第31話 王妃イザナの檻
轟音と共に蹴り破られた大広間の扉。
そこから雪崩れ込んできたのは、白銀の甲冑を纏った一団――アスカル・ヴェインを先頭とする、正規の聖騎士団だった。
「逆賊は退け!」
アスカル様の号令とともに、下級騎士たちが一斉に近衛兵たちの槍を弾き飛ばし、私とレオルド殿下、そしてカナト様を守るように円陣を組んだ。
「ア、アスカル・ヴェイン……! 謹慎中の身でありながら、なんという真似を! 騎士団総監は何をしているのです!」
王妃が玉座から身を乗り出して叫んだ。
「総監なら、すでに宰相府の牢の中です」
カナト様が、感情の読めない声で言い放った。
「私が用意した『政治的爆弾』の一つですよ。王妃様が神殿の残党と手を組むなら、こちらは貴族院裁判で得た証拠をもとに、騎士団上層部の不正を完全に確定させ、アスカル団長の職権を回復させました」
カナト様の言葉に、広間は阿鼻叫喚に包まれた。
王妃の最大の武力装置であったはずの騎士団が、完全にこちら側に寝返ったのだ。
「おのれ……! たかが一介の補佐官風情が、王家に牙を剥くというのですか!」
王妃イザナの美しい顔が、憎悪で歪む。
その双眸には、私を「便利な宝」として利用できなかったことへの苛立ちと、自分の敷いた完璧な盤面が崩されていくことへの狂気じみた執着が浮かんでいた。
「王妃様」
私は、近衛兵の包囲が解かれた壇上から、静かに彼女を見据えた。
「あなたはなぜ、そこまでして私を檻に閉じ込めようとするのですか? 王国の安定という大義名分の裏に、あなた自身の過去の妄念が透けて見えますわ」
私の言葉に、王妃はビクッと肩を震わせた。
カナト様が徹夜で洗い出した過去の記録。そこには、現在の冷徹な支配者からは想像もつかない、若き日のイザナ王妃の姿が記されていた。
「あなたもかつては、ただの『便利な道具』だった。強大な帝国との関係を築くための政略結婚の駒として、愛もない鈍重な国王陛下のもとへ嫁がされた。……違いますか?」
広間が、水を打ったように静まり返る。
王家の暗部。誰も口にしてはならないタブーに、私が真っ向から触れたからだ。
「あなたは、自分の意志をすべて押し殺し、王家の飾りとして生きることを受け入れた。そして、その犠牲の上に今の権力と地位を築き上げた。……だからこそ、許せないのでしょう?」
私は、扇をピタリと王妃に向けた。
「同じように『宝』としてもてはやされながら、与えられた役割を拒絶し、自分の足で立ち、自分の意志で正義を貫こうとする私が。……自分が生涯をかけて正当化してきた『犠牲』を、私がただの『理不尽な檻』だと否定してしまうことが!」
王妃イザナは、かつての政略の道具だったからこそ、今の自分の支配体制に執着している。自分が檻に入れられた痛みを、「王国の平和のためには必要なことだった」と思い込むことでしか、自分を保てなかったのだ。
「黙れ……! 小娘が、知ったような口を利くな!」
王妃の声が、広間に響き渡る。
それは、もはや国家の支配者としての威厳ではなく、一人の女としての悲痛な絶叫に近いものだった。
「私の犠牲がなければ、この国はとうの昔に帝国に飲み込まれていた! 私が泥を被ったからこそ、お前たちのような愚かな貴族が呑気に踊っていられるのだ! それを……何も知らない小娘が、私の築き上げた王国を壊すというのか!」
「あなたが壊そうとしているのは、私の人生です」
私は一歩前へ出て、冷徹に言い放った。
「あなたが檻に入れられたからといって、次の誰かを閉じ込めていい理由にはなりません。私は、あなたの自己欺瞞のための生贄になるつもりは毛頭ありませんわ」
その瞬間、王妃の周囲に渦巻いていた黒い染みが、彼女の体を完全に覆い隠すほどに膨れ上がった。
彼女は「国のため」と言いながら、その実、自分の過去の選択を正当化するために、私を道連れにしようとしていただけなのだ。
「……もう良い。もはや、弁解の余地すら与えない」
王妃は、低く、呪詛のような声で呟いた。
そして、玉座の脇に控えていた近衛隊長に向かって、決定的な命令を下した。
「ミオラ・ルナシア。そして、それに加担するレオルド、アスカル、カナト・エルゼン。……彼らを、国家反逆罪で告発しなさい」
「なっ……! 母上、本気ですか!」
レオルド殿下が叫ぶが、王妃は完全に耳を貸さない。
「神殿の権威を失墜させ、貴族院を混乱に陥れ、あまつさえ建国記念の神聖な婚約式を武力で妨害した。これは明確な国家への反逆です。……構いません、抵抗するならその場で斬り捨てなさい!」
王妃のヒステリックな命令を受け、王家の近衛兵たちが、今度こそ殺意を込めて槍を突き出してきた。
アスカル様率いる聖騎士団と、近衛兵たちが激しく剣戟を交え始める。
「ミオラ様、下がって!」
カナト様が私の腕を引き、後方へと庇う。
広間は完全に戦場と化していた。
貴族たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、神殿の残党たちは王妃の命令に乗じて私たちを包囲しようと動いている。
国家反逆罪。
王妃が持つ最大の権限。
もはや法的手続きも証拠も関係ない。ただの力による完全な抹殺。
「カナト様。これは……」
「ええ。王妃は完全に正気を失いました。もはや、この場での論理的な決着は不可能です」
カナト様は、飛んできた槍の穂先を短剣で弾き落としながら、冷静に現状を分析した。
「一旦、退きます」
「退く? どこへ!?」
「地下の隠し通路へ。……アスカル団長! 殿下を!」
カナト様の声に応じ、アスカル様がレオルド殿下の腕を強引に掴み、私たちの退路を切り開く。
「逃がしませんよ……! 絶対に、逃がすものですか……!」
王妃イザナの狂気に満ちた声が、背後から追いかけてくる。
私たちは、広間の奥にある隠し扉を蹴り破り、薄暗い王宮の地下通路へと身を躍らせた。
追っ手の足音が、すぐに背後に迫っている。
国家を敵に回した代償は、あまりにも巨大だった。
私たちは今、完全な「反逆者」として、王国中から追われる身となってしまったのだ。




