第6話:帳尻が、合いませんね
ギルド長室の空気は、張り詰めた氷のようだった。
アルノルトが持ち込んだ、街の『薬草市場の取引価格』と『ギルドの買い取りレート』を比較した羊皮紙。そこには、明確な“悪意の数字”が刻まれていた。
「……特定の回復薬草の買い取り額だけ、市場相場より一律15%低い。リーザさん、これに気付かなかったのですか」
「うぐっ……だって、買い取りの時は、王都の商会から送られてくる『公式査定魔術書』の数字通りに払ってたんだもん……」
リーザが耳をすぼめて俯く。
アルノルトは冷徹に、懐から**【黒革の特製手袋】**を取り出し、指の一本一本にぴったりと嵌めた。続けて、手入れの行き届いた銀の羽根ペンを抜き、引き締まった動作で帳簿を開く。
監査を始めるための、絶対的な静寂(儀式)が部屋を満たした。
「なるほど。つまり、その魔術書自体が最初から書き換えられていた(・・・・・・・・・・・)わけだ。――『ステータス・オープン。領域展開・会計監査魔法』」
アルノルトの瞳が青く輝くと同時に、彼を取り囲む空間に、淡い光を放つ無数の算盤の珠と、複式簿記の仕訳線が視覚的に描画された。
彼が魔術書にペン先を触れた瞬間、パキィィィン! とガラスが割れるような高音と共に、隠されていた『真の数字』が赤黒いエフェクトとなって空間に浮かび上がる。
「な、何これ!? 数字が……血みたいに赤く燃えてる!?」
「これが粉飾の証拠です。差額の15%、年間で実に金貨200枚(約2000万円)。これが、公式査定を偽装した『中央の巨大商会』へ不正に還流している。……つまり、うちのギルドは長年、カモにされていたんですよ」
ガタッ! と、それまで黙って聞いていたギルド長・ガザルが拳を机に叩きつけた。
「てめえ……! それじゃあ、俺たちの仲間が命懸けで採ってきた薬草の価値が、そんな紙切れ一枚の手品で横取りされてたってことか! よし、その商会に殴り込みだ!」
「お待ちください、ガザル氏。今突っ込んでも、契約書の法魔術でこちらが『不当な規約違反』として逆に処刑されるのがオチです。経済の戦いは、経済で殺す。……リーザさん、今すぐこの商会からの薬草買い取りを全面停止し、すべての在庫を『自主隔離』しなさい」
「えっ……!? で、でも、そんなことしたら、今うちの病院や宿舎にいる怪我人たちの回復薬がなくなっちゃうよ!? 薬草が手に入らなくなったら、明日にも死んじゃう人がいるんだよ!?」
リーザがアルノルトの袖を掴み、必死の形相で訴える。
だが、アルノルトの表情はピクリとも動かない。
「関係ありません。不正なレートでの取引を継続すれば、来月にはギルドの買い取り資金そのものがショートすると教えたはずです。大を救うために、一時的に小を切り捨てる。これは義務(監査)です」
「小って何よ! 生きてる人間を、数字みたいに『切り捨てる』って言うの!? そんなの、間違ってるよ! その人たち、赤字(数字)じゃなくて、私たちの仲間なんだよ!!」
リーザの叫びが部屋に響き渡る。
人情と現場を重んじるガザル。
感情で命を叫ぶリーザ。
そして、組織を永続させるために冷徹な制度を敷くアルノルト。
初めて、三人の思想が真っ向から激突した。
「……リーザさん。感情で1ペニーでも予算が増えるなら、いくらでも泣きなさい」
アルノルトは冷たく袖を振り払い、銀の羽根ペンをパチンと閉じた。
その瞳には、一切の揺らぎがない。
「ですが、増えない。ならば私の答えは一つです。――これ以上、組織の『帳尻』を合わせない訳にはいきません(・・・・・・・・・・・・・・)」
(つづく)




