第7話:正論の代償、現場の悲鳴
「……私のマクロ計算にも、致命的な見落とし(バグ)があったということです。認めましょう。私の正論は、今、この場の人間を殺しかけている」
アルノルトは初めて自らの非を認め、深く息を吐いた。
その額には、宮廷の涼しいオフィスでは決して見せなかった冷や汗が滲んでいる。
「ガザル氏。今すぐ王都の商会ではなく、街の『個人商人(闇ルート)』から薬草を緊急買い付けします。当然、特急料金で価格は通常の倍――金貨30枚です」
「……待て、アルノルト」
部屋の入り口で見守っていたギルド長・ガザルが、地を這うような低い声でそれを遮った。
その顔には、いつものガサツな笑みはない。何十もの死線を越えてきた、辺境互助会の長としての『現場の顔』がそこにあった。
「闇ルートの薬草がどういう代物か、あんた分かって言ってんのか?」
「……品質の不安定、および偽物の混入のリスクですね。当然、織り込み済みです」
「分かってねえよ」
ガザルはアルノルトの前にドカリと歩みを進め、その巨体で監査官を圧する。
「品質が悪けりゃ、治る怪我も治らねえ。偽物が混じってりゃ新人が死ぬ。それだけじゃねえ……その闇商人は、隣の街の『黄金の盾ギルド』とも繋がってる。今そいつらに頭を下げて金をバラまくってことは、『うちの買い取り資金がショートしました』って弱みを、敵に自分からハダカで教えに行く(・・・・・・・・・・・・・・)ってことだ。ギルドの信用は完全に地に落ちるぞ」
「っ……!」
アルノルトの息が止まる。
数字の上での「大赤字」などという綺麗なものではない。
生身の冒険者の命を危険に晒し、組織の生命線である「信用」を敵に売り渡すという、最悪の泥水をすする選択。それが、自分の弾き出した『薬草ロック』という正論が招いた【代償】だった。
「……それでも、やるのか、監査官」
ガザルの鋭い眼光が、アルノルトの魂を値踏みするように見据える。
リーザも、息を呑んで二人の問答を見つめていた。
アルノルトは、黒革の手袋をはめた拳を、爪が肉に食い込むほどに強く握りしめた。
そして、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開き、ガザルを正面から見返した。
「……やります。全責任は、監査官である私が持つ。どんな泥でもすすります。だから――」
「バカ野郎」
ゴツン、とガザルの太い拳が、アルノルトの頭を軽く小突いた。
「責任なら、トップの俺が持つに決まってんだろ。現場の泥のすすり方は、俺の方が詳しい。……おいリーザ! 闇商人のところに、俺の名代として使いを出せ。『ガザルの顔に免じて、一番マシな薬草を揃えろ。貸し(・・)は一つだ』ってな」
「ギ、ギルド長……! でも、それじゃギルド長がアイツらに弱みを握られて――」
「ガタガタ言うな! 目の前の部下が死にかけてんだ、四の五の言ってられるか!」
ガザルは豪快に笑い飛ばし、アルノルトの肩を強く叩いた。
「監査官。あんたの言う通り、金貨30枚分の大赤字だ。この『代償』、どうやって穴埋めするか……あんたのその、自慢の『会計魔法』とやらで、死ぬ気で帳尻合わせろよ?」
アルノルトは、叩かれた肩の痛みに耐えながら、深く、深く頭を下げた。
「……ええ。当然です。――『帳尻が、合いませんね(・・・・・・・・・・・・・・)』。我が命に代えても、この屈辱の数字、あの商会どもに10倍にして支払わせてみせます」
(つづく)




