらもわずかなミスが死を招くハードな局面ではあるが、単独で敵地で行動するのと艦隊戦に参加するのとでは神経の使い方が違う。
「ステルスシステムを早急に他艦にも展開できる様にするべきだな」
カールが至極まっとうな意見を述べる。が、しかし事はそう簡単には運ばない。口で言うのは簡単ではあるが、これは学習システムの様にソフトを組み込めばいいという代物ではない。機器に関わってくるシステムであり、それぞれの艦に搭載するのにはそれなりの資材の調達と手間ヒマが必要になるのだ。
「それでも、それが完了するまで、この手の任務につけさせられる可能性は高いでしょうね」
「かんべんして欲しいぜ。ったく、俺達はともかく新人さんにゃあちょいキツ過ぎだろうが…」
「俺達、元士官候補生たちだって危ないぜ。うまくストレスを発散できりゃいいが…」
とは言え、カールたちはワズに来る以前から、充分な訓練と実戦を経験しているのである。ワズに来ることが決まる前の経歴はそれぞれまちまちだが、それでもストレスをため込みすぎてしまう様なことはないだろう。だが、民間人から登用されたばかりの他のメンバーはどうだろう。まだストレスとのうまい付き合い方は習得できてはいまい。戦闘部門のメンバーはまだ何とかなる。イーグルチームも砲術班もどちらも実戦経験者を多く有している。新人のフォローは任せられるだろう。レーダーと通信のオペレーターたちも問題はない。元々実戦経験者揃いなのだ。医療部門もまあ大丈夫だろう。気になるのは生活班と技術部門だろうか、どちらにもそれこそ実戦経験者はいないのだから…。けれどもエリナが今一番懸念しているのは、実はメインブリッジなのだ。艦を預かり、それ以外のものたちすべてに指示を出す、そんな立場にありながら、そのおよそ半数が、いわば新人なのである。指揮系統に支障をきたすということは、とりもなおさず、艦そのものの存亡に関わる。なればこそ、この問題はおざなりにはできないのだ。そして、だからこそこの問題は艦橋では持ち出せなかったのである。
「現況はどうなんだ?」
「今のところ艦橋メンバーに異状はないな」
「今回が初めてでしょ。だからまだ…ね」
「緊張はしても、ストレスには結びつかないと…」
「成程な。そういうことか」
「成程なって、そういうお前はどうなんだ? 実戦経験があると言っても俺たち程じゃないだろう?」
それでもエリナがこんな場に連れてくるぐらいだ。この手のことに関してそれなりに信用しても良いのだろうとは思う。
「まあな。けど俺はそれ程責任は重くないし、俺の部下は歴戦のベテラン揃いだからな。心配なのはミックやショウの方だ」
自分が多少ミスっても、下がフォローしてくれるだろう。もしかしたらショウだって…、でもミックは?
「リーダーとしての素質は充分だと思うけど、これだけの規模の艦長経験はないわけでしょ。責任の重さは相当のものだと思うわ」
責任が重ければ重い程、当然肩の荷は重くなる。それだけストレスも大きくなるだろう。それをはねのけられるかどうかはそれぞれである。(あるいは折り合いをつけるか…)一般的には楽天的な方がそれを乗り越えやすいが、これも一概に言えることではない。どれ程、心配したところで、こればかりはどうにもならない。元々、心の問題というのはいろいろと難しいのだ。そもそも他人にどうこうできる性質のものでもない。他人が介入できるのは、色んな意味でそうなった時――あるいはそうなりかかった時――のことで、それもせいぜいサポートかフォロー程度のことしかできないのである。
「とにかく、俺たちは気を配っていろってことだろ。んで、何かあったら医療班と連携して行けってことだろ」
何だかまた余計な仕事が増えた気がする。まあ仕方がない。エリナの下で働いているとこうした事は日常茶飯事だ。今更、驚くには値しない。
「まあね、よろしくね。で、ステルスシステムの他艦への展開は私とカールとで何とかしてみるわ」
「おい、俺も手伝うのかよ?」
「だって、他のメンバーは頼めないでしょ?」
「ああ…、わかった、わかった。まったく人使いが荒いよな」
カールはリチャードの方を向いて片目をつぶってみせる。リチャードもそれに大きくうなずいて見せた。とすれば、こいつも判ってるのだとリチャードは思う。配下になっていくらも経っていないのだろうに…。最もカール自身、エリナとは旧知の間柄の様だから、ここに来る以前からそのことは知っていたのだろう。が、確かに彼女は人使いが荒いけれど、その分自分も良く働いている。いや、むしろ部下より働いているかも知れない。普通の部下にそんな素振りを見せることはないが、側近として働いたリチャードと、現在、側近として働いているカールはその事を良く承知している。だから茶化しはしても、本気で文句を言うつもりはさらさらなかった。第二戦闘配置中とあって、いつまでも食堂でぐずぐずしてるわけにもいかない。話を終えた三人は急いでそれぞれの持ち場へと戻っていった。
敵陣深く潜入中のファルコンは無事に任務を終えて帰還できるのでしょうか。今のところステルスシステムは完璧みたいですが…。
入力 2012年11月9日
校正 2013年9月18日




