第38話 証拠の味方
「……証拠の収集過程が違法である以上、それらの証拠能力は法的に無効です!」
王妃イザナの絶叫が、静まり返った広場に響き渡った。
「宰相府を罷免された一介の平民が、王家の特秘保管庫に侵入し、あまつさえ外交文書を無断で持ち出した! いかに真実であろうと、法を犯して集めた証拠で国家を裁くなど、法治国家の死です! この裁判は、根底から無効であると宣言します!」
王妃の言葉に、傍聴席の貴族たちがざわめき始めた。
確かに、手続きに瑕疵のある証拠は、たとえ真実であっても法廷では扱えない。証拠で裁くというのなら、その証拠自体もまた、法の手続きを通っていなければならない。
「カナト様……」
私が不安げに声をかけると、カナト様は静かに私の横に立ち、手袋をした手でゆっくりと襟元を正した。
その表情には、焦りも怯えも微塵もなかった。
「ええ、その通りです。王妃様」
カナト様は、驚くほどあっさりと自分の非を認めた。
「私が特級保管庫から持ち出した貴族院の契約記録や、あなたの密命書。そして帝国の特使団から受け取ったこの外交文書……確かに、罷免された私にはこれらを法廷に提出する権限はありません。証拠収集の過程は、完全に違法です」
「ならば! その証拠はすべて無効……!」
「――『私個人が提出した証拠としては』、です」
カナト様は冷たく言い放つと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、王家の印章とは異なる、しかしこの国で最も権威のある別の印が押されていた。
「これは……王国最高裁判院の、特命受理書?」
裁判長が目を見開いて叫んだ。
「はい。私は、自分が違法な手段で証拠を集めた事実を、あらかじめ最高裁判院に『自首』し、すべての証拠品を提出していました」
「なっ……自首、だと?」
王妃の顔が、今度こそ完全に引き攣った。
「その上で、最高裁判院の独立監査委員会に対し、これらの証拠の『真正性』を、私が持ち出したルートとは全く別のルートで再調査するよう要請したのです」
カナト様の言葉の意味を理解し、私は息を呑んだ。
彼は、自分の職務違反を隠すどころか、自ら罪を被ることで、証拠を『公的な監査機関の手に委ねた』のだ。
「結果として、独立監査委員会は神殿の裏帳簿や王妃の密命書の存在を、別ルートで完全に裏付けました。……つまり、今ここに提出されている証拠は、私個人の違法収集物ではなく、最高裁判院が正式に認定し、受理した『合法的な公式証拠』として提出されているのです」
カナト様は、その特命受理書を裁判長の前に叩きつけた。
「私が犯した罪は、後ほど法に従って裁かれればいい。ですが、その罪と引き換えにしてでも……私は、彼女の正しさを証明する道を選びました」
「あ、ああ……っ」
王妃が、ついに言葉を失い、玉座の背もたれに崩れ落ちた。
「なぜ、そこまで……」
私が震える声で尋ねると、カナト様は私を振り返り、灰色の瞳で真っ直ぐに私を見つめた。
「彼女を救うためではありません。彼女が正しいから、私はここに立っています」
それは、甘い愛の言葉などではない。
私が世界を敵に回してでも貫こうとした正義を、彼もまた、自分の身分と人生を投げ打ってでも守る価値があると認めてくれた。
これ以上ない、最も重く、最も誠実な答えだった。
「……カナト様」
私の目から、熱いものが込み上げてくる。
その瞬間だった。
「……あ」
私の目の奥で、チカッ、と強い痛みが走った。
それは、牢獄で完全に失われていたはずの感覚。
私がゆっくりと瞬きをすると、視界がクリアに開けた。
そして、見えた。
玉座で崩れ落ちる王妃イザナの体から。
傍聴席で青ざめる神殿の残党たちや、貴族院の重鎮たちから。
広場のあちこちに潜んでいた、王妃の息のかかった者たちから。
彼らの「自己保身」と「嘘」が、どす黒いインクの染みとなって、空間全体にぶわりと浮かび上がってきたのだ。
「月鏡が……戻った」
私が呟くと、カナト様がわずかに目を見開いた。
「見えますか、ミオラ様」
「ええ。……はっきりと」
私の能力は、復活したのではない。
私が、自分自身の足で立ち、仲間たちと共に泥臭く証拠を積み上げ、世界を敵に回す覚悟を完全に決めたからこそ。
この『月鏡』は、もはや私を縛る万能の力ではなく、私の正義を証明するための、ただの一つの『道具』として、私の瞳に戻ってきたのだ。
「カナト様。私たちが集めた証拠の順序を、少し組み替えてもよろしいですか?」
私は、枷の嵌められた両手を胸の前に掲げ、挑戦的な笑みを浮かべた。
月鏡で見える黒い染みの濃さ、つまり彼らの「嘘の大きさ」の順に証拠を突きつけていけば、この腐敗のネットワークを、一つ残らず完全に暴き出すことができる。
「ええ。あなたの思う通りに」
カナト様が、私にすべての証拠の束を委ねた。
さあ、反撃の始まりだ。
ここからは、私の能力と、私たちが集めた証拠で、この王国を根底から作り替える。




