表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/26

第12話:到着15分の震撼

ギルド『鉄拳の咆哮』の空気は、エレオノーラが踏み込んでからわずか5分で、完全に「処刑場」へと変質していた。

彼女はギルド長室の椅子に座ることすらしない。

立ったまま、漆黒の書類鞄から計算魔術の数式が刻まれた虫眼鏡を取り出すと、受付カウンターに並べられた直近の財務諸表へ、冷酷に視線を走らせた。

パサ、パサ、パサ。

3秒に1回、ページがめくられる。その乾いた音が、ギルド職員たちの心臓を直接削るように響く。

「……事務員のガロフ」

エレオノーラが、名前すら見ていないはずのベテラン職員の男を指名した。声の抑揚は完全に平坦だ。

「は、はい……っ?」

「一昨年、11月のウルフ討伐戦における『負傷者補償金』の支給記録。……総額4万クローネに対し、支給先が39名。ですが、当時の王都からこちらの医療院へ支給された特級薬草――その『空き容器』の返還数を逆算すると、実際に治療を受けたのは38名のはずです。消えた1名分の1000クローネは、どこへ消えました?」

「え……? い, いや、それは……2年も前の話ですし、確か、現場の混乱で……」

ガロフの顔からダラダラと冷や汗が流れ落ちる。本人すら、着服したのか処理を忘れたのか覚えていないレベルの「過去の些細な誤差」だ。

エレオノーラは表情一つ変えず、懐から1枚の冷たい銀の用紙を突きつけた。

「王都の検収記録です。固有刻印の施された容器が、1個分、確実に足りない。……意図的な余剰金の詐取、および公文書偽造。事務員ガロフ、あなたの全資産をこの瞬間から凍結、および即時解雇を宣告します。……抵抗は無意味です。中央の監査令に基づき、執行されます」

「な……ッ! た、たった1000クローネのことで、解雇……!? 資産凍結って、家族はどうなるんだ!!」

ガロフが悲鳴を上げる。だが、エレオノーラはその叫びを、ただの「雑音」として処理した。

その顔には、怒りも、嘲笑も、愉悦すらもない。ただ、淡々と書類をめくるだけだ。

「統計の健全化のために、不要な数値を間引く。それだけのことです。……次、14ページ」

「……っ、ふざけないで!!」

ギルドの仲間が目の前で一瞬にして人生を破壊されるサマを見て、リーザが激怒し、カウンターを叩いて身を乗り出した。

「ガロフさんは、ずっとこのギルドを支えてきた人です! 2年前の、そんな細かい数字のズレだけで、そのすべてを否定するなんて……あんた、人間じゃないわ!!」

リーザの魂からの怒り。

だが、エレオノーラは虫眼鏡を動かす手を止め、ガラス玉のような瞳で、リーザをただの『出来損ないの計算機』を見るように見下ろした。

「人間性、ですか。そんな不確定な数値を計算式に混ぜるから、辺境のギルドは常に非効率なのです。……感情では、人は救えませんよ」

「な……っ」

圧倒的な『合理的正義』の前に、リーザの言葉が詰まる。ギルド全体が、抵抗する術を失い、底なしの恐怖に震えていた。

誰も逆らえない。

その恐怖の空間の最奥で、アルノルトだけが、顔面を真っ白に染めて立ち尽くしていた。

黒革の手袋をはめた右手が、先ほどからずっと、激しく震えて止まらない。

カラン、と静かに靴音が響く。

エレオノーラは帳簿から視線を外し、ゆっくりと、受付の奥にいるアルノルトへと歩み寄った。

その表情は、やはり無感情のままだ。

「お久しぶりですね、アルノルト。……相変わらず、あなたの周りには、無駄な感情が満ちている」

アルノルトの喉が、引き攣ったように鳴った。

エレオノーラは彼の間近で立ち止まり、その震える右手を冷たく見据えながら、淡々と言い放った。

「安心してください。今回の監査は公平です。あなたが正しければ、何も起きません。……間違っていれば、消えるだけです」

「……っ、エレ、オノーラ……」

アルノルトの乾いた唇から、初めてその名前が漏れる。

その一言だけで、ギルドの門前にいた全員が息を呑んだ。

まるで、人間ではなく数字そのものが歩いてきたかのように。

(つづく)

「第12話をお読みいただきありがとうございます! 到着わずか15分、ガロフへの公開処刑によるエレオノーラの圧倒的な『実績』。そしてアルノルトの過去のトラウマが完全に開示されました。彼女の持つ『国家の正義』に対し、アルノルトの防壁は本当に通じないのか……!? 緊迫の第13話、近日更新です。面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや応援評価でアルノルトを応援してください!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ