探検
その一
この世界に生まれて四年が経った。いつも通り、ざっくりだけどな。
なあ。
俺のカメラマンにならないか?
いや、たぶん気に入ると思うんだよ。この世界けっこう面白いし、俺って主人公として面白いと思うし。だろ?
悪い悪い、最後に話してからだいぶ経ったのはわかってる。でも――いや、だからこそ、こうして言ってるんだ。
別れ話じゃないぞ! どっちかっていうと……昇進だ!
俺たちはまだ友達だ! 一生の相棒! ほら、ちゃんと覚えてるだろ!
どうせ俺の人生は面白いから、退屈はさせない。いいところだけ撮っといてくれ、な?
それはさておき、こっそりやってた鍛錬がめちゃくちゃ効いてる。四歳にして、もう腹筋が六つに割れてる。
……変な話だけど、四年経っても、まだ誕生日がない。
ちょっと拗ねてる。でも、どうしようもないよな?
そうだ! 今日は、父さんとの剣の稽古が正式に始まる日だ。
ずっと楽しみにしてたんだ。
「よし、シリアン。剣の振り方はわかってるよな?」父さんが木刀を手渡しながら言う。
「うん……」受け取りながら答える。「でも、もっとうまく振れるように教えてくれるんでしょ?」
「その通り」父さんは笑いながら俺の背中を叩く。
父さんは岩に向き直り、構えに入る。
「真似してみろ」ちらりと振り返って言う。
俺はその構えを寸分違わず真似する。
「こう?」
「筋がいいな」俺を見ながら、父さんの顔に小さな笑みが浮かぶ。
そして、父さんが踏み込む。足は絶えず動き、いつでも軸を切り替えられる状態のまま、岩を斬りつけて、石にきれいな切れ込みを残した。
「次はお前だ」
「わかった」
俺は父さんの速さには到底及ばないまま突っ込んで、岩に斬りかかる。衝撃が腕を伝って跳ね返ってくる。
「いったぁ……」
「大丈夫か、シリアン?」
「うん……」
「こりゃ、だいぶ手がかかりそうだな……」父さんが小声でつぶやく。でも、その顔にかすかな笑みが浮かんでいるのが見えた。
その二
数週間後、剣の腕がもう上達してきてる。正直、ちょっと驚きだ。
師匠がいるだけで、ここまで違うとは思わなかった。もしかしたら前世でも――
いや、ないな。前世だったら、師匠を殺して終わってただろう。
父さんは殺さない。
どっちにしろ、殺せないしな。
まあいい。この話はもうやめよう。
何が言いたいかっていうと、岩に小さな傷をつけられるようになったってことだ。父さんいわく、この歳にしては上出来らしい。
今日は村を歩き回っていいか聞いてみようかな。ちょっとは強くなったし。
「だめだ」
「なんで?」
「一人で出歩くには、まだ小さすぎる」
「迷惑はかけないって約束する。それに、さらわれないくらいには強いって、父さんも知ってるでしょ?」
「俺くらい強い奴に出くわしたらどうする?」
「そ、そんなことあるわけないって……」
「まあ、そうだろうな。でも、それでも外出はだめだ」
「……昨日、父さんが剣で俺のことひっぱたいたの、母さんに言うよ」
「あ、あれは事故だ!」
「うん。でも、母さんはそれを知らないよね」
「……わかったよ……今日だけだからな?」
「よっしゃ」
任務成功。
しばらくして、俺は村を歩いている。
いい眺めだな、ほんと。
村人たちは通りすがりに俺をちらっと見るけど、何も言わない。この世界じゃ、子供が一人で出歩くのはわりと普通なんだろう。
お、柵で囲われた場所に着いた。
農地っぽいな……。
木の柵を飛び越えて、そのまま歩き続ける。
考えてみたら、農地ってちょっと懐かしい。
前世では、警察から身を隠しながら農場を持ってた。あれは大好きだった。動物たち、一日の穏やかさ、作物の世話でさえ心が落ち着いた。時が来たら結局動物たちを食べることになったけど、それでも全部、大事にしてたんだ。俺の動物だったからな。
そうそう、畑に沈む夕日を眺めるのが一番よかった。夕日を眺めるのはいつだって好きだったけど、動物たちに囲まれて、草の上に寝転んで空を見上げるのは、また格別だった。
くそ、集中できない。ガキどもがうるさすぎる。頼むから考えさせてくれ……。
「どうした、農家のガキ、立てないのか?」一人目が、誰かをからかうように言う。
あー、いじめか。殴り方もなかなかだな。
「もう動物を呼べないなぁ、農家のガキ?」二人目が、さらに得意げに言う。
こっちの方がちょっと弱そうだな。でも、いじめっ子は昔から嫌いなんだ。特に、俺自身いじめられて育ったからな。
「お前なんか、ただの汚い農家のガキ――」
その時にはもう、俺は後ろからそいつを絞め上げていた。俺よりは明らかにデカいけど、なんとかなる。
「がっ! は、離せ――」首を絞められたまま、俺の腕を引き剥がそうとする。
「こ、こいつ頭おかしい! 親に言いつけてやる!」もう一人が叫んで、逃げ出そうとする。
絞めてた奴を全力で壁に叩きつけて、逃げた方に追いつき、地面にタックルで押し倒す。
体重をかけて完全に動きを封じ、地面に血が溜まり始めるまで、何度もそいつの頭を土に叩きつける。
懐かしいな、これ……。
立ち上がって、確実に気絶させとくために頭を土に踏みつける。土は柔らかいし、鼻が多少折れるくらいどうってことない。
振り返った瞬間――デカい方に顔面を殴られて、鼻血が飛ぶ。
頭がくらっとするけど、しっかり一歩踏み込んで、左で腹に重い一発を叩き込む。
まだだ! 右の拳を肝臓に打ち込んで、後ろに跳ぶ。
そいつは咳き込み始めるけど、まだ立ってる。
一気に間合いを詰めて跳び上がり、ハサミみたいに両脚でそいつの首を挟み込んで、一緒に地面に倒れ込みながら脚で絞め上げる。
一日に二回も絞められるとか、想像したくもないな。
「さっさと諦めろよ……」脚を引き剥がそうともがくそいつに、ぼそっと言う。
気絶する直前で放して、立ち上がる。
そいつは激しく咳き込み始める。大したことはない。どこも潰してないしな。
「いいか、こうしよう」そいつに近づいて、短い髪ごと後頭部を乱暴につかみ、魂の奥まで覗き込むように目を合わせる。「俺のことは誰にも言うな。今日のことは全部忘れろ」少し頭を揺さぶって、脅しをかける。
「それと、ついでに言っとく。また誰かをいじめてるところを見かけたら、魚みたいにはらわた抜いてやる。わかったか?」そう言い終えて、頭を放して立ち上がる。
「は、はいっ」そいつは息を切らしながら、必死にうなずく。
「よし。お前の友達にも同じこと伝えとけ。さっさと失せろ」腕で鼻血を拭いながら言う。
そいつは慌てて起き上がり、友達を抱えて逃げていく。だいぶふらついてるけどな。脳にダメージが残らないといいけど。そこまでされる筋合いはないだろうし……。
いじめられてた子の方に向き直る。納屋の壁に背中をつけて、膝を抱えて丸まり、目に涙を溜めている。
そんなに怖くないだろ、助けてやったんだぞ。怖がって隠れるんじゃなくて、礼を言えよ。
「俺が怖いのか?」
返事はない……。
気まずさをごまかすように、一人でぎこちなく笑う。
かなりボロボロだな。そうだ、だから喋らないんだ。
近づくと、そいつはさらに後ずさって、俺と目が合わないようにする。
「俺は化け物じゃねえって!」苛立って、思わず怒鳴る。
そいつは怯えて身を縮め、さらに強く膝を抱える。
「わ、わかったよ! わかったって!」
降参するように両手を上げて、背を向ける。
「俺、こういうの苦手なんだ……ごめんな。もっと助けてやりたいけど、お前が嫌なら……」
両手を下ろして、歩き去ろうとする。
だから人助けなんてしないんだ。どうせ結局みんな、俺を化け物だと思うんだから、意味がない。
この人生も、結局何も変わらないってことか……。
「ま、待って……」その子が追いかけてきて、小さな声で言いながら、俺のシャツの背中を引っ張る。
「ん?」振り返る。にやけが抑えられない。
よっしゃ! ついに心を開いた!
「えっと……」目をそらしながら言う。「あ、あり……ありがとう!」明らかに照れながら、そう言った。
うわ、ボロボロなんてもんじゃないな。あいつ、脳にダメージ食らって当然だったかもな。少なくとも十数回は、こいつの顔を納屋に叩きつけてるぞ。
「気にすんな、誰だってそうするって」ぎこちなく笑いながら言う。まだにやけたままだ。
「家まで送ろうか?」
俺、ちゃんと会話できてる!
「こ、ここ……えっと……ぼ、僕、ここに住んでるの……」納屋の方を振り返りながら言う。
「あ、だから農家のガキって呼ばれてたのか!」またぎこちなく笑う。「えっと……」
「包帯は持ってないんだけどさ、家にはある?」
「……うん……たぶん」相変わらず目をそらしたまま言う。
俺より会話上手じゃないか?
「自分で手当てできる? それとも……」
「で、できる……」
「じゃあ、えっと……俺は行くわ。またな」
もう一度帰ろうとすると、そいつがシャツの背中をつかむ。かろうじて、だけど。
「何だ?」
「お、お願い……」
「お願い……何を?」
「……け、喧嘩のやり方、教えてくれない? お願い……あいつらがまた来たときに、自分を守れるようになりたいの……」
よっしゃああ! また外に出る口実ができるかもしれない!
咳払いをする。「そ、そうだな……俺に教わる価値があるって、何で証明する?」
「えっと……いつでも、言われたときに練習するって約束する。そ、それに、何だってやるから」
「ふーん。わかった、本気なら、そうだな、待ち合わせは――」さっき森の中に人目につかない場所があったのは覚えてる。でも、あそこでいいのか? 場所、ちゃんとわかってるか?「ここから北に行くと、森の中にちょっとした人目につかない場所がある。毎日、昼過ぎにそこに来い。俺もできるだけ行くようにする」
「う、うん! 絶対行く、約束する!」
「よし。たぶん、また明日な」
俺は立ち去る。
よっしゃ!
その三
次の日、俺はいつもより少し早く目を覚ます。
トイレに行く。
朝飯を食べる。
外で父さんと稽古する。
部屋でこっそり鍛える。
そして今から、また村に行っていいか父さんに聞く時間だ。
「ねえ、父さん」
「だめだ」
「ま、まだ何も言ってないじゃん!」
「何を聞くかはわかってる。答えは、村には行かせない、だ」
「せ、せめて話くらい聞いてよ……」
「何だ?」
「昨日……友達ができたんだ。会いたいって言われてる。今すぐ」
「待て、本当か? また外に出るための、ただの言い訳じゃないだろうな?」
「言い訳なわけないでしょ。何、俺に友達なんかできないと思ってるの?」
「昨日外にいたのは数時間だけだろ。そんな短い時間で友達ができたなんて、どう信じろって言うんだ?」
「できたものはできたんだよ。で、行っていい?」
「……変なことはしないな?」
「するわけないじゃん」
「知らない奴には気をつけるな?」
「うん」
「……行ってこい」
「ありがと。でさ、えっと、明日も行っていい? それと、その次の日も、毎日」
「調子に乗るな」
「それって、いいってこと?」
「……ああ」
「ありがと」
俺は満面の笑みで歩き去る。
少しして、昨日の子が例の人目につかない場所で、木のそばに座って、そわそわしながら待っているのを見つける。
「お、本当に来たんだな」
「き、来てくれた!」そいつは駆け寄ってきて、俺に抱きつく。
なんでそんなに嬉しそうなんだ?
「離れろ」
「ご、ごめん」
「別にいいけどさ……」フードを下ろして、髪をくしゃくしゃにしてやる。
……なんで髪が青いんだ?
「それ、地毛なのか?」
「も、もちろん……」
「えっと……お前、人間か? それとも……?」間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいぞ、これ。でも異世界だし、ありえるか?
「う、ううん……僕、カロバン」
よっしゃ!
最高かよ!
「そ、そっか……それって、別の種族ってこと?」
「う、うん。人間の王国にはあんまりいないんだけど……で、でも、大きな戦争のあと、たくさんこっちに移ってきたんだって。少なくとも、お父さんとお母さんはそう言ってた……」
「まあいいや、そういうことにしとく。とりあえず、鍛錬を始めるぞ。喧嘩のやり方を教える前に、技を使えるだけの体を作らないとな。だから……伏せて、腕立て十五回」
何も言わずに伏せて始める。フォームはひどいし、一回もまともにできない。まあ、予想はしとくべきだったな。
「違う違う違う……とりあえず俺の真似しろ」
「ご、ごめん……」
「いいって」
伏せて腕立て伏せを始める。何週間もこっそり鍛えてきたから、もう慣れたもんだ。
「ほら、真似しろ」
「う、うん……」
俺のフォームを真似すると、少しはマシになる。それでも一回もできないけど。
「よし、そこまで」立ち上がりながら言う。
「どうしたの?」不思議そうに聞いてくる。
「これは後回しだ。とりあえず、森の端まで走って戻ってくるのを二往復。終わったら戻ってこい」
「は、はい!」
何も言わずに走り出す。ちょっと遅いけどな。
……こりゃ、時間がかかりそうだ。
その四
あの子を鍛え始めて数週間。実際、けっこう強くなってきてる。いつか俺に並ぶかもな。本人が俺と戦いたがるかは知らないけど。
自分のことをラスボスみたいに語ってるな、俺……。もう前と同じ体じゃないってこと、つい忘れる。もうちょっとプライドを下げた方がいいな……。
それはそうと、あいつ、ちょっと俺になついてきてる。正直、たぶんよくないことだ。あいつの面倒を見る責任なんて背負いたくない。それに、いつか俺が何かしらやるために離れるとき、悲しませたくもないしな。
そういえば、今日で五歳になる気がする。でも、日付があやふやすぎて四歳かもしれない……。今日の稽古で父さんは何も言わなかったし、歳すら取ってないのかも?
それとも歳は取ってるけど、この世界には誕生日パーティーの習慣がないから、わざわざ言うこともないってだけか? たぶんそれだ。誕生日を祝う習慣があるなら、今頃一回くらいはパーティーしてもらってるはずだし、それがないってことは、たぶんそういうことだ。
今は木にもたれて座り、毎日のランニングから戻ってくるのを待っている。でも、やけに時間がかかってる……。
くそ、心配だ。
ケガしてたらどうする? いや、もっと悪い、今まさにケガさせられてたら?
い、行くしかない。考えれば考えるほど、あいつが襲われてる時間が延びる。
森を全力で駆け抜ける。子供でよかったのかもな。
そのとき、小さな、でも怯えきった悲鳴が森に響いて、俺は声のした方へ走る。なんであんなに小さい声なんだ?
あいつが、グリーンウルフに追い詰められてる。腹を空かせてるみたいだ。
あいつが俺に気づいて叫ぶ。「に、逃げて! 自分だけでも助かって!」
「マジで黙ってろ」
跳び上がって狼の背中に飛びかかり、片手で口を押さえつけ、もう片方の腕を首に回す。それから喉に噛みついて頸静脈を食い破る。これで仕留めた。
おっと、服を血で汚したくない。
血しぶきを地面に向ける。けど、何だこれ?
傷が……塞がってきてる?
いきなり俺の腕を振りほどいて、跳び退く。
出血で弱ってはいるけど、死んでない。傷は完全に治ってて、めちゃくちゃキレてる。
「おい、お前。頼むから逃げてくれ、いいな?」
「い、嫌だ、僕は――」
思いきり頬をひっぱたく。
「お願いじゃない、命令だ。待ち合わせ場所に行け」
あいつの目に涙が溜まっていくのが見えて、くそ、罪悪感がわく。
「わ、わかった、わかったよ、残ってていい。叩いて悪かった、な? でもケガしても俺のせいにするな――」
狼が頭から突っ込んできて腹に直撃し、俺は地面に倒される。それでもなんとか、両手でまた口をつかむ。だが運の悪いことに、こいつは頭がいい。後ろ脚で何度も俺の腹を蹴りつけてくる。
しかも、こいつは本当に力が強い。一瞬でも手が緩めば、すぐに牙を首に突き立ててくるだろう。
「せ、せめて――」また腹を蹴られて、うめき声が漏れる。「や、役に立って、こいつを殴れ!」
蹴られ続けながら、額を狼の首に何度も叩きつける。でも首が太すぎて、ほとんど効いてない。なのに、あいつはただ突っ立って、俺がボコボコにされてるのを眺めてやがる、バカみたいに!
「やらないなら、もう教えてやらないぞ!」
何も言わずに、あいつが突っ込んできて狼の頭に一撃を叩き込み、気絶させる。もちろん、ダメージが大きくなるように、当たる直前に口を放してやった。
狼を押しのける。
息を切らしながら立ち上がり、口に残った狼の血を少し吐き出す……。くそ、額が痛い。
「もうちょっと早くてもよかったな」咳き込みながら言う。
あいつが急いで駆け寄ってきて、俺に抱きつき、シャツに顔をうずめて本気で泣き出す。
「ご、ご、ごめんなさいっ」鼻水ごと、俺のシャツに顔をこすりつけながら言う。
「……これでおあいこだ、な?」抱きしめ返して、髪をなでてやる。
ちょっと悪いことしたな。あいつのせいじゃない。まだ子供なんだし。それに、油断した俺が悪い。
「さっきひっぱたいたし、これくらい当然だ」
「ち、違う!」涙を拭いながら、俺を見上げて、すぐに言い返してくる。
「ぼ、僕のせいだよ。走ってるとき、もっと気をつけてればよかったんだ」
深くため息をつく。
正直、子供が泣いてるのを見るのは嫌いだ。特に……まあ、こいつは前世も含めて、今まででいちばん友達に近い存在なんだ。
「行くぞ、な?」そう言って、放してやる。
「う、うん……」鼻をすすりながら、そいつも離れる。
二人の服を見る。あいつのには大きな血の染みがいくつか、俺のシャツはほぼ真っ赤だ。
「家に帰ったら、母さんに殺される……」
「ま、待って、何て?」
「比喩だよ、バカ」
「とりあえず川に行こう。そこで服を洗う」
「う、うん……」
あいつを川まで連れていき、血まみれの服を全部脱いで川で洗い、即席の物干しに掛ける。俺はパンツ一枚だ。
「そういえば、血のことは悪かったな。血しぶきはよけたつもりだったんだけど、跳ねたみたいだ」
「……向こう、向いててくれる?」
は?
「何のために? まさか自分の体が恥ずかしいとか言うなよ。毎日鍛えてるんだし、ちょっとは俺みたいな体になってるだろ。それに、お前が気にしないなら、俺も気にしない」
「ち、違うの、そういうことじゃなくて……」
「お、お願い、見ないで。ね? 僕のために」
「はいはい……」
パンツも脱いで川に飛び込み、あいつに気を遣って少し離れたところまで泳いでいく。
これもまた前世を思い出す。たまにダイビングに行ってたんだ。海の底はいつも最高で、魚もかっこよくて、景色は別格だった。海を一言で表すなら、間違いなく「最高」だな。
待てよ……水に自分の顔、映るんじゃないか!?
だめだ。風が強すぎる。
でも、たぶん髪はウェーブがかってる。やたらと手でかき上げたくなるからな。
手と言えば……。
自分の手を見下ろす。だいたい……きれいになってる。でも、まだ血が残ってた。
血ってのは本当に落ちにくい。確実に落とす方法はいくつか見つけたけど、結局はいい石鹸のおかげだ。
それもまた色々と思い出すけど、正直、あの狼を殺すのは嫌だった。たぶん、犬を思い出すからだ。犬は好きすぎて殺せない。でも、あの狼は、俺がちょっと大事に思ってる奴を殺そうとしてた。
……ちょっと、どころじゃないかもな。
その五
あれから一週間。なんでかわからないけど、あいつに避けられてる気がする。
そりゃ、もともと人見知りな奴だけど、ここまでじゃなかった。もうかなり仲良くなったと思ってたのに、違うのか?
今、二人で並んで木にもたれて座ってる。
普通の人間なら、こういうときどうするんだ……。
まあいい、もう直接聞こう。
「なあ……そういえば聞いてなかったけど、お前、名前は?」
「えっと……ジル、だよ……」まだ俺の方を見ないまま言う。
思ったよりかっこいい名前だな……。
「じゃあ、ジルって呼ぶわ」
「君の名前は?」
「えーと――」正直、名前は教えたくなかった。将来、何かやらかして名前が世間に晒されたら困るしな。でも、こいつなら信用していいか。「シリアン。俺の名前はシリアンだ」
「お前、ちょっと喋るのうまくなったな、ジル」
「ほ、ほんと?」ようやく俺を見るけど、顔は完全にはこっちを向いてない。
「ああ、どもるのも減ったし、人見知りもちょっとマシになった……」
……
「なんで俺のこと避けてるんだ?」
俺の言葉を聞いて、あいつの目が少し見開かれる。
「な、何? さ、避けてないよ、ここにいるじゃん」どもりながら、身を縮めて目をそらす。
「おい、嘘つく必要ないだろ」そう言って、あいつに近づく。
あごをつかんで、無理やり俺の目を見させる。
「俺が何したか教えてくれたら、埋め合わせする。それで全部終わりだ」
あいつの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「は、離して……」聞き取れないくらい小さな声で言う。
「はっきり言え」
「は、離してって言ったの」本当に俺の手を振りほどいて、なぜか走って逃げ出す。
「おい、マジで、俺が何したのか言えって」
追いかけるけど、さんざん一緒に鍛えたせいで、あいつもかなり速くなってて、なかなか追いつけない。
「待てって!」
さらにスピードを上げる。でも、この光景、めちゃくちゃヤバくないか? 森の中で小さい男の子を追いかけ回してるんだぞ、俺。
……言葉にすると、さらにヤバいな。
でも、あいつがどこに向かってるのか見えてきた。自分の農場だ。
どうせ行きたかったし、そのまま追いかける。でも少しペースを落とす。ここで捕まえたら、通りすがりの誰かに現場を見られるのは確実だし、それが父さんに伝わったら、言い逃れのしようがない。
やがて農場に着き、家の前、ドアのところでようやく追いついて、後ろからシャツをつかむ。
「おい、マジかよ。なんで逃げるんだ?」
「き、君にはわかんないよ……離して」
「俺が何したのか、言ってくれりゃいいだけだろ」
そのとき、ドアからあいつの父親が出てくる。もちろん、見られる前に手を放す。
「おや、ジリア。今日はお友達を連れてきたのかい?」父親が微笑みながら言う。
待て、今何て?
「……うん、お友達、連れてきた……」彼……いや、彼女は顔を真っ赤にして、家の中に入っていく。
「上がっていくかい?」
「……いえ、すみません。また今度」
「そうか、いつでも歓迎するよ」微笑みながら、父親がドアを閉める。
そうか……。
つまり先週の俺は、女の子を目の前で裸にさせようとしてたってわけだ。
そうか。




