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一般人の集い  作者: 伊藤テル


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4/8

【ネットミーム】

・

・【ネットミーム】

・


 なんとなくSNSを見ていると、ついに僕が危惧していたことが起きているように感じた。

 『一般人がSNSをするな』『するにしても身元を晒せ』が完全にネットミームになり、企業アカウントもそれをもじった文言を書き始めて、さすがに浸透し過ぎていてヤバイ。

 企業アカウントはネットミームが大好きだ。決して面白いわけではなくて、ただなぞっているだけの行為が謎に好きだ。

 でもそれは結局、ネットミームのことをネット民が好き過ぎるせいでもある。

 なぞっているだけでも喜んでしまうネット民がいてしまう。

 そのネットミームに触れるという行為が『我々企業アカウントも一般人なんですよ』と庶民にくだる行為なんだろうな。

 そう、僕は企業アカウントのそういうところが本当に好きじゃない。

 庶民にくだってやっている感じが見え見えで気持ち悪いのだ。

 前に、企業のキャラクターが乗っている電車の目の前に大きな桃が落ちていて『100いいねで桃をどかせます』と書かれていて、実際100いいね以上ついたら、次のポストが投稿されて『無事、到着しました!』と書かれている、ネットミームじゃない独自のポストを見たけども、最初見た時、何だよコレと思ったものの、あとあと脳内で反芻してめっちゃ笑った。あれは最高だった。まさかのあれは最高だったの話。

 しかしながら桃がどかされて実際何なんだという話だし、いやこの『〇〇いいねで〇〇します』もネットミーム発なんだろうけども、これは良いほうのソレだった。ネットミームというより絵師の遊びか、まあこれは僕、結構笑っちゃったな。

 でも4Kで読み込んでとか、ただやっているだけで本当に気持ち悪かったし、エッホエッホも企業が画像の無断転載してない? みたいなのもあった。

 トレースで誤魔化している企業もあったけども、トレースならいいの? と思うこともあったし。

 そんな企業アカウントが今は『一般人はSNSをするな』をネットミームにしている。

 『一般人はその辺のスリッパで叩くな、やっぱり殺虫剤』って何だよ、さすがに『するにしても身元を晒せ』のほうが使いづらいらしい。

 でもまあこの『一般人は〇〇するな』という文法をどこもかしこも使っている。本当に思考停止のような現象だと思う。

 自分で新しいブームを考えず、ただただ消費するだけ。企業アカウントだけに消費を促したいんだろうな。

 言葉へのフリーライド、本当に人間の浅ましさがSNSには詰まっている。

 タレント政治家の為田仁もタレント時代の明るさを武器に、その企業アカウントを引用リポストして、ノリ良くやっている。

 殺虫剤のポストに対しては『殺虫剤で倒してみたら、アホなことを言う人間でしたー』と書いている。

 決して面白いわけではない。ただ明るくノリ良くやっている。

 まあここで”殺してみたら”みたいな言葉にしないところは、一応リスクヘッジしているんだなということだけは伝わる。殺虫剤だから殺すでも合っているけども。

 いやそこまで酷いこと言うヤツはそんないないか、と思いつつ、その引用リポストを見ると『アホなこと言う奴は殺せよ』と書かれていて、本当に背筋が凍る。

 こんなこと言ってしまえる人間がSNSには山ほどいる。だから見ているだけで毒なことは分かり切っているんだけども、暇を潰すためには最適過ぎるのだ。

 SNSを見ている暇があれば、小説を読んだほうがいいという言説くらい知っている。でも僕はこのジャンクな味しかいらないのだ。

 本当に美味しい食べ物を食べる時は身構えてしまう。上質な文章は自分の状態が整っている時じゃないと読んじゃダメなんじゃないかなと思ってしまう。

 で、こんな僕に自分の状態が整っている時なんてなくて、いつもこの安くてしょっぱくて甘くて気持ち悪いSNSばかり摂取してしまう。

 SNSはホラー映画だ。何も得るものなんてない。それでも見てしまう。この刺激がほしいのだ。刺激なんて本当はほしくないのに。

 矛盾している、ずっと矛盾している、そんな自分が嫌いだ、でも嫌っていても自分は自分だ、この自分で生きていくしかない。

 そんな自分は今日もSNSを見ているわけだけども『一般人はSNSをするな』じゃないほうである『するにしても身元を晒せ』側も動きがあり、最近一般人がSNSでフルネームを出すムーブメントが起きつつある。

 でもそれは嘘の名前かもしれないし、と思ってなんとか平常心を保とうとするものの、うまくいかない。

 身元を晒すなんて嫌だ、ずっと匿名でネットしていたい、匿名で誹謗中傷するヤツがいるから法律は厳罰化してしまうんだ、ルールでガチガチになってしまうんだ。

 誹謗中傷なんて本当に辞めてほしい。僕は匿名のまま遊んでいたい。本当にそう思っている。個人名なんて絶対に出したくない。

 未だに中学時代のイジメが尾を引いている。もう二十三歳なのに未だに教室が夢にも出てくるのは、他に人生のトピックスが増えていないせいだとは思うけども。僕が会社勤めならきっと会社の夢のほうをたくさん見るはずだ。

 もし身元を晒さないとSNSができなくなったら、中学時代に僕をイジメていた連中が僕の個人名で検索してきて、何かいろいろイジリにくるかも、とか本気で思ってしまうんだ。

 だからネットは絶対に匿名がいい、匿名のままでいたい、身元晒すブームなんてすぐになくなってほしい。本当に、本当に、本当にそうなんだ。

 目についたSNSのとある画像。

そう、この画像の投稿主だって絶対匿名のほうがいいはずだ。いやでもこの画像の投稿主と一緒とは思われたくないという気持ちもある。だけども実際この画像の投稿主だって絶対そうだよな、絶対匿名のままでネットしたいよな、でもこの画像を投稿した主と同じとは思いたくないけども。

 その画像は明らかに実物のハイシーをトレースして、というよりもトレース風のAI画像で作ったBLイラスト。

 勿論そのアカウントのページを見ても、AIイラストと自称はしていないけども、明らかにそのような感じだ。

 しかもそういうBLイラストを大量に投稿している。なんて気持ち悪いんだ。

 せめて自分の絵柄をエッセンスとして加えて、漫画っぽくしてほしいのに、トレース画なので妙にリアルで吐き気がする。

 さらにそのアカウントはskebで商売をしているみたいで、こんな違法な人間がいるなんてとまた人間が怖くなった。

 この人物がフォローしているアカウントを試しに見てみると、ハイシーのグループのBLイラストやBL画像、BL動画まで投稿しているアカウントがいっぱいだった。

 どうやらハイシーの事務所は小さいので、こういうところに手が回っていない印象を受ける。

 というかハイシーが言っていた『人気者はつらいね!』の範疇なのだろうか、それさえも糧に頑張っているみたいなことなのか。

 いやいやこういう画像の投稿主と同じ気持ちでは決してないと思いたい。

 この人たちは勿論匿名のほうがいいだろうけども、僕の匿名が良いはこの人たちよりは高貴で……なんてはずないか。

 結局僕はこういう人たちと一緒の意味での匿名が良いなんだろうな。

 匿名のほうがやりたい放題できるから、つまるところ誹謗中傷している人たちと同じようなものなんだろう。

 だって僕は自分を誇れない、誇れないのは一緒じゃないか、それともskebで商売までし始めたら誇っているのかな、俺の誹謗中傷は世直しだと誇っている人もいるのかな。

 なんだかんだで誇れないのは僕だけなんじゃないか、無職だから何も誇れないのか、誇れないんだろうな、だって僕には自慢ができるような人生が無い。

 ただただSNSを眺めて、何もしていない僕は匿名に守られている。

 でも現状『一般人がSNSをするな』『するにしても身元を晒せ』が優勢になってきているような気がする。

 いよいよ僕は駆逐されるんだ。

 このまま何もできずに死んでしまうんだ。

 厳密にはSNSを失うだけだけども、SNSも取り上げられたらもう時間潰しの方法が無くなる。いっそのことそのほうがいいのか。

 いや、SNSが無くなったら、何かもう自殺しちゃうような気がする。自分のことは自分が一番分かる。本当にそうなってしまうような気がする。

 それとも無敵な人間として、実名を晒しながらSNSでやりたい放題する人間になるのか。

 若干……その可能性もあるなと思ってしまう。実名晒しても暴れ続ける最低の害悪、それになる素養が自分にはあるような気がする。

 この脳内の思考こそ、まさしくそうで。

 僕はずっと何かの文句ばかり脳内で垂れ流している。ギリギリのところで、SNSには書いていないけども、本当にもうギリギリのような気がする。

 長谷川ブックス内で面白いベイルアウトさんじゃなければ、ハイシーが未だに僕とLINEしてなければ。

 僕は本当にこの二つに支えられている。この二つないし、一つでも失ったら僕はSNSで自分の思考をキレ散らかす、最低の老害おじさんになると思う。

 もう紙一重、本当に紙一重のところ、一寸先は闇、誹謗中傷している人は鏡の中の僕かもしれない。

 SNSで誹謗中傷をしないでほしいと思いつつ、それは単純に内なる自分を抑え込んでいるだけなのかもしれない。

 この鏡が割れた時、そのまま砕かれて死ぬのか、化け物が解き放たれるのか、いやいや辞めよう、こんなことを考えるのは、で、考えを止められるような人間ではない。

 僕はずっとこっち側だ、思考が止まらない側、ずっと最悪の事態が脳裏に浮かんでいる人間、狂いだしそうだ。もう狂っているんだろう。二十三歳でもまだ無職なのだから。

 いっそのことAIイラストを商売にする? 収入さえあれば仕事なのか。こんな仕事でいいのか。なんて選んでいる立場ではもうないだろう。

 だからってAIで実在の人物をトレースしてBLイラストを投稿して儲けて、そんなことで匿名から脱せられるのか? そうだ、匿名から脱せられるような仕事をしていなければ意味が無い。

 でもそれって職業差別では? 人にあまり言いたくない職業に就いていたら結局匿名じゃないと怖いみたいな。

 普通ってなんだ、何で人間はそんな簡単に人の人生を否定できるのか。

 SNS上で、教職員がやたら自分のことを教職員だと書いているのは多分そこでマウントをとっているんだろうな。高尚な職業です、みたいな感じで……という考え方も化け物の片鱗だ。

 そんなあげていない足も揚げ足取り出したら終わりだ。僕は別に教職員に恨みは、多少あるか、イジメられていた時に助けてくれなかったし。だからってそのネット上にいる教職員アカウントに助けてもらえなかったわけじゃないけども。

 ダメだ、ダメだ、揚げ足取りがとまらない。教職員は高尚だと自慢できるから人の人生にも口出しできるとか考える必要が無いのに。教職員と自ら名乗ったら効力半減だろとか思い浮かべなくていいのに。人から言われて『素晴らしいね』なのに自ら自己紹介欄に書いていたら、ただのマウントだろとかずっと思ってしまう。別に事実なんだから書いてもいいのに。

 でもそれも僕が匿名思考だからだろう。できるだけ個人の情報が無いほうがいいと思ってしまう。

 結局僕は無になりたいんだ。まあ無職だから無になれているんだけども、なんて自分への揚げ足取りもとまらない。誰に対してもそうなら平等でいいけども、現状僕の脳内でしか蠢いていないので、ずっと僕にだけクリティカルヒットだ。

 そんな感じで毎日眠れるはずもなく、夜遅くまで物音を立ててしまうせいだろう、また母親から大学病院のカウンセリングに行かないかとドア越しに言われてしまった。

 でもいっそのこと、と思い、僕は了承し、ドアを開けて出てくると、何故か母親は泣きだしてしまった。

 出てきた瞬間は、母親は目を丸くしていただけだったのに、僕をじっと見つめたと思ったら、泣き出してしまったのだ。

 その時に僕はずっと自分で時間を止めていたんだなと分かった。

 母親の気持ちなんて考えようともしていなかった。

 でもまさかこんな自らの意志で、母親の言葉に応答して出てくるだけで泣いてしまうなんて。

 僕は小声で、

「ゴメン」

 と言うと、母親が、

「いいの、いいのよ」

 とえずく声の隙間からそう言った。

 僕が居間のテーブルの前に座ると、目を赤くしているものの涙を止めた母親が僕の前に座ったと思ったら、すぐに立ち上がり、棚から資料を持ってきてから、大学病院のカウンセリングについて説明し始めた。僕は時折相槌を打って聞いていた。


・

・【カウンセリング】

・


 大学病院の日の前日、僕は既に緊張で汗ぐっしょりになっていた。

 五月中旬はまだ肌寒い日もあるし、まさしく今日が朝からそういう日なんだけども、体が変に熱っぽくて汗が止まらない。いっそのこと熱が出てしまえばいいのに、体温計で測っても平熱。

 病は気からと言うけども、少しくらい病になってくれていれば、行かない口実にもなるのに、と逃げ腰になっている自分にまず自己嫌悪してしまう。

 泣いた母親を見てから、意味無く居間のテーブルに座って、付いているテレビをなんとなく眺めている時間をとるようにした。その時はスマホを持っていない。

 母親は特に何も言わず、家事をしたり、一緒にワイドショーを見ている。でも決して気まずそうな面持ちではなくて、なんなら生き生きとしているので、僕も自分の部屋に戻りたいという気持ちは無い。

 こういうデジタルデトックスもいいかも、と思ったところで母親がパートに出掛けるらしい。

「パートで五時間外に出るから」

 そう言われて、僕は「分かった」と小さく返事して母親はテレビを付けたまま、いなくなった。

 僕は静かにテレビを消して、自分の部屋へ戻って行った。

 結局母親がいないと僕は居間にいる意味が無いので、と思ったところで、デジタルデトックスとしている自分ではなくて、母親がいるからいる自分だということが分かり、むしろ良いことなんじゃないかなと思う。その心境の変化というか。

 父親は土日も仕事なので、基本この家は母親と僕だけの家だ。

 だからといって父親も午後六時頃には帰って来るし、残業のようなものは無い。道の駅で働いているから夜遅くまで何かするという感じではないらしい。役職次第だとは思うけども。

 でも夜は居間にいる気はしない。やっぱり父親は苦手だ。昔から相性が悪いように思える。

 この辺を脳内で改めて反芻したいとも思わないので、今は自分の部屋でスマホをイジリながらベッドで横になっているわけだけども、何故か太ももが筋肉痛みたいな状況になっていた。

 ただ居間で、イスに座っていただけなのに、どうやら変なところにチカラが掛かっていたらしい。

 こんな、イスに座るだけで足が筋肉痛になるなんて、先が思いやられるというか、本当に情けなく思う。

 僕の家の周りにはコンビニは無いので、外に出歩くほうの引きこもりでもない。ずっと家の中にいるほうのヤツだ。

 そんなヤツが突然大学病院のカウンセリングじゃ、まあ確かに不具合もいっぱい起こるか。

 あえて大学病院のカウンセリングについては調べないことにした。何か、なんというか、怖いから。

 もし『変なことを言われるよ』みたいな口コミを見てしまったら、憂鬱過ぎて仕方なくなるから。

 いつも通りのSNSを眺めていたって、勿論憂鬱なことばかりなんだけども。

 母親が午後一時帰ってきて、そこからずっと居間でテレビを見て、午後五時頃から母親と一緒に食事をした。

 僕が父親と会いたくないのは母親も分かるみたいで、早い時間帯での食事。母親は帰ってきてからポトフを作っていたらしい。このポトフはコンソメ顆粒の他に、ほんだしも入って、ちょっと白米馴染みの良い味になっている。

 ふと、これ僕の好物だったかもしれないと思い出す。そんなことを昔、母親に言っていたような。

「美味しい、有難う」

 と僕が口に出してみると、母親は優しい笑顔で「いいのよ」と言って、何が『いいのよ』だと思ってしまった。

 だって作ってもらった側が感謝を言うのは当然のことなのに。そんなに感動しているようなか細い声で返事する必要なんてないのに。

 いっそのこと長谷川ブックスの圭のように『何がだよ!』くらいのトンチンカンな言葉がほしかった、ほしくないか、これが一番良いのか。

 副菜はきんぴらごぼう、これも白米が進む、僕の好きなヤツだったような気がする。

 そっか、母親が作る料理は今もこういうことなんだ、手が震えてきた。

 ずっと僕のせいで失った言葉がきっとあって。本当はあったはずの言葉が全部世界から欠けてしまって。

 もうあの頃言うべきだった言葉の数々は取り返せないとしても、今新しく言うことはできて。

「お母さん、有難う。本当に手料理が食べられて嬉しい」

 と僕が言うと、お母さんが困惑した表情で、

「だからいいのよ、これがお母さんの仕事なんだから」

 僕は深呼吸してから、

「違うよ、お母さんはパートもしているし、家事だけが仕事じゃないし、そもそも僕は独り立ちしている年齢だから僕の好きな料理を作ることは本当に仕事じゃないし」

 お母さんは微笑みながら、

「そんなことないよ、お隣さんのサトルくんは家から仕事に通っているし、子供が家にいるのは別に普通なんだよ」

 僕はそんな強く言う必要も無いのに、ついピシャリと、

「僕は仕事はしていないけどもね」

 お母さんは悲しそうに眉毛をさげて、

「そんなことを言いたいつもりじゃないのに……」

 そうだよ、僕だってそんなことを言いたいつもりじゃないのに、すぐに卑下するし、ネガティブな被害者語りしてしまうし。

 早く話を戻さないとと思って、必死になって、

「あ、だ、だから、その、そういうことじゃなくて! 作ってくれて嬉しいって言ってんの!」

 って、声を荒らげてしまって本当に僕はバカだ。怒ってどうするんだ、何でこんなに言葉が上手く出てこないんだ。

 でもお母さんは穏やかな顔になって、

「そう、そうなんだよね、そう言ってくれることが本当に嬉しいの。私だってお父さんだって、仕事なんてしていなくても、一緒にいてくれるだけで嬉しいんだよ」

 お父さんだって、というところに気に掛かったけども、でもお母さんはこう言ってくれている。

 仕事という言葉を改めて出してきたところにまたムッとしてしまったところはあるけども、仕事という単語を言い出したのはそもそも僕のほうだ。

 なんとか抑えて……”抑えて”と思ってしまっているところが、本当にSNSに毒されている部分だと思う。何でもSNSのせいにするのも良くないか。

 いやでもまあ、僕はうんと大きく頷いて、そのあとは黙ってご飯を食べた。

 父親が帰ってくる前にお風呂にも入って、僕はその後、自分の部屋に引きこもった。

 もっと何か言えたんじゃないか、もっと上手くできたんじゃないかと脳内を巡ったけども、そのことについて考えることは良い思考のように思える。

 いつもSNSで消費する不安思考のカロリーよりも、よほど上質な、次を考える思考だったんじゃないかなって。

 その日は割と早く寝れたような気がする。明日はカウンセリングの日のはずなのに意外だった。

 朝は早めに起きてしまい、二階の洗面台で歯を磨いたらすぐにまた自分の部屋へ逃げ込み、父親がいなくなっただろうタイミングで居間へ行くことにした。

 父親の道の駅は春夏午前八時半開きなので、六時前にはもう出掛けている。近くの農家が野菜をおろしに来るさらに前に行かないといけないから。

 午前七時、絶対に父親はいないはずなのに、なんと父親がまだ家で寝巻の格好でそこにいたのだ。

 急いで踵を返そうとすると、父親がこっちを見ながら声を出した。

「平琉(ベイル)、ちょっといいか」

 ハイシーは僕のことをしきりに苗字でなくてベイルと呼んできていたので、そのおかげで自分の心にベイルという名前が馴染んだけども、父親から言われるベイルは未だに慣れない。父親が付けた名前なんだけども。

 僕は黙って父親の横に立つと、父親が、

「いや座って」

 と言ったので、僕は父親の真対面からは少しズレた位置に座った。テーブルにはイスが四つあるから。三人家族だけどもセット販売だったらしく四つある。

 父親は一息ついてから、

「今日、カウンセリングに行ってくれるんだな」

 どうやら父親の肝入りの事業だったらしい。そんな言い方は家族間では本来しないけども。

 父親は続ける。

「少しでも変化をしてくれることがおれは嬉しいよ、だからこうして仕事を休んで喋っているわけだけども」

 休んだんだ、とは言え午前休のことだと思うけども。

「何か話したいことがあれば全部話してくるんだぞ」

 ……どうやら事前に僕が何を話すか聞いてくるわけではないらしい。

 父親は世間体を気にするほうなので、事前に何を話すか審査するんだと思ったら、そういうことではないらしい。

「はい」

 と素っ気ない返事しか僕からは出てこないと、父親が、

「まあ何だ、送り迎えはおれがするから」

 と言って僕はゾッとしてしまった。

 普通に母親がしてくれるものだと思っていたから。

 せっかく母親と二人きりになる練習をしていたのに、これじゃ意味無いじゃないか、いや母親と一緒に居間にいた時間は別に無駄じゃないけども。

 というかカウンセリングで午後二時からじゃないか? 午前休じゃないんだ。

 驚いている顔を僕がしていたのだろう、父親が、

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか、おれだって家族だぞ、おぉファミリア」

 と何かジョークっぽい感じで言ったんだけども、父親の沸点はどこにあるか分からないほうなので、愛想笑いもできなかった。まあ元々僕は愛想笑いができるほうでもないけども。

 僕がウケなかったせいだろう、父親は少しムッとして、

「まあそういうことだから」

 と言って立ち上がって、トイレに行った。

 きっと僕もこのタイミングでどこかに行っていいのだろう、と思っているとお母さんが小声で、

「わたしが運転するって言っていたんだけども、お父さんがどうしてもって言って……頑張ってねっ」

 と小さくファイトのような手をした。

 僕は「うん」と声に出してから、菓子パンを持って自分の部屋へ戻って行った。

 というかあんなジョークで笑うはずないだろ。全然面白くない。父親は昔からそうだ、自分のことを面白い人間だと思っている。実際よそ様ではウケているみたいなことを言われたことがあるが、あれは面白いんじゃなくて、よそ様に対して滑稽な立ち回りをしているだけだ。

小学生の頃、町内会のイベントで他の大人たちに対してピエロになっている父親を見てから好きになれない。腰を極限まで低くして、まるで格下のように振る舞って、デカくて少し高い声で「こりゃ参りましたぁ!」と言っていた光景が焼き付いている。家ではちょっとしたことですぐに機嫌を悪くして、威圧してキレ散らかす内弁慶なのに。

 僕は自分の部屋でイライラして、カウンセリングへの緊張は逆に薄くなった。だからって良いわけではない。こっちのほうが幾分不快だ。

 父親と一緒に自動車に二人きりで乗るなんて、相当な負荷だ。玄関の前にマリオのドッスンがある家くらい精神的な負荷がある。何でこんなことを気にしないといけないんだろう。

 その時は刻々と近付いていき、その間もずっと父親と一緒なんて嫌だと思っていた。正直SNSを見る気すらしない。ボーッとカーテンの留め具を眺めるだけ。

 時間になり、母親が見送るなか、僕は父親と一緒に自動車に乗り込んだ。後部座席に座ると、父親が「シートベルトしろよ」と言ってきて、それは基本だろと思った。

 父親は黙ってくれればいいのに、

「カウンセリングなんてな、言いたいこと言えばいいんだよ」

「はい」

 と返事しておくが、町内会の人には一切言いたいことを言えない父親に言われても、という気持ちだ。

「向こうも仕事なんだからさ」

 仕事……なんというか、こっちのコンプレックスを不用意に押し込んでくるところが、本当に人との会話ができない人って感じがする。

 父親は昔から自分は会話が得意だみたいなことを言っているが、僕はそうは全然思わない。

 簡単に言ってしまえば、人の気持ちを慮ることが苦手なのだ。人は何をされると嬉しいのか分かっていないというか。

 父親はやたら饒舌に続ける。

「向こうは仕事だと思っているわけだから、何を言っても大丈夫なんだよ」

 そうでもないだろうし。仕事だと思っていたとしても、何を言ってもいいなんてことはないし。

 お店の人には強気に出ているんだろうなというところが透けて見えて、本当に嫌な人間だと思う。

「まあ何を言っても大丈夫というのは、そりゃ仕事場のおれだけどなっ」

 とバックミラー越しにドヤ顔をしてきた。そりゃ何を言っても大丈夫でしょ、誰に対しても外では格下みたいに振る舞っているんだから。

 というか今のジョーク? 笑わないといけなかった感じ? 僕は車窓を眺めてしまったけども、何か言ったほうが良かった?

 父親が黙るが、決して心地の良い静けさじゃない。明らかに不機嫌になっているようで、舌打ちが聞こえてきた。

 もう本当に嫌だ。そもそも仕事場のオマエを知らないんだよ。どういう仕組みでお笑いになっている構造なんだよ、その台詞。誰にウケてきたんだよ。お母さんも父親のジョークで笑っているところ見たことないぞ。お母さんも何でこんなのと結婚したんだよ。何が良かったんだよ。

 信号機を十回通り越したところで、また父親が喋り出した。

「で、カウンセリングでは何の話をする気なんだ? お姉ちゃんの話か? フフッ」

 そう自分で言って笑った。無論僕に姉なんていない。これは多分女性の話かどうか聞いてきたんだろう。キモ過ぎる。

 そもそも引きこもりに好きな女性がいるわけないじゃないか。多分ジョークの一種なんだろうけども、キモさが強い。

 僕は後半部分を無視して、

「友達の話」

 と言うと、父親は明らかに驚きながら、

「友達いたのか!」

 と、かなり失礼な直球を放り込んできて、もう腹が立つのだが、

「ほら、中学の時に一緒にご飯食べたハイシーのこと」

 と一応説明すると、父親は絶対覚えていなさそうに、

「はー」

 と言って終わった。覚えていないなら覚えていないって言えばいいのに、と思ったその時だった。

「ネットの友達ということか?」

 とネット上だけの付き合いがある人かみたいに言ってきて、本当に面倒クサくて嫌になる。

 でもそう思われたまま終わるのは本当に心外なので、

「中学校の時の同級生。今、東京にいるんだ」

 と答えておくと、父親はハハッと笑ってから、

「じゃあオマエも東京行けば良かったのにな! なーんて!」

 と無邪気にデカい声を出した。

 それは何だ、僕を自宅から追い出したいということなのか? そんなん、僕だってあの時、東京という選択をしていれば良かったよ……じゃないよ、一回声に出したよ。

 『僕も東京の高校に行きたいな』って観測的気球を飛ばしたことあるよ、でもその時に父親が『うちにそんなお金はねぇ』と舌打ちしたんじゃないか。

 段々本気で腹が立ってきて、つい、

「僕が東京の高校に行きたいと言った時に、お父さんがお金が無いみたいなこと言って一蹴したんだけどね」

 とちょっとキツめの口調でそう言ってしまうと、父親が苛立つように、

「金が無いみたいに言うな! そうやって家でばかり反論して! 外でも喧嘩してこい!」

 と声を荒らげた。

 出た、外でも喧嘩してこいというヤツ。というか外”でも”ってこの会話を既に喧嘩認定している。自分から始めたのに。

 というかこの言葉は父親の内心の裏返しというか、自分がまさしく”そう”じゃないか、他人には格下みたいに振る舞ってさ。

 僕はあるよ、中学校の時にイジメられていて、コブラツイストしてきた同級生にわざと後ろから倒れるフリして、後頭部強打させて殺そうとしたことあるよ。

 しっかり喧嘩したことはあるよ、やられたイジメっ子は僕に対して「体幹悪いなぁ、オマエ」と言いながら足を引きずって恥ずかしそうに保健室へ行って、その後病院へ行くため早退したよ。

 全然病院送りにしたことあるよ、僕。でも父親は絶対そんな喧嘩したことないでしょ。ずっと僕やお母さんに怒鳴り声をあげるだけ。本物の内弁慶だ。

 父親の運転はあからさまに荒くなり、相当嫌な気持ちで大学病院に着いた。カウンセリングで今あったことしか喋らないかもしれない。

 父親の機嫌は戻っていないけども、大学病院の職員には妙に腰が低く、僕と待合室で二人きりになったところで舌打ちをひたすら飛ばしてくる。

 僕が職員から呼ばれて、部屋に入る時、父親は満面の笑みで、

「言いたいことちゃんと喋ろよっ! 応援してるぞ!」

 とサムアップして、本当にこういう父親の世間体ムーブが嫌いだ。

 大学病院の先生に促されてからイスに座ると、その先生が声を出した。

「何か話したいことがあったら言ってごらん」

 僕は白髪の先生を想像していたのだが、黒髪の、割かし若いというか、三十代くらいの男性だった。

 ただその今言った声が、長谷川ブックスの圭にそっくりなアホそうな声で、一瞬もう圭なんじゃないかなと思った。絶対違うけども。

 というか、僕に話したいことなんて無い。本当に今あった父親の話をするかとも思ったけども、それはさすがに有意義じゃなさ過ぎるので、最初から考えていたハイシーの話をすることにした。

「僕の友達で、東京でアイドルをしている人がいるんですが、その友達が今、SNS上でディープフェイクの被害に遭っていて。そういうの可哀想だなと思って。でも本人はそれも人気のうちだとか言っているんですけども、友達の運営は全然動いていないようで」

 つらつら喋る僕と、頷くだけの先生。カウンセリングってもっと解決策とかを述べると思っていたんだけども、全然そんなことなくて。本当に話を聞くだけで。

 いつしか僕は喋りたいことも無くなり、

「まあ、あの、そうですね……」

 と言って止まってしまうと、おもむろに先生がこう言った。

「さっきから友達の話ばかりですね、まずは人の心配よりも自分のことを考えましょう」

「そ、そうですね……」

 と返事して僕はただただ黙ってしまった。確かにそうなんだけども、何か論点をズラされただけで、会話が止まってしまい、僕はもうこの人に何か話したいとは思わなくなった。

 数十秒の沈黙後、先生が、

「まあ今日はこのくらいにしておきましょうか」

 と鼻から息が抜けているような声で言って、その日のカウンセリングはどうやら終わったらしい。

 最後に次の予約がどうとかこうとか話をしたけども、一旦保留にしてもらった。

 父親とまた自動車で二人きり、もう懲りてほしいのに父親はまた話し掛けてきた。部屋から僕が出てくると、職員の女性とずっと喋っていたようで、何か機嫌も直っていた。

「で、どんな話をしてきたんだ?」

「だからハイシーの話を」

「それだけじゃないだろ」

「それだけだよ」

 と矢継ぎ早に最小限に答える僕。どうか余計な会話にならないようにと願いながら。

 すると父親が、

「お父さんのことは何か話したか?」

「別に何も」

「お父さんがカウンセリングについてきてくれて嬉しいとかさ」

 何言ってんだコイツ、本当に。

 そんな話するはずないでしょ、そう思っていたとしても話すトピックスじゃないでしょ。

 僕は正直に、

「そういうことは話さなかったよ」

 と答えると、父親は、

「なーんだ」

 と言って黙った。何なんだ、この世間体の化け物。世間体欲求の化け物。世間体欲求って何?

 コイツ、本当に自分のことどう見えているんだ? どんな幸せな世界が見ているんだ? 本当にヤバイな、この人。

 家に戻ってからはすぐさま自分の部屋へ戻って、鍵を掛けた。

 お母さんはどうだったか聞きたそうだったけども、ちょっと無視する形になってしまって申し訳無いと思った。

 今日の夜は長谷川ブックスの配信があるので、気持ちを切り替えたかったけども、なかなか上手くいっていない。


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