幼児期
その一
この世界に生まれて、だいたい二年が経った。まあ、ざっくりだけどな……。考えてみたら、そろそろ日付を数え始めた方がいいよな。
怒ってるか? いや、最後に話してからけっこう経っちゃったからさ。
別にお前が退屈とかじゃないんだ、ただ……。
なんでもない。いいか、俺たちは一蓮托生だ! 俺とお前、一緒に異世界に転生した、一生の相棒だ。毎日話すわけじゃないけどな。
それに正直、俺がただ自分の生活を実況してるのを聞いてても、お前は退屈で死ぬと思う。体のどこも自分でコントロールできない話とか、本当に聞きたいか?
わかった、わかったよ。近況報告な。
ようやく歩けるようになって、喋れるようにもなった。まだちょっとふらつくし、言葉もゆっくりしか出てこないけど、できることはできる。だからカウントだ。
ほぼ毎日、玄関近くの椅子によじ登ってる。母さんが座って本を読みながら窓の外を眺める、あの椅子だ。でも俺が窓の外を見るのには別の理由がある。父さんが家にいるときは、いつも外で鍛錬してるんだ。あの人は休むってことを知らない。ある意味、俺に似てるかもな。休まず、ひたすら強くなろうとする。
今は……木刀で岩を叩いてるだけだ。一撃ごとの音が、なんというか、とにかく気持ちいい。正直、何だかんだでこれが一日で一番楽しい時間だ。わかってる、退屈だよな?
……
ああ、退屈だよ。めちゃくちゃ退屈だ。他にやることがないんだから。母さんが洗濯してるのを眺めたいなら別だけど。
却下。
まあ、タダ飯は食えるし? 屋根もある。
人生、もっとひどくなりようはある。
音に集中しとかないと、退屈で死ぬ。
おい、一撃が……重くなってないか?
一発ごとに音が大きくなっていく。振るたびに父さんの筋肉が張りつめるのが見える。こんな音を出すなんて、とんでもない力だ。
「お父さんみたいに強くなりたい、シリアン?」後ろから母さんが言う。
「うわっ!」俺は叫んで、椅子から落ちそうになる。
「き、気をつけて、シリアン。私よ」母さんは笑いながら、落ちる前に俺を受け止めて座り直させてくれた。
「あ、ありがと……」声帯を痛めないように、ゆっくり言う。前にも何度かやらかしたからな。
「えっと……うん……なりたい」こういうとき、会話を続けるべきなのか、相手に任せるべきなのか、いつもわからない。もういいや。
「お、お父さんって、強いの?」
母さんが微笑む。「とっても強いわよ」
外に目を戻すと、岩が真っ二つに割れていた。
その二
三か月後――また言うけど、正確な数字は信じるなよ――俺は家の中をうろうろしてる。いつも通り、暇だ。
バランス感覚もよくなったし、声帯も短い会話ができるくらいには育った。
自分で鍛錬を始めたい気持ちはあるけど、どうせどこかケガするのがオチだろう。
「何しよっかな、何しよっかな……」
外に出るドアの前まで行って、つま先立ちでドアノブに手を伸ばす。
ちょっとした努力と技術で、なんとかドアを開けることに成功した。
一歩外に出た瞬間、自分がドワーフになった気分になる。
なんで何もかもこんなにデカいんだ?
まあ、あと何年か待ってくれ。まだ幼児なんだ、すぐにデカくなる。
前庭を歩き回ってみると、父さんの鍛錬道具が見える。正直、大した量じゃない。岩がいくつか、汗拭きの布、泡がまだ残ってるエールの入った木のジョッキ、木刀がたくさん。たぶん何本もへし折ってきたんだろう――待て、泡がまだ残ってる?
いきなり、シャツの背中をつかまれて宙に持ち上げられる。
「こんなところで何してるんだ、シリアン?」父さんが心配そうに言う。「そもそも、どうやってドアを開けた?」
「えっと……外に出たくて……と、父さんに会いに!」
嘘じゃない。会いたい気持ちはちょっとあった。ただ、外にいるとは知らなかっただけだ。
「ほう?」父さんがにやりと笑う。「親父の鍛錬を目の前で見たいってわけか?」
「……うん」
父さんは笑い出して、俺を岩の上に座らせる。
「なんでもっと早く言わなかったんだ?」まだ笑いながら、父さんは真剣を抜く。
構えに入る父さんを、俺は黙って見ている。
その瞬間、見えたのはただの残像だけだった。
「お前の親父、なかなかかっこいいだろ?」父さんが微笑みながら俺を見る。その目は鋭く集中していた。
さっきまで並んでいた四つの岩が、全部きれいに水平に斬られていた。
「す、すごく……」
その三
数週間後、俺は同じ日課にうんざりしていた。
起きる。トイレ。食べる。父さんの鍛錬を見る。また食べる。寝る。繰り返し。繰り返し。繰り返し。
変化が必要だ。
だから自分の部屋に行って、鍛錬を始める。この時点で、ケガしようがどうでもいい。何かあっても母さんが魔法で治してくれるし、このまま生きてたら退屈で死ぬ。鍛える以外に選択肢はない。
「んぐっ……」
腕立て伏せ一回すら、まともにできない。
前世では何も考えずにこなしてた腕立て伏せだ。予想はしてたけど、一回がここまでキツいとは思わなかった……。
その四
三週間後――今回はちゃんと数えたぞ――体はほんの少しずつ成長してる。二歳児にしては、たぶん上出来だ。
この数週間、部屋でこっそり鍛え続けてきた。おかげで退屈がだいぶまぎれた。
毎日やることは相変わらずだけど、鍛錬は本当に好きだ。考えることができる。自分の考えとじっくり向き合う時間になる。
この新しい世界で、俺は将来何をするんだろう?
そもそも、ここで何ができる?
なんで俺、まだ誕生日パーティーをしてもらってないんだ?
……最後のはふと思いついただけだ。でも要するに、この世界が俺に何を用意してるのか、まったくわからないってことだ。
父さんの後を継ぐのもアリかもな。
……父さんって、実際何の仕事してるんだ?
そろそろ両親にいろいろ質問した方がいいな。
でも、ひとつだけ決まってることがある――俺は探検する。
前世では、人を殺したり警察から逃げたりしてないときは、山に登ったり旅をしたりしてた。けっこう楽しかった。旅そのものも楽しかったけど、それ以上に景色を眺めるのが好きだった。
この世界にも、そういう場所があるといいな。美しい場所と、面白い人たちが。
ゆっくり起き上がる。
「ベッタベタ……」
汗だくだ――ついでに、ベッドもな。
まあ、鍛錬に戻るか。




