変化
その一
最後にジルに会ってから一週間が経った――ああ、日数を数えてたよ。正直、自分でも負け犬っぽいと思う。
なんでかわからないけど、友達をなくした気がする。
ただの「友達」じゃない。唯一の友達。俺の、たった一人の友達だ。なんで俺はいつもこうなんだ? あいつが俺にとってどういう存在か、わざと軽く言おうとする。
まあ、お前も友達だな、悪い。でもお前は実在しないしな。
「大丈夫か、シリアン?」父さんが言う。
稽古のあと、少し休憩してるところだ。
「うん、ごめん、ちょっと考えごと」
「何について?」
「女の子……」
父さんが満面の笑みを浮かべる。変な勘違いしてないといいけど。
「ほう、で、その幸運な子は誰だ?」
「前に話した友達、覚えてる? 毎日会ってるって言ってた子」
「あれ、女の子だったのか!? いやあ、お前と父さんは、思ってたよりちょっと似てるのかもしれないな。父さんの若い頃なんて――」
「うん、詳しい話は聞きたくない」
俺は立ち上がる。
「よし、稽古に戻ろう」
ジルにもう一週間だけ待とう。それでも本当に会いたくないって言うなら、受け入れるしかない。
……受け入れたくなんかないけどな。
その二
次の日、俺は目を覚ます。
トイレに行く。
朝飯を食べる。
外で父さんと稽古する。
部屋でこっそり鍛える。
外に座って考える。
いつもなら、そろそろジルに会いに行く時間だ。でも、もうそれもないんだろうな……。
行くべきか?
いや……どうせ待ち合わせ場所にはいない。どっちにしろ確かめには行かない。空っぽの場所を見たら、悲しくなるだけだ。
「シリアン!」
え!? 今の、ジルの声か?
すぐに立ち上がって、声の方へ駆けだす。
家の近くを、汗だくで走っているジルが見える……。家の場所なんて教えたことなかった。俺を探して、村中を走り回ったに違いない。
「ここだよ……」
「や、やっと見つけた」
ジルがかごを持って近づいてくる。
「お、お詫びの印に、受け取ってください……」果物と野菜がいっぱいのかごを突き出す。顔は真っ赤だ。
たぶん、人生で一番泣きそうになった瞬間だった。
今まで誰も、こんな……。
この気持ちは何だ……? 多すぎる……俺みたいな奴には、多すぎる。
本物だといいな。
「な、なんでお前が謝るんだよ? 悪いことしたのは俺の方だろ……」
「君は何も悪くないよ……早く言わなかった私が悪いの」
「ずっと男の子のふりしてたの。本当のことを知ったら、教えるのやめちゃうと思って、怖くて……だから、これも言いに来たの――お、お願い、これからも教えて!」
「や、やめるわけないだろ! それに、お前は今も俺の弟子だ、バカ……」
「ほ、ほんと?」
思いきり抱きしめる。
「お前がもう俺を避けないならな……」
「さ、避けない……苦しいよ」
「悪い」
その三
少しして、俺はジルと家の前の岩に座っている。でも、何か言う前に、母さんがドアを開けた。
「あら、シリアン。お友達を連れてきたの?」
「うん、そう」
「こ、こんにちは……」ジルが俺の陰に隠れながら言う。
「二人とも、中に入る?」母さんが微笑みながら言う。ジルの緊張をほぐそうとしてるのがわかる。
ジルの返事を待って、そっちを見る。部屋を見られるのはちょっと嫌だけど、この岩はベッドほど座り心地がよくない。
「えっと……は、はい……」まだ俺の背中に隠れたまま言う。
「じゃあ、入ろう」振り返って、ジルを岩から降ろしてやる。
……なんで俺、こいつを子供扱いしてるんだ?
ジルと一緒に岩から飛び降りて、家に入る。
「何か飲む?」母さんがジルからかごを受け取りながら聞く。
「い、いえ、お気遣いありがとうございます……」
ジルはまだ俺の背中に隠れている。
さすがにうっとうしくなってきた。
「俺は水ちょうだい、母さん」
「はーい」かごを置いて、マグを手に取り、魔法で水を満たす。
近づいてマグを受け取り、一口飲む。「ありがと」
ジルが驚いて目を丸くしてる。母さんも、明らかにそれに気づいた。
「魔法、覚えてみたい、ジル?」母さんは自分用のマグも取り、魔法で水を満たして一口飲む。
「た、たぶん……すごかったです、お姉さん!」まだ俺の後ろに隠れながら言う。
ジルの背中を軽く叩く。「やめとけ」にやりと笑って言う。「大人でも読めないような言葉だらけの本を読まされるぞ」
「あら、そんなに大変じゃないわよ。あなたは読書が嫌いだから覚えられなかっただけ。お父さんと同じでね」
「うん、知ってる。ジル、本読むの好き?」
「う、ううん……あんまり……そもそも、字が読めないし」
「そういうこと。ごめんね母さん、弟子はなしだ」
「あら残念、次こそはね」
「別の友達を連れてきたら、いけるかもな……」
ジルを俺の部屋に連れていき、入ったらドアを閉めて、水の入ったマグをタンスの上に置く。
「次からは、俺の後ろに隠れるなよ……」
「な、なんで?」
「母さんは天使みたいな人だから、ちゃんと顔を見て話していい。約束する」
「でも、大人ってみんな怖いもん……」俺のベッドに座りながら言う。
「それがお前の問題なんだよ……」ため息まじりに言う。
ジルは、隣に座った俺をよそに部屋を見回して、壁のところで止まる。
「な、なんで壁に血がついてるの!?」
すぐに口をふさぐ。
「黙れ、バカ!」小声で言って、手を離す。親に知られるわけにはいかない……。
拳を握って、ジルに見せる。
「この拳、硬いだろ? 壁を殴りまくるとこうなるんだ」
「痛くないの?」
「そりゃ痛いに決まってる。でも、そのうち慣れる。親に知られたら怒られるだろうな。いや、たぶん怒られるだけじゃ済まない」拳を下ろしながら言う。
「……私にも、それやらせるの?」
「いや、やらせるわけないだろ……お前は俺とは違うんだ、いいな? 俺はちょっとイカれてるからな」
「シ、シリアンはイカれてなんかないよ」こいつは、いつもすぐ俺をかばう。
「まあ……」
「それより、ちょっと話したいことがあるんだ」そう言って、ベッドに寝転がる。
「何?」
「大きくなったら、何したい?」
「えっと……」少し考えてから答える。「自分の農場を持つ、かな。お父さんとお母さんの農場の手伝い、昔から好きだったし……」そう言って、隣に寝転がる。
「悪くないな。好きなことなら、続ければいい」
「シリアンは?」
「わかんない……楽しくて、金がいっぱい稼げることなら何でも」
ジルが笑い出す。無邪気で、まっすぐな笑い声。久しぶりに聞いた、子供からしか出てこないような笑い声だ。
「単純すぎ、シリアンらしい」笑いながら言う。
「た、単純じゃねえよ!」
「はいはい、そういうことにしとく……」涙を拭いながら言う……。いや、そこまで面白くないだろ。
「なあ、聞きたいことがあるんだけど……どうやってあんなに長く男のふりしてたんだ?」
「えっと……別に頑張ってたわけじゃないよ。君が勝手に男だと思い込んでたから、そのままにしてただけ……」
俺、目が節穴なのか、バカなのか……。それとも両方か。いや、こいつがめちゃくちゃ男っぽいだけだ。そういうことにしとこう。
「本気で、女だってだけで俺が教えるのやめると思ってたのか?」
「う、うん……女の子をボコボコにはしないかなって……」
「いや、普通にボコるけど」
「えっと……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
……
「ねえ、シリアン……私、もっと女の子らしくした方がいいと思う?」
「……お前、五歳だぞ……」
「そうだよね……」
「ねえ、シリアン、聞きたいことがあるんだけど……将来、お嫁さんほしいと思う?」
「なんでいきなり話変わるんだよ?」そう言ってから、ため息をつく。「ほしいとは言えるけど、手に入るとは言えないな」
「なんで?」
「……まあ、簡単に言うと、人を信じてないからだ」
「……私のことは、信じてる?」
いろんな意味に取れるな、それ……。俺の嫁になりたいって意味じゃないといいけど……。
「どういう意味だ?」
「な、なんでもない……忘れて……」
日が沈むまで、主に将来のことを話し続けて、それからジルは帰らなきゃいけなくなった。
「気をつけて帰るんだぞ!」玄関先で、父さんがジルに声をかける。
「いつでも遊びに来てね」母さんが微笑みながら言う。
「また明日な!」
「う、うん!……」トマトみたいに顔を真っ赤にして、ジルは走って帰っていく。
「で、あの子が話してた女の子か?」父さんがにやにやしながら俺を見る。
「うん……父さん、変な感じにしないで」
「しないさ。でも一応言っとくと、あの子が義理の娘になっても、父さんは全然構わないぞ」
「父さん……」深いため息をつく。「部屋に戻る」
その四
三週間くらい経って、俺とジルは待ち合わせ場所の木に並んでもたれて座っている。
もう完全に仲直りした。まあ、そもそも何か悪いことがあったとは思えないけどな。
ジルはいい子だ。いや、良すぎる。俺が本当に悪いことをしても、たぶん結局許してしまうくらいに。でもそれは、俺たちが仲良すぎるせいかもしれない。なにしろ、こいつは俺の唯一の友達で、俺もこいつの唯一の友達だから……たぶん。
「よし、森をあと二周してこい」
「今戻ってきたばっかりなのに! ずるい」まだ少し息を切らしながら言う。
「今まではスピードをつけてた。今度はスタミナをつけるんだ。言わなきゃわからないか?」
「わかりました……」
ジルは立ち上がって走り出す。
もう俺とほとんど同じくらいの速さだな……。俺も走り始めた方がいいか?
いや、いいや。これくらいは、こいつに譲ってやろう。
……
今、考えることなんて何もない。
俺の人生は完璧だ。
それって、いいことなのか?
たぶん違う。
もっと刺激が必要なんだ……そう、それだ。
あの狼以来、本気で戦ってない。それももう何か月も前だ。
誰と戦おうか?
父さん? いや、戦いにならない。ただボコられるだけだ。
ジル? まあ……もうちょっと強くなったらな。
母さん?
俺、そこまで戦いに飢えてるのか?
くそ、ジルの鍛錬を急がないと……。
でも今は、この静けさが好きだ。
「た、ただいま!」ジルが走ってくる。
前言撤回。どうやら世界は別の予定を立ててるらしい。
「急いでたのか? いつもよりずっと速かったぞ」
「だ、だって、早く会いたかったから……」そう言って、俺の隣にまた座り、肩にもたれかかってくる。
「汗だくだろ、あんまりもたれるな」
「ごめん……」そう言って、少しだけ体を離す。
「ねえ、シリアン……私、もうあのいじめっ子たちに勝てるかな?」
「無理」
「む、無理ってどういうこと? じゃあ、今までの練習は無駄だったの?」
「あれは練習ってほどのもんじゃないだろ……走って、腕立てしてただけだ」
「で、でも、私、強くなったし……」
「それでも勝てない」
「な、なんで?」
おいおい、子供なのはわかるけど、さすがにここまでひどいどもりはないだろ。
「あいつら、まだお前よりずっとデカいだろ。だから勝てない」
「で、でも、あのとき君がやってたかっこいい技、あれを教えてくれればいいじゃん?」希望と憧れでいっぱいの目で言う。
「まだだめだ。あのときの技は、一日で覚えられるようなもんじゃない。それに、いつ使うかを覚えなきゃいけない――どんな場面でも同じ技、ってわけにはいかないんだ」
「でも、今覚えたいんだもん……」ふくれっ面で、小さな声で言う。
「そのうちな」髪をくしゃくしゃにしてやる。「……嘘、たぶん数か月後だ」
「えっ!?」
「我慢しろ」
思わず吹き出してしまう。
ジルの頭を胸に引き寄せて、さらに髪をくしゃくしゃにする。
「お前は、いい子だな」




