第23話 騎士団の面子より、子どもの名前を
「……王宮書記官、およびその背後にいる貴族院の重鎮たちです」
カナト様が突きつけた決定的な事実に、法廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
偽造契約書の筆跡が、過去の違法な人身売買の記録と完全に一致し、しかもそれが王宮内部の人間によるものだと証明されたのだ。
「え、ええい、静まれ! 静粛に!」
裁判長が木槌を壊れんばかりに叩き鳴らす。
彼の顔は怒りと焦りでどす黒く変色していた。王妃派の彼にとって、貴族院の重鎮たちにまで火の粉が及ぶことは絶対に避けなければならない事態だ。
「被告人補佐! 先ほどから聞いておれば、無茶苦茶な言いがかりである! 筆跡が似ているというだけで、そのような重大な告発が通ると思っているのか!」
「筆跡だけではありません。金の流れも証明できます」
カナト様は手元の書類をさらに一枚めくり、冷ややかに告げた。
「ガーラン子爵をはじめとする末端の貴族たちが孤児を不当に買い取った資金は、神殿の裏口座を経由し、ヴェルカ侯爵ら貴族院の重鎮たちの懐に入っています。その見返りとして、彼らは王宮書記官を使って偽造の雇用契約書を作成し、さらに――」
カナト様は、法廷の扉の方へと視線を向けた。
「その契約が適法であると見せかけるため、聖騎士団の上層部に莫大な賄賂を贈り、公式な『署名』をさせていたのです」
「……っ、馬鹿な! 我が国の誇りである聖騎士団が、そのような汚い賄賂を受け取るはずがないだろう!」
裁判長が立ち上がり、声を荒らげた。
傍聴席の貴族たちも「そうだ!」「騎士団を愚弄する気か!」と一斉にカナト様を非難する。
彼らにとって、聖騎士団は王国の「武」と「正義」の象徴であり、自分たちの特権を守るための絶対的な盾なのだ。
「証拠なら、あります」
その時、法廷の重厚な扉が内側から押し開かれた。
現れたのは、白銀の鎧を纏った長身の青年――聖騎士団長、アスカル・ヴェイン様だった。
彼の背後には、彼に忠誠を誓う数名の下級騎士たちが、蒼白な顔をしながらも固い決意を秘めて付き従っている。
「ア、アスカル団長……! なぜあなたがここに? 証人の入廷はまだ許可していないぞ!」
裁判長が狼狽する中、アスカル様は真っ直ぐに法廷の中央、証言台へと進み出た。
彼の琥珀色の瞳は、かつての迷いや「組織の面子」という枷から完全に解き放たれ、澄み切った刃のように鋭かった。
「許可など必要ありません。私は、騎士団の罪を隠蔽するためにここに来たのではありませんから」
アスカル様は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、裁判長に向かって高く掲げた。
「これは、騎士団総監の執務室の隠し金庫から押収した、貴族院からの『特別寄付金』の受領記録です」
「な、なんだと……!?」
「そしてこちらが、それと引き換えに署名された、孤児たちの偽造雇用契約書の控え。さらに、私のもとに届いていた『孤児院からの誘拐事件を黙殺しろ』という上層部からの不当な命令書です」
法廷内に、悲鳴にも似たどよめきが走った。
聖騎士団のトップである彼自身が、身内であるはずの上層部の腐敗を公の場で突きつけたのだ。それは、彼自身もまた、聖騎士としての立場と名誉を永遠に失うことを意味していた。
「あ、アスカル殿……! 貴様、自分が何をしているのか分かっているのか! それは騎士団に対する明白な反逆だぞ!」
貴族席にいた騎士団上層部の幹部が、立ち上がって怒鳴りつけた。
「ええ、分かっています」
アスカル様は、上官の怒声に対して一歩も引かず、毅然と言い放った。
「私はこれまで、組織の面子と秩序を守ることが、王国を守ることだと信じていました。ですが、その秩序の裏で、何の罪もない子どもたちが暗い鉱山へ売られ、声を奪われ、使い捨てにされている現実を知りました」
アスカル様は、ゆっくりと法廷を見渡した。
「私たちが守るべきは、上官の保身でも、騎士団という名前でもない。今、そこで助けを求めている『民の名前』です。彼らの名前を踏みにじって成り立つ正義など、私は二度と剣の誇りとは呼ばない!」
彼の痛切な叫びが、法廷の空気を完全に支配した。
それに呼応するように、彼の背後に控えていた下級騎士たちも一斉に剣を抜き、床に突き立てて忠誠と同意の意を示した。
「我らも、団長と共に真実を証言します!」
「騎士団の不正を、これ以上黙認することはできません!」
下級騎士たちの決死の声に、裁判長も貴族たちも完全に言葉を失った。
証拠の束と、内部からの決定的な証言。もはや「名誉毀損」などという言い逃れで蓋をすることは不可能な状態になっていた。
「……素晴らしい証言です、アスカル様」
私は、証言台に立つ彼に向かって静かに微笑みかけた。
彼がかつての「言葉だけの求婚者」から、自らの身を切ってでも真実を守る「本当の味方」へと成長したことが、誇らしかった。
「これで、貴族院と騎士団上層部、そして神殿の癒着は完全に証明されましたわね。さあ、裁判長」
私が裁判長に向き直った、その瞬間だった。
「……っ!」
私の目の奥で、かつてないほど強烈な月光が炸裂した。
チカチカという眩暈を通り越し、焼けるような痛みが脳天を突き抜ける。
(な、に……これ……!)
私の『月鏡』の能力が、完全に暴走していた。
裁判長の口元から、貴族席の至る所から、そして、法廷の壁や天井の装飾からさえも。
視界を埋め尽くすほどの、どす黒いインクのような染みが、濁流となって噴き出してくるのが見えた。
「ああ……っ!」
この法廷にいる、ほぼすべての人間が、嘘と保身にまみれている。
その圧倒的な矛盾の量が、私の能力の許容量を限界まで突破させてしまったのだ。
「ミオラ様!」
真っ暗に染まっていく視界の中で、最後にカナト様が私に向かって手を伸ばすのが見えた。
私はそのまま意識を刈り取られ、冷たい大理石の床へと崩れ落ちた。




