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第12話 二度目の冤罪

「痛っ……離してください!」


公爵邸の廊下に、ナナの悲鳴が響き渡った。

応接室でレオルド殿下を見送ったばかりだった私とカナト様は、その声に弾かれたように廊下へと飛び出した。


そこに広がっていたのは、思わず目を疑うような光景だった。

白銀の法衣を纏った数人の神官たちが、私の大切な侍女であるナナを取り囲んでいる。そのうちの一人が、ナナの華奢な腕を乱暴に掴み上げていた。床には、ナナが取りに行ってくれていた真新しい羊皮紙の束が散乱している。


「何をしているのですか! その手を離しなさい!」


私が鋭く声を上げると、神官たちは薄ら笑いを浮かべたまま私を振り返った。


「おお、これはミオラ様。ちょうど良かった」


先頭に立っていた神官が、恭しさを装った態度で一礼する。しかし、その目には明確な悪意が宿っていた。


「あなたのこの手癖の悪い侍女が、我が神殿の『神聖なる儀式の記録文書』を盗み出しましてね。今しがた、落とした羊皮紙の束の中から、神殿の紋章が入った文書が見つかったのです」


「……窃盗?」


私は眉をひそめた。

既視感のある光景だった。あの夜会で、エリシア様が自分のブローチを盗まれたと喚き立て、ナナを床に引き倒した時と全く同じ構図だ。

権力者が結託し、身分の低い使用人に罪を着せ、その主人である私を追い詰めようとする手口。


神官は芝居がかったため息をついた。


「月の姫たるミオラ様の侍女が、よりにもよって神殿の重要文書を盗み出すとは。主であるあなたの責任も免れません。今すぐこの泥棒を神殿へ連行し、厳しく調べさせてもらいます。ミオラ様も共に神殿へ出頭し、大神官猊下に謝罪を——」


神官がペラペラと語る言葉の背後で、私の『月鏡』が容赦なく真実を告げていた。

「文書を盗み出した」と語る神官の口元から、どす黒いインクのような染みがボタボタと溢れ出しているのだ。彼らがわざと文書を紛れ込ませ、自作自演の冤罪を仕掛けているのは明らかだった。


(また、ナナを傷つける気ね……!)


私の奥底で、冷たい怒りが沸点に達する。

「カナト様」と呼びかけ、彼と共に容赦のない事実と記録でこの神官たちを叩き潰そうとした、その時だった。


「……お嬢様。お待ちください」


乱暴に腕を掴まれたままのナナが、顔を上げて私を見た。

彼女の目は、かつてのように恐怖で怯えてはいなかった。そこにあるのは、確かな静かな決意だ。


「この件は、私に証明させてください」


私はハッとして足を止めた。

ナナは掴まれていた腕を自ら力強く振り解くと、神官たちを真っ直ぐに見据えた。


「私が神殿の文書を盗んだと仰いましたね。では、いつ、どのようにして私が神殿の書庫に侵入したというのですか?」


「なっ……し、知るものか! 夜陰に乗じて忍び込んだのだろう!」


神官が声を荒らげるが、ナナは動じない。


「それは不可能です。公爵邸の門番の記録と、侍女の勤務記録を確認していただければ分かります。私は昨日から丸一日、一度もこの公爵邸の敷地から外へ出ておりません」


「……っ、邸の記録など、いくらでも誤魔化しが利く! 現に、お前の持っていたこの紙の束から、神殿の文書が出てきたのが何よりの証拠だろうが!」


神官が床に落ちている神殿の文書を指差して叫ぶ。

しかし、ナナは冷静に床に散らばった羊皮紙を見下ろした。


「私が先ほど、邸の備品庫から持ち出した無地の羊皮紙は、管理台帳に『二十枚』と記録してあります。カナト様の調書作成のために、正確な枚数が必要だったからです」


ナナの言葉に、カナト様がわずかに目を細めたのが見えた。


「では、神官様。今ここに散らばっている羊皮紙を数えてみてください。……無地の羊皮紙が二十枚、それに加えて、神殿の文書が『一枚』あります」


「だ、だから何だと言うのだ!」


「私が神殿の文書を盗み、羊皮紙の束に隠し持っていたというのなら、なぜ私が持ち出した備品の枚数と完全に一致している束の中に、さらに『上乗せ』される形でその文書が存在しているのですか? 私が最初から束に紛れ込ませていたのなら、無地の羊皮紙は十九枚でなければ辻褄が合いません」


神官たちの顔色が変わった。

ナナはさらに一歩前に出て、神殿の文書を指差した。


「それに、先ほど私がぶつかった際、あなたがその文書を束の中に滑り込ませたのを見ました。よく見てください。その神殿の文書の端に、今しがた付いたばかりの新しいインクの汚れがあります。あなたの右手の親指についているインクと同じ色です」


「……!」


神官は弾かれたように自分の右手を見た。その親指には、文書に細工をした際についたと思われる、青黒いインクがべっとりと付着していた。


完璧な証明だった。

能力など使わずとも、日々の業務で培った記録への意識と観察眼だけで、彼女は自分自身にかけられた冤罪を見事に打ち砕いたのだ。


「ナナ・リネットの主張は、極めて論理的で矛盾がありません」


カナト様が、無表情のまま神官たちに冷ややかな宣告を下した。


「宰相府の権限で、直ちに公爵邸の出入り記録と備品管理台帳を押収し、裏付けを取ります。同時に、あなた方がこの公爵邸に無断で『神殿の文書』を持ち込み、他者に罪を着せようとした件について、虚偽告発の容疑で調査を開始します。……よろしいですね?」


「くっ……!」


神官たちは顔を真っ赤にして歯を食いしばったが、宰相府の監査官代理という肩書きと、完全に論破された事実を前にしては、もはや逃げ道はなかった。


「……今日はこの辺りにしておいてやろう。だが、神殿を敵に回したこと、必ず後悔するぞ!」


捨て台詞を吐き、神官たちは逃げるように公爵邸を去っていった。

廊下に再び静寂が戻る。


「ナナ」


私が優しく名前を呼ぶと、張り詰めていた糸が切れたように、ナナはへたりと床に座り込んだ。

しかし、彼女は泣いていなかった。その手も、もう震えてはいない。


「お嬢様……私、言えました。ちゃんと、記録と事実で、言い返せました」


「ええ。見事だったわ、ナナ。あなたはもう、私が庇わなくても、自分の力で真実を証明できるのね」


私がしゃがみ込んで彼女の頭を撫でると、ナナは照れくさそうに笑い、そして真剣な目で私を見上げた。


「お嬢様が、私に教えてくださったんです。涙や感情ではなく、記録が身を守るのだと。だから……」


ナナは私の手を両手でしっかりと握りしめた。


「私も、お嬢様の味方でいたいです」


その小さな手から伝わる温かさと力強さに、私は胸が熱くなるのを覚えた。

「世界中が敵になっても味方だ」と軽々しく口にした求婚者たちは、一人、また一人と脱落し、誰一人として私の傍には残らなかった。


けれど、私がその手で守り抜いた一人の少女が、今、確かな行動と記録を持って、私の本当の「味方」になってくれたのだ。

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