第5話:壊れた英雄と、救済の監査
「……さあ、リーザさん。作業再開です。明日までに、この街の市場の『適正関税』と、うちのギルドの『買い取りレート』の異常なズレをすべて洗い出しますよ」
アルノルトがそう言ってペンを執り直した、その時だった。
コンコン、と再び部屋の扉が小さく叩かれた。
「すまない、夜分遅くに。……リーザ、いるかい?」
「あ、オーツおじさん!?」
リーザが急いで扉を開ける。そこに立っていたのは、右肩から先を包帯で巻かれ、衣服の袖が虚しく風に揺れている中年男だった。
「おじさん、身体は大丈夫なの!?」
「いや、動かないわけにはいかなくてね。……ガザルから、さっき『これを持っていけ』と大金の入った袋を渡されたんだ。酒場の親父からも、今後の宿代と飯代は全部前払いでもらってると聞いて……」
オーツは、残された左手で震える革袋を握りしめ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「……あいつ、あれがギルドの買い取り資金だってこと、俺に隠すつもりだったんだ。だが、そんな大金を受け取ったら、みんなの素材が買い取れなくなることくらい分かる。頼む、これを金庫に戻してくれないか。俺たち家族は、街を出るから」
「おじさん……」
その時、冷徹な紙の音が夜の室内に響いた。
「戻す必要はありません、オーツ氏」
アルノルトが、椅子から立ち上がり二人を射抜く。
「な、誰だい、あんたは……?」
「本日付でこのギルドの主任財務監査官に就任した、アルノルトです。オーツ氏、その金貨50枚は、すでにガザル氏個人への『借金』として処理を確定させました。ギルドの買い取り資金は1ペニーも毀損していません」
「な……ガザルの借金……!? あいつ、俺のためにそんな……!」
「ですが、そんな施し(・・)を一度きり貰ったところで、あなたの娘さんが成人するまでの生活費が足りないことくらい、計算するまでもありません」
アルノルトはオーツの前に立ち、その鋭い双眸で彼を見据えた。
「オーツ氏。私はガザル氏のような『人情の腕力』は持ち合わせていません。しかし、帳簿を再定義することで、来月からあなたの一家に【毎月固定の傷病手当】を支給するシステムを構築してみせます。あなたが命を懸けて守ったこの互助会は、右腕を失った程度であなた方を見捨てるほど、安っぽい組織ではないはずだ」
オーツの左手がカタカタと震え、目から大粒の涙が溢れ出た。
「あ、ありがとう……。本当に、ありがとう……!」
「礼なら、私の財務計画が成功した後に、健全な税金として納めてください。……さあリーザさん、泣いている暇はありません。明日からは、このギルドを脅かす『外部の不穏な数字』を、徹底的に血祭りにあげますから
続く




