第四章 (1)
お待たせしました。第四章のスタートです。
登場人物がドカンと増えます。四章が終わり次第、人物紹介を更新しますが、それまでは少し混乱するかも知れません。
自 2011年5月16日
至 2011年5月18日
新造艦(実はファルコンという名前がある)の中では慌ただしく発進の準備が進められていた。サラたちも各開発部門の責任者として艦橋〈メインブリッジ〉に集まっている。その他、艦橋を預かる予定だった士官候補生達もメインブリッジに集められていた。
「では君たちの中には大型艦を扱えるものはいないのだね」
集まった士官候補生達にマルコフ司令が確認をする。
「はい、操縦士〈パイロット〉は第二陣で来ることになっていました」
ミックがそう報告する。マルコフ司令は一声うなり、視線を宙にさまよわす。大型艦を取り扱うのは誰でもできることではない。それなりの訓練を受けていないと難しいのだ。
まあ中型艦の取り扱い経験があれば、動かすことぐらいはできる。だが自在に操るというわけにはいかない。民間機でも大変なのだ。まして機動性を求められる戦艦では並の技術では務まらない。それなのにここには中型艦の経験者すらいないのだ。
基地の中型艦は既に撃墜されている。研究所にはもともと中型艦は配属されていない。途方にくれている司令に恐る恐る声を掛けるものがあった。サラである。
「あの…すみません、差し出がましい様ですが」
「何かね」
「確か、定期船のパイロットが二人とも大型艦の取り扱い経験があるという話です。取り敢えず彼らに頼んで見てはどうでしょうか?」
「ふむ、それは本当かね?」
「エリナが、…あっと、エリナ中将がそれについては詳しい筈です」
マルコフ司令は至急、総司令部と連絡をとる。エリナは彼ら二人なら充分に大型艦の取り扱いができると太鼓判を押した。早速彼ら二人が艦橋に呼び出される。
「という訳で、現在生存している軍人の中に大型戦艦を扱える者がいないのだ。ぜひ君達にこの艦の操縦をお願いしたい」
ベンとエルは互いに顔を見合わせるが、何と返事して良いかわからず途方にくれる。確かに大型艦を扱ったことはあるが、戦艦となれば話は別だ。
「エリナ中将殿も君達の腕は保証すると言っている。いずれにせよ、ここにこのままとどまることは全滅を意味する。どうか引き受けてもらいたい」
生か死かと詰め寄られれば、イエスと言うしか残されてはいない。誰しも死にたくはないのだ。それにエリナに保証されたというのは素直に嬉しい。
「わかりました。お引き受けします」
ベンが答え、エルもうなずいた。二人操縦席に着く。また機関部門を担当する筈だった士官候補生も第二陣組だったので、ここは開発を担当していたエドナーが引き受けることになった。機関室の方はエドナーの助手だったデュオが入って態勢を整える。
「マルコフ司令、総司令部のエリナ中将から通信が入っています」
通信士を引き受けた士官候補生のリオがマルコフ司令に声を掛ける。
「マルコフだ。何かあったのかね」
「総員の退避完了しました。至急、脱出の指示を」
「総員? しかし、君は? そちらには君だけかね?」
「いえ、私とランドルフ中将の二人です。中将は現在、機密データの消去作業中です」
「では、至急それを終えて我々と合流したまえ」
「消去作業にはまだ時間がかかります。ですが脱出を遅らせれば、敵大型艦に発見されてしまうでしょう。そうなれば戦闘は避けられません。ですが、多くの民間人を乗せている現況を考えれば、できるだけ戦闘を避ける方向で考えるべきです。消去作業と平行して、こちらで大型艦の注意を引きつけておきます。その間に脱出して下さい。我々は小型艇で後を追います。合流ポイントの資料はそちらへ転送しました。合流ポイントに到達するまで、脱出後の通信は行いません。合流ポイントに規定時間内に我々が現れなければ、そのまま最寄りの基地へ向かって下さい。理由はおわかりですよね。以上です。通信を切ります」
言うだけ言ってエリナは通信を切った。脱出後、通信を行わないのは敵に感知されない為であり、規定時間内に合流ポイントに到達できない時は、エリナ達は死んだものと見なして欲しいということである。戦場では時間はとても貴重だ。生存者がいるのがわかっていても救助に時間がかかる様であれば、敵の追撃を受けて逆に死者を増やすことになりかねないのだ。涙を飲んで生存者を置き去りにすることもありうる。ましてこの船には数多の民間人が乗っている。人の命の重さなど本来比べられるものではないが、民間人と軍人どちらの命をとるかとなれば、答えは自ずと決まって来る。マルコフ司令もそこのところは良く承知しているから、エリナに対して反論する気はない。
「死ぬなよ」
小さくそうつぶやくと指示を出して、ファルコンを発進させる。脱出ハッチは研究所からかなり離れた――ほとんどワズを半周した――位置に用意されていた。崖の前面では崖内部に設置された砲と大型艦との間で激しい銃撃戦が行われていた。敵の艦載機も周辺を飛び回っていたが、流石に脱出ハッチには気づいていない様だった。エリナは崖の後方から自動操縦の小型機を何機か発進させ、カモフラージュを図っていて、その作戦はどうやらうまく行っている様だった。
ファルコンは敵の攻撃には遭わずに無事に合流ポイントに着いた。ここまで来てしまうとワズがどうなっているかを知る手段はない。あとは二人の到着をただじっと待つのみだ。ほとんどの者が気を緩めている中、レーダー技士達だけが休みなく周囲に気を配っている。
「姉貴、大丈夫かなぁ」
バーディの思いはまずそこに行く。一緒にいる筈の父親のことはさして気にならないらしい。もっともその点に関して言えば、他の姉弟たちも似たり寄ったりだが…。別に父親を嫌っている訳ではない。ただエリナと比べて他の四人は、父親との間にある種の距離感があるのだ。
「あの娘なら大丈夫よ。決して死に急いだりはしない筈だし、私たちと違って実戦経験も豊富よ」
サラが断言する。実戦経験が豊富だということは、それだけ戦場で生き抜いてきたということでもある。命の重さも良くわかっているだろう。まあ、その分たくさん人の死を見てきたということでもあるが…。
「サラ姉さん、でもそれにしても遅くない?」
デビーが心配気にモニターの規定時間をチェックする。それはもう既に半分以上過ぎていた。
「レーダーに機影。どうやら小型艇の様です」
レーダー技士から報告が入る。
「一機だけかね?」
「そのようです」
「よし、通信回路を開け! 万が一ということもある。主砲は小型機に照準を合わせておけ!」
味方の振りをして敵が接近してくる可能性も皆無ではないのだ。暗号信号を送る。即時に応答が返って来た。どうやら味方に間違いないらしい。暗号信号に続いて小型艇からの通信が入る。
「こちらエリナ・ランドルフ、着艦の指示をお願いします」
エリナの乗った小型艇は指示に従って、ハッチから格納庫に入って来た。待機していたバーディがそれを迎える。機体から降りて来たのはエリナ一人だった。
「姉貴一人? 親父は?」
バーディの問いにエリナは唇を噛み、視線を落とした。そのまま黙って首を左右に振る。バーディが息を飲んだ。それから心配気にエリナを覗き込む。姉弟の中で一番エリナが父に近い位置にいたのだ。
「大丈夫よ。とにかく艦橋〈メインブリッジ〉に報告に行かなくちゃ…ね」
思いを振り切る様にキッと頭〈こうべ〉をあげ、エリナは格納庫を出て行く。慌ててバーディもその後を追った。
「では報告を」
メインブリッジに着いたエリナにマルコフ司令が命じる。
「システム内の機密データはランダムデータを書き込んだ後消去し、その後メインコンピュータ自体を爆破しました。その他、研究所内の主要な部分もすべて爆破しています。これらの作業及び敵爆撃とその誘爆とで研究所の九割は破壊されました。尚これら一連の作業中にランドルフ中将が亡くなりましたこと、合わせてご報告致します」
父の死を報告してエリナは視線を落とす。誰もが悲痛な面持ちでエリナを見つめている。今エリナの心中にはどんな思いが去来しているのだろうか。
「敵大型艦にはかなりの損害を与えたものの撃墜には到らず、また敵艦からの応援要請も受信しましたので、増援が来る可能性があります。小型艇の脱出の航跡を敵が辿れているかについてはわかりません。追跡はされていなかった様ですが、確証はありません。現況はそんなところです」
「うむ、ご苦労だった」
報告を終えたエリナの肩から力が抜ける。数多くの死を見て来たとは言え、父の死を目の前にするのは決して楽ではなかったろう。心配した姉弟たちがまわりに集まる。
「サラ姉さん…、ごめん。父さん連れて来れなかった」
つぶやく様に声を絞り出す。サラは黙ってエリナの肩をポンポンと叩いた。今は何を言っても慰めにはならない。こんな場でなければもっと感情をあらわにしていただろう。だが、まだ安全が確保されたかどうか定かではないこの状況では、いつまでも沈んでいる訳にはいかない。改めてマルコフ司令に向き直る。
「父が亡くなりましたので、現在、船のシステムに関して一番詳しいのは私になるかと思います。船の技術部門の総責を私に執らせて下さい」
「わかった、君に頼もう。技術部の総責任者として任命する。よろしく頼む」
「全力を尽くします」
強い決意を込めて司令を見返した。そのエリナに近づく一人の士官候補生がいた。
「よお、エリナ、久し振り」
肩をポンッと叩かれてエリナは振り返った。
「カール!? 何でここに?」
「新造艦の乗員として選ばれたのさ」
「ふうん…」
士官候補生の制服を不思議そうに眺め回す。
「で、どっち?」
簡潔な問い。これだけでわかるかと思うが、カールは見事にそれについて行く。
「軍事訓練はちゃんと受けているが、肩書きは技術分野だぜ」
この様子からすると、エリナとカールの関係は単なる知り合いではなさそうである。――こいつ何者だよ――バーディは思う。口振りもそうだが、ツーカーでわかるところからも親密な様子がうかがえる。無論、これまでだってエリナと親しい友人達には数え切れない程出会っている。なのに何かいつもと違う気がする。思い過ごしかも知れないが…。
「旧交を暖めるのは構わないが、今はそれに時間を割く余裕はない。全員ちょっと注目してもらいたい」
マルコフ司令が口を挟む。メインブリッジにいた全員がそちらに意識を集中する。エリナとカールも会話を止め、司令に注目した。
「敵が追撃して来る前に艦内の態勢を整えておきたい。とは言え、現在、軍人の数は圧倒的に少ない。場合によっては民間人の手を借りざるを得ないことも視野に入れている。現に操船及び機関部門はそうなっているのだから」
そう言って、マルコフ司令はメインブリッジのメンバーを見渡す。
「まずは各部門の責任者を決定する。責任者に選ばれたものは艦内から自分の部署にふさわしいものを探し出してチームに加える様に。この時、今も言った様に民間人であっても構わない。交代要員を補充できる基地に辿り着くまでは、その態勢を取るしかない」
そこまで言って、手元のリストに目をやる。士官候補生の他、現在動ける(技術将校を含めて)軍人たちのリストである。合流ポイントで待機している間に、リチャードが中心になって艦内を駆けずり回り、まとめたものだ。
「まずはこの船の艦長だが、これは当面私が引き受ける。私の補佐、すなわち副艦長にはミック・ゲイル、君を任命する。よろしく頼むよ」
「はい、わかりました。お受けします」
「メインブリッジのシステム責任者にはサラ・ランドルフ、君を任命する」
メインブリッジのシステムはこちらに来てからサラが一手に引き受けて開発している。彼女以外にこの任に当たれるものはいない。同様の理由で砲術部門はマリーが総責任者となった。
「戦闘部門の総責任者にはショウ・テラ、君を任命する。士官候補生とは言え、君の戦績は賞賛に値する。その能力を存分に生かしてくれたまえ」
「光栄の至りです。慎んでお受けします」
歴戦の司令にほめられれば誰でも嬉しい。勢い力も入ろうというものだ。士官候補生からは他にリオ・ドアンが通信部門を、カール・キムがレーダー部門を預かることになった。
「戦闘機隊の方はバーディ・ランドルフ、君を任命する。先程の艦載機による実地テストは見事だったぞ」
確かに初っ端の攻撃こそビームの直撃を受けたが、機体に慣れてからは一度も当たっていない。実地テストを行いながら、巧みに攻撃を交わし続けたのだ。
機関部門は引き続きエドナー・ダンが担当し、操船の方はベン・コジロが航海長、エル・スターンが副航海長を引き受けた。これはエリナの進言によるもので、彼女に言わせると戦艦を扱うのなら、ベンの方がより適性があるのだという。
取り敢えず各責任者が決まった時点で、司令は船を発進させた。同じ場所に長くとどまっていることは、敵に発見される可能性を高めることになる。ワズを脱出した艦があることに気づけば、敵は必ず後を追ってくるに違いないのだ。
思ったよりたくさんの方に読んでいただき、とても嬉しいです。がんばって書いて行きます。これからもよろしくお願いします。
入力 2012年7月5日
校正 2012年9月14日




