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第四章 (2)

 それぞれの思いを織り交ぜながら、ファルコンの態勢は整っていきます。

 格納庫での話部分が後から追加したエピソードです。


自 2011年5月18日

至 2012年3月25日


 発進後エリナはシステム全体を把握したいからと言って、サブブリッジへ出掛けて行った。実際、全体像を把握していたのはランドルフ博士だけだったのだ。他は各自の担当部分とそれに関連するわずかな部分を知っているのみである。それでもエリナはまだ、あちこちで自分の担当以外の父の仕事を手伝ってはいたが、それとて全体像を掴める程深入りしていたわけではないのだ。

 エリナが出て行くと途端に張り詰めていた辺りの空気がゆるんだ。涙一つ見せず(とは言え、流石に少し辛そうではあったが)、父の死を報告し、司令が各責任者を任命する際には適格な助言をしてのけた彼女に、それだけみんな気圧されていたということだろう。

 エリナの姉弟たちにしても彼女が泣き出さないのに自分達が泣く訳にもいかない――泣きたかったかどうかはともかくとして…である――そして彼女たちは知っていた。エリナにとって父の死が何を意味するかを…。

 無論、自分たちにとっても父の死は決して小さなものではない。だが家族の中で誰が一番ショックを受けるかとなれば、それはおそらくエリナになる。もともと父と一番親密だったのがエリナだし、既に母を亡くしているエリナにとって父の存在は大きかった筈だ。それを目の前で亡くしたのである。

 だからエリナの言ったシステム全体を把握したいという言葉に嘘はないだろうが、サブブリッジへ出掛けて行くのは一人になりたいからだろうと、四人が四人とも口にこそ出さなかったが思っていた。

「司令」

「んっ、何だね。キムレーダー技士長」

「レーダーシステムのことで少し確認したいことがあります。私もちょっとサブブリッジへ行ってきます」

 エリナが退出するとすぐにカールはそう言い、司令の許可を得ると、エリナの後を追ってサブブリッジへと行ってしまった。

 さっきからずっとエリナとカールのことを気にかけていたバーディはこうなると益々、二人の関係が気になり出した。何を確認するかわからないが、何もわざわざサブブリッジまで足を運ばなくても通信で出来るのではないだろうか? わざわざ出向くのはエリナと個人的に話がしたいからではないのか。何だかそういう風に思えて来るのである。

 とは言え、今そこに立ち入っているヒマはない。戦闘機隊を預かった以上、今、為すべきことは艦載機のチェックだ。伴に開発に携わったデビーを連れて格納庫へ向かう。いつでも使える様に整備しておかねばならないのだ。


 サブブリッジのドアを開けて中に入る。確かめる様にゆっくりと中を見回した。誰もいないのは判っていたのだけれども…。それからおもむろにドアをロックした。いきなり誰かに入って来られて不意をつかれたくはなかった。メインパネルの前にどすんと腰を落とす。知らず溜息がもれた。

「父さん…」

 小さい声でつぶやき、視線を落とす。ぽとりとしずくが床に落ちる。止むを得ない処置だったのは判っている。判ってはいるが、だからといって割り切れるものではない。遠い日の母の時のように…。と、メインパネルのランプが点滅した。ドアの向こうに誰か来た合図だ。

「誰?」

「俺だ。レーダーシステムの件でちょっとな」

「カール!? ちょっと待って、今開けるわ」

 声を聞いてピンと来た。レーダーシステムの件というのは口実だろう。あの遠い日の記憶は彼も共有しているのだ。ドアを開け、彼を中に招き入れる。それから改めてもう一度ドアをロックする。

「で、レーダーシステムってのは嘘なんでしょ?」

「まあな、だが確認したいことはあるぜ」

「何かしら?」

「大丈夫なのかってことさ」

 それはわかっていればこその問いなのだろう。だからこそエリナもごまかしたり、取り繕ったりしようとはしない。

「あの時とは立場が違うわ」

 だから大丈夫よとでも言いたげなその様子に更にたたみかける。

「だからさ」

 何もかも判ってるんだぜと暗に言い返す。エリナはふぅーっと深い溜息をついた。

「適わないなぁ…もう…」

「今更…だろ」

 そう確かに今更…である。遠い日のことを思えば…。――そう言えば、もう六年もたったんだわ…――

「甘えてもいいんだぜ、判ってるからよ」

「そうね、有難と。でも、まだ大丈夫。それに今はまだ甘えてる余裕はないわ」

「確かにな。協力するぜ。俺も一応技術将校だ」

 責任者を任ぜられた時点で士官候補生たちは少尉として認められている。副艦長に任ぜられたミックは一足飛びに中尉だ。レーダー技士は確かに立場上はエリナの配下になる。

「うん、頼むわ。それにしても驚いたわ。あなたが技術将校とはね」

「まあな…、あの日のお前を見ててな。軍に入ろうと思ったのさ」

「あんなに嫌ってたくせに…」

「だからだよ。俺は結局、何にも判ってなかったんじゃないかって思えてきてな。とにかく経験してみようってね」

「で、どうだったの?」

「そうだな、少しは親父のことも理解できたかなって…。でもだからといって許せるとはまだ思えないけどな…。それより、少なくともあの時のお前の心情だけは前よりも判ったと思う」

 確かにそうなのかも知れない。立場が違えば、同じ場面に出会っても感じるものは異なっては来ようし、同じ思いを抱いたとしても取るべき行動は異なって来よう。お互いに確認したいことは確認したとして、二人はシステムの方の確認に入った。


 格納庫ではバーディとデビーが艦載機の整備状況を一機ずつ確認していた。二人でやるにはちょっと数が多くて大変そうに見えるが、一応取り敢えずの確認なので、さほど手間はかからない。

「戦闘機隊のメンバーが決まれば、そいつらに機体のチェックはさせるから、大ざっぱでいいぞ」

「ちょっと兄さん、操縦士は整備士じゃないんだよ。無茶言わないでよ」

「何も整備までやれとか言ってないぞ。動作確認程度なら操縦士で充分だろ。それに多少の不具合ぐらい自分でどうにか出来なきゃ死ぬだけだろ?」

 確かにバーディの言う通りではある。一度飛び立ってしまえば、帰還までは自己責任である。出先に整備士なんかいないのだから…。

「そりゃそうかも知れないけどさぁ」

「だから俺たちは操縦士が帰って来れるように機体を整えておくんだろ」

 操縦士でもあり、整備士でもあるバーディはそう言う。整備士は戦うために機体を整えるのではない。生きて帰すために機体を整えるのだ。そこを履き違えてはいけない。このことだけは肝に銘じておかねばならないのだ。

「兄さん…」

 胸に響く一言…、やっぱり適わないなぁと思う。兄さんとは一つしか違わないのに…どうしてこんなに大きいのだろう。悔しいと思う。それは同じ男だからだろうか? 姉たちに思う気持ちとはどこか違う。姉たちにも適わないとは思っているが、悔しいとも追い付きたいとも思わない。どこかしょうがないなぁとあきらめてさえいる。でもバーディに対しては追い付きたいと思う。越えられないにしても、せめて隣に並びたいと思う。一つしか違わないのだからいつかきっと…。でもこんな時、その道の果てしなさに気が遠くなる。ほんとうに追い付けるのだろうか? 無論、まだあきらめてしまうつもりはないけれど…。と、そこへ通信が入る。どうやらサブブリッジかららしい。バーディがそれに出た。

「はい、格納庫です」

「あっ、バーディ? そっちにデビーいる?」

 連絡して来たのはエリナだった。バーディの口調も一気にくだけたものになる。

「姉さん、えっ何、いるけど?」

「その子悪いけどウチでもらうから…」

「えーっ、ずるいよ。こっちで整備やってもらおうと思ったのに…」

「サブブリッジ、まかせる人間が欲しいのよ。お願いっ」

 通信機の向こうで手を合わせてる姿が目に浮かぶ。

「研究所の誰かにやらせりゃいいじゃん。こいつを研究所のメンバーの上に立たすつもりかよ」

 技術部で姉貴の下に入るメンバーは十中八九、研究所のメンバーになるだろう。サブブリッジを預かるということはそのメンバーの上に立て、ということだ。けどそれは難しいんじゃないだろうか。デビーはまだ十九だ。荷が重すぎないだろうか。もっともそれを言ったら姉貴だってまだ二十一なんだけど…、ていうか、そういや姉貴だってまだ二十一なんだっけ、えっ、で、あの…、愕然とする。軍の上層部とも普通に対応していたことを思い出したのだ。力量の差に気づいてがっくりする。俺、全然適わないじゃん。

「ちょっと、バーディ、聞いてる?」

「ごめん、ちょっとボーっとしてた。何?」

「いつまでも甘やかしてんじゃないわよ。そりゃあんたにとっては可愛い弟かも知れないけど…。いつまでも手を引いてあげるわけにはいかないんだからね」

 子供の頃ならいざ知らず、別に手なんか引いちゃいないんだけど…とバーディは思う。その思いのままに言い返す。

「ガキじゃあるまいし、そんなことしてるわけないだろっ!」

 この答えにエリナは失笑する。全然気づいてないのよねえ、過保護にしてることに…。研究所で作業分担するときも自分の手元に置きたがったくせに…。

 エリナはデビーがバーディに追い付きたがっていることを知っていた。でもそばにいると却ってその後を追う様になって、自分の能力を過小評価しがちなことにも気づいていた。少し離した方が良いのだ。自己の能力を客観的に評価できるようになるまでは…。

「じゃあ、ウチにちょうだい。私だって可愛い弟、いじめる気はないわよ。出来ると思ったから頼んでるんだけど?」

「わかったよ。持ってっていいよ。その変わりいい整備士まわしてよっ!」

「人材が揃ったらね。今はまだムリよ」

「わかってるよっ!」

 まさにガチャンといいそうな勢いで通信を切る。それからデビーに向き直った。

「姉貴がお前を欲しいってさ。サブブリッジをまかせたいんだと」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。何、僕抜きで話決めてんの。ちょっとひどくない?」

 僕は物じゃないんだからね、とデビーは思う。自分の意志はどこに行っちゃったんだろう。

「じゃあ、お前が決めろよ。こっちに残りたいんなら……無理かも知んないけど、姉貴、説得してみる」

 無理かも知れないって…、そりゃ無理でしょお。兄さんがエリナ姉さんに勝てる訳ないじゃん。マリー姉さんなら大丈夫、サラ姉さんにだってもしかしたら…。でも、エリナ姉さんには絶ー対無理だ。天地がひっくり返ったって出来っこない。でもそのことは抜きにして、自分はどっちに行きたいんだろう。えっ、ちょっと待って、サブブリッジをまかせたいって…それって…それって。

「姉貴、どうやらお前を相当買ってるみたいだな」

 それは純粋に嬉しい。エリナは仕事に対してはかなりシビアだ。そのエリナがまかせたいと言ってくれている。それはデビーの力量を認めてくれたということだ。

「行くんだろ」

 こんなに目をキラキラさせたら断れないじゃん、と思う。側に置きたいと思うのは確かに自分のわがままかも知れない。姉貴が出来るって言うんだからきっと大丈夫、自分にそう言い聞かせる。

「うん、じゃあ行くね」

 嬉しそうに格納庫を出て行くデビーを見送ってバーディはそっと溜息をついた。


 次から一気に登場人物が増えます。艦内の態勢を整えるためです。それぞれは追々、エピソードを織り交ぜながら紹介していく予定ですので、メインのメンバーだけ意識してもらえればと思います。


入力 2012年7月7日

校正 2012年9月14日


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