第三章 (4)
第三章がこれで終わります。
登場人物はさして増えてはいませんが、紹介も追加します。
自 2011年5月10日
至 2011年5月16日
市街地を破壊し尽くした中型艦は、次の標的〈ターゲット〉を探すようにゆっくりとその上を旋回している。そこから崖の方へと伸びる道路を見つけた様だ。それに沿って研究所の方へ近付いてくる。研究所の方でもその様子は逐一チェックされていた。前線司令室はもちろん、総司令部でも…である。
「中型艦が五体か…。どう思う?」
「ちょっちきついな。基地がせめて一体でも落としてくれてりゃな…」
「艦載機、減らしてくれただけでも有り難いと思わなくちゃね。それにどうやら大型艦はまだ来ない様だし…」
「今のところはな」
けれど、エリナもリチャードもわかっている。最後には必ず大型艦が出張ってくるということを…。今、降下してこないのは、基地から出されたSOS信号に応えた救援部隊が来るのに備えているからだ。だが一番近い基地までの距離を考えると、早急に味方が来るとは思えない。となれば長引けば地上に降りてくるだろう。まあ、その前にこっちが全滅しなければ…だが、その可能性を否定できないところが哀しい。気を取り直して指示を飛ばす。
「戦闘機第一小隊、第二小隊、発進し前面に展開」
「主砲、副砲発射準備」
「戦闘機隊は敵艦載機、主砲、副砲は戦艦を狙え。建物の背後に敵を侵入させるな。あとは各自の判断に任せる」
激しいドッグファイトになれば、指示通りに行かないこともある。あとは状況に応じて各自の判断に任せた方が効率も良いし、生存率も高くなる。現場を良く知っていればこその判断である。
このことから見てもリチャードはもとより、エリナの方も相当場数を踏んでいることがわかる。現場で実戦経験を積んでいなければ、咄嗟にこんな指示は出せないだろう。
指示を受けて各自が迎撃体制を整える。そこにまるで図ったかの様に敵の艦隊が姿を現した。先ずは中型艦が二体、残りの三体はまだ市街地上空に停泊している。他の施設の有無や、生存者の有無を確認しているのだろう。敵はこちらが迎撃体制を整えていることに気づき、射程距離外で動きを止める。戦艦から艦載機が次々飛び出し、艦隊のまわりに展開した。再び、しばしの睨み合いになる。
地下シェルターには基地の生存者の他、地上に落とされた戦闘機からかろうじて脱出できた兵士たちも避難して来ていた。ぎりぎりまで基地で負傷者の治療にあたっていた軍の医療関係者たちも一緒だ。血に染んだ包帯が痛々しい。市街地への爆撃の衝撃はここにも伝わってくる。ここ脱出用のホームには今のところ問題は見られないが、既に上のシェルターでは壁の一部が崩れ始めていた。
「ちき…しょう」
兵士の一人がつぶやく。戦力の差があったとは言え、あまりにもあっさりとやられてしまったことが悔しかった。彼の隣で砲を扱っていた兵は命を落とした。間一髪で助かった彼は爆風に吹き飛ばされて、壁に激突し腕の骨を折った。担架に乗せられたままのものも少なくない。
そこへようやく研究所から折り返して来た列車が戻って来た。機動性を高める為に車両を切り離し、一両編成になっている。車両から何人かの下士官が降りて来て、負傷者の搬入を手伝う。
ちなみにここに基地司令はいない。司令部は直撃を受けて壊滅したのだ。通例、司令部は基地内でより安全な位置に確保される。指示する人間がいなくなることは、軍隊そのものの存亡に関わるからだ。その司令部がやられる程だから軍基地の被害の度がわかろうというものだ。
「全員乗ったな。出発するぞ」
ゆっくりと列車が動き出す。
「負傷者の諸君には申し訳ないが、いつどこから攻撃されるかわからない状況なので、最高速度で研究所へ向かう。多少の揺れは覚悟してもらいたい」
市街地の地下を抜ければ、メトロの上の地上は何もない荒野だ。メトロのルートがたどれて上から空爆を受けた場合、それがどの程度、地下に影響があるのかわからない。既に地上への空爆が始まっている今、地下にいる時間は極力短くしたかった。幸いなことに敵は今、研究所そのものの方に関心を向けている様だった。
研究所の前面では既に激しい戦闘が始まっていた。総司令部では前線司令室から送られてくる映像をモニタリングしている。
「どのみち中型艦五体までが限度じゃろう。総司令、脱出の指示を」
ランドルフ博士がモニターから目を離し、総司令の方を振り向く。
「うむ、脱出には新造艦を使うかね」
「ああ、敵の手に渡すわけにはいかぬしの」
「だが、まだ完成していないのでは?」
「ハード面に問題はない。システム的にはまだ未完じゃが、基本動作の確認は終わっておるから、あとは移動しながらでもチェックはできるのでな」
「わかりました。では、その様に」
総司令はうなずき、研究所内に総員退避命令を出す。とは言っても全員が同時に行動を起こすわけにはいかない。まずは民間人(研究所の民間研究員も含めて)が新造艦へと向かう。引き続いて負傷者と軍の医療部隊、戦闘に加わっていない技術将校達が乗り組む。
「総司令、お主も行くが良い。今、生存している中で艦の指揮を執れるのはお主だけじゃ」
「しかし…」
「ここの指揮はわしが執る。元々ここはわしの城じゃしな」
「わかりました。では御武運を…」
総司令は一礼をして出ていく。階級的にはランドルフ博士の方が遥かに上なのである。任を解かれれば自然、言葉は敬語になる。
「エリナ、そっちはどうじゃ?」
内輪のメンバーだけになって、博士の口調もくだけたものに変わる。
「中型艦二体は片したわ。ただこっちも三割はやられてる。次の三体はちょいきつそうよ」
「総員退避命令は聞いとるな」
「ええ、そっちは完了したの?」
「戦闘員以外はな」
「わかったわ。じゃあ先ず主砲、副砲を自動に切り替えて退避させる」
一度に全員を避難させるわけにはいかない。敵に一気に攻め込まれては脱出のチャンスがなくなってしまう。エリナは残っている戦闘機隊を全部発進させ、中型艦に対峙させる。これで更に中型艦二体を倒す。この時点で無事に残った戦闘機を全機引き上げさせ、乗員を新造艦へ避難させた。残った中型艦一体がメインの建物に突っ込んで来るのを司令室から砲の照準を操って攻撃を加える。
「リチャード、司令室の全員を退避させて」
「お前さんはどうするんだよ」
「ぎりぎりまで引きつけて、この建物ごと爆破するわ」
「おい、まさか死ぬ気じゃ…」
「馬鹿言わないで! この若さで死ぬ気なんかないわよ。いいから行って!」
「わかった。じゃああとで」
一抹の不安はあったが、エリナが死に急ぐような人間ではないことは良く承知している。リチャードは副官として司令室のメンバーの安全をはかる任務があるのだ。彼らを引き連れて新造艦へと向かう。
「父さん、どう? いける?」
敵中型艦を捕獲ビームで建物上空に固定してから、エリナは総司令部へ駆け込んで来た。
「大丈夫そうだ。いくぞ」
博士はそう言って、メインの建物及び格納庫の自爆スイッチを入れた。メインの建物が吹き飛び、その破片の直撃を受けた中型艦が、黒煙を上げて地上に堕ちて行く。生存者の有無はわからないが、これで敵もあとは大型艦一体を残すのみとなった。格納庫を爆破したことによって、荒野側から崖内部へ侵入することはできなくなった。敵大型艦はゆっくりと地上目指して降下を始めた。既にこの時、総司令部のメンバーも新造艦に避難しており、ここに残っているのはエリナと博士だけとなっていた。
次の章に進む前に、投稿したここまでの話を推敲します。
第四章はそれからになります。
ユニークが200人を越えて感激しています。これからもよろしくお願いします。
入力 2012年6月21日
校正 2012年7月4日