第五章 (3)
地区本部基地まで後少し、このまま敵に遭遇せずに行けるでしょうか? 第五章は多分あと一話で終わります。
自 2011年6月26日
至 2011年6月27日
可能なだけの補給を済ませてファルコンは再び宇宙〈そら〉へ飛び立った。今度の目的地は地区本部基地である。しかし、実はそこまではかなりの距離があるのだ。おそらく現在済ませた補給量では間に合わない程の…と言うことは、ここから真っ直ぐにそこへ向かう訳にはいかず、途中何ヶ所かで補給のできる基地に寄らなければならないということで、そうすると真っ直ぐ行くよりは、更に時間がかかってしまうことになる。その分、発見される可能性も高くなってしまう。まあそうするしか方法はない。
軍本部はこの新造艦の為にわざわざ護衛艦を出す気はない様だから、何とか現行のメンバーで頑張るしかない。軍本部が護衛艦を出さないのは、要はこっちも戦艦だし、新開発ということで性能も高いだろうと思っているからであろう。しかし、取り扱っているメンバーの半数は訓練も受けていない民間人や技術将校であり、尚かつ、船内に多数の民間人を抱えている現在の状況を考えるのなら、護衛艦を派遣してしかるべきであろう。それができないということは現在の上層部がいかに現場をわかっていないかを示している。軍も肥大化すると現場を知らないものが上に立つことも多くなり、末端の状況が掴みにくくなってしまうものなのだ。幹部候補のエリート将校は大抵の場合、最前線には出ない。実戦経験を積むこともそう多くはないし、比較的安全な戦地に回されるため、シミュレーション通りの戦い方でどうにかなるケースがほとんどである。だが本当の現場というものはそんな生易しいものではない。激戦地においては戦局は刻々と変わる。予想外の展開になることも多いし、一瞬の判断ミスが死につながることもある。逆を言えば一瞬の気の緩みさえ許されない過酷な場であるということなのだ。まあ、とは言えここでいくらグチを言っても始まらない。死にたくなければ頑張るしかないのである。
展望室の窓から星の海を眺める。あそこを縦横無尽に走り回るのが好きだった。あの頃は何も考えずにそれだけに集中していれば良かった。そうあの日までは…。あの日からもう宇宙〈そら〉に出ることはないと思っていたのに…。遥か遠い彼方に思いを馳せる。宇宙〈そら〉の彼方、時の彼方…。
「あら、フロルじゃない。そんなところで何して…」
丁度通りがかったエリナがフロルの姿を見つけて、軽い調子で声を掛けようとし、その言葉を途切らせる。フロルの視線の先に気づいたからだった。黙ったままその傍らに寄る。
「戦闘機隊に推薦したこと、怒ってるかしら?」
そっと訊ねかける。フロルはゆっくりとエリナの方を振り返った。心配気に見つめるエリナの表情〈かお〉がそこにはある。
「いや、怒ってはいませんよ。こうしているとあれこれ考えたりはしますが…」
そう実際考えることは色々ある。正直、もしかするとまだ迷っているのかも知れないのだ。出口のない迷路を彷徨っていた日々…。エリナがその出口への道筋をつけてくれたのだが、それでもまだ…。無論、戦闘機乗りとして宇宙〈そら〉に出る時はそんな迷いは捨てる。迷いがあればチームの仲間を危険にさらす事になるから…。でも…こうして船内から宇宙〈そら〉を見る時、それはどうしても甦ってしまう。
「そう? それならいいけど…。もしかして酷なことを頼んだのかも知れないって思ってたから…」
エリナはこういう時、限りなく優しい。エリナの立場を考えれば、頼みではなく軍命でフロルを縛ることだって出来たのだ。明らかに人手が足りない中で、フロルがもし断ったとしたら、エリナの立場は悪くなっていただろう。最もエリナ自身はそんな事気にもしないだろうし、そんな事で揺らぐ様な柔な地位でもなかったが、軍の上層部との折り合いは確実に悪くなっただろう。それでもエリナは軍命を出さなかったのだ。そしてフロルは気づいている。エリナは自分の過去を決して語ることはしないが、彼女が自分よりも遥かに過酷な現場を通ってきたのだと…。だからフロルはにっこりとエリナに微笑み返す。
「僕が自分で選んだ道です。貴女が気に病む必要はありません」
きっぱりと言い切る。エリナの優しさが嬉しいからこそ、その思いを断ち切る。そう、どれ程迷いがあろうとも、決めたのはフロル自身だ。いつまでも過去に引きずられている訳にはいかないと頭〈こうべ〉を上げることを決めたのだから…。フロルの答えを聞いてエリナの表情も少し緩む。その言葉を額面通りに受け取ることはできないが、その決断は認めるしかない。フロルの人生はフロルのものなのだから…。
部屋に戻るというフロルを見送って、エリナは再び窓の方を振り返る。人の事をかまけている余裕なんて自分にあるのだろうか。あの星の海でたくさんの命を失った。けれど、それと同じくらいたくさんの命をこの手で奪った。この手はもう血まみれなのだ。
「余計なこと考えてんじゃねえーよ」
じっと己れの手を見つめていたら、脇からそう声がかかり、髪をくしゃくしゃといじられた。
「カール…、何を…」
「何、考えてるか大体わかるが、今はそういう時代だ。あの時お前がそう言ったんだぞ」
遠い日のあの情景がまぶたに浮かぶ。自らの決意を初めてカールに告げたあの日のことだ。
「そうね。今更よね」
一言いって微笑む。それに柔らかく微笑み返しされた。判ってくれる相手がいるというそれだけで強くなれる。
「ロフスさん、カムリさん、お疲れ様でした。今日はもう上がっていいです」
「おうお疲れさん、てかお前まだやる気か? お前こそ上がれ」
「ロフスさん、仮にも副部長に対して、お前なんて使っちゃ駄目ですって」
「ああ、呼び名なんて何でも良いんだよ。上司だってことはちゃんと認識してんだから」
「そういう問題じゃないんですって」
「ったくウルセエ奴だな。わかったよ。じゃあ副部長、一人でまだ仕事する気か?」
エリナもそうだが…――いや、最近は違うが――デビーも放っておくといつまでも仕事を止めない。口調は荒くても上司のワーカホリックを心配しているのだと周囲は気づいている。
「心配しなくても、このデータを姉さん…と、技術部長に、届けたら僕も上がります。今日の当直は誰でしたっけ」
「あ、私です。後はお任せ下さい」
シェレン・パールが答える。彼女を残して皆部屋を出ていった。
夕食時の食堂はいつもごった返している。昼はそれぞれの部門で時間差で休みを取るが、夕飯の時間は当直以外はほぼ同じ時間帯になってしまうからなのだろう。だが、どこの部門も同じということは、別部門同士も出会いやすいわけで…。
「リオ兄! 暫くぶり、仕事はどう?」
「あ、ああまあ順調だ。しかし、お前が砲術班とはねぇ」
「そんなにおかしいかな?」
「いや、射撃部にいたんならおかしくはないが…」
「ないが…、何?」
「いつの間に射撃なんかに興味を持ったんだ?」
軍に入る為に親元を離れてから一度だって帰っていない。帰るのは士官になってからと思っていた。もっともその念願の士官になった今、とても家に帰れる様な状況ではなくなってしまったのだが…。
「いつの間にって…結構前からだよ。俺の行ってた高校にはなかったからやってなかっただけで…」
家を離れているとこんな些細なことでも判らなくなってしまうのだなと思う。もっとも家族だからって何でも知ってるわけじゃないのだけれど…。
地区本部基地まではおおむね自動操縦なので、敵が来ない限り運用メンバーも殆どすることはない。無論レーダー部門は随時周囲に注意を払っていたし、通信部門は基地と定期的に連絡を取っていたが、運用面では他にすることがなかった。
技術面においては、未だ未完成だったソフト面での開発作業が水面下で行われていたが、これに携わっているのはほとんどが技術部のメンバーで、それに艦橋のスタッフが若干加わっているのみであったため、本当にそれ以外のメンバーはすることが無かったのだ。
とはいえ、夜間の当直時以外は各自がそれぞれの部署にいることが義務付けられていて、部屋でのんびり昼寝――でも読書でも構わないが――というわけにもいかなかった。中で一番することがないのが艦載機チーム――現在はイーグルチームと名前がついている――と砲術班で、どちらもヒマを持て余した挙げ句、訓練と称して艦内の通路でサーキットトレーニングを始めてしまった。実の所、艦内を走り回られるのは、迷惑以外の何者でもないのだが、そうでもしないと今度はチーム内でストレス解消とばかり喧嘩を始めてしまう可能性もあり、それよりはマシという理由から、現在は黙認という形になっていた。
少しづつ読んでくださる方が増えているようで嬉しい反面、楽しんでもらえているのだろうかと心配もしています。楽しんでもらえているといいなぁ。
入力 2012年7月22日




